3話 唐突に始まるカラオケ
「ふぁー美味しかった!」
「満足してくれてなにより」
パンケーキは、想像以上に美味しかった。前世ではそんなこと考えもしなかったんだけど、これが男女の味覚の差なのだろうか…。
ピロリン
麻衣姉のスマホから連絡通知の音がなった。その画面を少しの間見つめながら
「え?うーん…どうしようかな…」
としばらく悩んでいたから、
「どうしたの?」
と聞くと
「あー、ちょっと待ってて」
そう言って麻衣姉は少し離れた場所で電話をしはじめた。
「もしもし?莉緒、どうするの?」
「えー、麻衣来れないの?」
「来れない事はないけど…」
「じゃあ来ようよ!」
「妹が一緒にいるのよ今」
「別にいいじゃん、あの可愛い妹でしょ?」
「まぁそっちが良いなら良いけど…誰がいるの?」
「はるきちとあやねさんとみなみさんだよ、歌メン会やってんのよ」
「はいはい、今から行きますわ」
「了解で〜す」
「…と言うことで、カラオケに行くことになりました!」
「わー」
何があったのかよくわからないけど、今世での人生初カラオケをする事になりました、しかも麻衣姉の「仕事仲間」と一緒に。はじめてのカラオケのハードル、高すぎやしませんかね?
街中の一角にあった大きいカラオケビルに入って、エントランスのすぐ横にあるフロントに麻衣姉が話をすると、係員らしき人がすぐに部屋まで案内して通してくれた。
通常の部屋の更に奥にあるドリンクバー完備の、いわゆるVIPルームみたいなところに案内された時はちょっと焦った…。
「あ、麻衣来た!」
「やっほ〜、せっかくの休みにカラオケなんて莉緒も物好きよね」
「まぁね、っと、そっちが話題の妹?」
「うん、年は離れてるけどね」
凄い…目の前に、立浪遥・鈴本絢音・相川みなみ・池田莉緒、4人も現役アイドルがいる。
しかも4人とも人気メンバーで、握手会の抽選もかなりの高倍率のメンバーなのにこんな場所で会えるなんて…麻衣姉バンザイだ。
…と、そんな事考えるのも良いがとりあえず挨拶したほうがいいだろうから
「こんにちは、麻衣の妹の結城澪音です、姉がいつもお世話になっております」
簡単に挨拶をしておいた。
社交辞令だろうが何だろうが、ブラック企業で身につけたスキルはこういう時に役に立つんだよ。
「「おぉ〜」」
「可愛い…」
「礼儀正しすぎでしょ、本当に中1?」
失礼な!俺はどこからどう見ても中1だ(誰も前世と合わせろとは言ってないからな)。
そうこう言われているうちに、カラオケが始まった。
「じゃあまずは、『心の絵』から行こう」
「ちょっと絢音さん、アタマから飛ばしすぎですよ!」
〜〜〜
「ふぅ〜、まぁ始めはこんなもんかな」
カラオケの1曲目から「心の絵」というハイトーン連発の難曲を歌いきって、余裕すら見せている絢音さん、かねてからグループ随一の歌唱力の持ち主と言われているが、その言葉は嘘じゃないようだ。
「じゃあ次私〜『ナツの宴』行きます!」
そう言って、これまた難曲の『ナツの宴』をセレクトしたのは遥さん、そして
「あぁ〜全然声出なかった!」
そんな悔しそうな顔をして声をだしながらも、堂々の94点を叩き出している。
その後も次々と高得点を叩き出していく麻衣姉と他のメンバーさん達を見ていると、
「澪音ちゃんもなにか歌う?」
そう言って、みなみさんにマイクをもらったからとりあえず
「ん〜、じゃあ『ユメハヤテ』で」
チョイスしたのはけっこう難しいボーカロイド曲、というかこの人たちに囲まれると難しそうな曲を選ぶしか無いんだが…。
「ふぅ…難しい…」
カラオケの点数は89点、全国平均が78.2点であるのを見ればそこそこ上手いと思えるのだが、今まで全員が90点代を叩き出していただけにちょっと気まずい。
そう思っていたが、
「上手いじゃん」
「グループの下手なメンツよりはるかに上手だから安心して」
「歌唱力凄い…」
意外に褒められた。
その後も何曲か歌わせてもらって、その度に
「上手〜」
とか
「本当に中学生なの?」
とか言われた。お世辞も混ざっているのは分かるけど、褒められて悪い気はしない。
カラオケもお開きになって、遥さんたち4人は寮に帰る道が逆方向だからとカラオケの出口でお別れをしたあと、麻衣姉と2人で帰ることになった。
ちなみに、普通に寄り道せずに帰るつもりでも、帰り道でも道すがらにあるカフェに吸い込まれそうになったり、可愛い服に目を奪われたりしてしまうから、物欲も完全に女の子側に偏ってしまっていることを実感した。
だから、
「あー、今日は歌った〜!」
「お姉ちゃんやっぱり歌上手だよね」
「まぁそれが私の職業なわけだからね、トーシロに負けるわけにはいかないよ」
「さすが!お姉ちゃんだよ!」
という感じで、帰り道に麻衣姉をおだてて、欲しかったが自分のお小遣いでは手に入らなかった服を買ってもらった。
女性をおだてる方法は覚えておいて損はしなかったな。
その日の夜
「ムフフゥ〜やっぱり我が妹は可愛い!!写真でいつまでも見ていられる」