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奪取

「掛かれ!!」


 ストヴァルテ公爵の指示により、ヴァティーク王国軍の攻撃が開始された。

 砦の中から矢が放たれるが、予想よりも数が少ない。

 何かあるのではないかと慎重にことを進めようとしていた貴族たちは、拍子抜けの感が拭えなかった。


「思った以上に抵抗がないな……」


 参戦している貴族の1人であるアルドブラノ子爵が、難なく開けることに成功した門を見て呟く。

 砦内の兵数は500程といったところだろうか。

 3万近くの兵で挑むには少々過剰な兵力差だ。

 何故この程度の人数でこれほどの砦を守らせているのか、不思議で仕方がない。

 短期間で造ったにしては守りが薄すぎる。


「がっはっは!! やはりワシのいった通りだ!!」


 多くの貴族が違和感を感じていたのだが、爵位上指揮官の役割になっているストヴァルテ公爵だけが無駄に付いた腹の脂肪を揺らせて上機嫌でいた。

 慎重論など無視した強行が成功してしまい、他の貴族たちは何とも言えない状況だ。


「短期間で砦を作る技術はあっても、人まで集められるわけがないのだ!!」


「……そのようですね」


 ストヴァルテ公爵の高笑いに、他の貴族たちはいまいち納得できないでいるが、結果を考えると頷くしかない。

 本来なら他の者たちが言うように砦の調査をおこなってから攻め入るべきだ。

 この結果は、ただ運が良かっただけの話でしかない。

 指揮官がそれに気付いていないようでは、先が思いやられるところだ。


「どうやら砦内が制圧できたようだな」


「えぇ……」


 門を開けるまでの間に放たれた矢と、砦内に進入した時の抵抗によって数人の兵が怪我を負った。

 しかし、重傷者が出ても死人が出ずに済んで良かったのかもしれない。

 砦内へと攻め入った兵からヴァティーク王国の国旗が掲げられ始めた。

 それを見て、ストヴァルテ公爵はゆっくりと砦内へと入って行った。

 他の貴族たちも、それに付き合うようにとりあえず内部へと向かうことにした。


「……突貫で作られたにしてはしっかりしている」


「これなら多くの兵を置いて守った方が良かったんじゃないか?」


「敵は何を考えているんだ?」


 中に入った貴族たちは、入ってすぐに砦の調査を開始する。

 短期間で造り上げたことから、何か特別な工事がされたのかと考えていたのだが、特におかしなところはないように感じる。

 急いで造り上げたにしてはしっかりしていて、奪っておきながら言うのはおかしいが、何で敵は兵を揃えて守ろうとしなかったのだろうか。


「貴殿らは何をしているのだ? まずは幸先のいい勝利を祝おうではないか!」


「……ハッ!」


 上機嫌のストヴァルテ公爵は、兵たちに自分の指示により砦を奪えたと言いたげな態度をしている。

 運が良かっただけに過ぎないのだが、確かに彼の指示で砦を奪えたのだから特に文句はない。

 彼の言葉が砦内に広がり、兵たちは勝利の祝いとして豪勢な食事が振るまわれたのだった。


「閣下! 我々は報告と今後の進軍方向を確認するため、1度グーリオの町へと戻ります」


「あぁ! 分かった!」


 特に慎重論を唱えていた貴族たちは、今後のことを考えて1度グーリオの町へと戻ることを公爵に告げた。

 それを聞いて、いつの間にか酒が入っていた公爵は赤ら顔で頷きを返した。

 酔って思考がしっかり働いているのか怪しいところだ。


「その間ここをお願いたします」


「任せておけ!」


 砦に掲げられた国旗を見れば、敵も砦が奪われたことは分かるはずだ。

 奪われたら取り返しに攻めて来るかもしれない。

 そのことを考えると、酔っているのは完全に問題行動なのだが、爵位の関係上彼らが文句を言うことは難しい。

 諫言を告げても機嫌を損なうだけなので、彼らは放置することにした。

 了承は得られたので、彼らは兵を連れて一旦出陣したグーリオの町へと戻ることにした。


「……何故戻るなどと仰ったのですか?」


 砦内の廊下を歩いている時、ヴィスティノ男爵が先程の発言の疑問を問いかけてきた。

 はっきり言って町に戻る理由なんて何もない。

 ここからどのように進軍するかなんて、現場の人間が決めればいいことだ。


「どう考えてもおかしい」


「……というと?」


 問いかけられたアルドブラノ子爵は、その問いに対して答えになっていないようなことを呟いた。

 まだ話の続きがあるのだろうと、ヴィスティノ男爵は続きを促した。

 

「こんなちゃんとした砦を造ったというのに、何で敵はあんな少数で守らせていたんだ?」


「ストヴァルテ公爵の言うように、人を集められなかった……というのはあり得ませんね」


 王国が国を挙げて攻めて来ると分かっているのに、こんな少数で守りきれると思う人間はいないはず。

 むしろ本当に守り切れると思っている人間がいたのだったら、ムツィオの側近はどんだけ馬鹿ばかりなのかと思えてくる。

 さすがにそれはあり得ないことだということは分かるので、子爵の男性はこれは何か策の1つなのではないかと考えている。

 それに対し、ガリエラ男爵が付け足すように発言する。


「確かにおかしいですね……」


「何かの策という可能性が高いですね……」


 アルドブラノのその考えに、他の2人も頷きを返す。

 罠でもあるのではと思いつつ攻め入ったのだが、そういった類のものは感じられなかった。

 恐らく、敵はこの後何かしらの行動を取ってくることだろう。


「その策がどんな物かは分からないため、我々がもしもの時の戦力としてグーリオの町に戻るのだ」


「なるほど、あそこからなら何か起きても駆け付けられる距離ですからな……」


 アルドブラノの考えに、他の者も納得の表情へと変わる。

 きっと近いうちに敵が何かしてくることは間違いない。

 その時のことを考えて、あらかじめ対抗するための用意をしておこうという考えだ。

 これなら、もしも砦を包囲されても救出に向かえる。


「公爵閣下にこのことは?」


「今の閣下には何を言っても無駄だ。だから言わないでおく」


 何の警戒心もなく、酒を煽るような人間だ。

 あれが公爵かと思うと、ヴァティーク王国は大丈夫なのか心配になって来る。

 王家としても、元をたどれば血のつながりのある公爵家を、問題があるからと簡単に潰すわけにはいかない。

 今回参戦を命じたのも、戦いで流れ矢でも食らって欲しいのではないか。


「大丈夫でしょうか?」


「ちゃんとした貴族も数人残るんだ。流石に全滅になることはないだろう」


 ガリエラの疑問も分からなくはない。

 あんなトップで、敵の攻撃を止めることができるのか不安に思えるのだろう。

 アルドブラノもその心配が無いわけではない。

 しかし、仲の良い他の貴族には自分の考えを伝えてある。

 もしもの時は助けに来ると分かっていれば、砦内に閉じこもるという策も選べる。

 無謀に打って出るなどのことを起こさなければ、全滅することはないだろう。


「あの閣下では、打って出るという策も命じかねないような……」


「「…………」」


 今回の指揮もあって、ストヴァルテ公爵は爵位以外に信用できないことが分かった。

 そのため、ヴィスティノは公爵がその最悪の選択をする可能性を感じていた。

 その言葉を聞いて、2人もそんなことになりそうな、嫌な予感がしてきた。


「……閣下の代わりとなるような指揮官も進言しておこう」


「そうですね……」


 王や宰相も、公爵の地位にいる者が、太っていても思考まで鈍っているとは思っていなかったのかもしれない。

 蓋を開けたらダメだったと、早いうちに気付けたのは良かったのかもしれない。

 今ならまだ被害も少ない状況なので、他にちゃんとした指揮官が来れば問題ない。

 アルドブラノたちはグーリオの町に戻るついでに、王都へストヴァルテ公爵のことを知らせる文を送ることにしたのだった。



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