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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

我慢の女神

狂った果実

作者: 櫻塚森

長いです。すみません。

本当に淡々と終わらせるつもりだったんです。

痛い。

頭も顔も、焼けるように痛い。左目が開かない。

顔にかかる生暖かいものは、何?

私の回りで焦ったような声が飛び交っている。

何て言ってるの?

私は………死ぬの?


ファフナー王国の子爵家の令嬢として生まれた私は王宮で働く母の背中を見て育った。王家に仕える侍女の一人として働き、第一王妃であるアルビナ妃様に仕えていた母は、14歳で王宮の侍女として就職し王家から信頼を得て副侍女長の地位を得た。

アルビナ妃様が嫁いで来られてからは、アルビナ妃様の生家ボトムズ公爵家からついてきたラデュレ様と一緒にアルビナ妃様を支え、その後嫁いで来られたエマージェン妃様と後宮が賑やかになったことで、生活面で後宮を取り仕切る侍女長の右腕として働いている。母は後宮で働く中で、王家の近衛として働いていた父と出会い、祝福され結婚した。跡継ぎの兄も近衛ではないが実力主義で有名な騎士隊の一つに所属していて昨年結婚した。

私は、母曰く一生懸命だが、少々夢見がちで落ち着きがないそうだが、キラキラした王家の方々に仕えたくてマナーや勉学に勤しんだ。

お前には無理だろうとからかう兄を蹴飛ばしたりした。

母からは贔屓はしないと明言されたが、臨むところだった。

後宮を支える侍女長様や政治部を担う女官長様、そして、王家の生活面全面を支える侍従長様達を前にかなりの緊張があったけど、見事合格した。試験を受けた子の中には平民出身者もいてビックリした。理由は、平民と変わらない生活をしていたらしい子爵令嬢だった第三王妃様が国王陛下の元へと嫁いだからだ。

夢物語のような玉の輿に乗った第三王妃様は、とても愛らしく、可愛らしい気性の方だと言う。国王陛下の寵愛を一身に受けていて、いずれは国母、正妃になる可能性があるらしい。仲良くなった新人侍女仲間が教えてくれた。

そんな噂が平民や下位貴族の間で広がっているのだと母に言うと、それはもう怖い顔をした。

母は、アルビナ妃様を崇拝しているのだ。母曰く、“お前は何も分かっていない。”とのことで、むくれた。

働き出して暫くした頃、第三王妃様担当になった。

王妃様は、他の王妃様のように専属がおらず、希望者もいなかった。なんか先輩達は、第三王妃様のお世話をしたがらない。元々の身分が低いからかしら?

で、本当なら回ってこないはずの私にも第三王妃様のお世話係が回ってきた。

第三王妃スフィア様は、めちゃくちゃ可憐で儚げだった。こりゃ陛下もメロメロになるわ、って思った。スフィア妃様の元を訪れる陛下は私らなんか気にもせずいちゃつくし、砂を吐きそうな言葉を並べるし。側に控える私の方が真っ赤になってしまう。

こりゃ、先輩達も嫌がるわな。

スフィア妃様は、自分の出自が低いから嫌がられていると涙を浮かべて仰った。

嫌がらずに世話をしてくれるのは、あなただけとも仰った。あぁ、この方に味方は陛下だけなんだ。そう思った。

スフィア妃様は、アルビナ妃様やエマージェン妃様の様子をとにかく知りたがった。

陛下のお渡りがない日は特に落ち込みが酷く宥めるのが大変だった。けれど陛下の寵愛が御自身にあられることは、十分理解されており、世継ぎが2人の王妃様どちらにも居られないことを嘆いて居られた。国の繁栄のためには次代が必要なのだと。

王妃様方にお子が生まれないのなら、自分が生むしかない。幸い自分は魔力が弱く、保有量も多くないため半年以内には御世嗣ぎを生むだろうとも仰った。学生時代は、魔力が少なかったことで肩身の狭い思いをしたが、こんな自分でも陛下のため、国のために役に立てるのだと思うと嬉しいのって、涙を流されたの。なんて慈悲深く、国の繁栄を願う思慮深い方なんだろう!そう思って休みに実家に帰った時に家族に言うと微妙な顔をされた。

「侍女長に言って、あなたをスフィア妃様の担当から外してもらうわ。」

久しぶりに休みの被った母の言葉にびっくりした。

「現実に目を向けろ、お前の頭はお花畑か。」

呆れたとばかりに言う兄。

父の眉間にシワが寄る。

「スフィア様は、優しくて、陛下以外に味方のいない御寂しい方よ!」

「黙りなさい。マリアンヌ……

あなたは、本来ならアルビナ妃様に仕える侍女。スフィア妃様の専属ではありません。派遣されているだけです。スフィア妃様の言動に惑わされてはなりません。もっと広い視野でもって、王宮専属侍女としての誇りを持ちなさい。」

母は、ため息混じりに言った。余りに腹が立って夕食を途中で取り止めた。

その夜、何とか家族にスフィア妃様のことを分かって貰おうと思ってラウンジに足を運んだ。父の趣味で作られた自慢の場所に家族がいることは分かっていた。

「……には、困ったことだわ。」

「まったく、母上、どうするのさ。」

「侍女長の言葉には逆らわないと思うわ。あの子だって、王家専属の侍女になるのは夢だったのよ?」

「明日には、エマージェンシ妃様の御懐妊が公布される、あの方に知られたらどんなことになるか想像もできん!」

「マリアンヌには?」

「明日の朝礼で皆に伝えることになってますから、その時に注意事項も……。」

何が起こると言うのだろう。スフィア様は、世嗣ぎの誕生を待ち望んでいらっしゃるのに。どの王妃様にお子が生まれても喜ばしいと、出来ることなら愛ある両親の元に生まれてきて欲しいって……。


「って訳で、スフィア妃様にも内緒だっていうのよ。」

朝礼の後のミーティング。

長い渡り廊下を歩くのは、この春に近衛騎士となった幼馴染みでフィアンセの彼と私。道すがら、今日の派遣場所に向かう時に、いつも愚痴を聞いてくれるの。

「俺は、スフィア妃様のことは、よく知らないけど、マリアンヌが可愛いってことは分かる。」

「…ちょっと……照れるでしょ。」

「よく知らないけど、スフィア妃様とは、一定の距離が必要だと近衛の中では有名。未だに専属の近衛がつかないのもそのため。」

「もー、皆して、スフィア妃様を誤解してるよ!」

「マリアンヌは、可愛いけど頑固だからなぁ……。もうちょっと周りの意見とか聞き入れよ?何事も客観的にが鉄則だぜ?」

彼は私の頭を撫でて持ち場へと走って行った。

今日は、スフィア妃様担当最後の日だと侍女長様に言われた。ん~、残念だけど、御挨拶と……やっぱり、エマ妃様の御懐妊も教えて差し上げよう!

張り切ってドアを開けた。


何が起こったか分からなかった。気が付くと視界が赤く染まって、痛くて。

ドクドクと何かが流れてなくなっていく感覚があって、誰かの悲鳴が聞こえて……。

侍女長様の声と母様の叫び声が……。何が起こったの?

ふわふわと浮かぶ体。

誰が私を運んでくれてるの?

ジェイコブ?頬に触れるため伸ばした手も真っ赤だった。

「マリアンヌは、魔法耐性なんです!治癒魔法は効きません!なにとぞ、なにとぞ御殿医様に、お願いします!」

母様の声。

御殿医様になんか畏れ多くて……。母様ったら、何を言ってるの?

あぁ、意識が遠退く。

ジェイコブ、あなたも泣いてるの?


□□□


「時を止めた空間で治癒魔法を展開!ワシの補助を!……なんてこった、50年ぶりじゃて。魔法以外の手段で、血管をつなぐなど、お前達は現場からこの子の血液回収!一滴でも多く回収してこい!血がたらん!」

慌ただしく出て行くのは御殿医の弟子達だ。

マリアンヌは、魔法耐性があり、治癒魔法が効かなかった。運ばれてきた時には虫の息だった。廊下では呼び出された家族が集まっている。

事情を聞いた父親は、職務を離れる訳にはいかないと言ったが上司からの命令で駆け付けることが出来た。泣いている妻と既に来ていた息子と義理の娘がいた。駆け寄りふらつく妻を支えて抱き締めると義理の娘に妻を預け待合いのソファに座わらせた。息子であるマリアンヌの兄は手術室を睨み付けている。

「……なんで、……こんなことに!」

もっと、しっかりスフィア妃の危険性を説くべきだったのか!後悔ばかりが頭をよぎる。

「様子は?」

現れたのはアルビナ妃。

彼女のドレスの裾が赤黒く染まっている。

立とうとする家族を制する。マリアンヌを運んだジェイコブと兄は気丈にも敬礼してみせたが、ジェイコブの真っ青な顔と赤く染まった隊服のコントラストが痛々しい。

「この水を中へ。龍神様に頂いたものだ。魔法耐性保持者でも一定の効果が期待できる。」

マリアンヌの血を集めて中に入ろうとする医師の一人に聖水を渡す。

「恐れながら、アルビナ妃様、そして。そこの騎士殿、あなた方の服に染み込んだ彼女の血液を回収させて頂きたい。」

アルビナ妃とジェイコブは己の服を見た。

「そんなことが、出来るのか?」

「流れ出した固有の血液を引き寄せ集める、浮遊物を取り除く。魔法医術の一つにて。彼は特に血液の扱いには秀でております。なにとぞ!」

頭を下げる医師達にアルビナ妃もジェイコブも好きにさせた。

集めた僅かではあるが血液と聖水が医務室へと運ばれた。

「アルビナ様、先程の聖水とは?」

アルビナ妃は、ドラゴン族の血を引く、公爵家の出自だ。

「我がボトムズ家が祀る龍神様が、気まぐれに与えてくださる、有難い水だ。」

自らの守護神に祈った結果得た聖水だった。

「あ、ありがとうございます。」

家族とジェイコブが頭を下げた。

「さて、マリアンヌのことは、医師達に託すとして、お前達に話さねばならない。代表者だけでよい、ついてこい。」


真正面から殴られた。

焼けた火掻き棒で。

割けた左頭部から斜めに頬まで伸びた傷は眼球を破壊した。出血を止める縫合は完了し、聖水により漏れがないよう処理された。頭と顔の傷も縫合され、聖水により傷は目立たぬほどにはなるだろう。

しかし、原型をとどめず破壊された眼球は、本来の治癒魔法でなら、再生も可能だったが、魔法耐性の体では、聖水をもってしても再生されなかった。また、焼けた火掻き棒により失くなった頭皮と髪の毛も再生されなかった。

元に戻すには、何年かかるのか分からないと御殿医様に言われた。


私は、王宮の一角で療養することになった。アルビナ妃様やエマ妃様からの要請に陛下が答えた結果だった。

城の方が一定の魔力が流れているから、魔法耐性の私にも効果が染み込んでくるらしい。高い魔力の結界が張られた空間で、傷を治すことで魔法耐性の気質が緩やかになる可能性があるからだと聞いた。

毎日、家族の誰かが側にいてくれた。本当に有難い。隣国の商家に嫁いだ姉も見舞いに来た時はビックリした。

「…どうして、」

顔を歪めて泣く姉に抱き締められた。

怪我の状態を聞いて鏡を見ることが出来なくなった。

ある日、アルビナ妃様やエマージェン妃様がお見舞いに来てくれた。

申し訳ない気持ちで一杯だった。自分が招いたことなのに、家族やアルビナ妃様に迷惑をかけてしまった。

「そんなことはない。こちらに落ち度があった。スフィアの特異性をもっと、後宮で働く者、特に侍女達には知らしめておくべきだった。疑問だっただろう?スフィアだけ専属侍女が居なかったのが。」

アルビナ妃様の言葉に胸が痛んだ。アルビナ妃様の顔が後悔に歪む。凛々しく美しい顏を歪ませてしまった。

「申し訳ありません…。」

ただ頭を下げた。どうして、私はあんなにもスフィア妃様のことを……。

後にスフィア妃様の持つ力を教えられた。私がスフィア妃様に傾倒していった謎が解けた。“愛と美の女神”様の加護による魅了魔法。

「でも、私には魔法耐性が……。」

アルビナ妃様が頭を振る。

「君の被害が出た後で急ピッチで魔法省が調べてくれた。女神の加護持ちの魔法は、魔法耐性とか余り関係ないって分かったんだよ。マリアンヌには、皆のように結界魔法が効かないと分かっていたから光の神の守護符を通常の2倍持たせていたが、君は、持たずにスフィアに接していただろう?」

胸元にあるペンダントに触れる。

スフィア妃様が、自分は“愛と美の女神”の信奉者だから、守護符は外してほしいと言われた。先輩達は主であるアルビナ妃様からの命だから外せないと言ったが、潤んだ瞳で見つめられ、私を含む何人かの新人はスフィア妃様に従っていた。

「スフィア妃様の願いを拒否出来なかったんです。私は規則を破ったんです。」

スフィア妃は、陛下の寵愛を受けた王妃だ。下っ端の私を傷付けたところで咎めはないだろう。

握りしめた手にアルビナ妃様の手が重なった。

「何年、かかるか分からないがマリアンヌ、私は君を元の姿に戻すことを誓おう。ここにて静養し、私の元においで。生憎、お前の実家は高度の魔力結界がない。君が傷付いた場所に君を留め置くのは、心苦しいが、時を止めて治療した体が元の時間枠に戻るまでここにいなさい。」

心が痛んだ。

恐怖と言う名のトゲによって。

「幸い、第三王妃の宮とここは一番離れていて、普段の生活では、アレとすれ違うことすらないだろう。この宮とエマの宮への立入は元から禁止しているしな。」

仲間はずれにされていると言うスフィア妃様の嘆きをどれだけ聞いただろう。この度にアルビナ妃様やエマ妃様に憤慨して、希望の多いお2人の当番を先輩と変わったりした。先輩達がなんでスフィア妃様を毛嫌いするのか、いつしかお2人のお世話より裏方作業かスフィア妃様の当番しかしなくなっていた。侍女長や母様にも色々と嘘言って誤魔化して……。本当に申し訳なくて、情けなくて泣きそうだった。

「残念なのは、一応ここは後宮だからな、お前の父親はともかく、兄と婚約者も立入は出来ない。でも、マリアンヌが望むなら会わせてやろう、いいかな?」

アルビナ妃様の美しくもちょっと硬い掌が頭を撫でた。

「……こ、こんな姿になってしまいました。治るまでどれだけの時がかかるかもわからない…、きっと、ジェイコブは、婚約を解消したいとおもうでしょうね……。」

呟いた言葉にアルビナ妃にはまた頭を撫でてくれた。


アルビナ妃様の宮の端の一室を与えられて療養中の私の元には、家族だけでなく、あの時、同じ現場にいた侍女達も見舞いに来てくれた。

第三王妃様から受けた仕打ちには、箝口令がひかれている。そりゃそうだ。スキャンダルだもん。

同じ新人で、同じ子爵令嬢のキャシーは、何度も来てくれて外で起こっていることを教えてくれた。


事件から数ヶ月経って、抉れた頭と額の皮膚が盛り上がってきた。アルビナ妃様が下さった聖水のお陰だと母様が言った。

あれから、ジェイコブとは会っていないし、手紙も来ない。やっぱり、婚約解消に向けて話が進んでいるのかな?

じわりと泣きそうになるが、仕方ない。こんなだし……。

片目になった私は、距離感を掴むことに苦労した。

掴もうとしてずれるのだ。

これでは、お茶も淹れられない。せっかく夢の職場に来られたのに。

頑張って慣れなきゃ。


身の回りのことから、出来ること、出来ないことを確かめていった。

サイクロプスみたく、真ん中に目があれば目なんて1つですむのにって言うと母様にパコリと頭を小突かれた。

それから数日後、キャシーからスフィア妃様の懐妊と王太子ライモン殿下の毒殺未遂事件を聞いた。

スフィア妃様の名前を聞くだけで失くなった目の辺りが疼く。ライモン殿下の状態がよくなるようにと光の神様と私の傷を治す聖水を下さった龍神様に祈った。


3年後、片目生活に余裕で慣れ、刺繍とか出来るようになった頃、スフィア妃様のご長男であるデイビス殿下とラーゼフォン公爵令嬢との婚姻を告げる号外が打ち上げられてビックリした。


たまにしか、本当にたまにしか鳴らない号外音にビックリしてたら、何だか城内がざわざわし始めて、後宮もバタバタ。

何事かと思ったら、キャシーが教えてくれた。ラーゼフォン公爵閣下が何者かに襲われたって。号外は事件のことだろうと思ってら、婚約発表についてだって聞いてまたもやビックリした。

ラーゼフォン公爵閣下は、今回の私の事件に対して、色々尽力してくださった方だと父様から聞いていた。また、光の神様と龍神様に祈ることにした。


両親はジェイコブとの婚約について何も言わない。恐らく決めるのは向こうだと思っているからだろう。こんな顔に傷のある娘など誰が欲しがるものか。

数年後、ジェイコブから“すまない”と言う声の入った文魔石を貰ったが、腹を立てて壊してしまったとキャシーが泣きながら謝ってきた。

彼からの文の内容を彼女が見たことに怒りを覚えたが、誰かと付き合い始めたと噂があることに怒りを忘れた。

相手には興味がなかったからだ。

人の心の機微に疎い彼にしてはよく新たな相手を見つけられたなと、彼が別の人を選ぶのは仕方のないこと。

ちらりと見た文魔石を持ってきてくれたキャシーの歪んだ笑みも笑えた。


私は20歳になった。

今ではアルビナ妃様のご子息であるリウキ殿下専属の侍女として働いている。殿下は愛らしく、聡明なお子で、兄上で有られるライモン王太子殿下と仲良く、母上様で有られるアルビナ妃様やエマ妃様からも愛情深く育てられた。父上で有られる陛下からの愛情には疑問が残るところだけど、御本人は気にしていないみたい。

ある日、アルビナ妃様から御呼びがかかった。

スフィア妃様のことだった。


「こ、殺された?」

スフィア妃様が離宮に移されたのは知っていた。

「毒殺だ。」

アルビナ妃様の目が私を捉えている。

「マリアンヌ、君に疑いがかかっている。その事で警ら隊が話を聞きたいらしい。安心しなさい。私も同席する。」

言葉がでない。

握りしめた手に、また王妃様の手が重なる。

通された部屋の椅子に座って目の前に座った警らの人の言葉が続く。

「取り調べではないよ、確認するたけだ。えーと、まず最初に。君は昨夜は休日勤務だったよね、」

「はい。午前中は、御殿医様の診察を受けてました。何時ものように部屋で、」

うんうんと頷くのを見る。

「御殿医殿の診察は何時も長くかかるのだよね、」

「はい、昼近くまで。」

「診察があることを知っているのは?」

「アルビナ妃様、侍女長様、侍従長様と…あ、リウキ殿下でしょうか。」

すかさずアルビナ妃様が、

「リウキは、マリアンヌがお気に入りだからね、彼女が休みの日に勉強を詰め込むことにしてるんだ。」

と言った。初耳だった。

「これが、何か分かるかい?」

一枚の石板。

「はい、出勤簿です。」

「ここを見てくれるかい?」

指をさした場所。

「スフィア妃の離宮に君が出勤した形跡が残っているんだ。」

そんな、バカな!

離宮やその他の施設の入り口には通る人の魔力を関知する魔道具が置いてある。人それぞれに保有する魔力は違う。私は魔法耐性って言う魔力を保有しているから、私が魔道具の前を通ると私の記録が残る仕組みになっている。でも、私は離宮になんか行っていない!

「あぁ、わかっているよ、君は離宮になんか行っていない。あの魔道具はね、距離の近い魔力を感知する。最近。君の魔力を込めた何かを誰かに渡さなかったかい?」

「いいえ。何かに魔力を込めたのは……随分前になります。」

胸がツキリと痛んだ。

誰にと聞かれ、背中がヒヤリとした。

「…こ、近衛のジェイコブ・マクレガーに……。」

ま、まさか。

「……驚かないで聞いておくれ。」

アルビナ妃様が後方から声をかけてくれた。

「ジェイコブは、一昨日何者かに襲われて意識不明となっている。」

思わず立ち上がりふらつく。

ジェイコブが?うそっ!

「強い精神魔法による昏睡状態で見つかったが、君が送った魔法耐性のペンダントが失くなっていた。」

冷静な声で騎士の方が言う。

彼の顔が浮かぶ。

あの事件以降会ってない、手紙もない。

諦めたはずだった。

なのに……。

「で、彼からペンダントを奪い、君に成り済まし後宮に忍び込んだ犯人も分かっている。彼女は、元々強い精神魔法攻撃が得意な魔法省所属の魔法騎士だったんだがね、コントロールが得意ではなく、騎士隊を辞めざる負えなかった。けどね、精神魔法を見抜く力が評価されて、己の力を封じることで王宮に留め置いたんだ。侍女として。」

背中がまた、ヒヤリとした。

「彼女は、ジェイコブとは同期でね、仲も良かったらしいんだが、その…、君の存在を知らなかった。幼馴染みで婚約者の君の存在を。彼女は精神魔法の担い手でスフィア妃の危険性も認知していたからね、スフィア妃当番の時は、ちゃっかり防御魔法を展開していたようだよ。けれど、君や他の新人達には自分の能力を教えず、君達と同じように守護符を外していた。操られていく君を見ているのが楽しかったと言っていたよ。スフィア妃にのめり込みいつか狂ってしまえば彼は君を諦めると思っていたようだが。」

「キャシーですか、」

喰い気味に発した言葉に頷く警らの人。

力が抜ける。

彼女がジェイコブのことを好きなのは知っていた。知っていて気付かない振りをしていた。私の卑しさに対しての罰か。

警らの人は、キャシーが騎士を辞めてから、本当は官吏になる予定だったことを知った。騎士を辞める時に頭がよい彼女は官吏への道ではなく侍女の道を選んだのだと。

後宮警備の近衛であるジェイコブと離れたくなかったのだと。

私の事件の後、彼女は官吏として、主に文魔石などの書簡を扱う郵政部に異動し後宮担当となっていた。

後宮に暮らす王妃様を始めとする王族の方々や侍従の方々へ文魔石を届ける仕事を志願したのだそう。元後宮侍女だから後宮の構造に慣れていたのも考慮されたらしい。

ジェイコブからの文魔石が届かなかったのはそのせいか。

わざわざ侍女の制服を着て届けてた周到さに笑いが漏れた。

「彼は、君と何とか連絡をとりたかったが、取り次ぐのがキャシーだったからね、所がある日、官吏の服を着ているキャシーを見て、どういうことなのか彼女を問い詰め、追い詰められたキャシーは封印されていた魔法を作動し、マリアンヌ、君に全てを擦り付けるためにスフィアを襲った。精神魔法を無理に発動した彼女は、まだ息のあるジェイコブから君の魔力が込められた魔石を奪い、彼を塔から落とした。」

ひゅっと息を飲んだ。

「彼は、猫族の獣人だからね、意識を失いながらも着地点を柔らかい埋め込み花壇に変えた。獣人族の自己防衛本能は、本当に見事だね。精神魔法による昏睡と転落による怪我は負っているが無事だよ、彼は女心を知らなすぎたね、君しか眼中になかったから、キャシーを気遣うことも出来なかった。」

ジェイコブの鈍さは折り紙付きだ。幼馴染みだからこそ、彼がキャシーの気持ちに気付いていないことを気の毒にも思っていたけど、私の態度も彼女を追い詰めたのかな。

「キャシーは、どうなりますか?」

「あれは、一応王妃で、女神堕ち者の加護持ちだからね、極刑だね。」

淡々と告げたアルビナ妃。

私は頭を下げた。


医務院で眠るジェイコブを見舞う。

後宮から出たのは何年ぶりだろう。

普段より凄く体の小さい猫の姿となっている彼を撫でる。

柔らかい毛質。

幼い頃から変わったない。ただ寝ている彼を抱き上げる。

こうするのも久しぶりだ。

「ジェイコブ、起きて?ごめんね、会いに来なくて。」

強い精神魔法を解除するには、当人が一番思う相手に抱きしめられることが一つの方法だと聞いた。

ジェイコブのご両親にも会いに来なかったことを謝罪した。

「………マリアンヌ?」

私の卑しさと彼の鈍さが彼女を追い詰めた。

ジェイコブ、もっと話をしよう、彼女だけでなく、私も彼も狂っていたんだと。

彼女のことは、私と彼の中で痼にはなるだろう。

けれど幸せになってやる。

可愛いジェイコブを抱きしめながらそう思った。





何回も書いては消えを繰り返したため、精神的に無理やり終了させてしまいました。

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