表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終わりの手記

作者: folth

高校生の時に部活で書いた小説です。

【十七時間前】

 俺が乗るはずだった、銀河系第九十三惑星に向けての最後のロケットがたった今、打ち上げられた。俺はそれを渋谷のスクランブル交差点の真ん中にあおむけに寝転がって眺めていた。これで、俺の死亡時刻が十七時間後に確定した。

 一応述べておくが、この手記は誰かに読んでもらいたくて書いているわけではなく、ただの自己満足である。とはいえ、手記という形をとるのだから、読む人がいると仮定して、今の状況を軽く書き留めておこう。あと十七時間で、地球と隕石が衝突し、地球上から生物は消え去る。このことを前もって認知したNASAは地球人が全員、徐々に別の惑星に移り住めるように手配していた。でも、俺は他星に行ってまでして生きたいとは思えなかったから行かなかったのだ。

【十四時間前】

 気が付くと、もう一時だった。たとえ死ぬことが決まっていても、体は生きようとあがき、腹は減り、のどが乾く。その辺の店に飯を食いに行くとしよう。俺は、起き上がって、目についたデパートに向かった。目端に写った、誰も必要とする人間がいないのに無意味に晴天の中働き続ける信号機が馬鹿みたいに思えた。

【十二時間前】

 適当に飯を食って、デパート内の服屋に来た。孤児院では無地の服しかなかったから、少しは良い服を着てみたかったのだ。服屋にたどり着いた時に店の中で物音がしたので行ってみると、同年代であろう、二十歳前後の女がいた。正直、もう人間に会うことはないだろうと思っていたので、非常に驚いた。彼女はこちらに気づくと、数秒間目を丸くしてこちらをじっと見てから、近づいて、まるで今の惨状を全く気にしていないような様子で、とても陽気に話しかけてきた。俺は、その他愛もない質問にぽつりぽつりと返答をした。彼女は今の惨状についての話題は出さなかったし、それを気にしている様子もなかった。最初は途切れ途切れの会話だったものの、かなり気が合って話が弾んでいった。しかし、どんなに会話が盛り上がってもお互いに名前を含めた自己紹介を一切しなかった。お互いわかりきっていたのだ。こんな状況では、名前なんて必要ないものだ。あと、これはどうでもいいことだと思うのだが、彼女と話している時に、彼女の顔や仕草から少しだけ懐かしさを覚えた。かつての友人なのかと考えてみたが、全く思い当たらなかったし、よくよく考えると今の俺に友人などいなかった。だから、「生きている人間である」という親近感のためだろう、と結論づけた。

彼女は、しばらく会話した後に、なんと、俺をデートに誘った。死ぬ前に一度はデートをしてみたかったらしい。俺もデートとは全く縁がなかったし、二人の方が楽しいと思ったので、承諾した。それから、デートとして、二人で服を選んだ。彼女のセンスは、まあ、えっと、あまりいいとは言えなかった。その点については、俺が彼女に勧めた服を彼女も嫌がっていたので、価値観の不一致ということにしておこう。

【十時間前】

 次に行きたい場所を彼女に尋ねると、本屋がいいと言われた。これは俺も賛成だった。二人で本屋に行って、おすすめの本を紹介しあったのだが…これは失敗だった。今の俺達には本を読む時間なんて残されていないのだから。それでも、本好きな俺にとっては楽しかった。彼女も尋ねてきたことなので念のため述べておくと、この手記を書いているのは、俺が作家になりたかったからである。才能も時間も無く、その夢を叶えられそうにないから、今こうして最後に手記を、作家の活動として、あるいは自己満足として書いているのだ。誰も読まない作品なんて、実に無意味なものだが。

【七時間前】

 軽く夕食を食べた後で、彼女が見たい映画があるということで、その映画をDVDで見ることにした。その映画は壊れた家庭をたて直そうとする一家についての、すなわち、家族愛に関するものだった。(彼女も孤児院育ちだったから、家族にあこがれているらしい。)映画というものを見るのは初めてだったが、俺はあまり楽しめなかった。どうしても、自分の家族と比較してしまう。俺の家族は、というか両親は、ひびのはいった家庭を戻そうとするよりも分裂させることを望んだ。それを考えると悲しくなる。そういえば、俺と三つ下の弟は父に引き取られたが、母に引き取られた俺の双子の妹はどうなったのだろうか。俺と弟とは違って、有意義な暮らしをしているといいな。

【四時間前】

 映画の感想を話し合った後、最後に俺の行きたい場所に行くことになった。さっきの映画の途中で思い出したのだが、俺がかつて家族みんなで行った、階段を百段近く上った丘の上にある公園では、綺麗に星が見られた。あそこに久しぶりに行きたい。彼女も子供の頃行ったことがあるらしく、賛成してくれた。都合よくバイクが放置されていたので、二人でそれに乗ってその公園を目指した。免許など持っていなかったし、バイクも盗んだものだったが、誰に咎められるわけでもなかったので、気にしなかった。彼女が「15の夜」を鼻歌で歌っていて、クスッときた。彼女はバイクでの移動中に、さっきの映画中の俺の反応を不思議に思ったのか、家族や過去について聞いてきた。正直答えたくなかったが、もうどうでもいいか、と思って全て話した。以下は、その要約である。

【九年前~十七時間前】

 俺が十一歳の時に両親は離婚した。両親は物心ついた頃から仲が悪く、けんかばかりしていて、俺や弟や妹のことを育児放棄しているような節があった。俺たちのことを嫌っていたのかも知れない。俺たちは愛情というものを知らずに育った、おかしな子供だった。父に連れられた弟と俺は、引っ越して三人で暮らした。新しい学校の人とは上手くなじめなかったので、その頃は前の学校の友人とよく連絡を取り合っていた。父が俺たち兄弟に愛を注ぐことは相変わらずなかった。父はまだ若く、自分の恋愛にいそしんでいて、俺たちを疎ましく思っているようだった。

 十四歳の時に、父は蒸発した。父は孤児院の出で親戚がおらず、俺たちも孤児院に行くことになった。その頃になると、もう友人からの連絡はほとんどなかった。俺は、自分の友情はその程度のものなのだと悲観して、孤児院の連絡先を伝えないことにより、自ら友人との縁を完全に切った。孤児院の先生や同じ院の人とも結局なじめず、俺にとって大切な人は、俺のことが単なる他人ではない人は、弟だけになった。弟と、二人きりでも強く生きていこうと誓った。

 十五の春、弟が重大な病気にかかっていることが判明した。俺は高校進学をやめて、弟を入院させて、莫大な治療費のために働くことにした。絶対に、弟だけは助けたかった。

 でも駄目だった。

 俺が弟の遺体を見たときに、なぜか何も感じなかった。死ぬほど悲しいと感じているような気がしたが、涙が全く出てこない。俺は無表情で、棒立ちしていた。俺はそこで気づいてしまった。自分は、普通の人とは違って、愛情が与えられず、友情もほとんどなく育った。そんな普通ではない無感情な自分は、壊れているのだ。いや、むしろ、作られてすらいないと言うべきだろう。その事実は、何よりも悲しく思えた。その時、これからの俺の人生は、未成熟で、孤独な、どうあがいたって無意味に終わるものだと悟った。

俺は、他の惑星に移ってまでして生きたいとは思えなかった。もう、俺の人生は、無意味なのだから。

【一時間前】

 全て話し終える頃に公園に着いた。彼女はその間、静かに俺の話を聞いていたし、バイクから降りた後もしばらく黙っていた。階段を上っている途中で、彼女は唐突に俺の妹の安否について尋ねた。俺は妹を探したが全く見つからなかった、と伝えた。彼女は、そっか、と呟くと、階段を登り終わるまで黙りこくっていた。

 公園に着いて、二人でベンチに座った。昔に来たときと同じように、その公園では綺麗に星が見えた。昔と違うのは、俺たちを殺す流れ星も見えたことと、その頃よりも、複数の意味で、この見事な星空を楽しめないことだ。少し星を眺めたところで、彼女は突然沈黙を破り、自分も昔、双子の兄や三つ下の弟や両親とここに星を見に来たことがあると話した。その後に両親が離婚し、母親が死んで孤児院に引き取られたとも言った。そして少し明るい声で、君の妹の境遇に似ているかもね、と俺に語りかけた。その時の彼女の、無理して作ったような笑顔は、やはりかつて見たことがある気がした。

 彼女は本当に俺の妹なのかも知れない。でも、お互いにそれを確かめようとはしなかった。どうせ、みんな、無意味だ。

 俺の人生は無意味だった。無駄に友情をはぐくもうとしたり。弟を助けられないとわかっていても、あがき続けたり。そして、他星に移っても、無意味な人生を送っていただろう。今書いている物も無意味に終わる。最後の方は彼女のおかげで少し楽しかったが、まあ、くだらない人生だった。

【もうすぐ】

 はしりがきでよみにくくてすまない でももうじかんがないのだ 

かのじょが いまならながれぼしがきえるまえにさんかいねがいごとをいうとねがいがかなう というめいしんをためせるといった おれはわらって いくらでもねがいがかなえられそうだな とかえした せっかくなので おれもさいごにねがいごとをした おれの むいみなじんせいを はやくおわらせられますように いもうとは どうせもうじんせいがおわるのだから ねがうひつようなど ないだろう というわらいをうかべて こちらをみていた 

【約五十年後】

 はじめまして。私は地球の状態を調査に来た人間です。あなたの手記、読ませてもらいました。(勝手に書き足してしまって、ごめんなさい。)この手記は、瓦礫の中で奇跡的に無傷で残っていました。まるで、誰かに読まれるのを待っていたみたいに。正直、おっしゃるとおり、文を書く才能はちょっと乏しいみたいですが、この手記は面白かったです。あなたの「無意味な人生を終わらせる」という願いは、ある意味叶ったのではないでしょうか。この手記は私にとって、無意味ではありません。そして、この手記を作ることに役だったあなたの人生も…。ところで、私の祖父は祖母と結婚する前にいた二人の息子を捨てたらしいです。祖父は晩年、そのことを後悔して、よく口にしていました。その息子の友人、すなわち私の叔父の友人も、尽力して叔父を探していたと聞きました。あなたが私の叔父と同一人物だという確証は全くありませんが、あなたも境遇としては叔父と同じだと思います。つまり、何が言いたいのかというと、あなただけが知らなかっただけで、友情も愛情も、あなたは与えられていたのではないでしょうか。あなたが、それを享受できていたらと思うと、悔しさが止まりません。

 この手記は今から燃やそうと思っています。そうしたら、この内容と私の思いが、煙に乗ってあなたのところへ、届いてくれるかも知れないから。是非、そうであってほしいものです。それでは、さようなら。

                  (終わり)


僕が最後に書いた小説です。まさに終わりの手記ですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ