03話 王城にて
国王からの開会宣言が言い放たれ、その場の全員が緊張に包まれているのを感じた。
予測するに、このヒヨリを含めた四人の内の誰かが、この国王の後継ぎになるのだろう。
しかし、早々に、騒々しくも声を荒げる男がいた。
「ちょっと待ってください、国王!」
さっきヒヨリに、クソ女と罵った茶髪の男だ。
この何百人もの兵士たちが見守る前で堂々と、とても肝が据わっているように感じられる。
「西部のドープ・クロウか。どうした」
「次期国王選抜にライバルが減るのは、まあ俺たち個人としては願ったりなことですけど、やはり歴史を重んじるべきならば、五鳥王は揃えられるべきかと…!」
「やはりその話か」
「もう一人の五鳥王の捜索は進んでおられるのですか!」
まず知らない言葉、五鳥王。
次期国王選抜に選ばれたこの四人のことを指していて、もう一人がいないことが問題とされているのか。
五鳥王と呼ばれるだけあって、本来ここに並んでいるのは五人のはずだった、と言うことだろう。
国王はただ黙って、四人の若き未来の国王たちを眺めていた。
「もう一人の五鳥王は今、魔王軍にいる。その為、彼奴は除外して執り行うこととした」
この場にいるカゲツ以外の全員が驚愕の表情を浮かべたことは、鈍感なカゲツにも分かった。
当然だ。次期国王選抜に選ばれた人間が、現在魔王軍にいると断言されたのである。
西部のドープ・クロウと呼ばれた男も、悔しそうな顔を浮かべて静かに座り込んだ。
国王から一通りの話が終わり、置いてけぼりのカゲツは、その内意識を別のところに置いていた。
国王の決め方はよく分からないが、直近の問題として、魔王軍と反乱軍の様子を見る、大々的に式典として執り行っていたが、結局はそんなことを話していたような気がする。
「さて、大体のことは掴めたかしら?」
凛々しい表情が消え去ったヒヨリは、城の柱で項垂れる俺に対し、そう問いかけてきた。
が、今の現場を見せられて何をどう掴めばいいのだろうか・・・。
「ヒヨリ…君が未来の国王候補の五鳥王の一人なことと、そのうちの一人は魔王軍にいてヤバいってこと、その他は俺の元いた世界とはかけ離れすぎた話で、正直ついていけませんでしたよ」
ええ!? そんなことしか理解できなかったの!? とでも言いたげな顔を浮かべるヒヨリさん。
仕方ないだろ。
この世界に召喚されて、パンイチで奇襲されて、気が付いたら王城で国王と対面って・・・誰がどう状況把握しようとしても、理解できる範疇を超えている。
俺の理解力が乏しいだけ? いや、今回に関してはそんなことはないと断言できる。
「と言うか、話を聞いてて気になったんだが、現国王さん、ヴァーズ三世って名前だったよな? んで、ヒヨリの名前はヒヨリ・ワーヴラー、あの喧嘩腰の彼はドープ・クロウ。誰一人、国王と同じ名前はない。普通、次の国王とかって、そのまま血族が受け継ぐものじゃないの?」
「血族? 息子とかってことかしら? そんなものは関係ないわよ。この世界は力こそが全てなの。天の加護により示された五人が五鳥王とされ、その中の選ばれた一人が次期国王となる。現に、参列していた四人は王族だけど、魔王軍へ行った一人は貴族ですらなかったわ。まあどちらにしても、王族に多いってのは違いないけどね」
「力こそが全ての世界で、結局なんで王族が多いんだ? 天の加護とやらがあるなら、あんまり関係ないんじゃないの?」
「王族の血をより多く受け継いでる人たちの方が、精霊のマナを多く授かれるの。魔術を使うには、精霊から受けるマナが必要だから。それで天の加護って言うのも、そもそも普通のマナではない選ばれし者達なの」
「普通のマナではない選ばれし者達・・・?」
「そう。本来の魔術は五元素、炎・水・風・雷・土のマナを授かり、魔術として戦闘する。でもね、私たち五鳥王はその五元素から外れたマナを授かっているの」
「え、でもヒヨリは風魔法を使ってたよな?」
「えっとね、まずこの世界に魔法って概念は存在しない。全てはマナを授かった魔術。剣を扱った剣術だったり、全ては術として呼称される。それをまず覚えて」
なるほど、魔法のことは理解できた。
俺が魔法すげぇと思っていたものは、この世界では一律してただの術の一つ、『魔術』と称される。
確かに、この世界に来て「○○魔法!」とか唱えている輩は一人としていなかった。
「それで私の授かったマナなんだけど、私は精霊のマナを授かっているの」
「ん? そもそも精霊からマナを授かって、五元素から魔術として放てるんだろ?」
「そう、なんだけど、ちょっと違くて。私は、精霊からマナを授かるんじゃなくて、精霊自体のマナを授かっている、と言えば分かるかな?」
少し難しいが、なんとなく理解できた気がする。
ヒヨリが使っていたものは、『風の魔術』ではなく、『風の精霊に協力された力』であり、そもそも魔術ではない。
ある意味で、ヒヨリは剣術しか扱えない、が、逆を言えば、あらゆる属性の魔術が、精霊の協力によっては使用可能、と言うことになるのだろうか?
だとしたら、このヒヨリ様はスーパーチート能力の持ち主で、それに並ぶ五鳥王って、中々にヤバいヤツらなんじゃないのか?
俺に出る幕はないのではないか、と更に深く溜息を溢してしまう。
しかし、そんなことよりも、だ。
「ってことは、その精霊のマナさんの力で、俺にも魔術が使えるってことか?」
コレだ。
今、他のヤツらの実力とか問題とか、正直最初からついていけてないんだからどうだっていい。
折角やって来た異世界ファンタジー。
ショボくてもいいから俺も魔術が使いたい!
火の球とか杖から出してみたい!
いやぁ、夢だったんだよね。RPGでは大体、広範囲の魔法使いとか選んでたし。
現実が脳筋キャラなだけあって、やっぱりそういうテクニカルな魔法とかには強い憧れがあった。
「マナは等しく人に流れ込むもの。あなたも異世界から来たとは言え、必ず、己にマナを与えてくれる精霊がいるはずよ」
やったぁ!
これは今度こそ期待をしてもいいんじゃないか?
チートガール・ヒヨリ様のお墨付きだ!
マナを与える精霊、相棒みたいなものか?
その辺がちょっとまだ分からないけど、取り敢えず、ヒヨリが「試してみましょう」と言うから、何も考えずに着いて行くことにした。
ヒヨリに着いて行った先は、四方を強力な魔法にも耐えると言う、頑丈な防魔壁に囲まれたトレーニングルームだった。
「まずは、自分が何の属性の精霊と対話できるのか、試してみましょう!」
俺は、ビシッと「了解!」と敬礼をした。
ワクワクが止まらない・・・!
しかし、俺の挙動不審な行動に、ヒヨリは少し困った顔を浮かべていた。
「それじゃあ私の手に、カゲツの手を重ねてみて」
ヒヨリからのいきなりの申し出に、俺は少しだけ退いてしまった。
いや、異性と手を重ねたことはある。
もちろん、ある。
が、それは何年も前の記憶の片隅のものになる。
施設の兄妹たちは別として、だけど。
俺はそっぽを向きながらも、ヒヨリの手と自分の手を重ねた。
「む」
ヒヨリは少し声を漏らしたが、触れた手は何も変わらず、ヒヨリの鼻だけがピクッと動いた。
「今、カゲツのマナを探ってみたんだけど、あなたには炎属性のマナが流れてるみたい」
「ってことは、俺は炎の魔術が使えるのか!」
「そういうことになるわね。魔術を使うには、まず身体に流れるマナを感じて、それを使いたい部分に集中させるの」
「と…言いますと…?」
するとヒヨリは、人差し指を立て、くるくると回し始めた。
「例えば、さっきの反乱軍がしていた炎の魔術のように、杖に宿したい時は杖に、指に宿したい時は、こうやって指に集中させるの」
ヒヨリが回す指先から、緑色の光が、ふわふわと回るように出て、微かな風が吹いた。
そして、それを掴むように消し、今度は足を少し上げて見せた。
「私のように足に魔術を付与させれば、自分の体を飛ばすように使えるわ」
なるほど、それでヒヨリの戦闘時の高速移動が可能になる、と言うことか。
それは風の精霊さんの力ってことだよな?
「マナを感じて手に集中・・・か」
俺は元々、陸上競技の選手だ。
走るだけではなく、様々なスポーツを得意としてきた。
その培ってきた身体の勘の良さは、魔術でも同じだった。
「うわっ!」
俺の手からは、熱く燃え上がる炎が生み出された。
「赤い光とかじゃねえ・・・炎が出たぞ!」
「えぇ! そんな簡単に⁉︎」
ヒヨリも驚きを隠せないでいた。
「ようし・・・」
俺は、炎を胸の前で両手で隠し込み、片足を上げると同時に両手を上げ、
「行け! 炎の魔球!」
そのまま野球のピッチャースタイルでフルスイングした。
炎の玉は壁に強くぶち当たり、シュウ・・・と煙を出しながら消えた。
「よっしゃ! 魔術使えた! ファイアボールみたいな使い方だろ今の!」
ヒヨリは呆然と立ち尽くしていた。
「どうした?」
「いや、あなた今、腕力だけで魔術を、自分の体、と言うか、手から投げ飛ばしたわよね?」
「多分そうだな」
「普通、魔術は体のマナを使うから、魔術による放射、つまり体からの着脱は本来不可能なはずなの。だから、反乱軍の彼らの場合なら、炎を撃つために杖を媒介として放っていたの」
「・・・えっと、つまり?」
「腕力だけで放射させて、あそこまでの威力をぶつけることは、普通じゃ不可能なのよ」
と言うことは、魔術においてこの世界では信じられない作用を起こす、これが俺に与えられた特殊能力、ってことになるのか・・・?
しかし、冷静な俺は考えてしまったのだ。
「それさ、一見凄いけど、あんまし意味なくね?」
ヒヨリは少しの沈黙の後に答えた。
「そうね。意味はない、どころか、やはり何かを介して放った方が威力も段違いだろうから、むしろデメリットになるわね」
俺は冷や汗をバレないように拭った。
「それでもさ、凄いことは事実なんだし、何か使い道があるかも知れないじゃない! ねえ、もう一度やってみてよ!」
ヒヨリは励まそうとしてくれているのか、本当にそう思ってくれているのかは分からないけど、信じてくれているのは実感した。
「ようし・・・それではもう一度・・・」
しかし。
「ってあれ・・・?」
さっきと同じように炎を灯そうとしても、広げられた手からは何も反応がなかった。
運動神経の優れた俺が、一度掴んだ感覚をすぐに忘れるなんてことはあり得ない。
「どうしたの?」
「さっきと同じようにやってるんだけど、全く炎が出てこなくて・・・。さっきのはマグレだったのかな・・・」
「もう一度手に触れてみて。もしかしたら、いきなりの放出にマナ切れを起こしているのかも」
そう言うと、ヒヨリは再び俺の前に掌を掲げた。
俺は再び、そっぽを向きながら、それに続いて手を重ねる。
「えっ・・・⁉︎」
ヒヨリからは明らかにおかしいと感じさせざるを得ない声が発せられた。
「おかしい・・・」
「え、何が・・・? マナ切れ起こしてます・・・?」
「違うの。そもそもの炎属性のマナが一切感じられなくなってるの!」
「それがマナ切れってもんじゃないの?」
「あのね、精霊のマナは常に体を流れているものなの。マナ切れって言うのは、魔術を使う量のマナが体から消耗されただけだから、炎属性の精霊のマナが消えることはあり得ないの」
要するに、だ。
「炎属性のマナが感じられないどころか、何のマナも感じられない。今のカゲツは何をどうやっても、魔術は使えないわ」
衝撃の事実ではあるが、俺の心は、使えないことの悲しみよりも、さっきは出来たことが出来なくなる自分の性質にショックを受けた。
「俺の魔術は、さっきの一撃が最後・・・」
なんなんだ、俺の能力は本当に。
一度敵の攻撃を防いで終わり。
一度魔術を放って終わり。
それもどちらもすげぇ強い! みたいな攻撃でも何でもなかったのに、一度きり・・・?
そんなんで、どうこんなチート王族共と渡り合って、魔王やら反乱軍やらと戦っていくんだ?
俺は再び、強い不安感に襲われた。
人物紹介
名前:真欧花月
年齢:18歳
役職:ヒヨリの従者
スキル:なんか敵の攻撃を一回無効化
なんか炎攻撃を一度だけ放出 ←new
ちょっと後々の展開のためにいきなり難しい情報盛りだくさんで説明不足になっているかも知れないので、少しだけ魔術について補足説明をします。
簡単に
五鳥王と呼ばれる五人は、特別な魔術を授かって生まれて来ています。
その為、王族や平民関係なく、その特別な魔術を授かった時点で、国王選抜に選ばれます。
王族に兄弟・姉妹がいても、特別な魔術を流石った者のみが選抜されます。
ただ、ヒヨリの能力はあまりにチートすぎる訳ではなく、『精霊からの協力』と言った形となるため、他の術者の様に放出したりはできず、あくまで自分に付与させるのみになります。
それ以外のこの世界の術者は、五元素のみの魔術が使用可能です。
使い方や戦い方はその人次第となります。
魔法ではなく、あくまで魔術呼称なことも、この先の展開と繋がるので、今はそうなんだね〜程度に受け止めて下さると幸いです。