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30話

「はあ……はあ……」


 痛む頭を抑えながら、やっと辿り着いた。ここが、福寿神社。凪沙さんが、命を絶った場所。


 私は神社の隅に置かれたベンチに座った。


 優太くんは、怒るだろうか。嘘をついて、こんな場所にまで来た私の事を嫌いになるだろうか。


 だって、仕方なかったんだ。優太くんとずっと一緒にいるには、これしかないと思ってしまったんだから。


 大幅な時間超過をして、脳に壊滅的なダメージを与える。そうして、私もこの世界の住民になるのだ。そんな悪魔的な発想が、脳裏によぎってしまった。


 きっかけは蓮田さんの自殺だ。彼は『エモーション』を服用して仮想世界に入る筈だった。だが、実際には失敗に終わってしまった。


 だが、緩やかに脳にダメージを与え続ける仮想世界に入った場合はどうだろうかと、私は考えてしまった。そんな仮想世界に長時間入り続ける事によって、脳はいずれ限界を迎える。限界を迎え、優太くんと同等のダメージ量に達した時、私の痛みは消える。そうすれば、私は永遠にこの世界に居続けることが出来る。


「だから、ごめんね。優太くん。私は君を、騙しちゃった」


 なぜ福寿岬ではなくこの福寿神社を選んだのか。それは、自分でもよく分からなかった。なんとなく、私は福寿神社に来た方が良いのかもしれないと、そう思った。福寿岬を選ぶのは、優太くんのような気がしたからかもしれない。


 私はこの場所で、緩やかに脳が壊れて行くのを待つ。ここが、私の死に場所だ。


 その時だ。木に止まっていたカラス達が、一斉に飛び去った。神社の隅で丸くなっていた猫も、物凄いスピードで山を下って行く。


 何か、嫌な予感がした。今から脳を壊そうとしている身だというのに、嫌な予感がしてならない。なんだろう。カァカァと鳴き叫ぶカラスに誘われるように、空を見上げた。その時、気が付いてしまった。


 空が、割れている。空に、亀裂が入っていた。空に入ったひびは次第に大きくなり、錆び付いた鉄のようにボロボロと空の青がこぼれ落ちていく。


 その光景はまさに〈世界の終わり〉だった。


 この世界が終わろうとしている。世界が終末に向けてその針を進めている。それが、意味している事はいったい何か。


「あっ……」


 背筋が凍った。最悪の想像が、私の脳内を駆け巡る。それだけはいけない。それだけは嫌だ。絶対に、そんなのは嫌だ!


 私は走った。元来た道を、ひたすらに走った。痛む頭なんてどうでも良い。そんなの、気にしていられない。手入れのされていない荒れた道をひらすらに走る。


「優太くん。お願い。無事でいて……」


 私は馬鹿だ。いつ、優太くんが死ぬかわからなかったのに、いつこの時間が終わっても不思議じゃなかったのに、なんで、わざわざこんな真似をしてしまったんだろう。彼から離れるような、最悪な事をしてしまったんだろう。全部、私が悪いんだ。彼を騙そうとした、私が悪い。


 今頃きっと、優太くんは温泉で休んでいるのだろう。私が神社にいる事など知らずに。もしくは、もう千代田さんから連絡が来ているかもしれない。


 でも、そんなのはどうでも良かった。世界が終わりかけている。つまり、今彼は信じられない程の頭痛に襲われている筈なんだ。私なんかよりも、よっぽど酷い頭痛に。


 だから、動けるはずがない。


 行かなきゃ。今すぐに。彼の元に。


 待ってて、今、行くから。


 ☆★☆★☆★


「なんだよ……これは……」


 空が裂けていた。ヒビ割れるように入った亀裂から、空の青がこぼれ落ちている。そのこぼれ落ちた青は、まるで流れ星かのように青い炎に包まれて、地上に向かって落下している。


「これは……」


 千代田も僕の世界に起きた異変に気が付いたようだ。これはつまり、そういう事なんだろう。


「千代田さん、これは、覚悟しろって事なんですよね」


 僕の世界が壊れ始めている。それは、仮想世界の終わりを意味してるのだろう。


 僕の命が、尽きかけている。


「僕の世界が終わるって事は、来夏は無事に現実世界に帰れるんですよね?」

「そう……なりますね。その場合、意識は無事に現実に移ります」

「良かった……本当に良かった……」


 そんな僕の様子を見ていたのか、千代田が震えた声で喋り出した。


「本当に、貴方達はお互いを愛しているんですね。もう、呆れてしまいます」


 それは褒め言葉として受け取った方がいいんだろうな。


「ありがとうございます」


 言ってから、僕は走った。一刻も早く、来夏に逢いたい。最後くらい、彼女と一緒にいたい。それが死ぬ前のささやかな願いだった。


 痛む頭を必死に抑え込んで、死ぬ気で走る。命のカケラすら残すつもりはない。来夏の元へ、全力で向かう。


 山の近くに、川に架かる橋があった。逃げ惑う人に逆らって走っていたからだろう。僕は橋を渡って来た誰かとぶつかってしまった。


「あ、すみません!」

「ごめんなさい!!」


 謝罪したが、後ろを振り返る事は無かった。そんな暇などない。もう、頭が痛くて仕方ない。そいつが男なのか女なのかも分からなかった。それでも、走る。荒れた斜面を、ひたすら登る。


 ☆★☆★☆★


 私は全身全霊をかけて走っていた。痛む頭なんて気にせずに、山の斜面を下って行く。途中で、何度も何度も転んだ。もう全身は泥だけで痣だらけだ。だけど、今さら傷の一つや二つが増えたからなんだ。私は優太くんに逢いたい。彼と、一緒にいたい。最後に彼に抱きしめてもらいたい。


 山から下りると、温泉街はパニック状態に陥っていた。空を見上げると、空に入った亀裂は増していた。更には、空からこぼれた青の結晶が、流れ星のように降って来ている。


「早く行かなきゃ」


 言い聞かせるように呟いて、私は更に走った。優太くんがいる旅館は、川を挟んだ向こう側にある。私は近くにあった橋を渡った。向こう側に辿り着いた瞬間、逃げ惑っている誰かにぶつかってしまう。


「あ、すみません!」

「ごめんなさい!!」


 謝罪したが、振り返る事はなかった。そんな余裕など残されていないから。私は一刻も早く、優太くんに逢いに行かないといけない。もう、時間がないから。

「優太くん!!」


 叫びながら、旅館の中に入っていく。館内には、もう殆ど人は残っていなかった。


「ねえ、優太くん。いないの?」


 どこを探しても、優太くんの姿はなかった。男風呂で倒れているのか。そう思い、なりふり構わず男風呂に向かうも、誰もいない。下駄箱を確認したところ、そこには優太くんの靴は無かった。


「どこに行っちゃったの……」


 全身を絶望が包み込んだ。これは私が犯した罪だ。これは、優太くんを騙した天罰なんだ。そう、思った。だけどその時、私はある事を思い出した。


 ――僕は死ぬんだったらこの近くにある福寿岬ってところが良いかな。


 それに思い至った時にはもう、走り出していた。


 ☆★☆★☆★


 来夏、来夏、最後に、君に逢いたい。必死の思いで、斜面を登っていく。千代田さんに伝えられた通りの場所を目指して走っていく。そうして辿り着いた福寿神社に、来夏の姿はなかった。


「はあっはあっ……来夏……」


 どこを探しても、彼女の姿はない。


 やはり彼女はこんなところではなく、もっと離れた場所に逃げ出したのだろうか。電車を使えばまだ間に合うだろうか。だが、僕の考えは呆気なく潰えた。


 神社の裏から、山の下が一望できた。そこで、目撃してしまった。


 空からこぼれ落ちて青が、まるで焼夷弾かのように地上に降り注いでいることに。これじゃあ、交通機関なんてまともに機能しているわけがない。


 他に、来夏が行きそうな場所があるだろうか。一瞬だけ考えて、一つだけ思いついた。


 ――僕は死ぬんだったらこの近くにある福寿岬ってところが良いかな。


 僕のあの発言を覚えていてくれたとしたら。


 来夏はきっと、この世界の異変に気が付いて、僕が死ぬと確信するだろう。そうなったら、彼女は僕があそこに行くと思うんじゃないのか。もう、それしか無かった。そこ福寿岬以外に、考えられなかった。


 私は走った。優太くんに逢うために。


 僕は走った。来夏に逢うために。


 僕は走り続けた。もう、心臓が止まってもいいと思った。僕に怖いものなんて何もない。僕は無敵だった。だって、これから死ぬのだから。


 もう、目の前にはあの岬がある。福寿岬まで、あと少しだ。そこから更に進むと、緑に囲まれた坂道があった。その坂の先に、海から突き出た岬が見えた。やっと、やっと辿り着いた。ここに来夏がいなければ、もう、終わりだ。黒い岩肌から、緑が生えている。坂を登りきると、福寿岬があった。


 息を切らしながら、福寿岬へと歩みを進める。


 来夏はいるのだろうか。祈るような気持ちで、歩みを進める。そこには、展望台しかなかった。


 ああ、終わった。そう、思った瞬間だ。


 グスッと、誰かのすすり泣く音が聞こえた。僕は慌てて、展望台の後ろへと走る。するとそこには、来夏がいた。展望台を背にしゃがみ込む、来夏の姿があった。


「来夏!!」


 僕は彼女を抱きしめた。来夏の体はとても震えていた。


「ゆ、ゆう……た、くん」

「そうだよ。僕だよ」


 来夏はぎゅっと僕を抱きしめ返した。


「良かった……良かったあ……」


 彼女の声は、震えている。


「怖かった。会えないんじゃないかって、すっごい怖かった」

「僕だってそうだよ。でも、最後にこうやって会えた」


 世界は今も崩壊し続けており、ついには周りの景色が白い光となって霧散し始めた。


 目の前には、広大な海が広がっている。空から落ちた青い炎が海へ向かって落ちている。水平線の彼方から、海がだんだんと白い光となって消えていく。その光景は幻想的で……


「凄い綺麗……」


 とても美しかった。


 来夏と僕はそんな光景を見ていた。二人きりで、世界が終わる中、震えながら抱き合っていた。


「優太くん、ちょっと痛いよ」


 いつの間にか、来夏を強く抱きしめていたらしい。


「ごめん。でも、離したくないや」


 そう答えると、来夏も僕を抱き返した。


 互いの骨が折れるんじゃないかと思うくらい、僕達は強く抱き合った。


 来夏の体は震えていた。寒さに凍える小動物のように震えていた。だけど、彼女の体はとても暖かい。


 海は物凄い勢いで白い光に飲み込まれていた。このままでは、あと数分で世界全てが霧散してしまうだろう。


 僕は意を決して、来夏に向かい合った。


 何を言おう。最後に、彼女に何を伝えよう。言いたい事は山ほどあった。時間がどれだけあっても足りなかった。白い光はもう目の前にまで迫っている。


「優太くん」


 来夏の口が動いた。その時には、僕は動いていた。


 僕は来夏にキスをした。


「来夏。愛してる」


 大好きだ。世界で一番、君を愛してる。


「僕は最後に君といられて幸せだった。ありがとう」


 白い光が、僕達を包み込んだ。


「私もだよ。優太くん」


 ――愛してる。


 その声を最後に、僕の意識は途切れた。

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