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短編集 カタルシスな駄作

死骸祭

作者:天童美智佳
ホラー書き天童の原光景。
 それは、ある冬の朝のことでした。
 私は学校への近道――通学路にしていた大通りの路側帯を、重い足取りで歩いていました。凍てつく強い風に吹かれ、肩を竦めて白い息を吐きながら、前も碌に見ずに。
 そうしたら、おや? 前方遠くに、おかしなものが見えました。茶色い何かが、細く枝分かれしながら道路一杯に広がって、その根元には丸い塊があるのです。あまり視力が良くなかった私は、枯れ枝か何かが転がっているのだろうと思い、特に気にしませんでした。
 そのせいでしょう。地面だけを見て無心で歩いていた私は、『それ』のすぐ前に来るまで、その正体に気がつきませんでした。そして、気がついたときには、既に遅かったのです。
 僅か一メートル先に広がる惨状に、私は絶句しました。だってそれは――動物の亡骸だったんですから。
 死骸。その存在を意識した途端あたりに充満する、潮の匂いと鉄の匂い。口の中に苦味が広がり、私は顔を手で覆って、唇を噛み締めました。
 時間が経って凝固し、褐色に変色した血。薄ぼんやりした朝日を受けて鈍く光るそれは、樹形図のように長く伸びていました。赤茶の塊にしか見えなかったものは、轢かれた狸のようでした。衝撃で破裂してしまったのでしょうか、痩せた腹を裂かれ、小さな口から錆色の河を流して、灰色のアスファルトの上に横たわっています。ふわふわだったはずの毛並みは朱殷に濡れて、まるで襤褸雑巾のようです。とても、むごい姿でした。
 捲れた毛皮の隙間から覗く赤を、はっきりと見てしまい――私は耐え切れず、目を背けました。この子はきっと、ついさっき死んだばかりのはず。大きな鉄の塊に突然跳ね飛ばされて、わけもわからないうちに死んだはずです。どんなに怖かったでしょう。どんなに痛かったでしょう。死んだ後もこのように放置されて、弔われることすらないのです。この子には、なんの罪もないはずなのに。あまりに残酷です。
 そう思うと、胸が詰まって息ができなくなりました。目が見えなくなりました。耳も聞こえなくなりました。そのときこの世界にいたのは、初めて触れた剥き出しの『死』に慄く私と、逝ってしまった狸の抜け殻だけでした。
 けれど、私は――矮小な人間であった私は、その場を逃げ出しました。あのまま放っておいたら、あの子は烏の餌食になってしまうとわかっていたのに、手を合わせることすらせずに。私は、私達人間のせいで散った命の尊厳を、見捨ててしまったのです。
 だからでしょうか。あの後、様々なものが死骸に見えるようになったのは。
 春。皆が湯に浮かべている桜の花弁が、潰れた羽虫に見えます。
 夏。浜辺に打ち寄せられた塵芥が、翼を捥がれた小鳥に見えます。
 秋。絨毯のように敷き詰められた落ち葉が、ひしゃげ干からびた蝉に見えます。
 冬。ちらちらと舞い降り積もった雪が、氷漬けの白化個体(アルビノ)に見えます。
 始めは不気味に見えた彼らですが、何年も共に過ごした今となっては、物言わぬ影のようなもの。小煩い人間などとは違い、私に手招きするわけではなく、かと言って拒むわけでもなく。ただ、そこに佇んでいます。昏く魅惑的な雰囲気を放ち、美しき死骸祭(コープスパーティ)の開催を祝って。
 惹きつけられた生者の私は、一人彼らを眺め続けています。いつかその輪に加わることができる、その瞬間を待ち侘び、僅かに聞こえる祭囃子に心を躍らせながら。
五年前に体験したことを書きました。
おかしな独り言にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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