08話 貴様は甘い
訓練五日目、今日も今日とて、反撃が叶わずに殴られ続けた。
殴られすぎて頬の感覚がもうない。
レッカ兵士長に怒りも湧いては来ず、ヒヨリも悲しそうな顔を浮かべていた。
それでも、反撃はしなかった。
空が青かった。
この世界にも、しっかり空があり、太陽があり、雲があり、気候が存在する。
殴り飛ばされるたびに空を見上げた。
そして、思い出す。
俺は、子供ながらに、いや、子供だったからこそだったのだろうか。
ヒーローになりたかったんだ。
幼い頃の記憶は正直あまり残っていない。
父親との記憶も、正直あまりない。
でも、一言だけ、今でも鮮明に覚えている言葉があった。
「カゲツはヒーローになりたいのか?」
「うん! みんな守れるスーパーヒーローになりたいんだ! どうすればなれるかな?」
「俺にも分かんねぇなぁ・・・。俺ヒーローじゃないし」
「大人なのに分からないのかよ!」
「大人にだって分からないことはあるんだよ!」
むすっと拗ねた顔を浮かべると、親父はこう言ったんだ。
「分かんねぇけどさ、守るヒーローなら、頼られる人にならなきゃいけないよな」
「頼られる人?」
「あぁ。簡単に言えば、辛いことも苦しいことも、笑ってぶち壊せるような人だ」
その言葉だけを、何故か俺は忘れなかった。
親父が失踪し、施設に預けられても、その言葉だけを頼りに、前を向いた。
みんなを守れるように。家族を守れるように。
そうだ、俺の力は守るためにあるんだ。
「ニヒヒ・・・。レッカ兵士長、俺もう、殴られんの慣れちゃいました」
レッカ兵士長は、空を見上げ笑い掛ける俺に、吹き出して笑った。
「ク・・・ハハハ! 貴様は甘い。甘すぎるな!」
「えぇ。甘すぎるかもっすね」
レッカ兵士長は、ヒヨリを優しい目で見遣った。
「ヒヨリ・ワーヴラー」
「は、はい」
「良い相棒を召喚できたな」
「はい!」
踏ん切りがついたのか、諦められてしまったのか、その日の訓練はそれで終了した。
しかし、レッカ兵士長は、そんな懐の狭い人間じゃないことは、既に分かっていた。
その夜、俺たちはレッカ兵士長に呼び出された。
「カゲツが断固として反撃できないなら、実践訓練はできない」
その通りだ。自覚はある。でも、俺にも譲れないものもある。
「でも、カゲツの信念は素晴らしいものだと褒めてやろう。同時にヒヨリもだ」
「私もですか⁉︎」
「あぁ。一度として私に全力の一太刀も食らわせてこなかっただろう」
「そりゃあ・・・」
ふっ、と鼻を鳴らすと、コーヒーに口をつける。
「貴様らは本当に甘い。だが、その断固とした仲間想いな部分は、これからの戦いで必要となる。仲間を見捨てるようなヤツこそ、この先生き残れはしないからだ」
「は、はい・・・!」
「でも、だからこそ、甘さを捨てることも忘れるな。その甘さのせいで、仲間が死んでしまうと言うこともある。しっかり差別化を計れるよう、貴様らはそれに専念しろ」
「「分かりました」」
俺とヒヨリは、声を合わせてレッカ兵士長に跪いた。
怖い経験をした。
部活動でもこんな厳しい訓練を経たことはない。
でも、命をかけた戦いが始まる。当然と言えば当然なんだろう。
ヒヨリの覚悟も、この訓練を通してしっかりと伝わった。
ヒヨリは、この国を守るために俺を召喚したんだと、確信した。
川に投げ打ったこの命、たまたまとは言えヒヨリに救われた。
ならば、改めて命をかけてこの子を守り通して、国を救ってやると、この胸に誓った。
◇
ヒヨリは孤児であった。捨てられていたのだ。
王城の前に捨て去られ、国王が拾って自分の名を与えた。
国王の本当の名は、オーグ・ワーヴラーと言った。
ヒヨリ・ワーヴラーとは、そこから名付けられたのだった。
そして同時に、なんの因果か、ヒヨリには精霊のマナが授けらていることを知る。
その特別なマナに、捨て子ながらに五鳥王となった。
そのことは国民全員が周知していることだった。
ヒヨリが五歳になった頃、剣術の先生がついた。
シア・グロード。女性剣士にして、当時剣豪と呼ばれた戦士だった。
鋭い長剣を滑らかに扱い、テクニカルな剣術を得意とした。
「ヒヨリ、いい? 男ってのは、女よりもガタイがデカイから、力任せじゃ勝てないのよ」
「じゃあどうすればいいの?」
「簡単よ。女は男より身軽なんだから、男より早く動けばいいの」
シア・グロードは風のマナを授かった術師であった。
その為、スピードにも自信があり、今のヒヨリの戦闘スタイルを作った原点である。
多様な精霊の中で、風の精霊を常備しているのも、この頃からだった。
「あと、もう一つ大切なことを教えておくわ」
「何?」
「ヒヨリ、友達っている?」
「うーん。南部のアクリムちゃんとはこの前のパーティで少しお話しできたけど、他の子たちとはあまり喋れなかったかなぁ・・・」
「まぁ、お友達作りは焦ることじゃないけどね、あなたが大きくなって、大切な仲間ができた時に、絶対に守るべき二つのことがあるの」
「守るべきこと?」
「そう。強い剣士には絶対に欠かせないことよ!」
「何! それを守ればもっと強くなれるの!」
「そう言うこと! 強くなるために必要不可欠なルールなの!」
そう言うと、シア・グロードはヒヨリに剣を突き立てた。
「仲間は絶対に見捨てないこと、自分の命を仲間に託すことよ」
ヒヨリはゴクリと唾を飲み込んだ。
いつもお気楽なシア・グロードが、いつにもなく真剣な表情をしていたからだ。
「ヒヨリ、強い剣士になりたいのなら、今すぐこの剣に誓いなさい。この剣は私の魂よ」
小さいながらに、ヒヨリはその剣に、ビクビクしながらも、そっと触れた。
「私は、強い剣士になります・・・!」
それから七年後、ヒヨリが14歳の頃に、シア・グロードはヒヨリを庇って戦場で殺された。
その戦により、ヒヨリは、剣聖術師と称号を受けることとなった。
◇
ヒヨリは、反乱軍・魔王軍、共に殺すことをしなかった。
俺としても死人を真正面から見るなんざ、ゴメン被りたい話ではあるが、この異世界において言えば、それは確かに甘い考えのような気もした。
ヒヨリが今後どう戦うのかは分からないが、俺の中で、変わってほしくない気持ちと、変わるべきだという気持ちが交差し、ぐるぐると駆け巡っていた。
ただ、今ハッキリと言えることは、ヒヨリの目は真っ直ぐだと言うことだけだった。
人物紹介
名前:シア・グロード
年齢:享年32歳
属性:風
役職:元・王国軍中将 / ヒヨリの恩師
称号:疾風の剣豪
スキル:風の魔術による高速剣術