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第二十九話 ウミウシとウマシカ?

前回のあらすじ


・シャオウェン、料理の腕を忌憚なく発揮(逆の意味で)

・中国の闇の子供たち(黒孩子)

・ツトム丸出し事件


 結局、ツトムがフテ寝してしまったので、その日の二本目は無しとなってしまった。マコ一人でもみんなを連れていくには問題ないのだが、女子組もメイリンがダウンしたので乗り気でなかったからだ。結果、昼食の後はみんなでお昼寝タイムだ。

 ツトムもちょっとその辺まずかったかなと思って、三時のお茶の時間には起きだしてキャビンに顔を出すと、開け放たれていた反対側のハッチからマコがこっちを見て、みんなに声をかけた。

「あ、ツトム起きたね。じゃ、二本目行く?」

 メイリンが手を上げた。

「今度こそ、ウミヘビちゃんを手なずける!」

 そっとしておいた方がいいと思うんだけど……。

 そんなツトムの思いとは別に、マコはみんなに伝えた。

「あ、この環礁で潜るのはこれが最後ね。今夜、次のポイントに移動しちゃうから」

「次のポイントって、どんなところなんですか?」

 シャオミンの質問に、マコはウィンクして答えた。

「それはヒ・ミ・ツ。でも、とってもいい所よ」

 人差し指を唇にあててウフン♡とかするの、やめようよ。

 とりあえず、みんな着替えるのでツトムとシャオウェンは操縦室、女子組は潜水作業室へ。しかし、これで困るのはトイレだ。”のちるうす”では潜水作業室にある。

「先に行っておくんだったな……」

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。女子組の着替えが終わるまで我慢するしかない。

 海パンに着替えて、キャビンでモジモジするしかないツトムだった。

 ちなみに、ダイビング中に「水中だから分からないよね」とか言って垂れ流すのは絶対にだめ。ニオイに敏感なサメを引きよせてしまうからだ。”のちるうす”のトイレも汚水は流さず、貯めておいて帰港してから処理施設に流し込んでいる。

 と、ハッチが開いてマコが告げた。

「はーい、女子組の着替え終わりましたよ」

 ツトムはその横をすり抜けて、トイレにダッシュ。作業室の隅、カーテンで仕切ってある所だ。

「え、あ、ツトム待って!」

 マコは止めたが遅かった。勢いよくカーテンを引くと。

 全裸のシャオミンが腰かけていた。ビキニではなくワンピースの水着なので、トイレではこうなる。

「ああわわわ、ごめんなさい!」

 パニクってカーテンを戻し、バランス崩して尻餅をつき、そのままズサササッと後ずさる。

「なにそれ、物体Xの逃げる首?」

 マコが論評するが、ツトムは元ネタを見たことがない。それより、洩らさなかったのは奇跡だ。

 その肩に、シャオウェンが手を置いた。

「……責任、取ってくれるよな?」

「え、ええ? なななにを……」

 それこそチビリそうになる。

 と、水が流れる音がして、やがてカーテンが引かれた。真っ赤な顔のシャオミンが、スタスタと歩み寄ってきた。

「ごめん、シャオミンごめん」

 平謝りのツトムだが、シャオミンはツトムの手を掴むと引っ張り、立たせた。

「トイレ、空きました。使ってください」

「シャオミン……」

 ツトムは何か言おうと思ったが、もう限界だった。トイレに行こうとすれ違った時、シャオミンが小声でつぶやいた。

「これでお相子ね」

 え? と思ったが、まずはトイレだ。カーテンを引いても、なぜか女子たちの視線が痛いけど。

 用を足し終えて気がついた。お相子ってのは、先にツトムが見られてたからだ、と。


********


 散々な出だしだったが、直後のダイビングは問題なく終わった。

 特に、今回はバディシステムを導入した点が異なる。二人ひと組になって、装備の確認から海中での活動、水から上がるまで助け合うのだ。最初なので、経験あるものが初心者と組むことになった。

 ツトムはシャオウェンと。タリアはジュヒ、メイリンはシャオミンと組んだ。この組で、前回潜ったところをマコの目が届く範囲で自由行動となった。

 ジュヒは早速”タロウ”に襲撃されていたが、気がつくとタリアと一緒に追いかけっこになっていた。

 メイリンはシャオミンとウミヘビのいる岩場を攻略。この岩場の上部は満潮の時も海面に出ているらしく、どうやらそこが棲み家のようだ。ウミヘビには二種類あって、ウナギの仲間の魚類と、海にすむようになった爬虫類のヘビがいる。メイリンがお熱を上げているのは爬虫類なので、寝る時などはそこへ行くのだろう。

 ツトムはシャオウェンと一緒にあちこちの珊瑚を回ってウミウシ探しに熱中した。ウミウシは貝殻をほとんど失った巻貝の一種で、赤や青などの鮮やかな色と模様を持つ種類が多い。愛好家の間では海の宝石とすら言われている。ツトムは片端からスマホで写真に納めた。

 で、後半になると例によってシャオウェンのエアが足りなくなったので、ツトムが予備のレギュで分けてあげる。

 そうこうしているうちに、この日二本目のダイブは終わった。一同は”のちるうす”のハッチから下がっている円盤スノコに乗り、船内へと引き上げられる。

「はい、じゃあダイビングギアをはずして、シャワー浴びちゃってね」

 マコの指示に従う一同。

「こういうところは”のちるうす”ならではだよね」

 水中マスクを外して、棚に置いておいたメガネをかけながらツトムは言った。

「シャワー浴びたり機材を洗ったりしている間に、ゆっくり減圧できるのは」

 一般の水上船からのダイビングでは、最後の浮上を出来るだけゆっくり行うくらいしかない。エアには限りがあるから、ゆっくりと言っても数分とかだ。これでも十分安全性は見てあるのだが、”のちるうす”は水から上がってからなので、さらに時間がかけられる。おかげで減圧症のリスクははるかに下がるし、減圧中にも他のことができる。

 男子二人はざっとシャワーを浴びると体を拭きながらキャビンへ移った。女子は髪の毛など念入りに洗いたいだろうから長めに時間を取ってある。

 着替えが終わると、ツトムは副操縦席に座ってスマホに撮りためたウミウシの画像をコンソールの画面に呼び出した。一緒に見るには画面が大きい方がいい。

「しかし、不思議な生き物だな、ウミウシって」

 シャオウェンがつぶやく。

「貝殻って身を守るためのものだろ? どう考えても無くしたら不利じゃないか」

「うん……でも、貝殻は重いから自由に動けないでしょ。そうなると餌が限られちゃうよ。ウミウシには海藻なんかを食べる草食系と、虫とか小さいエビなんかを食べる肉食系があるんだ。特に素早く動くエビなんて、貝殻背負ってたら捕まえられないし」

 ツトムは画像の一覧から、特に色鮮やかなウミウシを選んで全画面表示した。

「で、その中には毒を持つ餌を食べて自分も毒をもつ種類が多いんだ。この色は警戒色で、自分は毒があるぞとアッピールしてるわけ」

 ツトムは別のウミウシの画像を選びだした。

「ほら、このウミウシの背中、棘があるでしょ。これは餌のクラゲなどが持ってた刺胞なんだって。食べた後で自分の背中に生やして身を守ってるんだ」

「へぇ……」

 まさに生命の神秘。

「他にも、草食のウミウシの中には、食べた海藻の葉緑体を自分の体に貯め込んで光合成させるものがいるそうだよ」

 ハイブリッドな生物だ。

「ツトムはメカばかりでなく、生物にも詳しいんだな」

 感心するシャオウェン。

「ウミウシ限定だよ。母さんの方がずっと広く知ってる」

 実際、魚の名前などはマコにかなわない。

 その時、キャビンへのハッチが開き、タリアが顔を覗かせた。

「お夕飯、あたしが当番なんだけど、ジャガイモの皮を剥いてくれる?」

「ああ、いいよ。何作るの?」

 コンソールの表示を戻して、ツトムは立ちあがった。

「カニクリームコロッケ」

「へぇ。ここのキッチンで揚げ物?」

 お昼を担当したメイリンが「IHだから火力が~」と頭を抱え、冷やし中華になったのだ。

「パパに聞いたら、専用のお鍋使えば出来るって」

 カニの缶詰があったが量が少ないので、ジャガイモでカサを増やすわけだ。

 シャオウェンに包丁を持たせるのはリスクが高すぎるので、ジャガイモの皮むきはツトムがやることになった。

「じゃあ、こっちは任せるよ?」

「ああ。今度こそ任せてくれ」

 家事全般が全滅でも、PCの操作はシャオウェンも慣れていた。スマホに撮りためた画像を整理し、ネットのウミウシ図鑑で種類が分かったら記録していく。やっているうちに図鑑の記載にも興味が湧いてきた。

「ふーん、まだ分類も確定してないんだ。どれもこれも、今後の研究が待たれる、になってるな……」

 食事の用意ができたとツトムが呼びに来た時、シャオウェンはすっかりはまり込んでいた。

 タリア特製のアツアツ料理を食べながら、シャオウェンはツトムに言った。

「ありがとう、ツトム」

「え、どうしたの? いきなり」

 シャオウェンは目を細めると答えた。

「ウミウシって面白いな」

「うん」

「だから、もっと調べてみたくなった」

「そうなんだ」

 パクリ、とシャオウェンは残りのコロッケを丸ごと頬張った。咀嚼して飲みこむと、話を続けた。

「だから、生物学を学んでみようかと」

 ツトムはシャオウェンの目を覗きこんだ。いつもの皮肉めいた様子はない。

「無人島で一生過ごすにしても、ウミウシの研究しながらの方が、退屈しないだろうしね」

「うん。良いんじゃないかな」

 ツトムも微笑んだ。

「ああ……男同士の友情、絵になるわぁ」

 お母さん、余計な感想は控えてください。

 それで思い出したのか、シャオウェンの声が冷たく変わった。

「あと、責任はやっぱり取ってもらうから」

「だから、何の? どうやって?」


********


 その夜。”のちるうす”はトマレ環礁を後にした。サーチライトで岩礁を照らしつつ、ナガトは慎重に操船していく。

 隣の寝椅子にはシャオウェンが軽いいびきをかき、その向こうの副操縦席ではツトムが熟睡していた。

 その座席の足元では、”くもすけ”が充電器の上にうずくまり、カメラアイで漆黒の海中を眺めている。

「このシャオウェンが生物学とはねぇ。まー同じ財産でも、知識や経験は誰も奪い取れんからのう」

 個人の財産を認めず、場合によっては命まで奪おうとする祖国。前回はナガトとツトムの活躍で逃げおおせた。しかし、永久にこのままとは思えない。

 なら、狙われるようなものは持たなければ良いのだ。学者としての実績や名声は、剽窃で盗むことはできても、権力や暴力で奪い取ることはできない。莫大な予算が必要な巨大科学なら政治力も必要だろうが、そうではない分野もある。むしろそんなところにこそ、研究すべき課題が残っているかもしれない。

 今日、シャオウェンが出会ったウミウシのように。

「ナガトはん。将来、有望な研究所員になるかもしれんで、あのにーちゃん」

 操縦席のナガトは、微笑むと答えた。

「うむ、長い目で見守ろう」

 明けない夜が無いように。深海の闇が数多くの命を抱いているように。

 パンドラの箱に最後に残ったものがそれであるように。

 希望はいつでも、そこにあるのだ。


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