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悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

作者: 黒木メイ

 物心ついた頃から漠然と前世の記憶というものがあった。

 ただ、その記憶は少しずつ歳を重ねる毎でしか思い出せなかった。

 全てを思い出したのは、十歳を過ぎたあたり。


 私は焦った――――それはもう、ものすごく。

 というのも、この世界は私が前世でハマっていた乙女ゲームにものすごく似ていたからだ。

 そして、直感した。あ、これ前世で流行っていた転生というやつだ……と。

 

 私がハマっていた乙女ゲームは一般的にも人気が高く、二次創作やアニメ化までされていた作品だった。 

 そんな作品に転生したのならばさぞ嬉しいことだろう……と思う人もいるかもしれない。

 

 確かに、私がただのモブならば歓喜したことだろう。小躍りくらいはしたかもしれない。

 けれど、そうはならなかった。

 なぜなら、私はモブどころか『悪役令嬢』に転生していたからだ。

 よりにもよって、破滅エンドがある悪役令嬢、ディアナ・アルムホルトに。

 

 私の婚約者とそのルートについて簡単に説明しておこう。

 私の婚約者キース・シュタイベルトは幼少期に母親と出かけている途中強盗に襲われ、目の前で母親を殺された。あまりのショックにキースは魔力暴走を起こし、我に返った時にはその場にいた人々は皆死んでいた。

 

 襲ってきた強盗達は自業自得として巻き込まれた人達のことを考えるとキースにも処罰があってもおかしくなかったのだが、キースがまだ幼かったことと魔力が異常な程高かった(将来的に利用価値有とみなされた)おかげで無罪放免となった。

 

 そして、事件後キースは国一の魔法一家として名高いシュタイベルト家に養子として引き取られた。

 シュタイベルト家での生活はとても厳しいものだった。毎日、勉強、訓練、勉強と休む暇もない。到底母親を亡くしたばかりの子が送る生活ではなかった。

 しかも、家族間での関りは希薄。キースは常に孤独だった。 

 

 ただ、これはキースだからというわけではない。シュタイベルト家は皆そうやって育てられてきたのだ。

 感情なんてものは後回し、優先すべきは魔法に関すること。


 心の傷が癒えないままひたすら魔法に向き合う毎日だったキースはいつしか他人と距離を置くのが当たり前になっていた。事件のせいで誰かを傷つけることがトラウマになっていたキースにとってはその方が楽だったということもあるだろう。


 成長したキースは母親譲りの中世的な容姿と類まれなる才能によって女性から大変モテた。

 けれど、相変わらず誰にも興味を示すことは無い。それは、婚約者のディアナに対しても同じだ。必要最低限の関りしかもとうとしない。

 

 ところが、ヒロインと出会ってからキースは変わり始める。

 何度突き放そうとも物怖じせずに接してくるヒロインに次第に心を許し、いつしか心を通わせるようになる。


 そして、そんな二人を前にディアナは悪役令嬢として立ちふさがるのだ。

 どんなに嫌がらせをしてもくじけないヒロインに苛立ったディアナはとうとうヒロインを亡き者にしようと企む。

 しかし、その計画は他ならぬキースの手によって阻止される。ディアナは今まで行った全ての罪を暴かれ処刑される。そして、二人はハッピーエンド。

 というのが、キースルートだ。

  


 ゲーム通りに行けば私は破滅だが、おそらく身の振り方に気をつければ大丈夫だと思う。

 随分本来の内容とは変わっているのだから。

 まず、私とキースの関係だが希薄――――どころか姉と弟、下手したら母と息子のような関係だ。

 

 ゲームでは、他人に興味のないキースとキースのことを装飾品としか思っていないディアナの関係はとても冷めていたものだった。

 それがなぜこうなっているのかといえば、私の前世の記憶が関係している。

 前世で私は五人兄弟の長女だった。両親は共働きで、私が下の子達の世話をするのが当たり前だった。

 つまり、その性格は今世にも引き継がれているのだ。


 ――――それに、キースってば魔術以外はポンコツなんだもの。ついつい、お世話してしまうのも仕方ないわよね。


 本来の流れと随分変わってしまった気がするが後悔はない。

 まあ、多少甘やかしすぎた感は否めないが。

  

 私が甲斐甲斐しく世話をしたせいか、キースはいつの間にか私にすごく懐いていた。

 それはもう、未だに何かあるたびに一々私に意見を聞きにくるくらいに。



 でも、それも今日までだろう。

 目の前でどこか困ったような表情で立っているキースを感慨深げに見つめる。


「おい、聞いているのか?!」


 おっと、少し意識を飛ばしすぎていたらしい。

 私が過去の記憶をさかのぼっている間に目の前にいる人達のイライラメーターを上げてしまったようだ。

 

 目の前にはキースを先頭に、噂のヒロインとその取り巻き達が揃っている。

 ちなみに、先程から私にぎゃんぎゃん吠えているのはこのメンバーの中で一番権力を持つこの国の王太子様だ。


「はい。もちろん聞いていますとも。キースとの婚約を解消するというお話ですよね?」


 確認のため問いかけると王太子がそうだと頷く。


「これ以上キースを縛り付けるはやめてあげてください!」


 ヒロインがうるうるとした目で訴えかけてきた。

 その言葉に思うところがあり、キースに視線を向ける。


「キースは私と婚約解消したいの?」


 首を傾げて聞くと、キースは困ったような表情のまま頷いた。


「僕はこれからもカミラ達と一緒にいたいから。恐れ多くも王太子様達は僕を友と認めてくれている。でも、彼女達とずっと一緒にいる為にはディアナと婚約破棄しないといけないと教えて貰って……だから、その」

「そう……」


 一生懸命話すキースを見ていると込み上げてくるものがある。

 あのキースが! 私の後ばかり着いてきたあのキースがっ!

 気持ちは親離れしていく子を見送る母親だ。


「わかったわ。幸いなことに私達の婚約はお父様達が口約束だけで結んだもの。だから、お父様達に言えば婚約は簡単に取り消せるはずよ」


 万が一の事を考えて『学園を卒業するまでは書面を交わさないでほしい』と頼んでおいて本当によかった。


「カミラ様。そして、皆様どうかキースをよろしくお願い致します」


 ぺこりと頭を下げると何故か皆複雑そうな表情を浮かべていたが、親代わりを担っていた私としてはこれくらい言わせて欲しい。


「キース様。幸せになってくださいね」


 そう、にこやかに微笑めばキースは狼狽えながらも頷き返した。



――――――――



「そういう事でしたのね」


 目の前で優雅に紅茶を飲んでいた超絶美少女はカップをソーサーに戻してなるほどと頷いた。


「はい。ですから、私はこちらで良いご縁がないかと探していますの」

「ふふ。任せてくださいな。皇太子の婚約者としてのコネをフル活用しますわ」


 そう言っておちゃめに笑うルイーゼ様は大層美しく、女の私も思わず見惚れてしまう。

 

 実は今、私は隣国のライヒ国にいる。

 決して断罪の上、追放されたとかではない。

 交換留学生としてライヒ国を訪れているのだ。

 ちなみに、ライヒ国からは第三皇子が行っているらしい。


 らしい、と言いつつ私は第三皇子が交換留学生に選ばれることを知っていた。

 あの乙女ゲームでは第三皇子も攻略対象の一人だったからだ。

 

 キースから婚約破棄されるだろうとわかった時点で申し込んでおいてよかった。

 そのおかげで私はヒロイン達の()()()()に巻き込まれることもなく、こうして次期皇太子妃(ルイーゼ)様とも仲良くなれたのだから。


 おそらく、自国ではキース以上の新しい婚約者を見つけるのは難しかっただろう。

 ダメ元でルイーゼ様に頼んでみてよかった。

 素敵な方とご縁を結べると良いな……。

 なんて想像を膨らませていると廊下から誰かが走ってくる音が聞こえた。

 戸惑いルイーゼ様に視線を向ける。ルイーゼ様は警戒しながらドアを見つめていた。


 勢いよく開いたドアから現れたのは端正な顔立ちの男性。何となく見覚えがある。

 ————お会いしたことはないと思うのだけれど……。


「まぁ! バルトルト様?! なぜこんなところに?!」


 ルイーゼ様が目を白黒させて叫んだ。


「え、それって……第三皇子の名前では」


 そういえば第三皇子はこんな顔だった気がする。でも、彼がこの国にいるはずがない。

 だって、彼はまだあちらにいるはずで……と、考えたところでバルトルト様と目が合った。


「おまえが、ディアナか?!」

「は、はい! そうですっ」

「きてくれ!!」

「え? え!?」


 突然現れたバルトルト様に腕を取られて連れ去られるようにその場を後にする。

 ついた先は、私には一生使う機会なんて訪れないと思っていた転移門の前。

 この門の使用許可が下りているということはよほどの緊急事態なのだろう。

 私は促されるままに門を潜った。


 転移門の先は見覚えのある学園長室だった。

 バルトルト様にせかされ、わけのわからぬまま着いていく。


「あの、何が、あったのですか?!」


 息も絶え絶えに聞くと、バルトルト様はハッと我に返ったようで少し歩みを遅くして説明してくれた。


 バルトルト様の話を要約するとこうだ。

 キースが魔力暴走を起こした。学園の教師達が抑えてはいるが暴走が完全に収まる気配はない。

 このままだとキースの魔力が尽きてしまい枯渇して危険な状態になるかもしれない。

 暴走した原因はわからないが、虚ろ状態でひたすら私の名前を呟いていることから私なら何とかできるかもしれないと判断したのだとか。

 

 私は眉根を寄せた。

 確かに幼少期はキースが暴走する度に私が止めていたけれど、果たして今のキースを私が止めることはできるのだろうか。


「あの、カミラ様は?」


 バルトルト様は首を横に振った。


「最初にカミラ嬢が近づいて説得しようとしたがさらに暴走が強まっただけだった」

「そう、ですか」


 バルトルト様に誘導され着いて行った先には教師達に囲まれ魔法で押さえ込まれているキースがいた。

 野次馬のように生徒達もたくさん集まっていて、その中には王太子や取り巻きたちに守られているカミラ様もいた。

 なぜかカミラ様に睨みつけられたが、無視してキースの元へと歩いていく。


 教師達は私を止めようとしてバルトルト様に止められた。私は教師達の間を縫ってキースの前に立った。

 

「キース」


 名前を呼ぶとぼんやりと虚空を見つめていたキースがこちらを見た。


「大丈夫、大丈夫よ」


 ほら、おいでと手を広げてやるとキースがよろよろとした足取りでこちらへと歩いてくる。


「ディアナ」


 縋るように抱きしめられて骨が悲鳴をあげる。息苦しいが我慢をして背中をポンポンと叩いた。

 しばらくそうしていると次第にキースの魔力は落ち着き、何事もなかったかのようにキースはそのまま眠りに落ちた。



 ————————


 キースとの婚約が破棄されてからシュタイベルト家にくるのは初めてだ。なんだか緊張する。

 今朝方、キースが目を覚ましたからきてほしいと連絡があった。

 もう婚約者でもないのでどんな顔をして挨拶をすればいいのだろうかと悩んでいたが、ついて早々にキースの部屋に押し込められた。


 聞かされていなかったのかキースは驚いた様子だった。悩んだが、結局いつものように紅茶を入れることにした。キースもいつものようにソファーに座る。

 一息ついた後、キースに声をかけた。


「えーと……体調はその、大丈夫?」

「うん」


 キースは返事をしたきり黙りテーブルの上のカップを見つめている。


「今回はその、何が原因だったの?」

「……………」

「あ! 嫌なら別に話さなくても大丈夫よ! その役目ももう私ではないものね!」


 うんうんと頷く。

 なんてたって、キースにはもう好きな女性も友達もいるのだ。

 私の出番はない。

 少し寂しくはあるが、顔には出さずに笑みを浮かべた。

 けれど、なぜかキースが泣きそうな顔をしてこちらを見てくる。


「……皆が変なことを言うんだ」

「変なこと?」

「そう。ディアナはもうこの国に帰ってこないって。僕と婚約破棄したから帰ってこないって。おかしいでしょ? ディアナはこうしてここにいるのに」


 ポツリポツリとキースが呟く。

 小さな声をひろって脳内で整理して考えてみる。


 キースの今回の暴走はもしや……私のせい?

 私がキースに何も言わずに消えたから情緒不安定になって魔力を暴走させたの?!


 そう気づいた瞬間血の気が引いた。


「ごめんなさいキース!」


 婚約破棄したとはいえ、キースにとって私は家族同然。

 それなのに、いきなり家族同然の相手が消息を絶ったら不安になるのも当たり前だ。

 キースのトラウマの深さを甘く見ていた。


「確かに今私はライヒ国に行っているけど、それは留学で行っているだけで一年したら帰ってくるつもりなの」

「留学……そっか。なら、一年したらこっちに帰ってくるんだね」

「もちろん!」

「じゃあ、留学が終わったらもうどこにもいかないよね?」

「え、ええ」

「……嘘だ。ディアナは昔から嘘つく時は絶対に目を合わせてくれない」


 キースから鋭い目を向けられ、つい言い淀んでしまった。

 仕方ないと息を吐きながら正直に話す。

 もちろん、傷つけないように言葉を選びながら。


「今すぐではないけれど、いつかはこの国をでると思うわ」

「なんで?」

「私の結婚相手は多分この国の人ではないからよ」

「結婚をするためにこの国をでるの?」

「ええ。この国で相手が見つかるのなら別だけれど……」


 おそらくその可能性は低いだろう。


「そっか……なら、僕と結婚しよう」

「はい?」


 あら、耳がおかしくなったのかしら。


「ねぇ、ディアナ僕と結婚してよ」


 にじりよってくるキースに慌ててまったをかけた。

 キースは言われた通り大人しく待っている。


「キースはカミラ様の事が好きなのよね」


 キースはこくりと頷く。


「だから、婚約破棄までしたのよね」


 またキースはこくりと頷く。


「私じゃなくてカミラ様と結婚したいのよね?」


 キースは首を傾けた。


「カミラと結婚したいとは思わないよ」

「え?」

「カミラは多分あの人達の誰かと結婚するんじゃないかな」


 うーん、と考え出したキースに戸惑ったのは私の方だ。


「え? え? キースはカミラ様が好きなのよね?!」

「好きだよ」

「なら、結婚したいとは思わないの?」

「うーん……でも、結婚ってことはアレをまたカミラとするってことでしょ?」


 なぜが嫌そうな顔でキースが唸る。


「アレ?」

「ほら、口と口を合わせたり、なんか色々するんでしょ」


 キースの口から予想外の言葉が出てきて固まる。


「この前カミラから口にされたけど、その後僕吐いちゃったんだよね。だから、結婚は無理」

「そ、そう」


 ……え?

 キースがカミラ様とキスをした?

 カミラ様って肉食系なの?

 というか、キースってばカミラ様からキスされて吐いたの?

 あら…………キスとキースってダジャレみたいね。

 頭の中がこんがらがって唸っていると、チュッとリップ音が聞こえた。


「ん?」

「やっぱり、ディアナなら平気だ!」


 ニッコリと笑っているキースを見て、はてなマークがたくさん浮かんだ。

 あれ? 今私キスされなかった?


「僕、ディアナと結婚したい。ディアナとなら平気だし、結婚すればずっと一緒でしょ?!」

「ちょ、ちょっとまって! でも、カミラ様達は?!」

「ああ……諦めるよ。ディアナがいない事の方が嫌だし」

「でも、私たち婚約破棄をして……」

「うん。でも、口約束の婚約を破棄しただけでしょ? なら、大丈夫。今度はきちんとした書面での婚約をしよう」

「それは、でも」

「だめ! ちゃんと書面にしておかないと。ディアナは僕のなんだから! どこにも行かせないし、誰にもあげない!」


 な、なんだかキースが変な事を言い出したわ……まるで子供返りしたみたい。

 まだ、精神が安定していないのかしら。 


 困惑したままの私はキースに懇願され、いつのまにか用意されていた婚約契約書にサインをした。

 我に返った時には、時すでに遅し。すでに婚約契約書はキースの手の中。

 悪役令嬢に転生したはずの私はどうしてこうなったのだろうかと途方に暮れるのであった。


数ある作品の中から今作を見つけて最後まで読んでいただきありがとうございます。

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