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獣放浪記  作者: 柱餅
1/5

1話:"謎の旅人クロ"

「はぁ…はぁ…ッ!?俺が…俺が何をしたって言うんだッ…!!」


 暗く静かな夜の街の路地裏に、荒い息が響き、男と謎の人影が通過する。

やがて謎の人影から逃げていた男は、行き止まりへと追い詰められた。そこに生気の無い亡者のようにゆったりとした足取りで追跡者が近づいてくる。

男はもう逃げられないと悟ったのか、震えた声で許しを請う。


「な、なぁ…お、おお、俺が悪かった!!

 だから、見逃して「ごちゃごちゃと…うるさい、ねェッ!!」ぐがッ…!?」


 しかし、追跡者は止まらない。追いかけていた影が、逃げていた男の肩を掴み、拳で腹を貫いた。

鮮血が辺り一面に飛び散り、男が倒れ伏す。追跡者は、その肉塊の前にしゃがみ込む。

そしてしばらくの間、骨を折る音、肉を捏ねる音を暗闇に響かせると、座っていた人影が立ち上がった。


「く、はは…ああ、なんて…なんて素晴らしい力なんだぁ…!」


 人影が狂ったように静かに笑う。しかし、この影を単純に人影と呼んでよいものだろうか。なぜならば―――


「これでェ…もっと美しい芸術品が作れる…!」


 月の光によって照らされたその影には、人間には普通ならば無い巨大な爪(・・・・)熊のような丸い耳(・・・・・・・・)があったからだ。

反射する銀色の光が、怪しく路地裏を照らす―――


 ◇


「おい、そこの怪しい奴。止まれ!」


 太陽が真上で強く自己主張するかのように輝く昼間時。とある街の門の前で、1人の旅人が門番に呼び止められていた。

何故止められたのかと、不思議そうに首を傾げる旅人の顔には、鹿の頭部の骨を模した仮面が付けられており、フード付きの黒いマントで身を纏っていた。

紐で纏めてあるトランク2つの1セットと、武器屋の外で売られているような素朴な槍もあって、怪しい宗教の信徒に見える。もしくは、呪術師か。

外見を見て怪しいと思っている門番の質問に、旅人は自分が怪しい恰好をしているのを思い出し、正直に自分の名前はクロ、職業は冒険者。古が集う街オルドクトに行く為この街を経由しに来た、と答えた。

 門番は、腰にぶら下がっている鈴を気にかけながら、目の前にいるクロの話を聞く。

この門番が腰に付けている鈴は、魔道具と呼ばれる魔力が付与された道具であり、この鈴を付けている者の前で嘘や隠し事を言うと、音が鳴るという仕組みになっている。

クロの全ての回答に、鈴は鳴らなかった為、彼の答えに嘘や隠し事はないと分かったので、門番は態度を改めた。


「いやぁ、すみません。身なりが怪しかったもんで呼び止めちゃいました。

 あ、最後になりますけどギルド証を提示してください。」


 クロは内心で『まぁ、そういう恰好をしていれば呼び止められるよな』と納得しつつ、先端が少し赤くなった青色の羽根と鐘が描かれた銀のコインが付いた装身具を取り出した。これが門番が言うギルド証なのだろう。

門番は、そのアクセサリーのようなものに羽根が付いていることと、コインと羽根の色を確認すると、


「…はい、羽根はありますね。色も階級も問題なし、と。…お手数をお掛けしまい

 申し訳ありませんでした。ようこそ、トアタスへ!」


と言い、恰好が奇妙な旅人を通した。


 ◇


 クロは、自分に非があるとはいえ少し足止めされたことに、少し不機嫌なオーラを出しつつ、マントを掴んで全身を隠すように、街中をゆっくり歩き回っていた。

取り合えず、酒場か宿屋を見つけて羽を休めたい。そう思いながら、辺りを見回していると、複数人の衛兵が路地裏へと入っていくのを見かけた。

見回りなら、大体一人か二人位で行動する筈なのに、纏まった人数で行くなんて何かあったのだろうか。しばらくその現場を見つめ、自分が今何を探していたのかを思い出し、また歩き始めた。

そして彷徨うこと数分後、念願の酒場を見つけたので、中へと入っていった。


 酒場の中は多くの人で賑わっており、これからどこへ行くか相談していたり、噂話をしていたり、仕事について話していたりと、騒がしく昼食を取っていた。

クロは、辺りを見回して空いている席を探し、見つけるとそこへと座る。

近くを通りかかったウェイターにパンと水を頼むと、やっと一息つけると心の中で呟いて、頬杖を突いた。

今日1日この街に留まって明日の朝には出発しようか、と今後の予定をボンヤリとしながら考えていると、彼の後ろの席にいる男達が、大きな声で言い合っているので、何事かと耳をそちらに傾ける。


「――でさぁ、俺その娘に優しく言ったのよ!

 大丈夫、この俺が君を噂の『芸術家』様から守ってみせるよ…ってなぁ!」

「えー、お前がぁ? 無理だろ…うん、無理無理。」

「あぁん!? この俺様が、力不足だとほざくのかぁ?」

「おぉう、落ち着け落ち着け。…いやだって、偶々ここに来てた俺達よりも上の

 【銀鐘】(ぎんしょう)の冒険者が、5人もやられてたんだぜ?それよりも下の俺とお前じゃ、

 『芸術家』様に殺されるだけだっての。」

「え、ま…マジ? い、いやわかんねぇじゃん!!もしかしたらその冒険者が

 俺よりも弱かったかもしんねぇじゃん!!可能性はあるって!!」

「ないない…現実を受け入れたまえ、【鉄旗】(てっき)クン!」

「うるせェーッ!!」


 【鉄旗】(てっき)とは冒険者の階級の1つで、9つある冒険者ランクの上から6番目に位置する。クロが属している 【銀鐘】(ぎんしょう)の冒険者は、その【鉄旗】(てっき)よりも2つ上の階級だ。

【銀鐘】(ぎんしょう)の冒険者では捕まえられず、しかも返り討ちにした犯人を、【鉄旗】(てっき)が捕まえるのは絶望的だろう。

 しかし、程々の実力を備えている 【銀鐘】(ぎんしょう)の冒険者を負かした、『芸術家』と呼ばれる犯人とは一体どんな奴なのだろうか?

そういえば、この酒場に来る前にあったことも、その犯人が関わる事件と何か関係があるのだろうか?

寝床が確保出来たら調べてみるかと、配られたパンと水を急いで胃に流し込み、勘定を済ませて酒場を後にした。


 ◇


 しばらく迷子になりかけながらも探索して、やっと宿屋にたどり着き、荷物を置き身軽になって外に出た頃には、太陽は沈みかかっていた。

クロは、昼に見かけた衛兵が複数人通っていた路地裏へと向かい、入っていった。

路地裏は人通りがかなり少なく、時々すれ違う人の顔が見えなくなる位には、暗かった。

見知らぬ街、しかも入り組んでいる路地裏。当然のようにまた迷子になりながらも、ぶらぶらと歩いて数分後、乾いた血痕が扇状に飛び散っている現場らしき場所を見つけた。


(この血痕の飛び散り様…刃物で斬った訳でも、鈍器で殴った訳でも無さそうだ。

 となると…勢いよく尖った道具で貫かれた?だが…)


 一旦現場から目を離し、後ろを振り返る。

ここは角の行き止まりであり、長い物を持って勢いよく曲がろうとしても、引っかかって派手に転ぶだろう。

 視線を戻し、行き止まりの壁を見る。

勢いよく刺すことに成功したとしても、刺された死体は動き、壁にトマトが潰れたような血痕と、尖った物がぶつかった傷が出来るだろう。

しかし、壁にはそのようなものはなかった。


(…掴んで零距離で貫いた?これが、一番あり得るか…?

 こんなことを出来るのは、相当な手慣れか。それとも…)


 まだ断定はできないかと、来た道を思い出しながら宿へと戻ろうとすると、複数人が揉めている現場に出くわした。


「よぅ、シスター様。こんなところに何用だい?」

「は、放してください!衛兵さんを呼びますよ!」

「おいおい、俺たちの質問にちゃぁんと答えてくれよ!

 それに、こんなところに来る衛兵さんなんかいないぜ?」

「違えねぇ。…あぁ、そうだ。シスター様、貧しくて可哀想な俺たちにも何か恵んでくれよぉ。」

「い、嫌ッ…!」


 どうやらシスターが、複数の悪漢に襲われているようだ。

悪漢の一人が、じっと見ているクロに気付き大声で威嚇する。


「…あ?何、ジロジロ見てんだクソガキ。ボコボコにされてぇかぁッ!?」


クロは思う。―――あぁ、かなり面倒くさい場面に出くわしたな、と…。

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