6.お気楽令嬢は、従者の真意を知る
「へ? な、なんで…… ?」
場所は、食堂。
楽しく食事をとった後で、アンネローゼは恐る恐る聞き返した。
「その、テオドールをクビにしましょう、と言うのは」
「率直に言って、彼が評判悪いからです」
そう冷たく言い放すのはメイドのリタ。
いつもはノリがよく温和で、屋敷の中でもアンネローゼと絡むことが多いメイドだったが……。
「普通、屋敷に来たばかりの使用人というのは、主人との距離感を測るものなのです。しかしあのガキ……失礼。
あの従者は、あまりにもお嬢様にべたべた接しすぎです」
「は、はぁ…… 」
(す、すごい……怒ってる!)
というか、怖い。普段割とノリがいいタイプの子が怒るとこんなにも怖いのである。
リタはテオドール少年にブチ切れているようだったが、アンネローゼは自分が叱責されているような気がして、ちょっとブルーになっていた。
「許せません」
「ハハ……」
そんなリタに対して、アンネローゼは、ただ愛想笑いをすることしかできなかった。アンネローゼは実家が貧乏だったので、使用人と主人の適切な関係、と言われてもよくわからなかったのである。
まあたしかに、ちょっと距離感が近すぎる気もしなくもなかったが、アンネローゼは、きっとこの子も、スローライフに前向きなんだな、ととんだ見当違いの感想を抱いていた。
「私が怒りを感じているもう1つの理由も、お嬢様ならお判りでしょう?」
リタがもうわかってますよね、みたいな目線を投げてくる。
え、なにが???
もちろん、検討もつかないが、仕方なくアンネローゼはリタの目線に思わせぶりな感じで、
「そうね…… 」とつぶやいた。
なにが、「そうね……」なのだろうか。
発言した本人もよく分かっていなかった。
「ええ。お嬢様のご推察の通りです。あの従者は明らかに節操がありません。仕事をせずに、主人に媚びる。一番使用人に嫌われるタイプの従者です。」
リタの舌鋒は止まらない。
そして他にも、と続けた。
「この屋敷に来たばかりのお嬢様には、わからないかもしれませんが、私の眼はごまかされません」
「ごまかされないって…… ?」
アンネローゼは著しくテンションが下がった状態で、リタの発言を繰り返した。
一体、うちの新たな従者は何をしでかしたのだろうか。そんなにアンネローゼのスローライフへの勉強計画が嫌だったのだろうか。
意を決したように、リタが言い放った。
「あの従者、おそらく盗みを行っています」
「はい????」
*****
アンネローゼ邸。
――いや、実際にはゲオルグの別宅のうちの1つらしいが、アンネローゼは完全にもう自分の屋敷扱いしていた。
くれるというものなら何でももらうのが、アンネローゼの流儀である。
もう返せって言われても、返してあげません。返品不可なり。
こうして、アンネローゼは勝手に"ゲオルグの屋敷"を自分の屋敷として認定していた。
そのアンネローゼ邸は四階建てで、 一階には、食堂と居間、それに来客用の応接室。
二階にはアンネローゼの寝室。
三、四階にも部屋があるが、今は未使用。
ここまでが本宅で、別宅には、それぞれ使用人用の居住スペース。
さらに、こじんまりとした主張しすぎない、のどかな庭園。
と、これがアンネローゼ邸のすべてだった。
「まあたしかに……言われてみれば……なんかものが少なくなっているような気もしなくもないような……」
そんな屋敷で、アンネローゼはリタからの告発を適当に受け流すことも出来ず、朝から張本人のテオドールがいない隙に、総点検を行っていた。
言われてみれば、というレベルだが、確かに小物がちょろちょろ無くなっている。
「高価かつ持ち運びやすいものが、あの従者が来てから姿を消しています」
リタが淡々と報告する。
「元々お嬢様が贅沢をなさらないので、この屋敷には無駄なものがあまりありません。ですから、発見は比較的早くできました。
しかし、この屋敷は元々ゲオルグ殿下の屋敷です。備品も高品質なものばかり。売り払えばかなりの額になるかと……」
「そんな……テオドールが……」
アンネローゼは息も絶え絶えに言った。
「ええ。私たち使用人の多くは、既に違和感に気が付いて居ました。あの従者は――」
リタの口調が一気にエスカレートし始めた。
もうすでにリタの中では、従者とも呼びたくないらしい。
「失礼。お嬢様の前で相応しくない言葉づかいをしますが、あの小僧は従者としての基本的な技術がなっていません。基礎的なマナーに、従者としての心得など。根本的なことができていないのです。推薦されてここに来たにしては、技量も足りず、媚びるような雰囲気ばかり」
周りに集まっている使用人もちらほらうなづいている。
どうやらみんなリタと同意見らしい。
なるほど。
アンネローゼはだいたい、リタの話を聞いて理解できてきた。
つまり、なんかほかの屋敷から派遣されたにしては意識低くね? ということだろう。
「主に媚びを売り、仕事をほとんどしないタイプでしょう。使用人の中でも最悪なタイプです」
「媚……」
なんで自分に媚びを売るのだろうか。
最終的に悠々自適な生活をしに、屋敷を飛び出すのに……。そんな相手に媚びても意味がないのでは?
「リタ。ち、ちなみに、盗られたのはどんなものなの?」
取り敢えず、テオドール君の真意を知るために、リタの報告を深彫りしてみることにした。
「銀食器に、金細工。シャンデリアの一部分などです。手癖が悪い。おそらく常習犯でしょう」
疑問。
なぜ、テオドール少年は、あんなにやる気がありそうだったのに、こちらに媚を売ったり、盗みを繰り返したりしたのか。
「ん?」
そのとき。アンネローゼの脳裏に天才的な(しょうもない)仮説が浮かんだ。
「まさか……そんな……」
息を呑む。
アンネローゼはショックを受けている真っ最中だった。
まさか、テオドールが……。でも、これだったら、テオドールが媚を売ったり盗みを繰り返した理由が思い当たる。
彼が盗み出した品々にはある共通点があった。
アンネローゼはそれに瞬時に気が付いた。
いや、気が付いてしまった。
――青天の霹靂である。
アンネローゼがスローライフ好きなように、あの従者テオドール君も野望を持っていたのだ。
アンネローゼは恐れおののいた。
まさか、あのもやしっ子が……。
金属フェチだったなんて……。
*****
突如としてアンネローゼの脳裏に浮かんだ、テオドール=金属フェチ説。
それをアンネローゼはゆっくりと吟味していた。
「銀食器に金細工ね……」
これだけ証拠物件がそろってしまえば、推理は簡単だ。
きっと、あの少年は、重度の金属フェチである。しかも、金や銀などの高価な金属を愛しているのだ。
そう考えると、色々腑に落ちてくる。
アンネローゼがせっせと世界各国の地理や植物を教えても、乗ってこなかったはずである。
そして、テオドール少年はそこまでスローライフ好きではなかった。
だからこそ、アンネローゼに媚を売ろうとしたり、金属を盗み出して鬱憤を晴らしていたのだろう。
(なんだ、そんなに金属が好きなら言ってくれればいいのに)
別に盗む暇があるなら、言ってくれたらあげたのに、とアンネローゼは思う。
自然派アンネローゼとしては、銀食器とかじゃなくて木のスプーン派なのだ。
でも、一回リタに「木のスプーンを使いたい」と告げたら、
「いえ。殿下からお金なら充分に頂いております。そんなに気を使わないでください!」と泣きながらなだめられたので、木のスプーンはいまだに実現できていない。
「そんなこと……私に言ってくれれば……」
アンネローゼはぽつりとつぶやいた。
その程度のことなら、はよ言いいなさい、という気持ちを込める。
「お嬢様は……優しすぎます」と苦しそうな様子でリタ画ポツリとつぶやいた。
「……あまりにも、優しすぎです」
「え?」
優しすぎるとは、いったい何を言っているのだろう、と混乱したアンネローゼが聞き返そうとした瞬間。
ふいに聞き覚えのある声が、アンネローゼの耳に飛び込んできた。
「あーあ、バレちゃったか」
一見純粋そうなその声には、聞き覚えがあった。
振り返る。
「テオ、ドール……」
重度の金属フェチ小僧が、そこにいた。
2022.8.31 テオドールについて加筆修正