コロ、おソバ屋になる。
犬のコロは絵本の中に住んでいて、リョウ君はいつでも遊びに行くことができます。
椅子に座って絵本を広げれば、すぐにコロに会えるのです。
その前に……。コロとリョウ君の弟分の、ぬいぐるみのポッチーを忘れてはいけません。
リョウ君はポッチーを足に置いて、お腹に寄り掛からせて上げました。
本の扉を開けると、コロの住んでいる、となり町が広がります。
となり町には、犬や猫やハムスター、オウムやインコなどが暮らしていました。
となり町の南には動物園町、郊外には牧場。北は、海辺町となっていました。
海辺町は、もちろん海の側にあります。
コロはとなり町を出て、動物園町に買物に行ったり、牧場や海で休日を過ごしたりします。
絵本を開いてリョウ君は、となり町に出発します。
リョウ君は、見慣れた町並みの中に立っていました。
一緒に着いて来たポッチーが嬉しそうに、リョウ君の足元で跳ね回りました。
となり町に来るとポッチーは、自分で歩けるようになります。
本当は普段も動けるのですが、魔法が掛かっていて、大人が見ている時には動けません。
「今日は、コロはどこにいるのかな?」
リョウ君は、ポッチーに聞きます。
鼻のいいポッチーは、コロの匂いを嗅ぎ付けて、こっちだよとリョウ君を案内しました。
ポッチーは転がるように走りながら、短いしっぽをヒュイヒュイと振ります。
「何かいい匂いがするよ。御飯でも食べてるのかな?」
リョウ君は、どうだろうねと、ポッチーに返します。
ポッチーは、商店街の中の一軒の店の前で止まりました。
お座りをして、リョウ君を期待した目で見上げました。
引き戸の上には、わんこソバと暖簾が掛かっています。
リョウ君は早速、店の戸を開けてみました。
店の中には数人の客と、お店の人がいました。
テーブル席に着いているのは、全員リョウ君の知り合いです。
ほっそりと優美な姿のシャム猫が、
「リョウ君。いらっしゃい」
と、言います。
猫の前には、身体の大きなライオンと、小柄なハムスターが並んで掛けています。
ライオンは背を丸めて、ハムスターは子供用の高い椅子に座っていました。
ハムスターのハミーが、優しく窘めます。
「ミレーヌさん。コロの台詞をとっちゃ悪いよ」
ライオン丸は動物園町に住んでいるコロの知り合いで、ハミーとミレーヌはとなり町に住む友達です。
ミレーヌは上品に口元に手をやって、微笑みます。
「あら。そうだったわ」
ミレーヌには、重大な秘密がありました。
リョウ君は、ミレーヌに会う度に、内緒内緒と自分に言い聞かせます。
ミレーヌが怪盗ルパン・ザ・キャットであることは、リョウ君とポッチーとミレーヌだけの秘密です。
前掛けに、ねじり鉢巻きをした薄茶色の犬がコロです。紺の前掛けには、白くそばと抜いてありました。
リョウ君は目を丸くしながら、
「コロ。おソバ屋さんになったの?」と、聞きます。
コロは目尻の下がった優しい顔で、しっぽを振りながら答えます。
ポッチーはと言えば、大好きなコロのしっぽにじゃれついていました。
「わんこソバと言うのを知りまして、これはやってみるしかないと思ったんです」
これまでも、救助犬に挑戦したり警察犬に挑戦したり、コロはチャレンジ精神旺盛です。
警察犬になろうとした時は、となり町の警察署長のシェパードに弟子入りしました。
署長と一緒に泥棒猫ルパン・ザ・キャットが起こした事件を捜査しましたが、後一歩と言うところで、コロが失敗して泥棒を逃してしまいました。
ルパン・ザ・キャットは、有名な人間の大泥棒に飼われていた猫の末裔だと名乗っています。
泥棒を捕まえ損ね、迷子の子猫のお守りに回されたコロは、自分が幼稚園の先生に向いているのではないかと思い、警察犬を止めて幼稚園の先生になろうとしました。
子猫や小犬の世話はあんまり大変で、結局止めてしまいましたけど。
「僕。わんこソバって、食べたことがないな」
リョウ君は、湯飲みが置いてあるだけのテーブルを、眺めながら言いました。
注文を取りに来たところなのか、食べ終わったところなのか、そこからは分かりません。
「そうでしょうとも」
コロはお盆を胸に抱えて、嬉しそうに言います。
コロは、
「リョウ君のところでは、犬はソバ屋はやりませんから。それなのにどうしてわんこソバと言うんでしょうねぇ? もしかしたら犬が教えたソバなんでしょうか」
と、言って、首を傾げました。
リョウ君はえっ?と声を上げて、教えて上げます。
「わんこソバって、小さなお椀に入れて何杯も食べるおソバのことだよ」
コロ達も目を丸くしました。
「ええっ。犬のソバ屋と言う意味だと思っていました」
リョウ君は、コロの言葉に首を振ります。
ハミーもミレーヌも、
「なぁんだ。違うのか」
と、言いました。
ライオン丸は太くてゆったりとした声で、
「犬で出来たソバかと思った。ニシンソバにはニシンが載っているだろう」
ですって。
途端に、リョウ君も含めたみんながギョッとします。
ライオン丸は、動物園町の警察長官でした。
コロが、初めて動物園町に行った時のことです。
悪戯っ子のカケスの子供がくすねた指輪を、こっそりコロのリュックの中に隠しました。
コロは泥棒と間違われて、ライオン丸に追いかけられました。
追われる理由がコロは分からなくて、ライオンが自分を食べようとしているのだと思って、必死で逃げました。
最終的にはお互い勘違いしたことが分かり、ライオン丸とコロは仲良くなりしました。
無実の人を怖がらせた責任を取ったライオン丸は、長官を退いて引退しました。今は黒豹が警察長官です。
ライオン丸は朗らかに笑って、
「ははは、嘘だよ」と、言います。
コロは、複雑な顔をしました。
「冗談がきついなぁ。ライオン丸さん」
リョウ君達は、その様子に、みんなで笑いました。
コロも、最後には笑い出します。