わんこソバ屋、始めました。
みんなの笑いが収まらないうちに、引き戸が開いて、新しいお客が顔を覗かせました。
ミケやブチの太ったおばさん猫達が、
「わんこソバって何かしら」
と、言いながら、店に入って来ます。
コロはいらっしゃいませと元気な声を上げたあと、
「ここでは、犬のやっているおソバ屋と言う意味です。小さいお椀に入ったわんこソバと言うのも、世界にはあるそうですがね」
と、言って、リョウ君に片目を瞑って見せました。
ちょうどお昼時になったので、お客がたくさん来ます。
すぐにテーブルは一杯になって、コロは慌てふためきました。
リョウ君は、
「僕が手伝って上げる。まだ朝御飯を食べたばかりなんだもん」
リョウ君は湯飲みにお茶を入れて、お客さんの元に運びました。
コロはソバを茹でながら、リョウ君にソバの作り方を教えてくれます。ソバが足りなくなりそうなので、コロはリョウ君に生地の用意を頼みました。
ソバ粉を練って、暫く休ませてから包丁で細く切ります。
細く切るのと茹で加減は、ソバ屋を始めるのに練習していたコロにしかできません。
でも粉に水を入れたり、よぉく捏ねたりするところは、リョウ君にも出来ます。
先にソバを食べたハミーも面白がって、ソバを捏ねる仲間に入りました。
ポッチーは、注文を取る役です。
コロは何度もお客さんに、お椀で食べるただのわんこソバではなく、犬のソバ屋ですと説明していましたよ。
もしも、犬の肉の入った犬ソバ下さいなんて注文されては大変ですから。
ただのわんこソバとは違うと言う噂が広まって、お店は大賑わいでした。用意していた粉も使い切って、おソバは完売してしまいます。
空になったお店の椅子に座って、お茶を飲みながらコロは、
「せっかく来て下さったのに、リョウ君におソバを御馳走出来ませんでしたね」
ライオン丸とミレーヌはソバを食べて帰りましたが、ハミーだけは残って最後まで、コロやリョウ君を手伝いました。
ハミーが、
「残念だったね。おいしかったよ。わんこが作ったソバ」
と、言います。
リョウ君は惜しいことをしたなと思いながらも、言いました。
「でも、ソバが作れたから楽しかったよ」
その気持ちにも、嘘はありません。
お茶を入れて出したり、お店の手伝いをするなんて、となり町でしかさせて貰えません。
コロと一緒ならば、リョウ君は色々なことが出来ました。
ヨットを操縦することも、牛乳からバターを作ることも、怪我の治療をすることだって。
床に賢く座っていたポッチーが、耳をピッと上げて、
「ああ。そろそろお昼だよ。リョウ君のママが呼んでる」
と、言いました。
耳のいいポッチーは、となり町の外にいるママの声だって聞き付けます。
リョウ君は、お昼は何だろうと呟きました。
ポッチーは笑って、内緒と言います。ポッチーは、耳だけでなく鼻もいいのでした。
リョウ君は椅子から立ち上がり、
「僕。帰らなきゃ。またね、コロ」
と、挨拶しました。
もっと長くコロと一緒にいたい時もありますが、いつまで経ってもリョウ君が戻らないと、ママが心配します。
コロも立ち上がって、リョウ君に手を振りました。
お別れしても、リョウ君とはまたすぐ会えることが、コロにも分かっています。
「手伝って下さって有難う。今度は遊びましょう」
ハミーは椅子の上で立ち上がって、可愛い手でバイバイしました。
「また、うちにも来てね。六つ子達も待ってるから」
ハミーの下には六つ子の弟妹がいて、家はいつも大騒ぎです。
リョウ君は、また行くよと言って、お店の外に出ました。
お店の戸を締めると、絵本も閉じられました。
コロのお話はおしまいです。
でも、物語はいつまでも続きます。絵本を広げさえすれば。
「あー、面白かった」
言ってリョウ君は立ち上がり、床に絵本を置いて、ぬいぐるみに戻ったポッチーを持ち上げました。
リョウ君がポッチーを持って運んでやりながら、今日のお昼何?と聞くと、ママが答えます。
「今日の御飯はおソバよ」
リョウ君はそれを聞くと、にっこりと笑いました。
「ちょうどおソバが食べたかったんだ」
ポッチーが、内緒と言った意味も分かります。
リョウ君はポッチーに向かって、意味深に笑いました。
「わんこソバじゃないけど」
ポッチーはママに気付かれないように、分かっているよとウィンクします。
ママは「小さなお椀に入れて、何杯食べられるかやってみる?」と、聞きました。
リョウ君を楽しませたいと思ってくれるいいママですが、リョウ君は言い返します。
「そのわんこじゃないよ。犬のわんこだよ」
ママはコロと会えないので、その話を知らないのですから仕方がありません。
ママは言い聞かせるように、
「わんこソバのわんこは、お椀って意味よ」
と、教えました。
リョウ君はもっと機嫌を損ねて、プイッと顔を背けます。
「知ってるよ。そんなこと」
となり町では、コロに教えて上げたのはリョウ君です。
ポッチーが、怒ったら駄目だよと言う目で、リョウ君を見ました。
動いたり声に出してお喋り出来なくても、ポッチーは大切なことを、リョウ君に目で伝えることができます。
リョウ君はポッチーをテーブルに置いて、椅子に座りました。
おソバを見るとリョウ君は、腹を立てたことも忘れて、おソバの作り方を、ママに聞かせて上げます。
「良く覚えたわね。絵本で読んだの?」
リョウ君は、おソバを一生懸命箸で摘んで口に運びながら、
「違うよ。コロが教えてくれたんだ」
と、言います。
リョウ君は絵本を広げれば、実物のとなり町に行けて、本物のコロやみんなにも会えますが、ママには無理でした。
ママは、微笑みます。
「いいわね。コロが色々教えてくれて」
リョウ君はおソバを食べて、
「僕が教えて上げることもあるよ」と、言いました。
御飯が済んだら、コロと海まで行くのもいいなと、リョウ君は思いました。
食事をするリョウ君をポッチーは動かずに見つめながら、僕も海は大好きだよと、目でリョウ君に言っています。
〈コロ 海へ行く〉でコロは、海辺町まで電車に乗って、海に行くのでした。
もちろん、リョウ君も一緒に。