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「いや、本当にすまなかった。けれども助かったよ、ありがとう。」
お礼がしたいと言うおじいさんに買ってもらった缶ジュースを飲みながら、私たちはなぜだか一緒にベンチに座っていた。
足元では子猫が私のお弁当箱のフタで水を飲んでいる。
お弁当はおじいさんがいなくなったら食べるつもり。
おじいさんは悪い人ではなさそうだと思うけれど、こうして腰掛けるのは軽率だったかも、と少しドキドキしている。
知らない大人に声を掛けられたら、腕を伸ばされても届かない距離を保ちなさいとお母さんにいつも言われているから。
「ところで君は学生さんだろう?野暮なことかもしれないが、こんな時間にどうしたんだい?」
おじいさんが私の制服と子猫をチラリと見ながら聞いてきた。
批難している感じじゃなくて、私が困っていることに気付いていながら、露骨に踏み込んでくるわけでもない。
大人らしい気遣いと余裕のある態度に、私は警戒していた体の力を抜く。
「えっと・・・朝、この子を見つけて、試験に間に合わなくて・・・。
飼い主さんも探さないといけないのに、どうしよう、って・・・。」
話しながら、そういえば何かあったら学校に連絡するように先生に言われていたことを思い出す。
でも子猫なんて放っておきなさいって言われるんだろうなぁと思うと、やっぱり電話する気にはならなかった。
「試験?」
「あ、今日、高校入試だったんです。」
「それは・・・何というか・・・。」
私の言葉に、おじいさんは携帯電話を探していたときより困った顔をした。
私も困っていたけど、その表情に思わず笑ってしまう。
「私も助けてもらったし、君は本当に優しい女性なんだねぇ。」
そう言われて慌てて首を振る。
「というより、要領が悪いんです。本当は子猫なんか放っといて行かなきゃ、って思ってたし。
さっきだって、おじいちゃんが怖そうな人だったら声かけてませんでした。」
「自分を守ろうとすることは大切だよ。状況を見て考えた上で、人に手を差し伸べられることが尊いんだ。
見知らぬ私に不用意に近付かない距離を取れることも素晴らしいと思うよ。」
私の目を真っ直ぐに見て、おじいさんは言ってくれた。
温かく包み込んでくれるみたいな優しい目に、張り詰めていた気持ちがふわりと解けていく。
入試に間に合わないと分かってて子猫を助けたこと、自分で決めたくせにそのことを後悔していたこと、今だって飼い主を探さないといけないのにどうしたらいいか分からなくて、やっぱり助けなきゃ良かったって思うけど、こうなることを知っていても、あのときの私は同じ選択をするだろう。
だからといって今の状況を手放しで受け入れることもできなくて、これからどうしようって不安しかない。
子猫が無事で良かったとかで自分を納得させることもできない私は、優しいとは言えないと思う。
おじいさんだって良い人そうに見えるけど、腕を伸ばされても届かない距離は守りたくて、人を信じることができない私って悲しいな、とも思う。
だけどおじいさんの言葉にそんな私の後ろめたい気持ちを許してもらえた気がして、ポロリと涙が溢れた。