第四十五話「女が怒った時ほど反省する必要がある」
時は少しさかのぼり、有二と研究者が戦闘を始めたであろう時間。
キースは死体とは思えない機敏な動きをしてみせるネクロマンサーが操作するアンデッドの攻撃を捌いていき反撃として槍を相手の胸当たりに突き刺す。
「悪しき魂を混入されし肉体に神の浄化を。『ターンアンデッド』」
片手で槍を刺したまま、もう片方の手で何かしらの印を結んで魔力を流すとアンデッドの体が光を放つ。
キースが槍を引っこ抜くとアンデッドはその場でぱたりと崩れ落ちる。
「くそガキ、私のペットを浄化しやがったな。」
ネクロマンサーの女は敵対している男が天敵ともいえる聖騎士であるとは知らなかったようだ。
本来人は死ぬと体は動かなくなる。どの世界でも共通のことである。
そのルールを破る禁忌の魔法としてネクロマンスが自然と生まれた。
その魔法に対抗する術の代表的なものとして神聖属性がある。
キースはその神聖属性を主体として戦闘を行う聖騎士という職を習得している。
「本来埋葬されて然るべき死体を自分の勝手で操るだけでなくてペット扱いだと。ふざけるのも大概にしろよ。」
零はアンデッドと勇者を相手にしながらキースを横目で見ていた。
(真面目とは縁遠そうなキースがあんなに怒っているのは意外だな。)
キースは眉間にしわを寄せて静かに怒っている。
もしこの場に有二がいたとしても零と同じような感想を抱くだろう。
「俺のことを無視してるんじゃねぇよ。ここに来てからどいつもこいつも俺のことを見向きもしない。」
勇者は敵が目の前にいるにも関わらず地団太を踏んでいる。
何が気に食わないのかが零はよくわかっていない。
「俺のことを見てくれたのはそこの女と研究者だけだった。俺を見ないような連中は殺されるべきなんだ。ゼロ、こいつを使うぜ。」
勇者は懐から取り出した注射器を首に当てて何かを体に注入をする。
「はははは、やっぱり俺は選ばれしものなんだ。こいつは適性がないとすぐさま体が崩れ落ちると聞いていたがそんなことがない。力が漲ってくる。」
勇者の目があちらこちらと動き回って焦点が定まっていない。
明らかにヤバい薬をきめた危ない人と同じような症状が出ているのを零は確認して少し恐ろしく思った。
「勇者、貴様はその薬を打って力が漲ると言ったな。そんな夢のような薬に副作用がないとは思っていないのか?」
「あーん?俺様は勇者だぜ。副作用とかちんけなものに負けるほどやわではないんだよ。時間が経つにつれて力がどんどん湧いてくる。そろそろ勇者様に倒されるモンスターとして死んでくれや。」
勇者は不相応な装飾を施した剣を大きく構えてまっすぐに突っ込んでくる。
零は小回りがきき、技と速度で力の強い相手ですら撹乱して倒すスタイルであり見え見えの構えでフェイントのフェの字も感じさせない勇者の攻撃はお粗末すぎる。
『閃光は
「打ち止め」
勇者の剣が光を放ち始めてそのまま振り下ろしてくるのに対して零は相手の剣の柄を狙った突き技で武器落としを成功させる。
相手を殺さず武器だけを落とす殺さずの技をいとも簡単に成功させる。
相手がいかに素人であろうと相手の行動に合わせなくてはいけないし失敗すると無防備な状態で攻撃を受けてしまうので技術を知っていてもやろうとする人はいない。
「くそ、アンデッド共!俺を守りやがれ!」
わらわらと先ほどまで距離を取っていたアンデッドが零に近寄ってくると各々が握っている武器を振るってくる。
生前の記憶があるのか勇者よりも鋭い攻撃を繰り出してくる。
複数人からの間髪入れない攻撃を剣で捌いていく中でただ連携もなく1人が攻撃をしていると1人が攻撃の準備を完了させて、1人の攻撃が終わればすかさず攻撃をして次の人が攻撃の準備をするとローテーションを繰り返しているだけであった。
「1人の綻びでこれは簡単に崩れてしまう。」
敵の攻撃が繰り出される直前で足払いをして1人を転ばせる。
次の攻撃をするアンデッドは武器を振り上げた状態で次の攻撃に移せず筋肉が震えているかのように止まってしまった。そのほかのアンデッドも同じように動きを止めた。
「なるほどな。アンデッドはほかのアンデッドの動きをもとに行動をする。それだと誰か最初のきっかけと作るためのアンデッドが必要となる。ただし、それは最初だけであとは1人だけの動きを想定のものから逸脱をさせてしまえばよい。」
零の洞察力と勘の前にはネクロマンサーの魔法のからくりも簡単に見破ることができる。
その見破って無力化をするまでの時間があればいくらあの勇者でも攻撃に転じることができる。
「初めて役に立ったな、俺の下僕共が。役に立たないから死んでくれとつくづく思っていたのにこの考えは正解だったな。死んだ方が役にたつ。『閃光斬』」
装飾のある剣が発光し収束する。
勇者はニヒルな笑みを浮かべながら剣を振り下ろす。
振り下ろされる最中に収束した光が切先に集中をし始めて剣から形を形成しながら剣からとび離れていき、振り下ろされる軌跡のまま零に向かっていく。
「光を収束させて物質化させたものを飛ばすものか。だが、この剣の特性をもってすれば問題ない。」
飛んできた斬撃を剣で切り裂く。ただ斬ったわけではない。
一瞬のことでこの場にいるものは零以外には見えてはいないが、光の一部を剣は吸収をした。
この剣は魔法を一部を吸収して魔法を形成しているものを破壊する、魔法破壊の剣である。
「勇者の特技をこんな簡単に防ぐなんて、、、空気を読めよ、ブスが。」
その言葉を聞いて零は大きなため息をついてしまう。
「はぁ、空気を読めていないのは貴様だ。私はいつでも殺すことが出来る、つまりは貴様は掌で転がされていることを理解していないのか。あまりに哀れだ。」
「1発だけ攻撃を防いだ程度で調子にのってるんじゃねぇよ。ほら、アンデッド共さっさと攻撃しにいけよ。」
勇者は今の現状に気がついていないのか呑気に答える。
そして、目の前で倒れている神官服を着ているアンデッドの横腹を蹴り上げる。
死体なので痛みに堪える様子などは全くなく、命令通り倒れた状態から腕を使わずに足だけで立ち上がり武器であるメイスを持ってこちらにゆっくりと向かってくる。
「なんだよ、その目は。気に食わないな。」
零の勇者の行動を見て哀れだと思っていることが伝わったらしい。
「アンデッドとはいえ元は人間だ。死んでいるものに対する敬意を持った行動は出来ないのか。」
「は、こいつらは俺の元仲間だ。どう扱おうともお前には関係はない。まぁ、生きている間は何かと俺の行動に対してイチャモンはつけるのに役には立たないから死んでくれないかなと思っていたんだ。まさか死んでくれるだけではなくて死んでからの方が役に立ってはいるがな。」
勇者は零に向かってきているアンデッドを後ろから足裏で踏むように蹴っている。
勇者の人の心のない言動で零は彼に対する思いや考えが変わった。
「もういい、お前には手加減は一切必要がないということだな。」
「はぁ?だから調子にのってるんじゃ、、、は?」
零は向かってくるアンデッドの群れを散歩するかのようにすり抜けていく。
簡単なことだ。
零のスキル『ゾーンα』を使用することで周囲の空間を把握し、身につけた体術と足捌きがあれば一体一体を相手にしなくても目的の箇所まで辿り着くことも出来る。
勇者の目から見ればアンデッドが彼女に対して襲うようにしながらわざと道を作っているかのように思えてしまう。
「歯を食いしばって、目を食いしばれ。」
後半何を言っているのかはわからないが、零は全力で勇者の両側の頬を素早くフックを喰らわせて、顔面にストレートを打ち抜く。
彼女が本気になればそこらの人間=勇者が束になっても敵わない。




