4.お気楽令嬢は、少年従者に困惑を隠せない
「ねえ、私のテオ!! 本当に行ってしまうの……? ぐすん」
「……仕方ありませんよ、ドリス様」
(な~にが、ぐすんだよ)
テオドール、と呼ばれた少年はそう思いながら表面上、悲し気な態度で答えた。
テオドールがいるのは、とにかく飾り付けられた趣味の悪い部屋である。
とにかく値段だけはかかっていそうなシャンデリアに、部屋との相性も考えずにおかれているであろう椅子、机、美術品などの品々。
オシャレぶっている……が、その無理に上品さを演出しようとしている感じが逆に、部屋をセンスの無いものにしている。
そして目の前には、自らの女主人――ドリス。
テオドールは、ドリスのご機嫌取りに突き合わされていた。
(まあでも、これでこのセンスのない屋敷ともおさらばか)
しかし、そんな態度はおくびにも出さず、テオドールはドリスに、煌めく笑顔で答えた。
この主人の扱い方はテオドールはとっくに熟知していた。
「うぅ……僕もまさかドリス様。貴女様の素晴らしい主人の元を離れるなんて………!!」
以下略。
後は適当に顔を伏せる。
「あら、私もよテオドール………!!!」とドリスがすすり泣く。
「外見だけでなく、性格までもいいなんて……」
よくこんな大根演技に騙されてくれるものだ。
(やっパ顔がいいって得だな)
テオドールは思った。
自分が美しいことなど、テオドールはとうに知っていた。
ふんわりとした金色に輝く髪。晴天を思わせる澄み切った空色の瞳。そして、すらりとした肢体。
自分は、美しい。
(要するに、すべてがチョロいんだよな)
と、なめ切った、主人のつまらない話を聞き流して、あくびを噛み殺す。
こればかりは、ラヴォワという国に感謝しなければならない。
この国では実力があれば上へ上へと昇っていける。
貧民として生まれ、食べるものに困っていた自分でも、魅力があったおかげで、衣食住すべてが保証されるような生活へと成り上がれたのだ。
(ま、つまらない話を聞くのは結構堪えるけど……)
そう冷めたテオドールが、「はぁ、はぁ」と相づちを打っていると、ドリスは一層テンションが上がってきたらしい。
「わたくしのテオ……。なんて可愛そうなの!!」という悲鳴を上げるドリス。
「でも、仕方ありませんよ」
真っ昼間から元気だな、などと関係ないことを考えながらテオドールは答えた。
「ゲオルグ殿下からの依頼ですし」
「たしかに、我が家は殿下にお世話になっているけど……!」
と、ドリスが顔を歪める。
「でもいきなり、歳が若くて顔のいい従者が欲しいだなんて!」
「そう、奥方様に評価頂いてるのは嬉しいのですが……。寂しくなりますね……」
そう言ってうつむいてみる。
もちろん、嘘である。
正直、テオドールがいくら手を抜いて仕事をしていても、ドリスは一切叱らないので、それはそれで楽だったが……。
そして、テオドールにはドリスに隠れて屋敷で行っていることがあった。
それができなくなるのは単純に悲しいことだった。
「て、テオ……!」とドリスが胸を抑えた。
(こんな簡単な演技に騙されるから、屋敷のほかの使用人にも侮られるんだよなぁ)
テオドールはせせら笑った。
まあ、人間など、所詮こんなもの。
それがここまで生きてきて、テオドールが学んだ人生経験だった。
この自分の美貌をもって、自分の意にそぐわないような人間がいるわけがない。
男も女も、老若男女問わず、テオドールの好きなように動いてくれる。
やはり、楽なポジションだと心の底から思う。
ここまで簡単な仕事はない。
使用人は、テオドールにとって天職ともいえるものだった。
「一生仕えてくれると言ったはずよ!!!」
ご機嫌取りのために、言ったことがあるような、ないような。
正直言って、テオドールは全く覚えていなかった。
とはいえ、そんな感情をおくびにも出さず、「まあまあ、これは決定ですし」と言って何とかなだめすかした。
正直あまりのみっともなさに鼻で笑ってしまったが、まあ、これまでご機嫌を取ってきたのだ。
それくらいは許されるだろう。
**********
結局、大騒ぎするドリスを宥めるのに、午前中いっぱいかかってしまった。
「ここからが本番だな」
テオドールは、とある屋敷に向かって歩いていた。そこは、皇国の第3皇子ゲオルグの屋敷。
すばらしい。
ようやく自分にも運が回ってきたらしい、とテオドールは拳を握った。
第3皇子ゲオルグのゲオルグと言えば、知らない人はいない有名人である。最近では、他国の外遊から帰ってきた直後に、反乱を鎮圧したということもあって、人気もさらに急上昇中。間違いなく勝ち組だ。
(と、なると、これはチャンスだな)
テオドールは舌なめずりをした。
主人に贔屓されている職場も中々居心地はよかったが、かといってこれ以上高みを望めるような家ではない。
――しかし、皇子の派閥ともなればどうだろう。
そう。確実に、もっといい身分になれるはずだ。
話を持ってきたのが、ゲオルグ派の中でも中枢に位置するダーヴィトという胡散臭い男なのが気にかかったし。なぜ自分が呼ばれたのかはわからなかったが。
おそらく人手が足りないのだろう、とテオドールは納得した。
「ふぅ……、日差しが暑いな」
屋敷から別の屋敷へと歩いていくのは大変だったが、そこにはテオドールの目論見もあった。
(重要なのは第一印象)
こうやって、馬車にも乗れない自分を演じる。
もちろん、金がないわけではない。ここ周辺では、移動用馬車が多く用意されており、誰でもお金を使えば快適に移動することができる。
だが、初対面は重要だ。特に、今回は。
テオドールは礼服に身を包みながら、徹底的にシミュレーションをしていた。
(新しく働く先は、ゲオルグ殿下の関係者ってところか……。さすがに最初から皇子には近づけないか)
まあいい、とテオドールは切り替えた。
正直なところ、相手が誰でもいい。
テオドールの手腕にかかれば、どんな相手だって意のままに動かせる。
(さあて、せいぜい楽に仕事をさせてもらって、踏み台になってもらいますか)
テオドールは、純粋そうな仮面の裏で、剣吞な計画を練っていた。
♢♢♢♢♢♢♢
アンネローゼは西日が差し始めた応接間で、ワクワクしながら自分の労働力を今か今かと待っていた。
あのうさん臭さマックスのイケメン――たしか、ダーヴィトだったっけ。
やつは意外に仕事のできる男らしい。
あれから数日も経たないうちに、「従者が決まりました」と連絡をくれたのだ。
「失礼します」というリタの声。
よし、きた、とアンネローゼは心の中で拍手をした。
きっと来るのは野獣のような男だろう。
それはそれはムキムキのムキムキで、いかにも野山で過ごしていて、休日なんて都を出て、山にこもらないと落ち着きません、みたいなとんでもなくスローライフ向きの肉体派の部下が来るに違いない。
そうでなければ、アンネローゼがわざわざ従者を雇う意味がないのだ
「入りますよ」
扉が開けられる。
先頭にはいつも通り、最近仲良くなりかけてきた侍女のリタが。
そしてその後ろには、薄いふんわりとした薄いベージュの髪がまぶしい美しい少年が――
「ん?」
はて。この少年は誰だろうか。
アンネローゼの所望していたムキムキ男の姿が見えない。
いや、とアンネローゼは気を取り直す。
(きっと、この子はあれね。リタの弟か何かね。納得納得)
リタも困る。職場に弟を連れてくるなんて。
こう見えて、アンネローゼは仕事と私生活はきっちり分けてもらいたい派なのだ。
「アンネローゼ様。お待たせしました。こちらが紹介された従者のテオドールです」
はい、と緊張しながらもハキハキした様子でテオドールとやらが一生懸命にお辞儀をする。
「今回、アンネローゼ様に仕えることができて、幸せです。み、未熟者ですが、精一杯頑張ります!!」
目の前でお辞儀をする線の細い少年。
少年……、少年。
少年???????
(少年んんんんんんん??????????????)
「な、なんで……?」
い、意味が分からない。
アンネローゼを目を見開き、口をパクパクさせた。
探しても探しても目の前にマッチョはおらず。
――普通、従者といえば日常生活の補助をする若い男のことを言うし、そんな謎のマッチョ男を周りに雇いたいと思うような貴族がいるわけもなかったが、そもそも貧乏貴族でそんな常識を知らなかったアンネローゼは途方に暮れるばかりだった。
2022.8.31 テオドール視点を加筆修正