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第六話 ビーチでビッチがブッチ?

前回のあらすじ

・お祖父ちゃん無双。

・ツトムの春休み工作が決定。


 夏である。季節は春だが、赤道直下は年中無休で真夏だった。

「ツトム、サンオイル塗ってあげる」

 浜辺には色とりどりの水着姿が溢れかえっていたが、タリアが来ているのは濃紺のスク水だ。卒業した小学校の物らしく、胸のところには「6―2タリア」と名札が縫い付けてある。

 それはまだいいとして、なんで両手をワキワキさせてるんですか、タリアさん?


 あれからツトムは二度ばかり祖父の調査航海に同行した。シェルスーツが実際に使われる場面をその目で見、研究所に帰ってきてからはそれを弄り倒し、分解できるところは徹底的にばらして、スマホで写真を撮りまくった。来週、船便で送った「工房」の機材が届けば、すぐにでも製作に取り掛かれるほどだ。既に材料や部品も発注済みだ。

 タリアの方は、あのダイオウイカの件が(こた)えたのか、その間はお留守番だった。一方、ツトムは返ってきても自室に引きこもってばかりで、なかなかかまってもらえない。

 そうして不満を溜めこんだ彼女は、遂に妹のナリアを味方につけ、連合軍を結成したのだった。

「ツトム、うみいこう! うみ!」

 幼女パワー全開でナリアが領海(膝の上)侵犯する(に乗る)。こうなると交戦権のないツトムは手も足も出ない。

「ああ、ナリア、その画面に触っちゃ駄目ぇ!」

 ナリアにペチペチされて、タブレットの設計データがいくつかお亡くなりになった。

「なんとかしてよ”くもすけ”!」

 安保条約の発動を依頼するも、”くもすけ”は馬耳東風と聞き流した。いや、こいつの場合はウサ耳か。

 まったく、元は子守ロボだろうが。子供のいたずらを止めるのも役目だろうに……。

 そこへ、タリアが入ってきた。主力部隊の到着だ。

「部屋にこもってばかりじゃ不健康よ。外で体を動かさないと」

 折角すぐそこに海があるのに、ビーチで遊ばないとはもったいなすぎる。反論の余地のない正論に、ツトムはしぶしぶ同意したのだった。

 が、「水着なんて持ってないよ」と断ろうとしたのだが、どうしたことかひっくり返したデイバックの底から海パンが一枚出てきたではないか。ちなみに、ひっくり返したのは”くもすけ”だ。

「こんなん一緒にあったで」

 と差し出したのはメモ用紙。母マコの字で「楽しんでね♡」と書かれてた。下手人はオマエか。

 海パンは去年の夏に水泳の授業で使ったものだ。濃紺で「6―2ツトム」と名札が縫い付けてある。これを見てタリアが「お揃いね!」とはしゃいで、自分のスク水を引っ張りだした。

「ナリアもー!」

 母のサリアにせがんで、黄色いフリルのついた水着に「1―1なりあ」と縫い付けてもらった。ナリアは三歳だから年齢詐称が甚だしいが、「可愛いは正義」という愛娘無罪法に守られている。

 さらに、今度はサリアまで戦線に参加してきた。真っ白でシンプルなビキニが小麦色の肌に映える。メリハリのついたボディーラインと比べるのは、タリアたちが気の毒なほどだ。

 仕事中のナガトを除くと、一家総出でやってきたビーチ。フローティアの外縁を幅五百メートルで取り巻く、人工の浅瀬だ。海水浴日和ではあるが、毎日がそうなので、人出はそれほどでもない。あちこちにビーチパラソルの花がまばらに咲いている。

 この浅瀬は、人工島の基部から伸びたフレームに弾力性のある膜を張ることで作られている。これによって、押し寄せる波の力を吸収すると言う役割も持っているのだった。

 その砂浜でツトムは今、常夏の太陽の下、タリアとナリアにうつ伏せに組み伏せられていた。背中全面にはサンオイルが塗りたくられている。

「あっ、ちょ、ちょっと。海パンの中まで塗らなくていいから!」

 そこへ、サリアまで参戦してきた。

「だめよぉ、紫外線は意外としみこむのよ」

 それなら、濃紺の海パンより白や黄色のサリアやナリアの水着の方が問題なはずだが。いくらUV対応とは言え。

「はい、今度は前の方を塗りましょうね」

「ま、前は、自分でやるから!」

 ツトムの抗議も空しく、サリアに両手を押さえられ、タリアに馬乗りにされてヌリヌリされる。

「ダメだってナリア! そこは引っ張っちゃだめ~」


********


 ツトムの体を後ろも前もテカテカにした挙句、ナリアがスイカ割りをしたいと言うので、女性陣は準備のため離れてくれた。

 しばらく魂が抜けて「もうお嫁にいけない」などと意味のわからないことをつぶやいていたツトムだが、正気を取り戻すと相棒に文句を言った。

「”くもすけ”酷いや。少しは助けてくれよ」

 返事がない。おや、と思って良く見ると、頭部のLEDが赤く点滅していた。

「まさか、熱暴走?」

 ”くもすけ”のボディは防水ではないので、朝、家を出る前に、ビニール袋を接着剤でつないだカバーでくるんでおいた。”くもすけ”用の水着みたいなものだ。しぶきがかかった程度なら大丈夫と思ったが、中に熱がこもってしまったらしい。

 やがて、もの凄く間延びした大阪弁が聞こえて来た。

「ツトム……なんや……わての体、反応が……にぶいで」

 AIはクラウドにあるから、ボディの電子素子が熱暴走しても影響ない。しかし、通信がもの凄く遅くなっているようだ。

「まってて。ビニールのカバーを外すから」

 手早く剥ぎ取って行く。CPUのある背中は、触れないほど熱くなっていた。もう少し遅れたら、ビニールが焦げ付いていたかもしれない。

「あー、ツトムが”くもすけ”をおそってる~」

 ナリアの声に四つん這いで突っ伏すツトム。どこでそんな言葉を?

 幼児向けのネット規制を強化すべし。ネタとして流れていた「非実在青少年の人権」とやらに、今なら賛成してしまいそうだ。

 視線を感じて顔をあげると、ナリアの横でタリアがジト目になっていた。

「違うよ、”くもすけ”が熱ダレしたから、風を当ててるんだ」

 精一杯抗議するが、柳に風と流された。

「まぁ、いいわ。スイカ割りの準備できたから、来て」

 タリアとナリアに両手を引かれ、ツトムは砂浜を連行されて行った。その後ろを”くもすけ”がひょこひょことついて行く。

「ちょいまち~な。砂の上やから上手く歩けへんのや~」

 たちまち離されてしまう。

 砂浜の上にビニールシートが敷かれ、その上に良く冷えたスイカが置かれていた。これは、砂浜の入り口の木陰に、クーラーボックスに入れておいたものだ。叩く棒は野球バット。目隠しをして一番乗りなのは、もちろん、やりたがってたナリアだ。バットはちょっと重いらしく、それだけでふらふらする。

「はい、回すわよ~」

 サリアが娘の肩を掴んでくるくる回す。

「うわぁ、目が回る~」

 小さい頃はこの手の好きなんだよね。と、ちょっとツトムは遠い目に。最後に親子三人で海水浴をしたのは、父が病魔に倒れる前だった。もう五年以上たつ。

「こらこら、わてはスイカやないで~!」

 ”くもすけ”が悲鳴を上げて逃げるが、砂に足が潜ってうまく進めない。その後ろをフラフラとナリアが追いかける。

 バス! と、くもぐった音を立ててバットが砂に打ちおろされる。かろうじて”くもすけ”はかわした。

「ひ~、ツトム助けて~な~」

 ツトムは傍らのタリアに向かって囁いた。

「ナリアのスイング、あれ絶対わざとやってるよね?」

 モナ・リザ並みの謎の頬笑みで返すタリア。

 しかし、あのバットが直撃すると、”くもすけ”のボディはひとたまりもない。修理と言うより、ゼロから作り直した方がマシなくらいに。仕方ないので、ツトムはナリアに駆け寄った。

「ナリア、スイカはこっちだよ」

 と、後ろから近づいたその時。ナリアが目いっぱい、バットを振りかぶった。

 そして重さで後ろによろめき、バットはツトムの脳天を直撃した。

「うが~!」

 頭を抱えてうずくまるツトム。

「あれ~? ツトムどうしたの~?」

 まわれ右して、ナリアは今度はツトムを追いかけだした。

「ふぅ、あやうくスクラップになるところやったわ」

 その後ろからついていく”くもすけ”であった。ツトムを助ける気は、相変わらず無いらしい。


********


 なんとかナリアをスイカまで誘導し、粉砕させることに成功。

 へとへとになりながら、ツトムは砕けたスイカにかぶりついた。冷たくて美味しい。思いがけず走り回って、喉も乾いていた。

 ふと気がついて、サリアに聞く。

「このスイカも、フローティアの畑で栽培したもの?」

 さし渡し二キロの人工の大地は、大半が農地となっていた。内訳は、水田と畑が半々。常夏と言うだけあって、三毛作も可能だと言う。その畑には様々な作物が育てられており、スイカもあったはずだ。

「そうね。でも、おいしいのはやっぱり植物工場の作物ね」

 中央タワーの花弁都市より下の部分は、何層にも重なる水耕栽培の植物工場で構成されている。海洋温度差発電の副産物で生じる、大量の淡水をくみ上げ、都市で生じた生ゴミや汚水を肥料に変え、ほぼ無菌状態・害虫の存在しない環境で作物を育てている。降り注ぐ日光は、光ファイバなどで取り込んだものだ。平野の自然農場に比べるとやや値が張るが、品質は断トツ。

 食べ終わった後は、子供らは波打ち際で水かけっこ。濡れたらアウトな”くもすけ”は、ビーチパラソルの下からサリアと見守る。

「平和やのう」

 さっきまで熱暴走やナリア暴走にやられていたのに。

「”くもすけ”さんは、AIなんですよね」

 サリアの問いに、”くもすけ”はしばしその顔をじっと見つめてから答えた。

「そうや。ツトムのお父はん、セイジが作りはったんや」

 サリアの手が、”くもすけ”の背中をなでた。

「ああ、そこ……触感センサがついてるんや」

 気持ちいらしい。兎の耳のような頭部のセンサがだらんと下がった。

「セイジさんって、どんな方だったんです?」

「どうっていうても、わてが目覚める前やからな、亡くのうたの」

 セイジの死後、ツトムが受け継いだクラウドのアカウントで”くもすけ”を起動したのだから、当然だった。

「残された記録を見る限り、学者としては優秀やったようやな。ツトムの話しぶりからも、良きお父はんやったようや」

「そうですか……」

 つぶやくサリアを見上げて、”くもすけ”は言った。

「そう言えば、セイジはおはんの義理の息子になるんやなぁ」

 サリアがツトムの祖父ナガトと再婚したのは四年前。五年前に他界したセイジとの接点は無い。比較的晩婚だったセイジは、ナガトから見ても少し歳の離れた弟という感じだった。もし今生きていたら、自分より年下の義理の母に何を思うだろう。

 そうした考察は、”くもすけ”のAIに人間存在に関する深い学習(ディープラーニング)をもたらすのだった。


********


 やがて陽は傾き、ツトムたちは荷物をまとめてゴミを拾い集め、家路をたどる。

 いつものように自動運転車をスマホで呼び、乗ろうとした時だった。

「それはこっちが呼んだクルマだ。どけ!」

 いきなりの怒声。声変わり前の甲高い少年の声だった。

 びっくりしてツトムが振りかえると、海パンの上にアロハシャツをまとった少年が仁王立ちしていた。容姿はアジア系で、歳の頃はツトムやタリアと同じくらいだが、背は比較的高い。体重はさらに増量だ。その傍らには、やはり同い年くらいで顔立ちの似た少女が立っていた。紅色のビキニに黄色いパレオを巻いている。その二人の背後には、三人の成人男性が立っていた。その足元には大量の荷物があった。

「シャオウェン! これを呼んだのはツトムよ!」

 スマホを持ったツトムの腕を掴み、タリアが少年に付きつけた。

「知るか! 戦犯国の家族が何を偉そうに!」

 タリアにシャオウェンと呼ばれた少年は、構わずにツトムたちを押しのけて車に歩み寄る。突き飛ばされたナリアが歩道に尻餅をついた。

「ナリア!」

 ツトムが抱き上げると、怪我はないようだが、びっくりしたのか泣きだした。

「おい、さっさと荷物を運びこめ」

 背後の男たちに命じる少年に、つかつかと歩み寄るサリア。

 バシッ。

 炎天下なのに、その場が凍りつく。

 平手打ちされた頬を押さえ、シャオウェンは目を見開いてその女性を凝視した。実の母親にも殴られたことがないのに、こんな……こんな。

「この土人女!」

 拳を振り上げた時、どすの利いた大阪弁が響いた。

「やめんかこのクソガキ!」

 声は足元から。”くもすけ”だ。

「……なんだこんなガラクタが!」

 蹴飛ばそうとしてヒラリとかわされ、今度はシャオウェンが尻餅をついた。そのそばに”くもすけ”が近寄り、さらに追い打ちをかける。

「ざまないのう。いいか、あんさんの行いは全部録画してるで。これ以上おイタするなら、ネットで公開したる。名前から住所も何も丸わかりや」

 少年の目が激しい怒りに燃える。しかし、何も言わずに立ち上がると、吐き捨てるように言った。

「こんなところにいられるか! おい、行くぞ」

 後半は背後の少女と男たちに向けてだった。

 足早に立ち去る少年の後を少女が追い、その後を大量の荷物を抱えた男三人がついていく。

 ぐずるナリアをサリアに渡すと、ツトムはタリアに訪ねた。

「誰? あいつ。知ってるの?」

 タリアはうなずいた。

「男の子は孫暁文ソン シャオウェン。そばにいた女の子は妹の孫暁明ソン シャオミン。去年の秋にフローティアに来たの。中国からの移民よ」

 中国か。なんか知らないけど、昔っから日本や日本人を目の敵にしてるよね。ネットでもそんな話題が良く流れているみたいだった。さっぱり関心がないツトムでも知っているくらいだから、相当なものだ。

「いつもあんな風に威張り散らしてて、本当に嫌んなっちゃう」

 タリアは憤懣やる方なしだ。その様子では、クラスでもかなり嫌われていたようだ。

「それにしても、サリアの平手打ちにはびっくりしたなぁ」

 幼い娘を突き飛ばされたのだから、あれぐらい怒っても当然だ。それでも、普段のほほんとしているサリアからは想像できないような激しさだった。泣き疲れて眠ってしまったナリアを抱いて、今は微笑んでいる。

 母は強し、だな。そうツトムは思った。自分の母も、自分のためにあんな風に怒ってくれるだろうか。

 一同は、騒動の間も辛抱強く待ち続けた自動運転車に乗り込み、今度こそ家路を辿る。

 その車内で、ツトムは腕に抱えた”くもすけ”について考えていた。あの時、”くもすけ”は機転を利かせてその場を収めてくれた。しかし、それはもうAIの範疇を超えていないだろうか? 今回は、間違いなくツトムたちのためにしたことだが、あんな風にAIが人間を脅迫したりしたら、果たして止めることはできるだろうか?

 膝の上の”くもすけ”を見る。一日駆け回ったので、電池が残り少なくなって節電モード、つまり居眠りしている。しかし、クラウド上の”くもすけ”は眠ることがない。そのAIを校正するプログラムやデータは、クラウド上のサーバに分散され、常に移動しバックアップも作られている。スイッチ一つで停めるなんてことは無理だ。

 つまり。”くもすけ”を強制停止させたければ、全世界のネットを同時に落とすしかない。

(お父さんは、何のために”くもすけ”を作ったんだろう?)

 それは、物ごころついて初めて感じた疑問だった。


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