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「人間賛歌」 新山翔太私的作品集

第三回京都文学賞投稿作品 「京都ゆかしき茶の道」

作者: 山雪翔太

何処か懐かしい畳の香り。

昔は小一時間程すると痺れていた正座も、茶会を積み重ねていくと慣れていった。

雪化粧をしていた学校の木も、今はすっかり春色に染まっている。やはり木は春が似合う。その木の上で、小鳥がさえずり、生命の息吹を感じている。

「さてと、茶を点てるとしましょうか。今回は抹茶です。他にも色々ありますが、1番スタンダードな物で行いましょう」

周りに座っている生徒たちは、少し足を動かしながらこちらの方を見た。

まず抹茶を茶杓という専用のスプーンのような物を使い2杯茶碗に入れる。ここから茶会は本格的に始まる。

抹茶を入れると、ふわっと穏やかな良い香りが私の周りに広がる。私は、この香りに惹かれ、茶道をやろうと決めたのかもしれない。何となく美しさを当時の私は感じていただろう。

次に用意しておいたお湯を茶碗に入れる。

最後に茶筅で全体を泡が出るまで混ぜて完成。テレビでよく見られるのもここだ。

・・・・・・

体験で来ていた生徒たちは茶会を終え、周りの掛け軸やら使った道具等をじっくりと見ていた。

生徒たちは5人。今思うと随分発展した。

1人の女子生徒が、私に話しかけてきた。

「先生。先生はどうして茶道を始めたんですか?」

確かに気になる人はいただろう。私のように若い教師が茶道を行うのは珍しい方だ。

ふとあの日の記憶を思い出す。

あの頃の思い出を。

・・・・・・

虚無感が私を襲っている。

手に握っているスマホには、キミエとのメッセージが写っている。最後に「また会おうね」とキミエから送信されている。1年前のことだ。

キミエは遠くに行ってしまった。

今私が通っている玉水高校から5キロ離れた私立学校。

私はもう彼女には追いつけない。

何故あの時、勉強しておかなかったんだろう。

同じ学校に入試したのに、私は弾かれた。

あの時のキミエの顔は忘れられない。

何か、終わったような顔だった。

真っ暗な部屋の中、思い出を振り返っていた。

・・・・・・

そうこう言っても、時間は待ってくれない。

進むしかない。

今はそのルートが見つからないのだ。

朝の空は雲ひとつない晴天だ。今は入学式過ぎてからしばらくした春だ。

周りの者は部活を決め始めていて、朝練後のユニフォームに包まれた同級生の姿がある。

その子達は満面の笑みで楽しそうに歩いている。

その中、陰陽玉のように対極で、1人歩いている私。どんな顔をしているか分からない。

暗い顔をしているのだろうか。高校に入る前、キミエと一緒に買ったリボンは、私の精神状態とは違い、真っ赤に輝いていた。

・・・・・・

「では、この問題を・・・そうだな、今日は11日だから、清水さん!」

ノートを書く手を止め、答えを発言する。

「はい、2xです」

先生は私の方に手を向け笑みを見せる。

「正解!」

勉強には困っていない。流石に入りたての時は授業のスピードに驚いたが、塾でやっていたら慣れた。

キミエと一緒に勉強していた塾だ。キミエは今別のレベルの高い塾に行っているらしい。進むスピードは段違いだろう。

またノートを書き続ける。色を分ける。キミエに教えてもらった。どうせなら、同じ学校に行く方法も教えてもらいたかった。

でも恨んではいない。彼女は私より頑張っただけだ。

・・・・・・

この日の全ての授業が終了した。

部活動をする子は、また朝と同じように楽しそうに騒ぎながらグランドに向かっていく。

私もあそこに入れたのだろうか、あの輪に。

そこまで根暗ではない。普通に中学の頃はキミエ以外にも友達はいた。でもキミエが1番の親友だった。

キミエと最初に出会ったのは中学校に入ってすぐだ。彼女は友達を持ち前の明るさで沢山作っており、私はその中の1人だったという訳だ。

キミエは私が持ち合わせていないものを持っている。これからもそうだろう。

私は今下校せずにスマホを弄っている。

夕焼けを見ながら少し黄昏ていた。

とにかく今やることは勉強だろう。最悪帰宅部でもいい。

そう思いながら、ふと周りに良い匂いが漂ってきた。

なにか落ち着く。邪念を追い払ってくれるような。

後ろを振り返る。

「茶道部です!入部come on!」

とやけにテンションの高い文章とニコちゃんマークのイラストが描かれている。

ここは茶道部の部室だった。

おそらく奥で茶会をしているのだろう。

その時の私の気持ちはあまり覚えていない。本能的にその場所に入っていった。何かを求めていた。

そして扉を開けた。

中は静まり返っている。周りには畳が埃を被り置かれている。

「畳の匂いが・・・」

その時物音が向こうの方からした。

「・・・ん?」

「あ」

奥の扉が開いていた。そこにはボブヘアの可愛らしい女の子がいた。

この学校はネクタイの色で学年がわかる。私と同じ色のネクタイをつけている。同じ1年らしい。

「あ、すみませんす」

「もしかして、入部したいの!?」

その子は私を見るなりぱあっと顔が明るくなった。

「出町先生ー!入部希望の人来ましたよー!!」

その子は奥の部屋に走っていく。

5秒ほどした後にすぐその出町先生が来た。

そういえば入学式の時に何か話していた。名前は確か出町灸。かなりのベテランらしい先生だった。

「まあまあ、玉寺さん、気分が上がるのは分かりますけど、早まってはいけませんよ。間違って入ってしまっただけかもしれませんし」

出町はそう眼鏡を抑え言った。服の上に羽織を着ている。

玉寺と呼ばれた子は少し赤面していた。早まったのを恥ずかしがったのだろう。

「でも、ちょっと寄っていきませんか?部員が2人しかいないんですよ・・・」

私は特に考えることもなかった。別に暇だったから。

「はい、じゃあお願いします」

出町はにこっと笑い、奥の方に向かった。私もそれについて行く。

・・・・・・

奥の部屋は2つに仕切られていた。

手前の方は普通の部屋になっていた。給湯設備等が備わっている。

そして少し奥を覗くと、本格的な和室となっていた。畳の香りがする。

出町は湯を沸かしながら言った。

「今回は作法は置いておいて、抹茶と茶菓子を頂いてもらいます。とにかくどんなものか知ってもらわないと」

なかなか手馴れているようだ。時間が過ぎるのと同じように作業が進んでいく。

待っている間、玉寺が話しかけてくれた。

「いやいや、ごめんね。部員が少なくてちょっと焦ってたの。ほら、この学校、3人以上部員がいないと部活動が出来ないでしょ?折角入部したのに、活動出来ないなんてたまったもんじゃないしさ」

そう彼女は少し残念そうに言った。

ある程度話をし終わった時、机に抹茶と茶菓子が出された。

出町は二つを指さし説明した。

「こっちが抹茶で、これは落雁(らくがん)という茶菓子です。まず、抹茶から召し上がってみてください」

言われた通り、まず抹茶を手に取り茶碗を持ち上げる。

茶碗は辺りに色とりどりの花が描かれており、美しい物となっている。

口に近づけると、店で食べた抹茶ソフトの匂いがした。

そして、口に内容物を含む。

「・・・」

苦い。

変な顔でもしていたのか、出町は少し笑った。

「玉寺さんもそんな感じでしたし、大丈夫ですよ。じゃあ、茶菓子を召し上がってみてください。その後もう一度抹茶を飲んでください」

茶菓子の落雁は淡い赤色をしている。花の形だ。

口に含むと、優しい甘みがあった。噛むと段々解けていく。

そしてもう一度抹茶を飲んだ。

不思議だった。茶菓子の甘みが抹茶の味を引き立てている。先程までは感じられなかった抹茶の深みを感じることができた。

「・・・すごい」

「でしょ!?」

玉寺がぐいと顔を寄せてきた。これくらいくっついてくれる方がやりやすい。

・・・・・・

「では、一応入部用の紙です。締切は1週間後なので、じっくり考えてください」

出町は入部用の紙を説明しながら渡した。

「はい。今日はありがとうございました」

私は2人に礼をした。

「いえ。返事を待っていますよ」

「また学校で会ったらその時はよろしく!」

その日夕暮れは過ぎ去ったが、私の中では強い思いがまだ沈まずにいた。

・・・・・・

帰宅後、私は私服に着替えず椅子に座りずっと入部用の紙を見ていた。

私には心残りがあった。キミエの事だ。

何故か私は部に入ればキミエとの関係はさらに薄くなってしまうのではないかと思っていた。

ろくに友達も作れなかったから、頼る人もいない。

いや。茶道部の玉寺と出町先生を思い出した。

2人は明るく私に接してくれた。高校で初めてあの様に歓迎された。

私はあの人達と仲を深めたい。

そうだ。

私はキミエともう一度仲良くしたいのが本当の目的じゃない。

仲の深い友達が、欲しかったのだ。

・・・・・・

私は翌日直ぐに入部用の紙を提出し、茶道部の部員となった。

「彼女が今日から茶道部のメンバーとなった清水美代子さんです。2人とも清水さんに協力してくださいね。清水さんも何か分からない事があれば2人に相談してください。2人とも同級生で気軽に話せるでしょう」

確かに玉寺ともう1人の男子は同じ色のネクタイをしていた。

玉寺が話をした。

「彼は石山琳。そんなに喋らないけど、根はいい人だよ。で彼のご先祖が・・・えーと確か・・・」

「千利休」

「そう!千利休!だからとっても茶道に詳しいの。彼の家も茶室があるんだよ」

私の前の無口な青年はどうやら千利休の子孫のようだ。それは凄い。

石山は独り言のように話した。

「本当かどうかは分からない。そんな大層なものでも無い。ただ俺は千利休を尊敬している。それは確かだ」

思わず私は尊敬した。彼には何か大きな茶道に打ち込む理由があるらしい。

「・・・凄いね」

私は呟いていた。

「そうか?」

「何かに一心に行動出来る人って、凄いと思うな」

彼は少し気恥しそうだ。

今まで光景を眺めていた出町が締めに手を叩いた。

「じゃあ、今から作法の筆記テストをしますよ」

今まで明るかった玉寺の顔が一瞬で嫌そうな顔になった。

「ええー」

「清水さんが来たからですよ。少し考えなさい。物事には必ず理由があるのです」

先程の言葉を石山がメモしていた。目は光が無かったが、何かが奥で燃えていた。尊敬している。

・・・・・・

「うーん」

私は珍しく真剣に物事に取り組めていた。

作法の暗記をしていた。

出町が出した抜き打ち暗記テストは、酷い結果だった。まあ玉寺は更に酷かったらしいが・・・。

テスト後貰った暗記シートは絵がつき分かりやすかった。出町のプリントは分かりやすいと評判なので、そこは流石というところだろう。

しばらく学習を続け、ふと時計を見た。

1時間を回っている。体感は20分程だった。

「ここまで夢中になれたこと、あったっけ」

少し驚いた。

・・・・・・

翌日授業が終わり、私は直ぐに部室に駆け込んだ。

今日は茶会があるそうで、私も参加出来るらしい。

ドアを開ける。

「こんにちは」

「清水さん、こんにちは。張り切ってますね。2人共来ていないし、先に説明をさせてもらいます」

私は出町について行き、準備室を抜け部屋に入った。

出町は更に右に移動した。

「ここは茶室に入る前に待機する通路です。茶室に入るには茶道口を通らなくてはいけないので、茶会をする時はだけはここを通るのです」

出町は茶道口の方を向いていたが、説明し終わると私の方を見た。

「大体作法は覚えてきてくれたと思いますけど、分からなかったら石山さんと玉寺さんの動作を真似すれば大丈夫ですよ。茶道はまずお茶を美味しく頂く事が目的なのでね」

「はい」

そう出町は言ったが、かなり緊張している。とにかく楽しもうと表面上は思った。

・・・・・・

2人が後に来、出町が話し始めた。

「今回は3人なので、末客の役割は無しで、石山さんが正客、玉寺さんが次客、清水さんが三客とします。では1分後に茶室に来てください」

そう言うと出町は去っていった。私は思わず声が漏れた。

「緊張する・・・」

2人が反応してくれた。

「私達がサポートするから大丈夫だよ」

「作法は最初の方は真似しながら覚えていけ」

2人に感謝を言う暇なくタイマーが鳴った。

・・・・・・

入ったあと直ぐに茶菓子が出された。

寒氷という菓子のようで、中にクルミが入っていた。懐紙という紙を使って食べる。

その後抹茶が出され、回し飲みする。私は別にそこまで気にしない人なので抵抗感は無い。

その後茶会は終了した。

茶会自体は確かに静かだったが、空気が張り詰めているという訳でもなかった。皆確かに純粋に茶を楽しんでいる感じがあった。

・・・・・・

「お疲れ様でした。皆よく出来ていましたよ」

「は、はあ」

正座のせいで足が痺れている。

緊張しなくても良いと言われていたが、茶室に入るとやはり気が張った。

ただ茶の味は良かった。何処かこだわりがあるのだろう。

その日は直ぐに部活が終わり、帰ろうとしたのだが、校門で玉寺に会った。

「一緒に帰らない?」

と聞かれたので了承した。

・・・・・・

「今日、どうだった?」

ふと玉寺に聞かれた。

「緊張したけど、楽しかったよ」

「良かった。私も最初はあんな感じだったなー。でも次の茶会で直ぐに慣れちゃって」

そう玉寺は笑いながら言った。順応が早いらしい。

「ところでなんだけどさ、清水さんはどうして茶道部の部室に来てくれたの?」

「え・・・通りかかった所で良い匂いがして、それで入ったんだよ」

正直に話した。多分大丈夫だ。

「そっか。お茶っていい匂いするよね」

それ以上特に会話は続かなかったが、別れる時、玉寺が話しかけてきた。

「ねえ、次の日曜、空いてる?」

「うん」

「じゃあ一緒にお出かけしない?」

少し動揺した。

「いいよ」

玉寺は私が答えると笑顔になった。

「じゃあ、また」

・・・・・・

人に誘われたのは何年ぶりだろうか。帰って来た時私は気持ちが高ぶっていた。

スマホに予定を付け、眺めた。

嬉しかった。また興奮した。

・・・・・・

日曜日、日が照りつけ暑い中、私は石清水八幡宮駅に来ていた。

地元の玉水駅から奈良線に乗り、京阪に乗り換え到着出来る。

1時間ほどかかったが、玉寺にはここではないといけない理由があるらしい。

暑い日差しを避け、私は石清水八幡宮駅3番線ホームで待っていた。

昨日雨が降ったため蒸し暑い。猛暑だ。

「3番線の電車は、準急、淀屋橋行きです。次の停車駅は、橋本です。ホームと電車の間に、ご注意ください」

駅のスピーカーから無機質に内容が告げられ、緑色の電車がホームに入る。

そしてドアから現れた。

「ごめんごめん。ちょっと出発に手間取っちゃって」

そう言って玉寺は小さい鞄を持ち電車から降りた。私服は私より断然センスがある。

茶道部に入るとああなるのだろうか。

「大丈夫」

「今日は私が奢るからさ」

玉寺が歩き出したので、私もそれについて行く。

「そんな悪いよ」

その事でトラブルにあったことがある。今は懐かしい。

「大丈夫。私バイトしてるから」

そう笑って玉寺は答えた。

忙しい間を縫って彼女は活動しているのだ。

塾ひとつで精一杯だった私とは大違いだ。

なんとなく余裕がある。

そして玉寺が向かったのは、石清水八幡宮の参道の入口付近だった。

この辺りは駅名にもある石清水八幡宮があり、正月には賑わうらしい。

その中でも玉寺は付近のとあるカフェに入っていった。

そこは和風の内装で、蚊取り線香が奥の方に置いてあった。

私達は中に入り席に着き、机に置いてあるメニューを見た。

メニューには抹茶や、汁粉などがあった。

どうやらここは和風カフェらしい。しかも茶道に近づいている。

窓には江戸時代にあるような庭もある。

おそらく江戸の茶屋がイメージなのだろう。

「清水さんは何頼む?」

メニューを見る。奢ってくれる様だし、あまり高い物を頼む訳にもいかないだろう。

かき氷にしておこう。

「この・・・宇治しぐれにするよ」

「OK」

そう言って玉寺は店員を呼んでくれた。

玉寺は周りを引っ張ってくれる力がある。これは彼女の元々の性格だろう。

・・・・・・

「お待たせしました。宇治しぐれと走井餅セットです」

店員から2つ渡された。

私が頼んだ宇治しぐれは宇治抹茶のシロップをかけた物である。

玉寺が頼んだのは抹茶とこの店で売っている走井餅というお菓子がついているものである。

「・・・ん、美味しい」

かき氷は中までシロップがかかっていた。

カフェではしばらくの間ゆっくり時間は流れた。

・・・・・・

食べ終わり本当に玉寺は奢ってくれた。

何か返すことが出来ればいいのだが。

「ねえ、石清水八幡宮行かない?」

先に外で待っていると玉寺がそう言ってきた。

「いいよ」

私は了承した。たまには神社に参るのも良いだろう。

石清水八幡宮はケーブルが通っている。だが今回は玉寺からの提案で参道を使う事にした。

・・・・・・

参道は湿っていた。体を湿度の高い空気が締め付けている。

土の参道は泥の道に変わっていた。

良くこのあたりは鳥がいるらしいが、今は全く居ない。

過酷だ。

私は昔ガールスカウトをした事があるので、ある程度の環境には慣れている。

だが後ろにいる彼女は大丈夫だろうか。

後ろを振り返る。

参道に座り込んでいた。

「・・・大丈夫!?」

私は参道を駆けて下った。スニーカーを履いてきてよかった。

玉寺は膝を擦りむいていた。血が出ている。

「痛・・・。ごめんね。私が提案したばっかりに、清水さんに迷惑かけちゃうなんて・・・私、馬鹿ね」

彼女は目に涙を浮かべていた。姿を見る度に胸がロープで縛られているように痛む。

「歩けそう?」

私はあくまでも平静を装った。

昔ガールスカウトで怪我した子を見た事がある。その時と今の状況は全く一緒だった。

・・・・・・

「・・・ちゃん!・・・ちゃん!しっかりして!」

後から知ったが彼女は持病の悪化で倒れたらしい。

雨降る道で倒れている彼女。

それに話しかけるしか能がない私。

何も出来なかった。私は彼女に。

その時は何も伝えられなかった。彼女は救急車で運ばれた後は姿をとうとう見せなかった。

あの時はどうなったか分からなかった。ただ今思うと分かる。

彼女は亡くなってしまったのだ。

元々病弱な彼女だったが、友だちをなくしたショックは大きかった。

でもその後はキミエが私と友達になってくれた。

・・・・・・

今はそのキミエも疎遠だ。

私は孤独だった。

でも。

玉寺があの時話しかけてくれたから。

私はこうしてここにいるのだ。

なら。

私は玉寺を持ち上げた。

「え、ちょっ清水さん・・・」

後ろから玉寺が話しかけてくる。

「大丈夫」

1歩歩みを進める。

人を抱えているのでかなり重い。

「どうしてなの?貴方が無理をするこもはないのに・・・」

声が少し掠れていた。急がないとまずい。

確か参道を超えた先に休憩所があったはずだ。そこで下ろそう。

だがそこまではまだ距離がある。このまま戻るのか?

参道はそこまで長い訳でもない。だが今はこの参道が永遠に続くような道に見える。

それでも私は進まなくてはならない。何故か。

「玉寺さんが・・・私を助けてくれたから・・・だから今度は私が・・・貴方を助けないと」

玉寺は手を差し伸べたのだ。だから私が手を差し伸べる番だ。

晴れていた参道が曇り始める。雨が降ってしまう。

それまでに・・・着いてみせる。

・・・・・・

どれくらい歩いただろうか。後ろの玉寺も何も話しかけてこない。参道をひたすら歩いた。

彼女を助ける一心で歩き続けた。

そして。

「あ・・・建物だ」

休憩所だ。

・・・・・・

水道で傷を洗う玉寺の横で、私は自販機で買ったスポーツドリンクを飲んでいた。

雨が今頃降り始めた。静かに雨音が屋根に響く。

「・・・ありがとう」

蛇口を締め付ける金属の掠れる音が聞こえた後、玉寺はそう私に言った。

「なんだか、清水さんに助けられちゃったなあ」

玉寺は気恥しそうに言った。

ようやく私は口を開いた。

「これくらい、大丈夫だよ。傷、大丈夫?」

「うん。清水さんのおかげだよ」

私達はベンチに2人並んだ。お互い顔は見ない。

「私も、何で急にあんな無理したのか、分からないよ。ただ、何か後悔するような気がしてた」

「そっか。・・・お参り、する?」

「うん」

休憩所で傘を借り、私達は境内に向かった。

・・・・・・

雨が降っていたが、参拝客はある程度いた。

皆私達の方は見ない。それぞれ自分達の時間を過ごしている。何もかもを八幡宮が包み込んでいる。そんな気がする。

賽銭箱が置いてある所に着くと、私は五円玉を賽銭箱に投げ入れた。距離が遠いのでそうする。

何を願おうか直前まで迷ったが、玉寺の怪我が早く治るように祈った。

「・・・何祈ったの?」

特に思うこと無く玉寺に話しかけた。

「・・・もっと仲良くなれるように。貴方と」

そう言い、玉寺は口角を上げた。

言われた瞬間、少し風が吹いた。

同時に雨も止んで。

「ねえ。美代子って、呼んでいい?」

嬉しかった。これ程思ったことはない。私も、玉寺と仲良くなりたい。

「・・・いいよ。政美」

「フフフ・・・」

私達は思わず笑った。

虹が空にかかった。

・・・・・・

「今ならこう思えますよ。私は、茶道を始めて良かった。ってね」

私は生徒の前で笑った。

京都文学賞様のTwitterを見た方なら分かると思いますが、この作品は1次選考で落ちました。

どこまでこの作品が評価されたのかは分かりません。ですが反省し、次に活かしていきます。

良かった点

地元を紹介出来た

名前の工夫

悪かった点

伏線が少ない

石山の必要性

余白に余裕があるのにもかかわらず内容のカット

漢字の固定

だと思います。

今思うと楽しかったな、というのが正直な感想です。

1次落ちは予想していましたし、落ちてもまあいいな、と。

でもやはり悔しいです。改善点が見つかったなら、そこを改善するのみです。

また京都文学賞様以外の小説の文学賞にも挑戦していきたいと思います。できるなら頻度を上げて。

これからも新山翔太作品をよろしくお願いします。

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