01話 パンイチなんですけど
拙い部分も多いかも知れませんが、初投稿です。よろしくお願いします。
それで、だ。
ちょっと一旦、頭を整理させたい。
俺は洪水に巻き込まれたはずだ。ご覧の通り、恥ずかしながらパンイチの格好がその記憶が真実だと物語らせている。
だとしたら俺は死んでしまって、ここは天国か地獄。まあ、そういった概念がないにせよ、あの世ってところではないのか?
しかし、まあ現実、あの世なんてどんな場所かは分からないけど、パンイチでそのまま召されるってなんだかひどくないか? せめて白いローブ的なの羽織らせてくれよ。
いや、そうじゃない。今目の前にいるこの少女。自称・大魔術師ヒヨリ様曰く、「私の転移術が成功した」だのなんだの言っていたはずだ。
となると自然に思い浮かぶ結論は、ここは異世界で、この少女に召喚されたということ。
それならパンイチにも納得がいく。
が、いや待ってほしい。なんでパンイチなんだ・・・?
と、俺がパンイチスパイラルに陥っていると、自称・大魔術師ヒヨリ様が口を開いた。
「ねぇ、なんでアンタ、パンイチなわけ?」
いや、それに関しては、女性の前で心底申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけどね、俺だって「なんで? Why?」という気持ちが拭い切れないし、もし召喚うんたらが全て事実だと飲み込んだとしても、そんな俺がパンイチのタイミングで召喚を成功させたそっちが悪いんでなくて?
と、俺の中は整理とツッコミが止められなくなっていた。
「まぁいいわ。取り敢えず名前を教えてよ」
「そ、そうか。名前か。名前は真欧花月だ」
「私はヒヨリ・ワーヴラー。ヒヨリでいいわよ。で、アンタ、何ができるの?」
何ができる? この少女は一体何を仰っていらっしゃるのだろうか。
もし召喚うんたらを全て鵜呑みにしたとしても、召喚されて未だパンイチの人間に対して「何ができるの?」と問いかけるのは人道を反した所業ではないのか?
と思いもしたが、身体が軽くなっていたり足の怪我が治っていたりすることから予測するに、これは異世界ファンタジー。それならば俺には力が発動されていてもおかしくはない。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」
俺は、自慢気にヒヨリに一本指を立てかけた。
「なんと俺は、『50メートルを5秒台で走れます』・・・!」
これはキマった。キマリにキマリ切ってしまったのではないだろうか。
合コンとかはしたことがないが、明らかに世界レベルの瞬足。これを聞いて無下にしておける女性はいないだろうと考えたのだ。
しかし、ヒヨリの反応は俺の想像をものの見事に打ち砕いてくださった。
「え・・・だから何・・・?」
まるで汚物を見るかのような鋭い眼差しに、幼少期から目付きの悪さに定評のあった俺でさえ冷や汗をかいた。
だから何?って・・・何?
え? すごくないの? この世界って足の速さでマウント取れないの?
俺のアイデンティティが崩れ落ちる音がした。
いやまぁ、よく考えてみれば、召喚とかが可能な異世界ファンタジー、空を飛ぶとか、魔法で高速移動とか割と普通なことなのかも知れない。
そこまで考えが至らなかった。確かにこれは俺のミステイクだ。スマン。
「あとさ、さっきも聞いたけど、なんでパンイチなのよ」
もぉ〜〜〜〜!!!
俺だって恥ずかしさで胸がいっぱいだんだよボケェ!
と思いながらも、俺は転移前の最後の記憶をヒヨリに全て話した。
「なるほどね、それでアンタはパンイチ姿ってわけ。それなら仕方ないわね。それにしても・・・」
それにしても・・・!
そうだ。俺は命を投げ打った勇敢な戦士だろう!
俺を召喚できてよかっただろうヒヨリ様!
と、褒められ言葉を期待し、次の言葉を待ち望んでいたのだが・・・。
「そんな窮地を助けちゃう私って、天才すぎない? 転移術まで成功させて、アンタのギリギリの命すら救っちゃったわけでしょ? じゃあもうアンタにとって私は命の恩人ってことになるわよね!」
ダメだ。コイツはダメなタイプだ。
ハッキリと言おう。
この女、ヒヨリ・ワーヴラーは大魔術師なんかじゃない。
俺と同じ『実際に実力はあるんだろうけど、自分を過大評価しすぎる自信家』だ。
実際、召喚時のあの喜び様を見るに、たまたま成功したに過ぎないのだろう、と予測した。
「まぁ、分かってくれて良かったし、実際、命の恩人ってのも本当だ」
それから、足を治した、と言うのはまた違うのかも知れないが、この転移のお陰で、一番の悩みだった足の負傷が全く感じられないことは、確かに、恩人と呼ぶに値する程の活躍だった。
「で、ヒヨリは大魔術師なんだろ? なんかこう、パーっと、服とか魔法で作れないの?」
「作ることはできないけど、錬金のようなものならできるわよ。服の素材になるものがあれば、錬金魔法で想像通りのものに変えることができるわ!」
そうだ! と言うと、ヒヨリは真っ先に飛び出した。
「着いてきて! ここ森の中だから、樹々や葉っぱで衣服が作れるわよ!」
「慌てなくていいって」
俺の声は届かず、ヒヨリはワクワクした顔を浮かべて俺を催促した。
そう言えば、周囲をちゃんと見ていなかったが、ここはどこか洞窟の中なのだろうか。
立ってみて初めて気付いたが、俺が寝ていたところには、青白く光っている陣が描かれていた。
その陣は丸い洞窟全体に広がっており、流石にヒヨリの描いたものではないだろうと察せる。
だとしたら、この場所でないと転移術というものは行えないのだと推察できる。
ヒヨリの後を着いていくと、あまり長くはない洞窟だと分かった。
歩いてすぐに陽の光が差し込んできているからだ。
そして同時に分かることは、この異世界にも太陽や樹々といったものが存在すること、気温と言ったものや、『裸は恥ずかしい』という常識的な部分が、地球と同じだということだ。
「眩しいな・・・」
あまり長くない洞窟だったお陰か、真っ黒闇の洞窟ではなかったが、流石に暗い洞窟から外に出ると、太陽の光に目を細めてしまう。
「これからどうす・・・」
洞窟の出口で俺を待っていたヒヨリは、さっきまでの嬉しそうな表情は消えており、俺の言葉を遮って叫んだ。
「カゲツ! 下がって!!」
その瞬間、俺たちを目掛けて”何か”が上空から降り注ぎ、洞窟の入り口を破壊した。
その”何か”は、煙を放ち、頑丈そうな岩石を容易く吹き飛ばした。
「あ、危ねぇ・・・」
ヒヨリの言葉がなければ、俺はペチャンコに潰されていただろう。
「なんなんだ一体・・・」
「奇襲よ! カゲツはまだ何も知らないんだから! そこでじっとしてて!」
奇襲⁉︎
しかし、何も知らないどころか、パンイチの羞恥心でさえ未だに健在だった俺は、ヒヨリの言う通り洞窟内の岩陰に身を潜めることにした。
砂煙が晴れると、緑色の服を纏った二人の男が出口に相対していた。
「なんだよ、外してんじゃねーよ」
「すいません・・・でも、アイツ気付いてたっぽいっス・・・」
偉そうな口振りの細身の男と、気弱そうなガタイのいいハゲた男だった。
「アンタたち、反乱軍ね。二人掛かりで奇襲だなんて、卑怯な真似してくれるわね!」
「卑怯上等! こちらとしては、アンタさんが一人行動になってくれるのを心待ちにし、ようやくここまで辿り着いたんだ!」
話がよく掴めないが、ヒヨリが反乱軍とやらに狙われているシチュエーションってことだよな・・・?
ってことは既に最終局面じゃないのか?
ちょっと待て待て。俺まだパンイチだぞ。
ワクワクの冒険譚は、モンスターにも魔法にも出くわすことなく、パンイチのまま、よく分からないおっちゃん達に倒されて終わらせられるのか・・・?
そんなの絶対嫌だ!!
何か・・・ないのか・・・?
そう言えば、さっきヒヨリは、なんの前触れもなく「何ができるの?」とか聞いてきたよな。
ってことはだ、召喚者には特殊能力的なスゴイ力があるんじゃないのか?
身体が身軽なことと言い、負傷の治療といい、なんかそんな気がしてきたぞ!
これも仕組まれた運命・・・ここで朽ち果てるわけがない! そうに決まっている!
そんな考えを他所に、細身の男は杖を振りかざして詠唱を開始した。
魔法だ! すげえ!
って、そんなことを考えてる場合じゃねえ!!
「ヒヨリ、下がってくれ」
「カゲツ・・・?」
俺はヒヨリの前に出て、男たちと相対した。
魔法の異世界ファンタジー。
転移術により特殊能力が得られている可能性。
そして、この女の子を守るべき最終局面。
これだけ情報が揃えば十分だ。
「何かしらの特殊能力が発動しないはずがない!!」
「ちょっと! カゲツ!!」
ドォン!! と轟音と共に、炎の球は俺の身体目掛けて命中した。
「なんなんだアイツは・・・バカか・・・?」
「てかなんでパンイチなんでしょう・・・」
敵さんすら呆れ果てさせるこの無鉄砲、そしてパンイチ。
俺、今、最強にモブのギャグキャラ路線へ猛進しているのではないだろうか。
ふふふ、答えは否! である。
何故ならば・・・。
「なんだと・・・⁉︎」
爆風の中、俺は無傷で立っていた。
ちなみに、パンツはギリギリのラインで無事だった。
「な、なんでなんともないのよ!」
何故か・・・そう問われると難しいぜ、ヒヨリさん。
まあ、”特別な力”ってヤツかなぁ・・・。
「な、なんだアイツは! 次だ! 次の攻撃だ!!」
「ハハハ! 何度やっても同じことだバカめ!」
ドォン! と、再びカゲツに激しい炎の球が浴びせられた。
「ヘブシッ!!」
そして、ものの見事に吹き飛ばされた。
「い・・・いってええええ!!!!」
今度は痛い。痛いし熱い。いやもう、魔法怖すぎる。
な、なんでだ・・・? 一回目は痛くも痒くもなかったのに・・・。
「何してんのよバカ!」
俺の情けない姿を見て、ヒヨリはすぐ様、俺の目の前に出てきた。
「全く・・・私が頑張って成功させた召喚者なんだから、大人しく見てなさい!」
そう言うと、ヒヨリは二本の青白く輝く長剣を生み出した。
携えていたものではなく、きっと魔法で創り出しているものだろう。
ヒヨリは、小柄な体で二本の長剣をシャン!と構えてみせた。
「まさか剣聖術師の剣技がお目にかかれるとはなぁ!」
敵さん大喜び。
まさか、ヒヨリって自称どころか、結構すごいヤツなのでは・・・?
「ケリをつけましょう。私は忙しいの」
そう言うと、剣を構え、低姿勢に体を構えた。
「オイ、来るぞ」
敵さんもしっかり身構えるほどである。
だとしたら、さっき体を張った俺の意味は一体・・・?
「風よ、私を乗せなさい」
その一言を呟いた瞬間、ヒヨリは一瞬にして敵の目の前に姿を現した。
そりゃあ、俺の50メートルマウントがバカらしくなるほどだ。
「乱風一閃」
そして、ヒヨリは二本の長剣をヒラヒラと器用に扱い、二人まとめて両断した。
「クソっ・・・ここまでの使い手とは思ってなかった・・・」
「大丈夫よ。傷は浅いから、死ぬことはないわ」
ヒヨリの一瞬の剣撃に、己が唖然としているのさえ、理解するのに時間を要した。
「さあカゲツ、あっけらかんとしてないで、新手が来るかも知れないから、急ぐわよ」
そう言うと、ヒヨリの長剣は空気に溶けるように消えていった。
「は、はい・・・!」
俺は、パンイチの情けない姿のまま、ヒヨリの後を小走りで追った。
人物紹介
名前:真欧花月
年齢:18歳
役職:召喚者
スキル:なんか敵の攻撃を一回無効化