五話
次の日から俺達は一緒に帰るようになった。彼女の家の近くまで一緒に帰って別れるだけで特段何かある訳でもない。だけど話せる時間が長くなって素直に嬉しい。最初の頃に比べて茅ちゃんが俺の心の中を占める割合が増えていた。最初は顔が好きなだけだったけど、今は彼女の何かよく分からないものに惹かれている。彼女と接している時には確かにはっきりとした輪郭を持っているそれは、言葉にしようとすると蜃気楼のようにゆらりと揺れて消えてしまう。まあ、当然顔は大好きだけどね。超可愛い。
前より彼女に干渉したい自分がいる。俺に気づいてほしいんだと思う。だから気になっていることがある。
茅ちゃんは週に三度くらい一緒に帰ることを断る日がある。その時の彼女はとても強情で絶対に譲らない。そしてそういう日は絶対に彼女は私服だ。
「一緒に帰ろうぜ」
「今日は無理」
今日も彼女は俺にそう告げて俺の帰る準備が終わる前にさっさと図書館を出ていってしまう。急いでカバンに荷物を放り込んで図書館を出るといつもと違う方向に向かって歩く彼女が見えた。その時俺の中にごぼりと溝みたいなものが流れた。それはどうやったって正当化できない醜いものだった。彼女のことを知りたかった。彼女が隠しているものまで見たかった。
俺は歩き出した。茅ちゃんの大体30メートル後ろに付いた。
心中で彼女に謝った。結局それはどうにか罪を減らそうという利己的なものにしかならなかった。
彼女は何度も道を曲がった。最初は俺に気づいてまこうとしているのかと思ったけれど、どうもそうじゃないらしい。更に夜が更けるのを待っているようだった。
街灯と住居の明かりが暖かく照らす街から段々と離れて景色が変わっていく。夜に目を覚ます場所へと近づいているようだった。
七月の湿気のせいだけではない汗が首筋を伝った。尖塔の目立つ建造物と無駄に大きく明るい看板、そこかしこでカラフルな光を振り回す剥き出しのネオン。ホテル街だ。彼女の姿が歪な光に飲み込まれていった。
——援交。その二文字が頭を駆け過ぎていった。激しく頭を横に振ってその残像を散らす。ありえないだろ。だって茅ちゃんは頭いいんだぞ。そんなことする訳ない……よな?
彼女がラブホテルへと歩いていく。俺も彼女の後を追った。
彼女はホテルの前に立って誰かを待っているようだった。俺は彼女の立っているホテルの道路を挟んで向こう側の木の陰から彼女をこっそり見ていた。ここで声を掛けてしまえばいい。そう思ってはいるのに、尾行なんてしていたことがバレたくないのと、まだ信じたくなくないのとで足は地面にくっついてしまったように動かなくなってしまっていた。
向こうからサラリーマン風の恰幅のいい男が歩いてきた。そして彼女の前で止まった。
ふざけんじゃねえぞ、デブ。
激しい感情で頭が沸騰しそうになる。ぐらぐらとした頭で必死に考える。俺は合法か違法かなんてどうでもいいんだ。だから彼女がそれを望むのならば別にいいんじゃないか。まして図書館で会って話すだけの知り合い以上友達未満みたいな俺が手を出す権利なんてどこにある?
そんなことは今どうでもいい。
俺は木の陰から飛び出して彼女まで一気に走った。運動不足で縺れる足をどうにか動かす。彼女と目が合った。いつも開ききっていないような目が見開かれた。彼女の腕を掴む。
「ほら、行こう!」
横にいたおっさんが困惑した顔で俺を見ていた。ごめんね、おっさん。ただちょっと不順異性交友したかっただけなのにね。
「うわ、ちょっと」
彼女の腕を掴んで走り出した。後ろから彼女の声が聞こえる。それを無視して歪な光で一杯のホテル街から抜け出した。




