戯曲 女郎蜘蛛
女郎蜘蛛
岩上(小説家志望)
洋子(蕎麦屋の看板娘)
理江子(洋子の友人)
甲斐堂(理江子の文通相手)
四谷(理恵子の文通相手)
洋子の父
場面蕎麦屋
岩上、洋子登場
青々と聳え立つ山の木々、猛暑を越し、少々肌に涼しさを覚える頃、一軒の蕎麦屋の暖簾の中にて。
洋子「お待たせ致しましたです(と微笑む)。とろろ蕎麦でございます」
岩上「ほう(首を傾げて)、東京では流行の喋り方なのですか」
洋子「あら(はっと口に手をあてて)、失礼いたしましたわ、癖ですの、つい先日も父に叱られたばかりですのよ(と微笑む)」
岩上「いやいや、可愛らしくて結構ですよ(肘を座卓に乗せる)。お恥ずかしながら文学の道を志しておりまして、人様の口調が人一倍気になる性分でしてな(と微笑む)」
洋子「まあ、立派なことですわ。将来の先生はどちらの方ですの(首を傾げ、微笑む)」
岩上「九州から、熊本から遥々参ったのです。出版社に持ち込んだのですが結果は散々でございました(頭を垂れる)」
洋子「まあ、貴方様のお名前は甲斐堂様ではなくて(と後退る)」
岩上「否、岩上と申します(顔を上げる)。」
洋子「(ほっと息をつきながら)まあ、岩上様。とんだ人違いを失礼いたしましたわ(頭を下げる)」
岩上「顔の知らぬ人違いとは大変興味深いですな。どれ、昼下がりで当分客足は遠いことでしょう。どうか私にその甲斐堂という方にまつわるお話しを聞かせていただけませんか。(眉を寄せ、頭を垂らす)私は東京まで出てきて酷く嘲られ、傷心なのです。私の書いたものを愚か者の妄想、戯言等々、散々な目に遭わせられたのです。(顔を上げる)せめてもの土産にその興味深いお話しを聞かせてはもらえませんか(頭を下げる)」
洋子「(息を吐く)期待される程愉快なお話しではありませんのよ。しかし、私も誰かに話したくてたまりませんでしたの。お蕎麦が伸びてしまいますわ、召し上がりながら聞いてくださいませ。(咳払い)甲斐堂様は私の友人、理江子の文通相手ですわ。理江子は女学校に通う花も恥じらう女学生、美しい容姿にそれを鼻にかけぬ優しい心を持った自慢の友人ですわ。恵まれた家柄に生まれました彼女には欲しいものがありましたの、異性のお友達、父しか男を知らぬ彼女は異性にとても興味を持っておりました。そこで、お父様にも、お母さまにも内緒で月間ひまわりという雑誌の文通友達募集欄に名を載せたのでございます。このことを知る者は私だけなのです。学校に通うことのできない私のような娘にも優しい娘ですのよ(顔をあげ、微笑む)、すぐに文通の相手から理江子の元に手紙が届きました。
文面
理恵子、甲斐堂登場。
甲斐堂「はじめまして。月刊ひまわりの文通相手募集欄にて貴方のお名前を拝見しました(学生帽を脱ぎ、胸に寄せ、頭を下げる)。私は熊本の学生です。私も貴方と同様、異性の友達はおりません。よろしければ私のはじめての女友達になってください(深く頭を下げる)。甲斐堂」
理江子「お手紙どうもありがとう(と微笑む)。沢山の募集欄の名前から私を選んでくださったことに喜びを隠せません(頬に両手を添え)。ご存知の通り、私は東京の女学生です。いくら異性のお友達が欲しいからといって、道行く異性に話しかけるなどとはしたない真似はとてもできません。そこで思いついたのがこの文通ですの(微笑みながら顔を上げる)。熊本だなんて、そんなに遠くの方とお話しすることができるだなんて、なんて素敵なことなのでしょう。きっと良いお友達になれますわ、是非、はじめてのお友達同士になりましょう(甲斐堂をみつめる)。お恥ずかしながら私の写真を同封します、貴方のお顔も是非拝見したいわ。お嫌でなければ写真を送ってください。待っています。理恵子」
甲斐堂「お顔を拝見致しました(頭を垂れる)。理江子さんがこんなにも美しい方だったとはにわかにも想像できませんでした(理江子をみつめる)はじめての異性のお友達が貴方のような美しい方だなんて光栄です。しかし、貴方は私の顔を見て失望されるでしょう(眉をひそめて)。美しい貴方からすれば田舎の色黒男などとんだお目汚しも良いところです。一筋の希望を信じてこの写真を同封します。甲斐堂」
理江子「お写真どうもありがとう。お目汚しですって、とんでもない。健康的なお肌の色ですこと、こちらの殿方は皆様色白ですのよ。日に当たらず本の虫ばかり…ほほほ…(笑いだし口を押える)。それになんと凛々しいお顔立ちですこと、きっと大変聡明な方に違いありませんわ。初めての文通友達があなたのような方だなんて、私とても光栄ですわ。これから沢山お話しして仲良しになりましょうね。理恵子」
場面、蕎麦屋
洋子「理恵子と甲斐堂様は大変仲良くなられました。運命の糸と申しますか(間)好物のお料理、お嫌いなもの、ご趣味、全てが同じだったのです。ふたりは意気投合し、ついに恋人同士となったのです」
岩上「文上での恋とはこれは愉快ですね(と大笑い)、顔、好物、趣味…いくらそれらを熟知したとしてもこの眼に映したことのない者と恋だなどと…、文上ではなんとでも言えましょう、それが真実だなどと証明しようがありません。洋子さん、わかりましたよ(間)、つまり、甲斐堂殿は文上に虚構を並べ、理江子さん好みの男を演じていたに過ぎなかったのでしょう…(洋子をみつめる)、そして、念願の恋人同士になった途端、並べ立てた虚構がまんまと剥がされ、裸を晒した甲斐堂殿に百年の恋も覚め、散々な別れ方をしたということなのでしょう…ハッハッハ…。(間)理恵子さんも懲りたことでしょう、中々楽しめたお話しでしたよ」
洋子「まあ、岩上様ったら想像力が大変豊でいらっしゃること…(と溜息)、仰る通り甲斐堂様は見栄をはっていらっしゃいましたわ。それでも、理恵子は甲斐堂様をお慕いしておりました、己のための愛すべき、可愛らしい嘘ですこと…と笑っておりましたわ。(と微笑む)恋人同士になったあかつきに甲斐堂様は上京して参られたのです。ご家族には東京の学校で学問に勤しむためにと説得して、その心には理江子への恋慕も抱きながら見知らぬ地へ足を踏み出したのでございます」
岩上「妄想に勤しむのがもの書きの仕事というものですよ…、見事な行動力ですな甲斐堂殿は…尊敬に値しますよ(笑いを堪える)。恋というものは厄介なものですな、まるで女郎蜘蛛…ハッハッハ…」
洋子「女郎蜘蛛とは何ですの(と首を傾げる)」
岩上「滝壺に纏わる伝説です。(間)滝壺の傍らにて旅の男が休んでおりますとそこに小さな蜘蛛が男の脚に糸を巻き付けるのです。男は気が付かず、間抜けな顔でひと眠り…、蜘蛛はせっせと糸をこれでもかと巻き付け、一瞬で男の姿は滝壺へと消えて行きました、残ったものは男の荷のみ、そして、滝壺からはばりばりと肉を啄む音…、この滝壺の主、女郎蜘蛛が男を獲って喰ってしまったのです、まさに理江子さんは甲斐堂殿を恋情という甘美な破滅に追いやった女郎蜘蛛ということですな…ハッハッハ…」
洋子「女郎蜘蛛…(間)その通りやもしれません…、理江子は女郎蜘蛛なのやもしれません…。岩上様、お話しを続けましょう(と咳払い)。さて、上京されついにお目道理が叶ったふたり、初々しい恋人達は頻繁に逢瀬を重ねました、理江子に限りましては結婚さえ考えておりました、しかし…、甲斐堂様が上京され五か月ばかり…、理江子のもとに別れを告げる手紙が送られてきましたの。その文面は余りに素っ気なく、淡々ともう決して会いに行かぬ決意を綴っておりました、目を通した理江子は大変悲しみ何通も手紙を送りましたが待てども、仄暗い井戸の底へ石を投げるかのように静寂しか訪れなかったのでございます…。(間)初恋を失った理江子は衰弱し、ついには床に臥せてしまいました。私は理江子の姿を見ていられず、父の外出先が甲斐堂様のご住所の近くであることを知りますと父に頼みこみ、甲斐堂様とお話しをつけて下さるお約束をしましたの」
場面、甲斐堂の下宿
洋子父登場
洋子父「人の恋路に頭を突っ込む無礼を許してください(と頭を垂らす)。何せ、うちの娘は理江子お嬢さんのお友達でごぜえまして、日に日に、顔色はこちらが血の気を引いちまうほどサッと青くなって、床から一歩も出ねえで傷心を患う理江子お嬢さんをえれえ心配しちまいましてね。どうか、理江子お嬢さんのどこが気に入らなかったのか教えてくれねえかね、そうすれば理江子お嬢さんも何も知れねえで振られちまうよりかは納得されるってものですよ」
甲斐堂「理江子さんが床に臥せっていらっしゃるとは…(と頭を抱える)、洋子様の父君、理江子さんとお別れした事情を話しましょう、しかし、決して理江子さんには打ち明けぬと誓って下さいませ、(間)私は理江子さんをいまだにお慕いしております、この別れこそ理江子さんへの男気なのです、どうか誓って下さいませ」
洋子父「わかりました、誓いましょう。(間)甲斐堂さん、明かりの下でお顔を拝見すればえれえ顔色が悪いようですな、頬はゲッソリこけちまってますし、深え隈まで刻んでしまってますぜ…理江子お嬢さんより酷え有様で」
甲斐堂「酷い有様でしょう…ハッハッハ…、私がこのような有様になった原因こそ理江子さんなのです(と溜息)、私はただの田舎者…、理江子さんはお屋敷のお嬢様…、釣り合うはずなどなかったのです(と項垂れる)。理江子さんとのお付き合いには金がかかりました、理江子さんがいくらお嬢様とはいえ女性に支払わせるなどと誇り高き九州男児が廃ります、ふたりでのお出掛けの費用は私がすべて持ちました、列車の運賃、食事代、お土産代…、私は農家の息子です、恋に狂った私は父母を欺き、学問のためと称して上京致しました、学校の費用、生活費は父母がなけなしで稼いだお金を送って下さいました…、(間)嗚呼、愚息をお許し下さい…、理江子さんとのお付き合いの金の工面に困り果てた私はそのお金に手を出し、使い切ってしまったのでございます」
洋子父「なるほど…、つまりは金が原因ってことですかい、しかし、甲斐堂さん、東京には働く場なんぞ星の数以上にありますぜ、学問と労働、理江子お嬢さんとのお付き合いを両立できなかったのですかい」
甲斐堂「ええ、ええ、私もそのように思いました、しかし、理江子さんは大変なさみしがり屋なのでございます、三日に一度はお出掛けを、月に一度は手紙を送ることが理江子さんの求める愛の形なのです、働く時間は愚か、学問に勤しむことさえできなくなってしまいました…、(間)私はとっくに学校に退学を命じられております…、そして、この下宿でさえ本日出て行かねばならない処遇なのでございます」
洋子父「何ということでございましょう…(と驚く)、甲斐堂さん、貴方は見知らぬ地で一文無しになってしまったのですかい…、何故、何故理江子お嬢さんに援助を求めないのです、何故要求を断ることができなかったのです」
甲斐堂「洋子さんの父君、貴方も私と同じ男であるなら察して頂けるでしょう…、お慕いしている女性にこのような情けない醜態をさらすなど男の沽券に関わります、理江子さんに失望されたくないのです、(間)いっそのこと別れを切り出し理江子さんの理想の私が理江子さんの記憶に残り、美しい青春のひとときとして刻まれるを望みました、(間)後生です、どうか理江子様には内密にしてくださいませ…では、御機嫌よう…」
甲斐堂、洋子父退場
場面 蕎麦屋
洋子「甲斐堂様は今も東京の街を孤独に彷徨われている事でしょう…、勿論、理江子には打ち明けませんでしたわ、約束ですもの(と顔を覆う)」
岩上「嗚呼、恐ろしや…破滅に導く女郎蜘蛛…、(間)はて、理江子さんは真に悪気などなかったのでしょうか、彼の身の上はご存知だったのでしょう、ならば何故、金銭都合やら、束縛などされたのでしょう」
洋子「あの娘は非常に無垢で無邪気なのですわ…(と溜息)、奢ると言われたなら何の疑問も抱かず感謝し、己がさみしければ否が応でも傍にいて欲しい、幼女の様なものですわ、意思を的確に伝えなければ察しませんの」
岩上「破滅に導く無垢なる女郎蜘蛛…、嗚呼恐ろしや…(と笑う)、儚く散った甲斐堂殿はもとい、理江子さんはどうされたのです」
洋子「(咳払い)理江子は床に臥せりながら再び手紙を書きました、甲斐堂様宛ではありませんわ、月刊ひまわりの文通友達募集欄の載っておりました、年上の四谷様という方に、破局の相談をされたのです」
文面
四谷登場
理江子「はじめまして、理江子と申します。月刊ひまわりの文通相手募集欄にてお名前を拝見し、お手紙を出させて頂きました。私は先日恋人に別れを告げられ大変傷心を患っております(と涙を拭う)。この数日間床に臥せって過ごしております。どうか私の相談相手になって下さいませ…。理江子」
四谷「理江子さん、お手紙ありがとう。私は四谷と申します(と頭を下げる)。若い理江子さんから見ればおじさんですが、この人生経験を活かし、悩める貴方の不安の糸を断ち切りたい所存でございます。さあ、貴方の傷心をお聞かせ下さい。四谷」
理江子「嗚呼、なんと頼もしいお言葉なのでしょう(と涙を拭う)。私は恋人に別れを告げられました、きっと原因は私にあるのです。彼はとっても優しい方でしたわ、お出掛けのさいには列車代からお土産代まで全て面倒を見て下さいました。しかし、私という女はさみしいのがたまらなく嫌でずっと傍にいて欲しいと、早く結婚したいと、暮らしたい理想の家のお話し、未来の子供のお話し、理想を押し付けすぎて困らせてしまったのですわ…。私は重たい女なのでしょうね…、殿方に愛される女の像を是非教えてくださいませ。理江子」
四谷「お悩み拝見致しました。私は貴方を重たい女だとは決して思いませんとも、守って差し上げたい、魅力的な女性です。しかし、失礼ながらこの交際の最大の間違いは彼の若さでしょう。貴方の様な高い理想をお持ちの女性には若い男は相応しくありません、オトナの男の包容力であればその可愛らしい理想ごと貴方を包み込んで差し上げられるでしょう。いかがでしょう、理江子さん、私と一度お会いになって頂けませんか(理江子をみつめる)。四谷」
場面 蕎麦屋
岩上「ハッハッハ…、これは愉快(と座卓を叩く)、理江子さんも懲りないお方ですな、洋子さん、貴方は理江子さんをまさしく女郎蜘蛛だと仰られた、この四谷という男も破滅を紡ぐのですね」
洋子「仰るとおりですわ、理江子と四谷様は一度だけ面会されました、四谷様はそのたった一度の逢瀬で理江子が大変気に入ってしまったのですわ、それ以来、理江子へ恋文を幾度も送られました(と溜息)、理江子の方はといいますと面食いでしたからおじさまは好みではなかったので大変困惑しておりましたわ…」
岩上「嗚呼、恐ろしや無垢なる女郎蜘蛛…、大変愉快なお話しですな(と笑う)、さあ、洋子さん続きをお聞かせ下さい」
文面
四谷「嗚呼、愛しい理江子さん、貴方は西洋館で暮らすのが夢だと仰られていましたね、私は非常に良い西洋館をみつけました。私にかかればそこで新婚生活を送ることも夢現、幻ではなく現実にして差し上げられますとも、是非、一緒に見に行きましょう。四谷」
理江子「申し訳ありませんがそちらへはご一緒できません…、四谷さんのことはとても良いお友達だと思っております…、しかし、四谷さんがその気ならばもう文通など辞めてしまいましょう…(と顔を覆う)、今までありがとう…。理江子」
四谷「愛しい理江子さん、貴方は残酷な方だ(と眉を顰める)、私を友人だと思っていたなら何故面会したのです、何故理想の女の像を教えて欲しいなどと仰られたのです、貴方はその気もない男に理想を語るのですか、何という尻軽なのでしょう、貴方は私に対して責任を持つべきです、貴方に振り回され、弄ばれたせいで持病の心臓がさらに悪くなりました(と左胸を押える)、診療所のベッドの上にてこの手紙を書いています、責任もって見舞いに来て下さい、母に紹介します。四谷」
場面 回想、蕎麦屋
洋子「理江子、もう文通辞めてお終いなさいよ、こんなものはったりに違いありませんわ、相手にしないのが一番ですのよ」
理江子「ええ…、そうですわね…、さようなら…四谷さん…(と涙を拭う)」
場面 文面
四谷「私は四谷の母でございます、息子が持病の悪化で倒れ、診療所のベッドの上にて譫言で貴方のお名前を呟いております、息子にこのような仕打ちをしておいて見舞いにいらっしゃられないだなんてと冷たいお方でしょう、あんまりでございます、貴方の様な残酷な方に心を奪われた愚息を恥ずかしく思う反面、貴方を憎らしく思います、息子はもう長くありません、貴方が弄んだせいで病状が悪化したのです(と左胸を押える)、私は息子を殺し、私も自害いたします、全てあなたのせいです、恨みます、四谷の母」
場面 蕎麦屋
洋子「この手紙が送られてまいりましたのは理江子の縁談が決まった一月後のことでございます、(間)理江子に執着したあまり、己の母と名乗りこのようなおぞましい、醜悪な手紙をよこしたのでございます、あくまで私の想像なのですが、四谷様は文通が途絶えた後、理江子の屋敷を覗きにいらっしゃり、縁談のご様子を見てしまいましたのでしょう、屋敷に不審な様子の怪しい中年男がうろついていたと聞きましたもの(と溜息)」
岩上「四谷殿の醜態も大変愉快なのですが…、理江子さんの縁談はうまくいったのですか、それとも…(と息をのむ)」
洋子「相手の婿入りで仲良く暮らしております…が、理江子の旦那様、日に日のやつれていくご様子ですのよ…、やはり彼も…」
岩上「いずれ滝壺に消えゆく哀れな旅人…でしょうな…、おや、随分と長居をしてしましましたな、美味しいお蕎麦と愉快なお話しをどうもありがとうございます(と立ち上がる)」
洋子「私もすっかり話し込んでしまいましたわ(と微笑む)、聞いて下さってありがとうございますわ、やっと整理が付きましたわ、さあ、お仕事に戻らなければ、お勘定よろしいですの」
洋子退場
場面 道
岩上「楽しい時間であった、さあ、故郷へ帰ろう、切符は既に購入してあるのだから…、(おや、あの美しい人…大変悩まし気な顔色である、はて、声をかけてみるべきか…、否、時間がない…、しかし…)」
滝壺なる渦巻く破滅へ男を誘う無垢な女郎蜘蛛、その姿実に艶やかで美しく、旅人がまたひとり蜘蛛の糸に足をとられる、旅人は己の運命を知らず、絡まる糸に気づかぬ…。