第八話 乳が奇しき入学式?
前回のあらすじ
・ツトムの工房が到着
・赤くないけど通常の三倍で造形開始
・チャリであってチャラチャラではない
「新入生、起立!」
男性教師の掛け声で、百名ほどの少年少女が立ちあがった。講堂の前方では、校長が壇上への階段を上っていた。再び掛け声があって、一同は礼をし、着席。
クラス分けもまだなので、席順は自由だった。自然、ツトムとタリアは並んで座る。祖父のナガトはナリアを抱いたサリアと共に後ろの父兄席にいる。
フローティア第一中学は、花弁都市の中央にあるコアタワーの基部にあった。ツトムたちの住む家からは、連絡橋を渡ってエレベーターで数十階層降りることになる。
この階層には、他にも小学校や高校があった。ただ、運動場は流石に面積が足りないので、中央タワーを降りた平野部に設けられていると言う。
ツトムやタリアは、他の生徒たちと同じく制服を着ている。このあたりは本土の中学に合わせているようで、最近の流行というか昭和回顧ブームなのか、詰襟にセーラー服だったりする。もっとも、常夏のフローティアでは年中夏服なので、冬服の出番は今日のような入学式や卒業式のような式典だけらしい。
壇上の校長が照明に禿頭をテカらせながら、長々と挨拶を語りだした。こんなところまで本土に合わせなくても良いのに、と思うツトムだった。退屈しのぎに、周りの生徒たちをこっそり観察する。
意外に、というか当然と言うか、国際色豊かな顔ぶれだった。タリアのような小麦色の肌のポリネシア系や小柄なミクロネシア系が多いのは、フローティアが温暖化対策なのだから当然だ。しかし、台湾からのメイリンのように、東アジアや東南アジアからも来ている子も多い。
相対的に、ツトムのような日本人の生徒が少ない。というか、ほとんど見当たらない。いや、常夏の島だから、みんな陽に焼けてそう見えないだけなのだろうか?
「新入生、起立!」
校長のあいさつがようやく終わった。一礼して着席すると、新一年生の担任が紹介された。ひとクラス三十人で三クラスあり、正副担任ということで六人の教師が壇上に並んだ。校長が一組から順番に名前を呼び、呼ばれた教師が礼をする。
「うぉ、すげー」
タリアとは反対側に座る男子生徒が、小声で感嘆した。その目は壇上の若い女性教師に釘づけだった。
校長の紹介では、たしか名前は山口ミカだった。三組の副担任で、隣に立つ正担任が力士になれそうなポリネシア系男性なので、やけに小柄に見える。しかしその胸だけは、柔和な面差しとは逆に存在感を放ってた。
サリアのプロポーションもなかなかだったが、この爆乳とも言うべき物は別格だった。
「……はぁ」
隣ではタリアがうつむき、ため息を吐いていた。
大丈夫、乳なんて飾りです。エロい人にはそれが分からんのですよ。
などと思春期未然のツトムが言っても逆効果だから、ここは沈黙だ。どうも、こっちへ来てからのアレやコレで、ツトムは女性恐怖症の気が現れていた。一組は肝っ玉母さん的なオバチャン先生と若い男性教師、二組は枯れた感じの初老の男性教師と色々標準サイズの女性教師で、ツトムとしてはそっちが望ましかった。
が、しかし。
式が終わって講堂の出口の表示パネルを見ると、ツトムとタリアは三組となっていた。
(げ。あいつもか)
浜辺でいざこざのあった、中国人の兄妹の名前もそこにあった。一緒に入学てことは、双子なんだろうか?
加えて、高雄亭の看板娘メイリンも同じ三組だ。流石に学校給食でメガ盛りはないだろうから、知り合いが多いのはツトムとしては助かる。
各教室へ歩く生徒たちの流れに乗って移動。ちなみに父兄はここまでなので、母に抱かれたナリアに遠くから「バイバイ」された。
教室は本土より古風な作りだった。最近流行りの、昭和を舞台とした学園ドラマの舞台に近い。正面に黒板と教卓があり、後ろは生徒のロッカー。その間に生徒一人ひとりの机が並ぶ。
ドラマとの違いは、黒板が電子式なのと、机に備え付けの情報端末だ。流石に、カリキュラムは本土と同じらしい。
電子黒板には座席票が表示され、席の端末には生徒の名前が出ていた。席順は日本語での五十音になるので、苗字が同じツトムとタリアはここでも隣通しになった。メイリンは漢字で書くと王美玲なので、一番右の列の後ろの方だった。シャオウェンも妹と隣同士だが、表記は孫暁文なのでツトムたちとメイリンの間にいる。いると言うか、めっちゃ睨んでいる。こっちを。
なんともメンドクサイ学校生活になりそうだ。
そのメンドクサイ兄妹を迂回して、メイリンがやってきた。
「ツトム、タリア、一緒のクラスで良かったわ」
早速、タリアとガールズトークが始まったが、ちょっと話題がツトムに集中しすぎなので、本人としては若干引いてしまう。
「君、福島ツトム君だね」
そんなツトムの前に、やけに体格のいい少年が立って声をかけてきた。浅黒い肌なので、タリアと同じポリネシア系だろう。ごつい体つきとは裏腹に、笑うと白い歯が目立ち、人懐こい顔立ちだった。
「俺、クリス・ターナー。チャタム島から来たんだ。友達になれるかな?」
外見と名前のギャップにちょっとたじろぐが、メガネで検索するとチャタム島はニュージーランドの一部だと出てきたので、納得する。ハワイがアメリカなのと一緒だ。
「いいよ。僕もこっちに来たばかりで、友達は少ないんだ」
ツトムは立ち上がってクリスと握手した。体と同じで、手も大きくがっしりしていた。
「ポリネシア系って、みんな大柄なのかな?」
このクラスの担任も巨漢だった。
「そうだね。少年ラグビーなんて、この間、部門を分けられちゃったし」
人種差別ではなくて重量別の部門。体格が違いすぎるためだと言う。日本にもポリネシア系の横綱や関取が何人もいる。
「ラグビーやってるの?」
クリスはうなずいた。ツトムは運動全般が壊滅状態なので、逆に羨ましくもある。
しばらく、クリスが所属するフローティアの少年ラグビーチームについて話を聞いた。
その時。
「注目! みんな席に着いて」
教卓から女性の声が響いた。いつの間にか、副担任の山口ミカが前に立っていた。正担任の巨漢先生は入り口付近に立って見守る感じだ。
またね、と言ってクリスは席に戻った。ツトムも席に着く。
ちなみに、言われなくても男子生徒の大半は既に注目していた。とある一点を熱心に。
「出欠を取ります。名前を呼ばれたら元気良く返事ね」
なんとなく、小学校のノリだ。中学になったらもうちょっと大人っぽくなるかと思ったのだが。
で、名前を呼ばれていくと、改めて日本人の生徒が少ないことが分かる。このクラスにはツトムしかいない。
出欠の方は、一人の女子を除いて全員出席だったらしい。そこからミカ先生の説明が始まったが、幸いにも校長とは違って簡潔で、すぐに終わった。
「何人かよその土地から転入してきた子もいるから、明日は自己紹介の日にします。みんな、自分が一番大切にしているものを持ち寄って、紹介してください。この日だけは、持ち物の規制も緩和されます。ただし、ペットなど動物の場合は事前に担任と相談すること」
どうやら、最初の一週間ほどは、学校生活の説明に、教師や生徒の自己紹介などで埋まるらしい。意外とのんびりしている。今日も、これで解散となった。
早速、メイリンがやってきてタリアとおしゃべりを始める。ツトムの方にはクリスがやってきた。
「クリス、良かったら一緒に帰ろう」
ツトムが誘うと、クリスはちょっと困った顔になった。
「うん、だけど中央エレベーターまでだね。俺ん家、海浜エリアなんだ」
なら、メイリンと同じだ。祖父のナガト研究所も。
「ちょっと待ってね」
タリアに声をかける。
「帰りにちょっと工房に寄りたいんだけど、良いかな?」
二つ返事でタリアは了承した。メイリンと話し足りないらしい。良くそんなに話題があるな、と逆に感心する。
クリスが聞いてきた。
「工房って?」
「ああ、お祖父ちゃんの仕事場が海浜区にあって、その一角を僕の工作部屋にしてもらってるんだ。そこに寄るから、一緒に帰ろう」
クリスは白い歯を見せて破顔した。
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「ナガト海洋研究所」の入り口で、ツトムは虹彩認証のカメラを覗いて名前を告げた。電子音が響いて鍵が開く。祖父がまだいないと言うことは、サリアやナリアと一緒に買い物でもしているのだろう。お昼時になったら連絡すればいいだろう。まだ一時間以上はあった。
ちなみに、タリアもメイリンの家に遊びに行くと言うので、お昼まで別行動だ。というか、十中八九、お昼は高雄亭に決まりだな、これは。
下まで降りると流石に暑いので、二人とも詰襟の上着は脱いで、シャツの腕もまくっていた。大柄なクリスはさらに、ズボンも裾を折ってハーフパンツサイズにしている。
そのクリスにとっては、ここの全てが圧倒的だったようだ。ドックの”のちるうす”にも、ツトムの工房にも、そして、そこで制作中のシェルスーツにも。
今、3Dプリンターで造形中なのは胴体部分。一度に造形するには大きすぎるので、幾つかのパーツに分けて、最後に溶接することになる。腕や脚は既に組み上がって、工房の隅に置かれていた。
クリスが聞いてきた。
「ツトムの夢は、ダイバーになること?」
浮かぶ人工島のフローティアでは、プロのダイバーは常に需要がある。賃金も比較的良い。
しかし、ツトムは考え込んだ。
「うーん、ちょっと違うな。今これを作ってるのは、作りたかったから。ついでに、今まで作ってきたノウハウが活かせるから」
手首から先のマスタースレイブに加えて、脚も腕も関節部にモーターを仕込んだので、このシェルスーツはほとんど、フルサイズの人型ロボットと言えた。
「これを着て、お祖父ちゃんの仕事を手伝うのはやりたい事の一つだけど、もっとたくさんあるんだ。やりたい事も、作りたいものも」
クリスの視線は、ほとんど尊敬に近いものだった。
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昼時。予想通り、昼食はまたも高雄亭だった。ツトムはクリスも誘ったのだが、家で食べるからということだった。彼の家は、ここからフローティアの反対側になるらしい。自動運転車の料金がもったいないというので、暑い中を三キロ近く歩くことになる。しかし、ラグビーで鍛えてるから、と笑っていた。
例によってメイリンの特盛りサービスを辞退しながら、ツトムは疑問をナガトにぶつけてみた。
「ねぇ、お祖父ちゃん。ここには日本人って少ないの?」
祖父は膝に抱いたナリアに、スプーンで杏仁豆腐を食べさせていた。しかし、ツトムの言葉にうなずくとサリアに娘を任せた。
「確かにお前の言う通り。このフローティアには日本人、とくにお前くらいの年代の子供が少ないんだ」
「それはどうして?」
「まず、フローティアは温暖化による海面上昇で沈みゆく島々の人たちのために作られた。だから、日本人が大半を占めていたら意味がない」
それはわかる。
「具体的に何人くらい?」
「全部で数千人、てところだろう」
フローティアの人口は、正式には四万人。不法滞在者を含めても五万数千人。日本人は一割を若干下回るが、三十人のクラスに一人きりというのはやはり少ない。
「その日本人も、大半は新天地を求めてやってきた若者だ。子連れで来ても幼い子ばかりだから、十歳以上の子供はほとんどいないんだ」
「ふーん」
日本語が公用語で、タリアやメイリンばかりか、日本嫌いなはずのシャオウェンですら日本語で話しているからあまり意識しなかったが、やはりここは「海外」なのだ。
とはいえ、だからどうということもない。
「なぜなのか理由が分かったから、すっきりしたよ。ありがとう、お祖父ちゃん」
「ツトムは気にせんのか?」
「何を?」
祖父の問いかけに、チャーハンを頬張りながらツトムは問いかけで返した。
「ここにいる限り、日本人の友達はほとんど出来んぞ」
「んー?」
口の中のものを飲みこんでから、ツトムは答えた。
「関係ないよ。日本にいる時にも、友達なんてほとんどできなかったんだから」
「そうか……」
「それにさ」
飲みごろの温度になった中華スープを飲み干す。
「こっちに来てから、友達増えてるよ。タリア……やナリアは身内だけど、メイリンとか。あと、そうそう」
紙ナプキンで口元を拭いて、ごちそうさまをする。
「今日も学校で友達が出来たよ。クリスっていうんだ。ラグビーやってるんだって」
「ほう。それは良かったな」
ツトムは嬉々として学校のことを話しだした。小学生時代には、実の母のマコにも滅多に話したことのない話題だった。
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その頃、無人の福島宅で留守番をしている”くもすけ”は退屈していた。
「まーったく、学校終わったら寄り道しちゃあかんのやぞ。マコはんに言い付けたるからな」
冗談か本気か分からないが、独り言を言うAIと言うのも珍しいだろう。
「折角や。ツトムの新しい同級生を調べたろ」
さらっと言ってのけるが、最近の学校は個人情報の保護にうるさい。担任からの緊急連絡網すら扱いが厳しいくらいだ。
しかし、そこでやってのけるAIは半端ない。あっさりそんなセキュリティを突破する。
「うん? なんやこの生徒。ふむふむ。ふーむ……」
何人かのデータに興味を引かれ、さらに調べてみたところ。
「……これ、ナガトはんに言わなアカンかな、やっぱ」