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第五話 イカすロデオ天国?

前回のあらすじ

・快適で安全な海中の旅と言ったな。あれはウソだ。

・ツトムの股間は受難続き。

2016/11/20 イラストを追加しました。


 幸いにして、大きく揺れたのは一度だけだった。マグカップはテーブルの反対側に落ちたので、熱いお茶を被らないで済んだのも助かった。こぼれたお茶は船室の床のスリットから流れ落ちた。

 揺れと股間の痛みが治まると、今度は体の上のぬくもりが気になる。

「あの……タリア」

「ああ、ごめんなさい」

 股間を押しつぶしたりしなければ、ぬくもりそのものは嫌じゃないんだけどね。……思春期前だけど。

 何とか立ちあがって、操縦室へ向かう。

「お祖父ちゃん、いったい何があばばばばば」

 途中からツトムの日本語が激しく乱れる。その視線は展望窓に釘づけだった。

 そこは、無数の吸盤で張り付く触手に全面を覆い尽くされていた。触手はぐねぐねとうごめいている。タリアは見るのも無理そうで、ツトムの背中に顔を伏せてしがみついていた。

「ダイオウイカだ。フローティアの回遊域の一部を縄張りにしている個体で、時々こうして敵対行動を取って来る。どうもこの船のシルエットが、天敵のマッコウクジラに見えるらしい」

 ナガトが冷静に解説する。

 しかし、ツトムは激しく震えていた。背中に張り付いたタリアの震えが伝わったのもあるが。

「怖がらせてしまってすまんな、二人とも。こいつが現れるのはもう少し東の海域のはずなんだが」

 野生生物が予想に反した行動をとるのは、むしろ自然なことかもしれない。人間ですら「気まぐれ」というのはあるのだから。

「……お祖父ちゃん、それでどうするの? この船、潰されちゃうの?」

 ツトムの心配をよそに、ナガトは平静だった。虚勢ではなく。

「この”のちるうす”の安全深度は一万メートルだ。びくともせんよ」

「でも……どうやって引き剥がすの? ……電撃するとか」

 本家のジュール・ベルヌでは、確かそうしてた。

「まさか」

 苦笑するナガト。

「電気を通す海水中では、意味がないよ」

 電線に留まったスズメと一緒だ。イカの体より先に、海中に電流は流れ去ってしまう。

「いつもは、海洋生物が嫌う薬剤をばら撒くだけなんだが……どうも、その噴出口を吸盤で塞がれてしまったらしい」

 スクリーンの表示を指で示す。表示の一つが赤くなっていた。

「……どうするの?」

 祖父は余裕を見せてるが、ツトムにはシビアな状況としか映らない。

「ちょっとツトムに手伝ってもらった方がいいかな。こっちへ来て」

 操縦席を立って、ナガトは後ろの船室へ向かった。ツトムもそれに続く。おんぶお化けなタリアを引き連れて。

 祖父ナガトは、マグカップや菓子が散乱する船室を抜け、シェルスーツのある区画へ入って行った。

「ツトム、そこのコンソールの赤いボタンを押してくれ。①と書かれた方だ」

 ツトムがボタンを押すと、向かって右手のシェルスーツが、吊り下げられたまま船室の中央に移動してきた。ナガトがスーツの腰のパネルを開けてスイッチを操作すると、スーツが腰のあたりで分離し、上半身が引き上げられていった。ナガトはその下半身に両足を突っ込むと、頭上の上半身に向かって両手を伸ばした。

「よし、今度はスーツのパネルの青いボタンを押して、パネルを閉じてくれ」

 ツトムがボタンを押すと、上半身が降りて来て、カチリと留め金がかかった。パネルを閉じるのも忘れない。

 ナガトはスーツの両腕をぐりぐりと動かし、手首の先の”やっとこ”のような爪を開閉させた。

「OKだ。では、そこの容器を渡してくれ」

 頭上のスピーカーから、ナガトの声が流れてくる。言われるまま、ツトムは液体の入ったポリ容器を渡す。ナガトはスーツの手首にある爪で取っ手を掴んだ。

「準備完了だ。タリアを連れてここから出て、ハッチをしっかり閉めてくれ」

 言われたとおりにすると、ハッチの横のスクリーンにとなりの区画の様子が映った。斜め上からの視点だ。

 スクリーン横のスピーカーからナガトの声が響いた。

「ツトム、壁際のコンソールがわるか?」

「わかるよ、お祖父ちゃん」

「そこの”+”のボタンを押してくれ」

 ツトムが押すのと同時に、ポンプの音が響き出した。

「今、この区画の気圧を外の水圧と同じまで加圧している。……加圧完了。これで、船底のハッチを開いても水は入って来ない。次は”Open”のボタンを押してくれ」

 区画の床にあるハッチが開き、海面下百メートルにある水面が見えた。水圧と気圧が同じなので、海水は入ってこない。

「さて。ちょっと行ってくるぞ」

 スーツを吊り下げているクレーンのウィンチがケーブルを繰り出し、スーツを海中へと降ろす。

「お祖父ちゃん、大丈夫?」

 外にはダイオウイカがいる。ツトムは心配になった。

「問題ないよ、ツトム。実際、今、触手に捕まったところだけどね」

「ええっ!?」

 大問題あり、というかピンチじゃないの?

「イカは軟体動物で骨が無いから、触手は引き寄せることは出来ても、押しのけることは出来ないんだ。そもそも、スーツを壊すほどの力もない」

 スクリーンの表示がスーツのカメラに切り替わった。

 ダイオウイカの口が、画面いっぱいに迫って来る!

 グネグネうごめく触手の付け根で、黒くて鳥の(くちばし)のようなものがガチガチと開閉してる。

 グロだ。グロすぎる。しばらく、イカは生でも焼いても食えそうにない。

「はいイカくん、お薬だよ」

 そう言うと、ナガトの操るシェルスーツの腕が、薬剤のポリ容器を口へと突っ込んだ。嘴がそれを噛み破り、中の液体が海中にまき散らされた。

 瞬間、ガクンと大きく船が揺れる。

 ダイオウイカは、瞬時に姿を消していた。

「人間に例えるなら、痴漢撃退の唐辛子スプレーを喰らったようなもんだな」

 ナガトはそうつぶやくと、バックパックの腰のあたりの両脇にある推進器を使って、ハッチの下に戻った。ウィンチがケーブルを巻き取り、スーツを引き上げる。ハッチの開閉など実際の操作の全ては、スーツの中からもできるようだ。さっきは、ツトムを落ち着かせるために手伝わせたのだろう。

 スクリーンの表示は、となりの区画内のカメラに切り替わった。

「怖がらせて済まなかったね。あいつは今までこの海域に現れたことはないんで、油断してたよ」

 引き上げられたスーツは壁際に固定され、ポンプが動いて室内の気圧が下がると、スーツが上下に分割されてナガトが出て来た。

「さて、そっちに戻るよ」

 すぐにハッチが開き、ナガトが戻ってきた。

「パパ!」

 タリアが父親に抱き着く。

「怖かったかい? 本当に済まなかったね」

 ナガトはツトムに向き直って行った。

「サポートありがとう、ツトム。さすがに、機械の操作は呑み込みが早いな。一応、船体の点検も必要だから、今日は戻ろう」

「……調査の方は、もういいの?」

 意外そうなツトム。

「そっちも大丈夫。急ぎではないし、今回みたいなトラブルは特別手当が出るんでね」

 もしも船体や装備などに被害が出れば、きちんと修理費+αが支給される契約なのだそうだ。そうでなければ、毎回赤字になってしまうだろう。用意周到というか、ナガトはスーツのカメラで船体に絡みつくダイオウイカを撮影していた。再生してもらうと、”のちらうす”の上に馬乗りになったダイオウイカが、スーツからのライトの明かりの中で、ロデオのカウボーイのように揺れ動いている。巨大な目がこっちにガン飛ばしてきた。

 帰りは港まで直線コースなのと、フローティア底部から距離を取れるので、ずっと自動航行だった。ナガトの時間が空いたので、ツトムはシェルスーツを良く見せてもらうことになった。

 クレーンに吊るされたシェルスーツを見て、ツトムはたまらずナガトに頼み込んだ。

「お祖父ちゃん、これ、着てみてもいい?」

「まぁ、船内でならいいだろう」

 赤い①のボタンを押すと、シェルスーツが上下に分割された。

 ツトムはスーツの前に置かれた脚立でよじ登り、まずスーツの下半身に両足を潜り込ませる。そこで、現実の苛酷さを知ることになった。

「足が、立たない」

 足の裏は、スーツの足の底より十センチは上だった。ツトムも母のマコも、小柄だったという祖母の血を引いているらしい。身体を傾けて、片足を目一杯伸ばして、どうにかつま先がペダルに届くかどうか。もう片方の足から底までは、優に十センチはある。ちなみにこのペダルは、腰のところに装備された推進器のアクセルだ。

 結果として、体重の殆どを股間で受けることになり、何とも辛い体勢になってしまった。

「うーむ。さすがに大人用のサイズでは辛いな。一度出なさい。出来るだけ低身長にアジャストしてみるから」

 ナガトの言う通り、スーツから出てしばし待つ。ナガトはスーツの下半身に腕をつっこんで工具を鳴らしていた。

「よし、これで一番短くなったはずだ」

 再度挑戦。何とかツトムの両足が付いた。

「では、上半身をかぶせるぞ」

 ツトムは万歳の姿勢になった。降りて来た上半身の内側で、両腕を肩の穴へと差し込み、スーツの手首のあたりにあるレバーを握ろうとするが……やはり、片手がギリギリだった。思いっ切り片側に身体を寄せないとつかめない。両手は無理だ。

 それでも、右手の「やっとこ」型の機具を操作してみる。何とか動かせた。しかし。

「お祖父ちゃん、腕が上がらないよ」

 ツトムの筋力では、重い金属製の殻に包まれた腕は持ちあげられなかった。

「水中では浮力で重量は打ち消されるんだがな。さすがにツトムには厳しいか」

 ヘルメット内のスピーカーから、ナガトの声が響いた。

「そんなぁ……」

 がっくりするツトムだが、その時脳裏に閃いた。引っ越し屋のニーチャンが装着していた、強化外骨格。あれを応用すれば。

 スーツを脱いで操縦席に戻る。真ん中のシートにタリアが寝そべって、次第に明るくなって来る海中を眺めていたが、体を起こして話しかけて来た。

「ツトム、もう見学は良いの? お茶にする?」

「うーん。今はいいや」

「そう……」

 残念そうなタリアに、ツトムはちょっと済まない気がした。

「ごめんね、ちょっとやりたいことがあって」

 そう言うと、ツトムはスマホを取り出して描画ソフトを起動し、ラフスケッチを描き始めた。


********


 浮上すると、デイバッグから、”くもすけ”の大阪弁が流れて来た。

「今度こそお帰りやな。海の中の旅はどうやった?」

 ツトムは居住船殻のパイプ椅子に座り、折り畳みテーブルに向かってスマホを弄ってた。デイバッグはその背もたれに吊るされている。ツトムの向かいにはタリアが座っていた。

 スマホの画面だけでは手狭なので、紙にもスケッチを描きたくなったので、こっちへ移動してきたのだ。

「うん、死ぬかと思った」

 ツトムの返事に、ウサギの耳のようなセンサが、二三度振られた。

「なんや、穏やかやないな」

「ダイオウイカに襲われたけど、お祖父ちゃんが撃退してくれた」

 耳センサがピッとツトムの方を向いた。

「ほな、ナガトはん男を上げなはったな」

「うん。シェルスーツで出撃してね。でも、僕が着ると腕一本動かせないんだ」

 少々、ツトムは意固地だ。

「ツトムはまだ子供やから」

「だから、僕でも動けるスーツが欲しいんだ」

 スマホで描いていたラフスケッチを、”くもすけ”に送信する。しばらくして、”くもすけ”は喋り出した。

「こりゃまた剛毅やのう。こんだけの資材と部品、オヤジはんの遺産も消し飛ぶで」

 分厚いMg合金殻で覆われるシェルスーツだ。材料費だけでかなりの額になる。加えて、関節部のロータリージョイントなどの自作が難しい部品も、このサイズとなるとかなり値が張る。

「だって、欲しいんだもの」

 言い出したら聞かない性分。実現できる技量と知識。加えて、亡き父が残してくれた貯金。意志と能力と資金があれば、不可能はない。

「……まぁ、いいんとちゃう? オヤジはんも言っとったしのう」

 人に迷惑かけなければ、何でもやってみろ。

 人に喜ばれることなら、ためらうな。

 病床の父が、ツトムに遺した言葉だ。

「あのスーツがあれば、僕もお祖父ちゃんの仕事を手伝える。」

 そんな二人の会話を、タリアは飽かず眺めていた。

挿絵(By みてみん)


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