02話 剣聖術師
反乱軍を退けて暫く歩いた後に、俺はヒヨリの魔法で服を見繕ってもらった。
葉で作られた服はヒラヒラとしていて、夏場には心地良かったが、万年ピッチリ服を着ていた俺からしたら、少し恥ずかしさを覚えた。
そして、森を歩いている最中、俺はそのことで少し気になっていたことがある。
「あの、ヒヨリさん? 今更なんだけど、あいつらの服を着ればよかったんじゃ・・・?」
ヒヨリは鋭い目付きで睨んだ。
「そんな追い剥ぎみたいなこと、私が出来るわけないじゃない! それに、あの服は反乱軍の証でもあるの! そんな服着て王国に入れるわけないでしょ!」
「す、すいません・・・」
王国に入る、なんてことは初耳だが、確かに反乱軍の証を堂々と着るわけにもいかないか。
しかし、反乱軍との戦い以降、ヒヨリが少し怖かったのもあるが、期待されて召喚されたにしては、俺には何もできず、あろうことか死にかけてしまったのが何よりも申し訳なく感じていた。
「あの、一つ聞いてもいい・・・?」
「何?」
「まあ、この世界のこと、一切何も知らないのは明白だと思うんだけど、せめて、ヒヨリのことは教えてくれないか? さっきの奇襲と言い、俺を頑張って召喚させたとか、歩きながらでいいから知りたいんだけど・・・」
ヒヨリはこちらを見遣ることもせず、「そうね」と話し始めた。
「改めて、私の名はヒヨリ・ワーヴラー。この国の中央国の王女で、巷では剣聖術師と呼ばれているの。剣技と精霊魔法を同時に扱う戦闘スタイルから付けられた、称号みたいなものね」
ちょっと待て、情報過多。
王女様に称号付きの術師か・・・。
ま、まあ、召喚魔法なんて成功させちゃう子だもんな、初手のテンション感で忘れてたけど、召喚魔法ってどこの小説とか読んでもすごい魔法だもんな。
「そして奇襲された理由だけど、さっきのは反乱軍。国家に反逆する存在よ」
「そうか、だから王女であるヒヨリを狙った」
「そんなところね。それと、あなたを転移させた理由も話しておくわ。あなたの元いた世界がどんなところかは見当もつかないけど、この世界は今、国家率いる王国軍と、さっきの反乱軍、魔王軍の三つの勢力が争っているの」
「うわっ、魔王軍やっぱいますよねぇ。流石は異世界ファンタジー。普通なら国に依頼された勇者が魔王を倒す〜、みたいなのが主流だと思うんですけど、なんで反乱軍までいるのよ・・・」
「ちょっと何を言っているのか分からないけど、私たち国家の者たちの中だって、口では仲間と謳っていても、自分が権力を持ちたくて内乱を起こす者もいるわ」
「何それ。超面倒臭いじゃん。そんな中に俺なんか連れて行ってどうなるのよ」
ヒヨリは立ち止まって黙ってしまった。何か俯いて考え事をしているようだ。
「そうね。私も思ってたのと違ったわ」
「はい?」
「もっと頼り甲斐があって、いかにも強そうな、いや、実際に強い人が召喚されるものだと思っていたもの」
「それ、超ドストレートに、俺のこと使えないヤツって言ってます?」
ふふっ、とヒヨリは振り返って笑った。
「だって文献には、『召喚されし者、特別な力を与えられ、人類に安寧をもたらす』って大袈裟に書かれていたものだから」
笑い事じゃないんだけど・・・。
そんな大袈裟に召喚されても、敵の攻撃を謎に一回防げたくらいしか出来なかった・・・。
こんな俺が、特別な召喚者として王国に連れて行かれても正直困る・・・。
不安な顔を浮かべていると、ヒヨリは顔を突き出し、またも自分勝手に言い放った。
「でも大丈夫よ。想像通り、ではない。でも、だからこそ、未知のカゲツに期待できるもの」
「そりゃまたよくわからん理屈を」
へへへ、と笑っては見せたが、心中は不安でいっぱいだった。
俺は元いた世界では体力や筋力には自信がある。でも、魔法のこの世界で、そんな鍛えられた身体なんて何の意味も成せないことは既に実感した。
実際、魔法は超痛かったし、少しトラウマになるくらい熱い思いをした。
ヒヨリがすぐに消火してくれていなければ、本当にパンイチで来て早々、お陀仏コースだった。
そして、ヒヨリは、やはりお気楽ガールなようだ。
暫く歩いていると、気味の悪い生命体が姿を現した。
巨大なキノコで、目がギョロっとデメキンみたいに飛び出し、口からは毒々しい息が出ている。
これはどう見てもモンスターってヤツだ。こんな広い森なんだし、出るのは当たり前だろうが・・・。
ドラ○エなんかではBランクくらいのモンスターじゃないのか? 最初はスライムとかにしてくれよ・・・。
最初は、モンスターとどんな戦いができるのかとワクワクしていたが、敵の攻撃を一回防いで終わってしまった俺の特殊能力では、どう戦えばいいのか検討もつかなかった。
「魔物ね。あんまり強くないから大丈夫よ」
そう言うと、瞬く間に一閃し、魔物をぶった斬った。
すげぇ・・・。最早、そんな言葉しか出ては来なかった。
そして、その後も、強そうな魔物が次々と現れたが、ヒヨリは何も言わず、一瞬の間に敵を退けた。
俺は、ヒラヒラする変な模様の服が汚れないよう、木陰に隠れることしかできなかった。
そしてついに。
「着いたわ。ここがヴァーズ王国よ」
「で・・・でっけぇ・・・」
王国は、俺のイメージを遥かに超えるほど巨大なものだった。
中心部にコレだ! と言わんばかりにそびえ立つ王城、そうでなくても大きく立ち並ぶ建造物に、想像もしてなかったのは、終わりが見えないほど果てしなく横長に続いている城壁だった。
入り口には門兵が立っていたが、ヒヨリが通ると、道を譲り一礼をした。
門兵に顔パスかよ・・・。と思ったが、王女様だもんな、当たり前か。
街にはケモミミや尻尾を生やす獣人、容姿は人間と対して変わらないが、耳と鼻が少しとんがっているエルフっぽい者も見えた。
そして広大な街中を移動する手段は車や電車とはかけ離れた、馬車や竜車であった。
「すっげえ・・・馬車もだけど、竜者って初めて見たぞ・・・」
「あなたのいた世界にはなかったの?」
「いや、馬車は童話とかアニメで見たことあるけど実物では初めて見たし、そもそも俺の世界に竜はいなけりゃ魔法もねぇんだよ」
当たり前ではある。けど、やはり、驚きを隠せない表情を浮かばせていた。
ヒヨリは、目的の竜者の竜の頭を撫で、兵装に身を包んだ一人の男に声を掛けた。
「お待ちしておりました、ヒヨリ様。そちらの方は?」
「私の連れよ。一緒に連れて行きます」
「しかし今日は・・・」
「今日だから連れて来たのよ」
話が飲み込めないまま、俺はヒヨリの後に続いて竜車に乗り込んだ。
乗り込んだ竜車は特別なもののようで、ヒヨリの姿を見るなり、街人たちは仕切りに手を振っていた。
ヒヨリも、笑顔でそれに応えていた。
そして、着いた先は、王城だ。
「僕はこの後、どう、煮るなり焼くなり、されるんでしょうか、ヒヨリ様・・・」
見るからに緊張した姿を隠せない俺を見遣って、ヒヨリはやれやれと首を振った。
「そんなことはされないわ。あなたは偉大な異世界の使者なの。ただ、狙われないように、そのことは隠しておいて。そうだ、これを着けておいてあげる」
そう言うと、ヒヨリは首に首輪を取り付けた。
「あ、あの、ヒヨリさん・・・これは・・・」
動物のペット用の首輪によく似た・・・。
いや、そのまんま、首輪だ。首輪を付けられた。
ヒヨリはプクスッと笑った。
「よく似合ってるわよ。あなたは今から私の従者。他のみんなにもそう伝えるわ。それがあれば伝わるはずだから」
まったく、首輪が従者の証とか・・・どんな世界観だよ・・・。
大きい城門、長い廊下に多い部屋、そして連れて行かれた先は教会のような部屋。
中央には、俺やヒヨリと変わらないくらいの男女が並び、その周りに兵士が・・・数え切れないくらい。
もう怖い通り越してどうにでもなれ、といった気分である。
「待ってたわよ、ヒヨリちゃん!」
「遅ぇーぞ! バカ女!」
「まあまあ、落ち着いて。さあ、ヒヨリちゃん、国王がお待ちだよ」
この同じ年ほどの三人は、ヒヨリと同等の立場の人間たちなのだろうか。
美人なロングヘアーの女性に、茶髪の目立つ短髪で目付きも口も悪い男、そして、キラキラと輝いていそうなオーラの、長髪で金髪の癖毛の男。
ヒヨリは、中央に集まる彼らの元へ、胸を張って向かって行った。
「お待たせしました、国王」
あいつがこの国の国王・・・。
図体がデカく、何度もの死闘を繰り広げて来たかのような目の傷、長い白髪の老夫。
「ヒヨリ、後ろの彼が、例の」
「そうです」
うっわ、いきなり俺の話かよ。
俺は内心ビクビクであったが、男らしくポーカーフェイスを装うことに成功した。
いや、実際どんな表情をすればいいか分からなかっただけだった。
国王はコクリと頷くとマイクの前に立った。
兵士たちは、全員が同時に武器を置き、跪いた。
「それではこれより、次期国王選抜式を始める」
次期国王選抜式・・・?
新しい王様を決める式が始まるのか・・・?
ヒヨリは俺を何に巻き込ませたいんだ・・・。
大した事情も知らない俺は、ただただグルグルと、目の前で起こることを見ていることしかできなかった。
人物紹介
名前:ヒヨリ・ワーヴラー
年齢:16歳
役職:中央国王女
称号:剣聖術師
スキル:風の精霊魔法と二本の長剣による高速の剣撃
技:乱風一閃