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氷結の紅い死神  作者: 有馬奏
0章〜天使と死神
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1話〜ギル・ティファレッド

雨は嫌いだ…あの日を思い出す…



大粒の雨が規則正しく草木を穿つ音色が聞こえてくる。其処から見る空に普段は明るく自己主張をしてくる太陽の姿は無い。濁ったような雲が太陽を隠してしまっている…薄暗い。



此処は孤児院だ。主に戦争孤児や厄災の孤児を集めて集団で生活を促す施設。自立出来るまでに成長するか、もしくは里親などの裕福な家庭に養子として迎えられるか、基本的には国からの援助を資金源として運営される施設である。




「ギル〜、お迎えよ、降りてらっしゃい」



階下から名が呼ばれるのが聞こえる。ギル・ティファレッド…この孤児院の一室で過ごす真紅の髪が特徴の少年の名である。


階下から己の名を呼ばれる理由について察しはついている。今日は自分を迎え入れるという里親がやって来るという話は聞いていた。窓から外を眺めている時に、黒い服の男女がここに入っていくのを見ていた。

時間にすれば一時間ほど前だろう…そんなことを考えながら椅子から腰を上げる。

いや、上げるというよりは落ちるという方が正しいかもしれない。

椅子に腰掛けても足が宙ぶらりんなのだ、決して椅子に問題があるわけではない、彼…は今年で7歳になる、特別発育が早いわけではなければ自然な事だろう。


一歩踏み出すと木が古びた効果音を上げる。この建物も随分と古い、だが汚いということはない。毎日居住者達が掃除をしている。老朽化を感じさせる外観だが丁寧な手入れの効果もあり、埃っぽさなどは感じさせない。長くこの屋敷で過ごしてきた訳ではないが、初日から落ち着く…安心感を感じた事は記憶に新しい。



狭い部屋の扉を開けて部屋を後にする。狭いといっても子供1人には充分すぎる広さだ。

本来なら2人部屋だが、今日は来訪の予定もあり、他の子供達は別の場所にいる。



部屋を出てすぐに下層に降りる階段がある。


初めてこの階段を使用する者は一歩踏み出すごとに鳴る音に不安を感じるかもしれないが、毎日使っている者には何も感じない。寧ろ日中喧しい子供の足音や嬉々とした話し声を感じず、静まり返る空間には自分自身の床を踏み締める音だけが耳に残る。


薄暗い廊下には窓からの…これまた曇り空の薄暗い光が足元を照らす。使い慣れた道を踏み違うなんて事はないが、門出の日としては少し寂しいと感じる…





見慣れた風景の中に3人の男女がいる。

一人はラマというこの施設の世話係の1人

使い古された修道服に優しげな面立ち、常に笑みを絶やさないその佇まいには雰囲気がある。

年増にも関わらず肌や髪は忙しい中でも手入れを欠かしていないのだろうか、年齢を感じさせない若さも持ち合わせている。

彼女は自室から降りてきたギルを見ると、その笑みを絶やす事なく腕を上げて手招きをする。

呼ばれるがままに足を進める、黒服の男女の視線がラマから己へと移り変わるのを感じ、目前の男をゆっくりと見上げる。





「はじめましてギル君、こうやって話すのは初めてだね」




そう言って膝を曲げて目線を合わせて話しかけて来たのは白髪の初老。

黒いコートには左の肩だけが少し濡れている。

ラマとは違い年齢を感じさせる皺や髪と少し疲れている表情には哀愁を感じさせる。


「はじめまして、ギル・ティファレッドです」


会釈のように頭を下げる。

その様子に初老はにっこりと笑みを浮かべて見かけより少し大きめの手をギルの頭に乗せた。



「今日から私達が君の親だ、よろしくね?」



初老の言葉にもう一度頭を下げて返答を返す。

どうも作り物めいたその笑顔と、その後ろに立つ黒いコートの若い女のまるでモノを見るような冷たい視線に違和感を感じてしまう。



「ダリル様、では最終確認を」


「ええ、アリアーテはギル君を見といてくれるかい?」



ダリルというのは恐らく初老の名前だろう。

連れの女性は恐らくアリアーテ。


アリアーテはダリルの言葉に頷いて見せれば、ラマとダリルが別室に向かっていく背を見送った。










しばし沈黙が続く。

黙ってこちらを見る、というよりは観察しているアリアーテを見上げる。


ダリルと同じく黒いコートに黒いパンツ、黒い帽子に黒い傘、まさに全身黒装束に青白く見えるほどの透き通った白い肌に人形のような顔立ち、金色の少し癖のある髪。

ラマは勿論、胡散臭く感じてはいるがダリルも笑顔を絶やさない…それが作りモノの顔かどうかはこの際は置いておく。


だが彼女アリアーテは違う。

顔の筋肉を使っているのかと疑うほどの表情の乏しさ、瞼と眼球以外に顔のパーツで動きを見せない。

その瞳からは冷たさを感じる視線をギルへ向けている。








ギル本人はお喋りな方ではない。

どちらかと言われなくても無口で無愛想だろう。

そんな彼よりアリアーテは無口で無愛想だった。




長い沈黙の後奥の部屋から2人が出てきた。



「待たせたねギル君、アリアーテ」


穏やかな表情で2人に語りかけるダリルに頷いて返す2人。




「ではどうしましょう?荷物は多くありませんが…魔導車か何かでこちらまで?」



「心配には及びません。転移結晶がありますので」



ラマの問いに即座にダリルは答えて、コートの内ポケットから蒼い光を放つ半透明な拳大の結晶を取り出した。


魔力結晶はこの世界の様々なエネルギーとして使われている。移動に使われる四輪魔導車から、家庭の発電機と様々なところで用いられる。

魔力結晶は他にも様々な種類があるが、転移結晶といえば希少ランク最大級の高級品である。

それだけでダリルという者の裕福さが伺える。



「そうですか、ダリル様・・・どうかギルをよろしくお願いします」



ラマはダリルの方へと向き直り深々と頭を下げた。

彼女からすればどう言った気持ちなのだろう、子が家を出て自立しようとする親のような心情なのか・・・

仕事の課題の1つをクリアしたという感覚なのか・・・ギルにはわからない。



「ダリル様に迷惑をかけないようにね?…強く生きて、幸せになるのよ?」


「うん…ママ先生」



ママ先生…ラマはその愛称の通りこの屋敷に住む子供達にとって母であり、先生であった。優しく、時に厳しくもあったがいつも変わらぬ愛情を注いでくれていた。



ラマはダリルからギルへと視線を移し膝を地につけ、膝で立つようにして視線を合わせる。

そのまま両手でギルの手を握ると強く握りしめた。




暖かなその手から何か熱いモノが流れ込んで来る気がした…


ラマの目は涙で潤んでいる気がした…

目の奥がグッと熱くなっている気がした…


いつもの柔らかな笑みを浮かべるラマの顔を脳裏に刻み込んだ。




他の子供達と違って魔力を持ち、それをコントロールすることが出来ず問題ばかり起こしてしまうギルを、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

血の繋がりのない他人である自分を我が子のように愛情を注いでくれた…母だ



忘れないでおこう

彼女の顔を、声を、言葉を・・・



そう心に誓った。




溢れてくる涙をグッと堪えるように下唇を噛みしめる。

大丈夫…心配ないよ…そう伝えるように手を握り返す。






「あり…が…っっうっ」



堪えようとした涙は制御出来ず、両目から大粒の涙が滲み出てきた。

服の袖で涙を拭うが止まることのない涙…


ラマが優しく両腕でギルを包み込みそっと抱き寄せ、背中を摩る。



「私こそ素敵な思い出をありがとうギル…あなたの事を忘れないわ…」







涙腺は決壊し、止めどなく流れる涙…ラマの胸に顔を埋めて声を必死に堪えて泣いた。







啜り泣く音が部屋に響き渡る。



涙を流すのはあの日以来だった。


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