2話:"『芸術家』とは?"
「き、君…早く逃げてッ!!私のことはいいから!!」
シスターが逃げるよう、小柄な少年――クロに逃げるよう言う。
さてこの状況をどうしようかと、考えていた為にじっとしていたクロに、
大柄の男がゆっくりと近づく。指を鳴らし、笑顔でクロを脅す。
尚、脅されている当の本人は、全く男達に恐れている様子を見せていない。
「おい、変な仮面付けてるそこの坊主。そこにいるシスターさんの言う通り、
痛ーい目に合いたくなけりゃ、ここから消えな。わかるだろ、ん?」
「帰り道はお前らが塞いでるから、帰れん。邪魔だと思ってるならさっさとどけ、
デカいの。」
「おー、そいつは悪かった、なァッ!!」
本気の右ストレートが、仮面を付けたクロの顔を襲う。それを腕で防いだクロは真横へと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
その様子を男たちは眺め、そしてぎゃははと下品に笑う。
「おいおい、ガキ相手になーに本気になってんだか…手加減してやれよぉ。」
「まー、生意気な事ほざいたあのクソガキが悪い!」
「それもそうだな!これもまたいい教育になっただろう!俺たちはなんて、
優しいんだろう!」
「あ、あぁ…なんてこと…」
「ははは、よぉく見てなシスターさん。無力で生意気なクソガキが、お強い大人に
ボコられてる様子をよぉッ!!」
ボコボコにするために大男がゆっくりと、立ち上がった少年に近づく。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら拳を振り上げ、殴りつけようとし――
「ぎゃっ」
――そして、その男達の隣に少年を殴りつけた大男が叩き付けられた。
情けなく大男は鳴く。
「「「…は?」」」「…え?」
「先にアイツが殴った。だからこれは正当防衛。」
突然の出来事に唖然とする男達と、シスター。自分達よりも小さい背をした少年が、大男を投げ飛ばした。ありえない光景を前に、静寂が流れる。
先に口を開いたのは、シスターを掴んでいた男だった。
「…お、おいおい、何の冗談だ?あのチビが、アイツをぶん投げた…?
は、はは…あ、ありえねぇだろうがァッ!!」
「…そしてこれから行う行動も正当防衛だ。大丈夫、何も問題はない。」
「なっ―――ぐえっ」
逆上した男が、シスターの腕を放し、そしてクロに勢いよく殴りかかる。
クロはその拳を危なげなくかわし、男の腹に目掛けて思い切り足を突き出す。男は後ろでまだ茫然としていた仲間を巻き込みながら、後ろへと吹き飛ばされた。
「―――とはいえ、一銭にもならない無駄な喧嘩だな。
…あぁ、まだやるか?」
ドスの効いた声で、まだ立っている悪漢たちを脅す。変な仮面もあって、妙に迫力がある。
二人を圧倒した、自分達よりも強い小さな少年に返り討ちにされる未来が見えるのに、まだ喧嘩に挑む馬の骨はいるのであろうか。
◇
気絶した仲間たちを庇いながら、覚えてやがれと情けなく退散する悪漢たちを眺めながら、
報復にまた来られるのも面倒だ。縄を普段から持っているべきか?と、思考の中で真面目に検討していると、助けたシスターに声をかけられた。
「き、君は一体…?」
「…冒険者ギルド所属のクロ。階級は【銀鐘】…中位の冒険者だと
思っていただければ。」
「は、はぁ…だからあんなに強かったんですねぇ…。」
門番に身元確認の際に出した銀色のギルド証を見せ、自分の名と所属、階級を丁寧に名乗る。
階級は一般的には知られているものの、どのくらい凄いのかわからない人もいる為、ざっくりとした説明も添える。
「ん、どうも。…こちらからも質問を一つ。なぜ態々こんなところを?」
「う゛っ…そ、それは…。」
「こうなることぐらい予想できていた筈…何か、路地裏を通らなければ行けない箇所でもあったんですか?」
「…え、えぇ、まぁ…はい、その通りですぅ…。」
クロが想像した推理が当たっていたのか、シスターは観念したかのように話す。
「最近、この辺りに鎧を身につけた男が彷徨っていると聞いて…
…『芸術家』っていう連続殺人鬼…は知ってますか?」
クロは、酒場の男たちが話していた内容を思い出す。しかし、名前と【銀鐘】の冒険者が返り討ちにされたことぐらいしか情報は持っておらず、取り合えず調べたかった情報でもあるので、聞いておくべきだろうと判断した。
「…今日来たばっかなんで名前と、同業が殺られたことぐらいしか。」
「あ、そうなんですか。『芸術家』というのは、襲った被害者を芸術品にして
現場に残す、度し難い行為を行う殺人鬼です。今日もまた一人、その殺人犯の
手にかかり亡くなられました…。」
「なるほど、ありがとう。」
「いえいえ…。丁度、その不審人物達が出現する地域に友達が住んでいて、
心配で様子を見に来たんですけど…」
「あいつらに襲われた、と。」
「はい…い、今までそんなこと起こらなかったので、
今回も起こらないだろうなーと思ってたんですけど…。」
「…警戒しなさすぎ。」
「ん゛んっ」
真っ当な正論に、言葉に詰まるシスター。その一方でクロは、シスターが言っていたある言葉について興味を惹いた。
「…シスター。”鎧の男”について、もっと詳しく知っていることはないか?」
◇
一方、すごすごと逃げた悪漢たちは、クロに気絶させられた仲間を叩き起こす。
「おい、起きろ!」
「うっ、ぐぅ…。」
気絶させられた所を、無理やり起こされた男は、ここにはいない少年に対して恨み節を吐く。
「い、つつぅ…。加減しろよ…。あぁクソ、あのガキめ…。今度会ったらぶちのめしてやる…!」
「おい、やめとけよ…。また返り討ちにされるだけだっての…。今回は運が無かっただけさ。」
「そうだそうだ。ほら改めて美人のねーちゃん探しに行こうぜ?」
「…それもそうだな。うし、次だ次!」
痛い目にあったが全く反省しておらず、懲りずにまた次の獲物を探しに行く男達。
獲物は、幸運なことにすぐに見つかった。
「お、今日はついてるぞ。2人目だ!」
男たちは早速絡みに行く。
相手は、非力そうな女性一人。こちらは、複数人。数的にこちらが有利、しかも人通りも殆どないので、助けを呼ぼうとしても来ることはない。楽勝だ。
そう思ったことだろう。
「おーい、そこのねーちゃん。俺たちと遊ばなぁい?」
ところで話は変わるが、振り子というものは御存知だろうか?
紐につるされた物体が、行ったり来たりと揺れを繰り返す。そんな道具だ。
運というのは、よく振り子に例えられることがある。良運に当たれば、必ずいつかは悪運に当たる。
男達の悪運は、すぐに来た。来てしまった。クロが男たちの前に現れたように。
「…ふふっ。材料が態々自分から来てくれるなんて、今日はなんて
ついてるんでしょう!まずはぁ…ウォーミングアップから、ですか、ねェッ!!」
「え―――」
いつの間にか女の姿は、街で噂されている”鎧の男”に変わっていた。”鎧の男”は腕を振り上げ―――
男たちの意識はそこで途切れている。