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拙い色彩  作者: N
6/7

六話

 駅前の穏やかな場所に出た。

「もう、いいから、手」

 彼女は息を切らしてそう言った。離してしまったらどこかに行ってしまう気がして、俺は彼女の手首を掴んだまま、落ち着く場所を探してうろうろした。駅前の飲食店はもう閉まっていた。

「あっちに公園あるから」

 逆に彼女が俺を引っ張っていった。

 

 住宅街の中にある公園には誰もいなかった。どこかから少し早い鈴虫の鳴き声が聞こえる。少ない街灯と、暗闇に埋まるようにあるブランコと砂場は、上手く子供のイメージと結びつかない。一つだけある自販機がいやに白い光を放っていた。

 それから二本コーラを買って一本彼女に渡した。前はお礼で今回は謝罪だ。つくづく自分はどうしようもない奴だと思う。

 適当なベンチに腰を下ろした。

「その……ごめん。さっきは」

 取り敢えず謝っておく。

けてたの?」

 黙って頷く。

 彼女がコーラの缶を開けて一口飲んだ。

「説教とか説得とか、やめてよ」

 彼女はそれだけ言って、つまらなそうに夏のくすんだ星空を見上げた。

「何か理由があんだろ?」

「あんたに言っても仕方ない」

「俺が知りたいんだ。我が儘なのは分かるしそりゃ言いにくいだろうけどさ。俺、茅ちゃんのこと知りたいんだよ」

 彼女は手に持った缶を持ち上げて月の光を反射させた。それをじっと見ながら口を開いた。

「学費払えないんだ。父親いなくてさ。母親は私の知らない男にハマってる」

 俺の持っていた缶がべこりと音を立てた。知らず知らずのうちに強く握っていたらしい。

「最初はまともなバイトもやってたけど、お金足りなくなって一回だけって思って援交した。でもさ——」

 彼女はそこで言い淀むとコーラの缶に口をつけた。多分飲んではいない。

「ねえ、坂出。人間一回一線越えるとすぐに慣れるもんだよ。次金が無くなったらまたやってた。で、まあそれがクラスメイトにバレた。学校にチクられてないだけマシだけど、いじめが始まった。ほら、坂出が私と初めてあった日に拾ってくれた紙、あれクラスメイトの罵詈雑言の寄せ書き。最初は何てことないと思ってたけど、ある日ぷつんって何かが切れちゃって行けなくなった。でもいつか戻れるようになった時のことを考えて援交して学費だけは払ってんの。今までことが無駄になるのが嫌でさ。馬鹿みたいでしょ」

 彼女は一つ大きなため息をついた。 

「がっかりした? こんなにぴちぴちなのに非処女とか」

 薄く、自嘲気味に笑った。

「やめろよ、そんな言い方」

 どうにか声を絞り出す。

「そうだ、あんた私のこと知りたいとか言ってたから教えてあげるよ」

 彼女があくまで平坦な調子で口を開いた。

「私さ、色んな男とヤってるけど皆上手いって言うよ」

 そんなことが聞きたかったわけじゃない。でも俺は何て言えばいい? 言葉が見つからない。

 俺が迷っている間に彼女は堰をきったように話し出した。

「ヤった後に説教する奴なんていないと思ってたけど、ほんとにいるんだね、びっくりした。いつまでこんなこと続けるんだ? とか言ってた。さっきまでめちゃくちゃに興奮してた奴の言う事じゃないよね。前の男なんて、ヤる前はマグロみたいな癖になかなかいいじゃないか、だってさ。てめえの顔の方がマグロだよって——」

 俺は彼女を抱き締めていた。言葉が見つからなかった。

「……何?」

「泣いてるから」

「泣いてない」

 確かに彼女の目も、声も全く湿ってはいなかった。

「泣いてるよ」

 彼女は黙ってしまった。

「ごめんな、茅。こんなこと話させて、ほんとにごめん。いくらでも謝るから、だから、泣くなよ」

 彼女の体は温かった。

「呼び捨てで呼ぶな」

 彼女が小さな声でぽつりと言った。その声は俺の胸に直接響いていた。



「もう、ここでいいから」

 彼女が俺の手を離した。

「私、前に花の女子高生だから制服着てるなんて言ったけど、毎日、行こうとしてたんだ」

 それだけ言って恐らく彼女の家のある方へ消えてしまった。ぼやけた月が俺を柔らかく照らしていた。

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