第十九話「油断大敵」
「もうおしまいか。つまらんのう。だが、見込みはあるからこのまま気を失ってもらうぞ。そして、われの目的のために働いてもらうぞ。」
謎の能力でキースの得意技であるトラップの中でも特性であるものを無効化をし、地面から突如として生えてくる攻撃。特攻をしていたおれにはカウンターとして突き刺さり肉体的にも精神的にも大きな損傷を与える。
このままだと吸血鬼に捕まってしまう。まだ、合流していない仲間たちと会うことすらできずに、なにかしらの新たな企みに巻き込まれる。もしかすると、今死なないだけでそれ以上に悲惨な目にあうことになってしまうかもしれない。
しかし、戦闘能力の差はともかく、戦略もない。これは巻き返しが不可能だといえるだろう。
「キースと言ったか貴様はわれとは相いれない存在であるな。まあ、そういう輩との戦闘用に生み出したのがこの『血の薔薇庭園』だからのう。まだ、覚醒してないのが救いじゃ。今覚醒されておると目的を果たすことが出来なくなってしまうからのう。殺しておくか。」
ローズは俺を捕まえてキースを殺すという。殺すと。キースとはこの迷宮に来てからの付き合いだ。しかし、ギガント、天狗という強敵との戦闘はキース達がいなければ死んでいたことだ。もう仲間と呼べる間柄あることは疑いようのない。その仲間を目の前で殺すと宣言された。
「ここで、立ち上がらないと俺はただのクズになってしまうか。」
回復速度が以前より大きくなっているのかカウンターをもらっても早く立ち上がることが出来た。大剣もまだ持てる。なら戦うことが出来る。
「ほう、まだ立てるのか。しかし、待っておれ。そこの男を始末してからじゃ。」
「させると思うのか。いつも本気を出さない俺が本気を出すというのに水を差すのか、吸血鬼。」
「あれで本気ではなかったというのか。面白い。来るがよい。」
口元が上がり興味を示しているようだ。本気の攻撃をしようとしたが本気の動きはしていてはいない。スキルを最大限使ってやる。
足の力を放出し間合いに入る。間合いと言っても俺の大剣が当たる間合いのことだ。筋力が上がっているので片手で視界を少し右に誘導する攻撃を叩き込む。これは当てるつもりはあるのだがおとりでもある。
予想通りの得体の知れない赤黒いものがローズの腕に纏わり剣を簡単に受け止める。いや、少しだけめり込んでいる。ガードをそのままでしないのはそれなりには攻撃力がある証拠だ。だけど、そんなのは目じゃない。
腰がひねった先が目的の位置にいる。空いている拳が今の大剣での攻撃をはるかにしのぐ威力となる。握った左手、拳を加速させ、右は大剣を捨ててでも体に引き寄せながら腰を回す勢いにすることで威力を加速させる。
「衝撃の雷」
腰のひねりとスキルによって生み出す速度、そして破壊できない硬さを持った拳は雷の衝撃を受けたかのような破壊の力を拳に秘めている。
ローズにはこの速さでは回避は不可能であることがわかる。今まで防御や攻撃に使った地面から生えるものは間に合わないし、先ほどの腕に巻き付いたのも見た感じから防ぐのは無理ということも。
案の定、体に当たっていることがわかる。拳には重みがあり、そのまま突き刺さるかのように振りぬく。
「おふん。」
よくわからない声、なんかエロいような声を発しながらローズは吹き飛んでいく。見ると命中した腰のところからは未だクレーターのようにへこんでいる。そして、口からは血が垂れている。身体能力の差が圧倒的でもこの攻撃は有効、いや大ダメージである。しかし、思っていたよりも手ごたえが。
ローズは空中にいながらも手をこちらにかざしてくる。
また、地面から攻撃である。それを身軽なステップを踏みながら躱していく。大きな動きはいらない。多少当たろうとも問題はない。
今度は口から出た血をぬぐうとその手をふるってくる。それによって散った血が異常な速さになり迫ってくる。
避けながら剣を拾いホームから降りる血の遠距離攻撃は防ぐことが出来る。しかし、ホームに降りても相手の領域内だ。動き続けないとやられる。
ローズは手を動かし、地面からの攻撃もしながら語りかけてくる。
「先程の攻撃は後ろに飛んでいなければ大きな損傷だったろうよ。見事なものだ、連携をしていた時よりも動きもよくなりつつある。だが、まだまだこんなものではないのだろう。見せて見ろ己の限界を‼」
地面からの攻撃は激しさを増してくる。それを見続けているからかどこからやってくるのかが何んとなくわかってきた。そして次第に何かに没入していくように感じる。それと同時に見えないところからの音や振動もハッキリしてきた。更に攻撃に目が慣れ始めてきた。
もっとハマっていく感じだ。
(ゾーンに入ってきているのじゃな。それによって高い身体能力を持て余していた分を使い方、体の先まで支配しているように扱えるようになってきておるの。これだから人間の成長具合は怖いのう。)
ローズマリーは次第に激しさを増していく有二の行動を冷静に見ていることで気が付いた。
「ゾーン」である。スポーツなどでも使われる用語である。ここでは五感の集中力が増し、体を本能的に細部まで操ることのできるものである。そして、自分の能力を普段以上に発揮することが出来る。
今まで発揮していたのが全体の30%だとすると現在はその倍以上の70%を発揮しているだろう。普段の限界を越し体への負担は自己再生能力であろおう能力で問題はないみたいだ。逸材である。
本人にはその自覚がないにしても勇者のように為せば成るという自己肯定で才能に酔っているわけではなくがむしゃらに生にしがみついている結果であることは間違いない。
ローズマリー自身に自覚はないのかもしれないが有二など人間を軽んじる上位存在であるがそれをせず対等に見ることで自信を成長させてきた。そして幾度も見てきた強者の中には彼女を満足させる有二以上の存在はいたが有二以上の成長を見せずそして生への執着は上位種に殺されることを当然のこととして散っていった。勇者であってもそうであった。
人間だったころの記憶はとうに失っているが、人間の部分は風化せず残っているのである。そこに彼女の行動原理が一部あったりする。その証拠に、
(ああ、こんな人間、諦めることなくあがくのは何ともそそられるぞ。無茶苦茶にしてやりたい。無茶苦茶にして犯して複上死させて男の尊厳を奪ってから天に召したい。こんなにも男らしい格下は初めてじゃ。)
と性欲が少ない吸血鬼にとっても歪んだ性癖を持っているのだ。彼女は弱い男をいたぶることが好きなのである。そして、自身よりさらに強い男からはやられたいSMと両方の狂人でもある。しかし、真祖からの命によりそれはほぼ抑えられていた。
しかし、そんな性癖は次第に失われていくことをまだ知らない。限界を突破しようとする目の前の人間を彼女は吸血鬼である部分が慢心し冷静な分析がゆっくりと失われていく。
彼自身はそれに気づいてはいない。そして誰も知らないことだが、彼は精神は人間だが、肉体は人間の形をした化け物だと。
次第に慣れてきた周りの流れが遅いことによって気づいたことがある。それは自分の体を動かす速度が速いことだ。一歩を踏み出すのにも早すぎるぐらいだ。気を抜くと足がもつれてしまいそうになる。
(集中を切らすとだめだ。今は吸血鬼の討伐だけを考えればいい。自分の体のことは終わった後で考えればいい。それがいつも通りだ。)
吸血鬼と破壊不能の腕を持つ人間の攻防は時間の経過につれて速さが増していく。お互いに無駄口をたたくことはなくなっていく。吸血鬼は地面からの攻撃で牽制をし強靭な肉体を用いた強攻撃を、人間では振るうことができないようなごつい大剣で大技を繰り出しながら自らの肉体を用いてじわじわと攻撃を仕掛けて相手の体力を確実に削っていく。人間には力を溜め放出する強力な一撃がありそれをチラつかせることでじわじわくる攻撃も意識させることで大剣でのダメージも蓄積させていく。
吸血鬼の体力と人間の体力は上位種のどの種でも人間より上である。しかし、人間は衰えを知らないかのように動き続ける。
吸血鬼は動きがない姿勢もなくなり足はステップを踏むかのように見ているものを魅了させる。映画やドラマにもあるような舞踏会で綺麗な女性に見とれてしまうように外から見るとそうである。キースはそれをみて割り込むことを忘れてしまっている。魔法の世界で生きてきた彼は無手の武術には疎いのであろう。舞うかのような戦い方も世界をまたいででもあるのである。本当ならこの舞うような戦いをする彼女に己のリズムを崩され自ら死地へと踏み込ませる恐ろしいものだが、「ゾーン」に入った彼、有二には効果が少なめである。
(ちっ、速度が上がってきておるようじゃの。成長をしながら自身を最大限に操ることの出来る割合が増えてきておる。こやつ本当に人間なのか。身体能力の成長が異常に早すぎるのう。手加減が難しくなりそうじゃ。)
(もっともっと落ちていけ。集中。右、左、前方斜め、後ろからの下。)
両者、それぞれの攻撃にしっかりと反応し、片方は手加減に、片方は己の限界を高めるため集中力を極限に。これは長い間続くものではない。
(うっとうしのう。これほどまでにやっかいだとは。あやつの体に当たりさえすれば隙が出来、戦闘不能に追い込めるというのに、あの腕じゃ。身体能力に差があり攻撃を受け取めると次第に腫れあがり次第に動かなくなるのじゃがそれが全くないのう。じゃが、あれさえ吹き飛ばせば無防備な箇所にぶち込めるちいうわけじゃ。)
ローズは楽しさと同時に段々いら立ちが込めてきた。格下に手加減をして早々に仕留めることが出来ないからだ。しかし、今まさにそのイラつきを解消できるタイミングがやってきた。
人間である有二には疲労が存在する。それが今腕がガクッと下がる。
(今じゃ。この手刀で体を突き、血を抜けば何もできまい。
鋼鉄のように固い手で作る武器は有二の肉体、鎧を貫くぐらいのものになる。有二は腕をとっさに上げようとするが間に合うことはない。
手刀は防ぐことはできない。なら捨て身だ。一瞬の判断で攻撃を受け、油断するローズの心臓辺りに狙いをつける。攻撃がくるが見られてしまったらこちらの攻撃に対処をしだすかもしれない。しかし、迷いが命取りかもしれない。やるしかない。
大剣を逆手に持つ。腕は手刀を防ぐのではなく大剣を両手に持つために移動させる。賭けだ。
俺は何もできないのか。キースは戦闘を見ながらそう何もできない自分を恨んでしまいそうなぐらいやるせない気持ちになっている。しかし、有二の動きが悪くなってきているのを見て取れた。力の差があるのはわかり隙をつかれて戦闘不能にさせられてしまう。こちらの攻撃は物理は邪魔をしてしまうし、魔法は全く効かない。
「魔法なんて撃っても効かないどころか有二の視界をふさいでしまう。どうすれば、、、視界をふさぐ?そうか、ローズの視界をふさげばいいんだ。いくら領域内の人の居場所がわかるといってもその人が何をしているかはわからないはずだ。わかってもいきなり視界が遮られると驚きはするはず。そうすれば有二が。」
雷は視界を防ぐには向いてはいない。なら当たると少し煙が出る魔力弾で。手を前に差し出し魔力はまだ籠めない一瞬だけで打つ。こちらを意識させないために。目を狙って。
キースは緊張することなく冷静だ。罠を得意とするにはタイミングが重要だ。ずれてしまうと効果が減ってしまうことがあるからだ。それをいつも行っていることが自信を持たせる。
「有二、、、頼むぞ。」
有二が隙を見せた時、キースの魔力弾は放たれ、ローズの手刀は刺さる。すべてが必然だったかのようなシンクロだ。
「んな、、、、」
(心臓は、、、)「そこだぁ!」
ローズは損傷はなく有二に手刀をさすことが出来たが次の血を抜くことを突如目の前にやってきた攻撃に視界と思考を奪われていた。
有二は迷いなく心臓があるであろう位置に大剣を力いっぱい突き刺す。
勝負は決まった。
ローズの胸から背中にかけては有二の大剣が突き刺さっておりローズの動きは止まる。有二はローズの手刀、手を取り刺さっているわき腹から抜く。出血はあるが死にはしない。
「見事じゃの。殺さず、油断もし、手を抜いているとは言えわしの弱点である銀を含んだ武器での心臓破壊。さすがじゃ。さすがに長くはもたんじゃろう。貴様らの勝ちじゃ、有二、キース。」
ローズがそういい地面に横になって倒れる。吸血鬼であることであり上位種であるということに誇りがあるのに地面に倒れるのはさすがにだまし討ちがこの後起こるわけがないだろう。
更にローズの技である領域が無くなっていく。駅のホームのコンクリート色が戻ってくる。
強敵に勝てたということだ。どういう形であれ。
「有二よ、われが所有する要石はそこの者が持っておる。ワーグリンよ。破壊しろ。」
ワーグリンと呼ばれたこの駅のホームに案内をしたゴスロリが手にある天狗が持っていたものと同じものを片手で破壊をする。粉々に砕ける。
「要石を破壊できたのはいいけど、龍人の持っている要石は無理だから脱出に向けて前進できた気がしないな。ローズマリーさん?この迷宮から脱出する方法を知っていないか。」
ローズは
「わしは知らんのう。人間の身では無理な方法なら知っておるが、、、やめた方がいいのう。」
「そうか、、、なんだかすごい戦闘が終わって気が抜けたような、、、ゴフッ。え、血?」
わき腹を刺されてその血かと思う。しかし、力が入らない。
「はぁはぁ。ローズ何か俺にしたのか。」
片足をつきローズマリーに尋ねる。
「わしは何もしとらん。刺したときに血を抜こうとしたが無理だったしのう。何か身に覚えはないのか。」
「そういえば、天狗が最後に、、、」
視界がブラックアウトした。
キースは目の前で有二が倒れていそいで駆け寄った。
「有二、おい。目を覚ませよ。何が起きたんだよ。なんか毒が回ったように顔色が悪くなっているような。」
「毒か。そうか天狗が自慢げに言っておったあれか。あいつめ、わしがようやく見つけた目的を殺す気か。遅効性で解除するのに科学や魔法は効かんといっておったな。」
「なんだよ、それ。せっかく毒を中和する魔法を覚えているのにこのまま見過ごせと言うのかよ。」
ローズは目をつぶり考え始める。すぐさま目を開き
「ワーグリン、有二にわしの血を飲ませろ。そしてわしのすぐそばに連れて来い。」
ワーグリンはすぐさま有二のそばに駆け寄る。
「なにをするんだよ。負けたやつが何をするって言うんんだ。」
「察しが悪いのう。有二を助けてやるというのに。邪魔をするな。」
ワーグリンはローズのそばにキースを押しのけ有二を横におく。過呼吸をし始めている。
ローズの腕を斬り、そこから出てくる血を片手ですくい有二の口に押し込み強引に飲ませる。そして、ローズと有二を中心に円を血で描く。
「仮契約だが、効果は期待できる。」
急に円が光を放ち周りが見えなくなっていく。
キースは見ていることしかできなかった。今は有二の無事を祈るしか方法はない。
(これに成功すれば毒を無効かし、復活するじゃろう。人間としてはなく亜人としてになるが。死んでしまってはわしでさえどうしようもできないからのう。)
ローズマリーは行ったのは人間を吸血鬼にする儀式である。簡単に舞台を用意はできるが成る側の存在が否定をすれば儀式は簡単に失敗をする。承認が必要だが、意識を失っている相手には真祖もしくはその眷属のみは仮契約として吸血鬼もどきにさせることが出来る。しかし、見込みがないものだとそのまま死んでしまうが見込みありだと吸血鬼もどきとして復活する。そのときは成る前の欠損していた腕さえ元に戻る。天狗からの毒も取り除くことができる。
ローズにとって有二は貴重な人材であることが先程の戦闘で証明された。死ぬか生きるかは誰にもわからない。
キースだけでなく、ローズも祈るしかない。
ローズはそれを確かめる手段はない。この儀式でみずからの肉体を触媒としているからだ。
時間はゆっくりと進んでいく。




