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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハマグリ門 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あら、つぶらやくん、また調べ物? 熱心ねえ。

 今度は……ははあ、装身具の歴史? アクセサリーの類ってわけ。

 私、アクセサリーってあまり好きじゃないのよねえ。理由を説明しろって言われると難しいんだけど、自然に紛れる人工物への違和感って奴かな。

 私たちの身体って、つまるところ自然の営みによって形成されたものでしょ。それに対して装身具は、人の手が加えられた不自然なもの。これらが触れ合うことに、嫌悪を覚えてしまうみたい。

 服や帽子ならまだいいわ。でも指輪とか耳飾り、首飾りになると自分がつけるのはおろか、相手がつけているのを見ることも嫌。この感覚、なかなか共感してもらえなくって、辛いわね。

 でね、この装身具なんだけど、日本から一時期、姿を消していたという話は知っているかしら? 本に書いてあった? 古墳時代の終わりあたりから、江戸時代の終わりにかけてのおよそ1000年以上の間、純日本製の装身具はほとんど作られなくなったの。

 これはどうしてなのか。これまで様々な人が研究し、諸説があがっているけど、その中でひとつ、興味深い話を知る機会があったの。あなたも聞いてみないかしら?


 大和朝廷がまだ、勢力を十分に伸ばしきっていなかった時期のこと。とある豪族が治めていた土地では、外敵との戦いが頻発していた。ひとつの相手と戦っているところに、第三者が漁夫の利で襲ってくることは、日常茶飯事。結果として戦場となった場所は大惨事となるのが当たり前。そして集落の近くでことが起こると、火事場泥棒を呼び寄せ、せっかくの蓄えを失うこともままあったとか。

 そこで豪族は、集落内の蓄えや機能の一部を、山の上などの攻め入りづらい地形に運ぶ。そこに新しく作られた集落は、主に倉庫兼軍事拠点として扱われるようになったの。のちに「高地性集落」と呼ばれるものの完成ね。

 防衛力を重視するその拠点では、水を張った二重の堀の後ろに、とげを無数にくくりつけた塀を備えている。攻め手が容易に塀に取りつかないよう、仕込んだものよ。そしてこの集落に属する者は、ある二つの決まり事を守るよう徹底されたの。


 ひとつは、指定された装身具を身に着けること。豪族の一族が選定し、加工したハマグリによって作られる指輪、貝輪、首飾りを出歩く際には必ず、装着すること。これらは低地の集落から訪れる連絡役が、定期的に新しいものを用意してくれる

 もうひとつは、集落奥に配された扉を、交代しながらで良いので、片時も目を離さず見張ること。

 ここの集落の背後は高い岩壁となっていて、洞穴はその一角に開いていたもの。そこをすっぽり塞ぐように、両開きの扉が設置されたの。見上げるほどに大きい木製の扉は、縁を鉄の金具で補強した、当時としては珍しい強化を施された一品だったとか。開閉には十人前後の力が必要になる、重い物でもあったわ。

 連絡役もまた、夜を徹した門の警備の手伝いをしたそうよ。そして彼らが判断した時のみ、わずかに門を開いて、その中へ連絡役が入っていく。それまで集落の皆が身に着けていた、会の装身具を携えながら。

 その際に、この門の向こうの穴の中に何があり、守っているのかを尋ねる者が何名かいたの。だけど連絡役たちは口をそろえて、「時が来れば、目の当たりにするだろう」と詳しく話しはしなかった。

 連絡役たちは昼間も集落を見回り、例の装身具を身に着けていない者には、厳しいお咎めがあったとか。晴れている日にはもちろん、雨が降る日でも監視は徹底していたの。もちろん、自分たちも同じような装いをしながらね。

 扉の奥にあるものと並び、この山の中の集落でのみ徹底される装飾の決まりも、住む人にとっては謎の多いもの。それらの意味が示されるには、数年の時を待たなくてはいけなかったわ。


 集落ができてから、5年目のこと。近隣での小競り合いは小康状態に入り、低地の集落でも穏やかな時間が流れるようになっていたわ。山の上の集落は、当初期待されていた、軍事拠点としての役割を果たすことなく――もちろん、そうなる状態が望ましいのだけど――、その日は自然に傷んできた、堀の補修を行っていたの。

 作業を始めてからほどなく、ひとりがこちらへ猛然と迫ってくる獣の影を見つけたわ。四足歩行で巨体を揺らしながら向かってくるのは、一頭のクマ。ちょうど冬ごもりの時期が近づいてきていて、獲物を血眼になって探しているというところだと思えたわ。


 すぐさま作業していた人が塀の中へ入り、門を閉める。ややあって、門全体を揺らす勢いでクマがぶつかってきたの。一度ならず、二度三度とぶつかり続け、きしみをあげる門。このままだと破られる恐れがあったわ。

 男たちはクマが入ってきた時のために、槍や弓矢を用意し始めるけど、その間に連絡役たちが指示を出す。奥の門に近いところにいる者は、そこを開けるのを手伝うようにとね。

 てっきり、入り口が破られた時に避難するためだと、多くの人は思ったわ。5年の時を経て動き出したその門は、今もクマに揺らされる門よりも、大きな音を立てて開いていく。  

 ふたつの門同士は、ちょうど直線状にあったわ。中身見たさに門の前へ立とうとする者たちを、連絡役は脇へどかせる。合わせて、外の門でクマを待ち受けんとする者たちにも、門を結ぶ線の上に立たないよう、指示が飛んだわ。

 

 クマが門を破るのと、洞穴につながる門が全開になったのは、ほぼ同時だったわ。集落内部に入ってきたクマは、二本足で立ちあがる。恐らく、周囲を取り巻く男たちの様子を見定めようとしたのでしょうけど、襲い掛かるまでには至らなかったわ。

 奥の門のそばに立っていた者は、門の内側から陽炎が出てくるのを見たの。放たれた矢のごとき速さで宙をかけたそれは、たちまちクマの下へと殺到したわ。

 次の瞬間、クマの全身は炎に巻かれていたの。叫び声を上げながら、やみくもに爪を振り回してもがくクマ。狩りに慣れている男たちは、すでに十分な距離を取っていたから、爪にかかることはない。

 クマは両手で身体中をかきむしっていたけど、それでも火が消えないと見るや、きびすを返して逃げ出したわ。その際によろめいて、砕いた門を支えていた柱の一本にぶつかってしまったの。しばし寄りかかっていたクマだけど、やがて体勢を整えて、今度こそ遠い森の中へ逃げていったわ。

 その後、男たちは火だるまだったクマがぶつかった柱を検分したのだけど、そこには焦げひとつ残っていなかったそうなのよ。

 

 この不思議な撃退法の後、再び奥の門は閉じられて、補修工事の続きが行われる運びになったわ。これまで秘匿されていたものが、実際に使われたことで、人々はいっそう、あの洞穴の奥にあるものへ関心を向けたわ。連絡役たちも、これ以上黙っているのは得策ではないと判断したか、低地の集落へ報告の上、皆を集めて説明する。

 クマを撃退せしめた力の正体。それは洞穴の奥にある、ハマグリの力によるものだというの。この穴の奥には、この集落全体と同じくらいの大きさのハマグリが鎮座している。それの吐く「気」が、火を起こしてクマを焼いたのだと。

 それは我ら人が起こすものとは、異なる火。ハマグリが燃やすと判断したもののみを、焼き焦がす。そのため、対象から外れる柱に関しては、被害を受けることがなかったの。


「皆が身に着けている装具は、いずれもかのハマグリの子孫にあたる。同時にかのハマグリとつながりを持つ者だ。その身に当たる陽の光、雨のしずくはいずれも貝にしみ込んで、自ら動けぬハマグリのための餌食となる。いわば、貢ぎものだ。

 門をやたらと開かぬのは、いたずらにハマグリを刺激せぬため。機嫌を損ねて、ここ丸ごと滅されてはかなわぬからな」


 知らされたことで、集落の人々はぐっと心を締め付けられるのを感じたわ。知らなければもっと穏やかな過ごせたのでしょうけど、もはやそうはいかない。以降のここでの生活は、戦がないのにピリピリとした空気が漂うようになったわ。それは低地の集落が、勢力を伸ばした大和朝廷の軍に攻め落とされるまでの、数十年間続いた。

 これまでにない大軍に攻め寄せられ、低地の集落の生き残りが慌ただしく逃げ込んだ、この高地性集落。防衛力を高めたここならより粘ることができ、いざとなればかの大ハマグリの力に頼ることも、視野に入れられる。

 そう踏んで籠城に臨む一同だったけど、どうやら戦の喧騒は、ハマグリの機嫌を大いに損ねるものだったみたい。

 数日の戦いの末、ついに敵軍に門が破られようとした折、再び奥のハマグリ門が開かれたわ。過日のクマと同じように、門から顔を出した敵軍を一気に燃やす腹積もりだったの。

 それが門を開いたとたん、あのゆらめく陽炎は前方へではなく、上方へ飛んだ。曇り空の中へ溶け込んでいったかと思うと、黒い雲のそこかしこに、だいだい色の光が浮かぶ。それらはどんどん大きさを増して、ここへ落ちてきた。


 炎の雨だった。それもでたらめに降るのではなく、人や家屋を目掛けて過不足なく襲ってきたの。結果、集落はたちまち火の海と化し、敵味方の別なく多くの人が逃げまどう羽目となったわ。命からがら逃げた者が、低地の集落にことの次第を報告し、新たに兵を連れて戻った時には、焼け野原しか残っていなかったそうよ。

 悲嘆にくれる間もなく、今度は大きな地揺れが起こる。その場にいた者全員が足をとられて満足に動けない中、件のハマグリ門の上から無数の岩が降ってくる。岩壁が崩れたために起こったであろう落石は、真下にあった扉を完全に叩き壊し、その向こうにあった穴を塞いでしまったわ。


 ――かのハマグリも、この世に関わるのはもはやまっぴらということだろう。


 生き残った人々はそう噂した。そして貢ぎ物の器となっていた装身具たちは、それから身に着けることを禁じられたみたい。また何かの拍子に、件のハマグリが目覚めたりすることのないようにね。

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