第五話 私の事情
私から話を聞き終わったヘンドリック様は、盛大な溜め息をつき、只今、頭を抱えていらっしゃいます……。
「ヘ、ヘンドリック様?」
「……あぁ、いや、すまない。あまりに馬鹿げたことで、理解が追いつかなくて」
そうおっしゃられるヘンドリック様の麗しいお顔は、真っ青を通り越して、真っ白……。
(どうしましょう。私自身は別にそこまで気にもしてないのに……)
継母からのイジメ?義姉たちからの嫌がらせ?
別に、気にしてませんよ?
なんなら、社交界でお話しするご令嬢方の方が数百倍意地が悪いですしね。
それに、継母や義姉たちから受ける嫌がらせには、その都度やり返しておりますし。
「………考え得る中での最悪は、この事が王子たちに知れることだ」
「えぇ、本当に」
この国の王子、ベルンハルト第一王子とレオンハルト第二王子は、私の従兄弟にあたる人だ。
もうお気付きだとは思いますが……
私の母、フィオーラ・レナ・エルゼルトは、この国、シュナイダー王国の元第一王女だった。
先王の娘で、現王の妹に当たるお母様は、このエルゼルト公爵家に降嫁されたのだ。
現王はお母様のことを大変可愛がっておられたため、お母様が結婚してからもかなりの頻度で王宮に召されていた。
……かくいう私も、母に連れられ、王宮に訪れたのが始まりで………その頃はまだ赤ん坊だったのだが、年上の従兄弟二人に大変可愛がって頂いたらしい。
……それがいつからか、第一王子ベルンハルト……ベルお兄様に異変が生じた。
いや、かなり昔から、私に対する愛情の程度には疑問をもってたが……
成長するに連れて、ベルお兄様の溺愛ぶりは度を増すばかり。
ベルお兄様の出る夜会に私がいなければ、ベルお兄様が怒り狂って、我が家までやって来る始末。
私が、『その夜会には出ない』と一言言えば、ベルお兄様も『じゃあ、俺も出ないよ』といい、素敵な笑顔のまま、私の目の前で招待状をビリビリに破いてみせた。
……いい加減、狂気を感じた私はできる限りベルお兄様に接触しないよう……と思ったが、そんな事はできなかった。
なんせ、屋敷以外の行くところ全てにお兄様がいるのだ。おかしい、と思って父を問い質せば、自分が言った、と言う。
あの時ばかりは、父のことを心底アホだと思ったが………
どこに行くにも、執事に律儀に報告していた私。
もちろん、執事はそれを父に報告するわけで………、私の行動はベルお兄様に筒抜けだったのだ。
幸い、ベルお兄様が勝手に私に護衛をつけるとか、そんなことはしていなかったため、それからは、度々、執事に報告せずに、街に出かけたりしていた。
「ベルお兄様が、今の状況を知れば、義母達なんて、王族侮辱罪だ、当主席乗っ取りだとかなんとか適当な罪を着けて、さっさと処刑台ですよ」
「あの方ならやりかねん。加えて、あの夫人たちのことを嫌っているからな」
「あら、そうなのですか?」
「あぁ、アルミリア嬢は、普段の夜会じゃ夫人たちの近くにいないから知らないだろうが、特にベルンハルト殿下は近寄りたくなさそうにしている」
初耳だ。普段ならなんでも教えてくれる令嬢方も、きっと、継母と義姉たちのことだから……と遠慮したのだろう。
「そういえば、お父様の件、何か進展はありましたか?」
「……すまない、宰相閣下の足取りは依然として掴めていないんだ」
「そうですか………。ヘンドリック様の率いる騎士団で情報が得られないとなれば……」
「あぁ、これだけ大掛かりに調査してもなんの手がかりも出ないとなると、今回の件は国が関わっていることかもしれない」
「それに、あの過保護な陛下が私に何も言わないとなると、よっぽど重要機密のようですし……。一先ず、様子見といたしますわ」
「そうか。………ところで、アルミリア嬢は、これからどうするのだ?」
「どう………とは?」
「いや、このまま、召使いのような扱いを受け続けるわけにはいかないだろう?」
「そうですわね。ですが、少し気になることがございますの。しばらく、このままを維持しようかと……」
「なるほど、お考えの上で……、とのことなら、できるだけ協力しよう。何かあればいつでも屋敷にでも訪ねてきてくれ」
「有難きお言葉にございますわ」
その後、ヘンドリック様を見送り、何事もなかったかのように屋根裏部屋へ戻った私は、それはもう凄まじい勢いで爆睡した。