第二十四話 男は辛いよ?
前回のあらすじ
・謎の転校生マコさん
・クリスに春が?
翌朝登校すると、シャオミンが爆弾を投下した。
「信濃川さんって、ツトムと同居しているの?」
教室がざわっとなった。
シャオミンとジュヒの二人が、ツトムの席の前に立って腕組みしている。シャオウェンはというと……自分の席でニヤニヤしてる。面白がってるな、コイツ。
タリアはツトムの横で固まってる。しかし、当事者のマコはいない。
「ええと、同居っていうか、その……」
「昨日の夕方、あなたたち三人で玄関くぐったでしょ。中から確かに、『マコさんもお帰りなさい』って声が聞こえたわ」
それ、ストーカーとか言われない? と思っても言わない。言ったら炎上しそうだ。
「……ええとね、お父さんがお祖父ちゃんの知り合いでね、それで」
知り合いどころか同一人物だけど。
「でも、ご両親の仕事の都合で来たのなら、一緒に住むのが普通でしょ?」
「そもそも、昨日は初対面見たいだったですよね、ツトム兄さん?」
ジュヒまで参戦してきた。
「あー、それね、僕、お祖父ちゃんに会ったの五年ぶりだったから」
とりあえず、これは真実。誤魔化しで高まってたストレスが少し落ち着く。
「あと、ご両親のいるところは、学校が無い……んじゃないかな?」
二人は顔を見合わせた。
「「たとえば、どんな?」」
なぜハモる。君ら、そんなに仲良かったっけ? いや、仲好きことは美しきかなだけど。
「よく知らないけど、海の上とか中とか」
へどもどするツトム。
納得したとは言えなそうだが、それでも二人は追求の矛先を変えてくれたようだ。
「で、ツトムはどうなの?」
矛先はツトムにぶすりと突き刺さった。
「ど、どうって?」
「信濃川さんのことだと、明らかに態度が変だわ」
「へん? いや、そ、そんなことは……ねぇ、タリア」
振り返ると、南国モナ・リザがそこにいた。
「昨日が初対面だとして、実はツトム、彼女に一目惚れとかしてるんじゃないの?」
「え? ……えええ!?」
シャオミンの指摘が脳裏に達するのに少々時間がかかった。
「それはない、ないって絶対!」
思わず立ち上がって強弁していると、背後から声がかかった。
「どうしたんだ、ツトム?」
振り向くと、クリスの巨体とその傍らにマコが入口にたたずんでいた。
「かぁ……いや、しし信濃川さん、どこ行ってたの?」
平常心、平常心だ。
「クリスの朝錬を見てましたのよ。今朝起きたら、ツトムさんは隣でまだ寝てらしたので、メモを残したんですが」
「朝起きたら」
「隣で寝てた?」
マコの言葉に反応する二人。ツトムの方に向き直り、
「「どうゆうこと?」」
そこに新たな参戦者が。
「おはよう、みんなー! あれ、なにしてるの?」
メイリンだ。
シャオミンとジュヒが、ツトムをびしっと指差し、断罪する。
「ツトムが信濃川さんと寝たそうです!」
どさっと何かが落ちる音。クリスの肩掛けカバンだった。
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大騒ぎになった教室だが、山口先生が来てHRとなったため、ひとまず表面的には沈静化となった。しかし、こっそり規制をはずして生徒同士のスマホでメッセージを回すものがいて、あっという間に話題が沸騰している。ツトムのメガネには既に何十件もがスクロールされていった。
気の毒なのはクリスで、あまりのショックに茫然自失だ。こっそりツトムが様子をうかがっても、目も合わせてくれない。
しかし……ここまで来て誰ひとり、信濃川マコが福島マコだと思いもしないとは。下の名前なんて同じだし、孫兄妹もジュヒもメイリンも、結構一緒に遊んだりしてるのに。
クリスはまぁ、仕方がない。初日にちょっと顔合わせたくらいだし。
HRが終わるとすぐに授業だった。科学の斉藤カオリ先生が戸口で待ち構えていたのだ。好きな教科なのに、どうにも身が入らないツトムだった。
次の休み時間、シャオミンとジュヒが来る前に、ツトムはマコの手をひっつかんで教室から走り出た。こんなことすると誤解が深まるが、背に腹は代えられない。
いつもの踊り場で、ツトムは母親に告げた。
「僕に迷惑かけたらどうするか、昨日言ったよね?」
「わかってるわよ、ツトム。迷惑なんてかけないわ」
いや、現在進行形でかかってるんですけど。
「それに、クリスにちゃんと話してよ。あれじゃかわいそうだ」
「任せなさい」
胸を叩くとプルンと揺れた。
階段を下りていくマコを見送るツトム。一緒に戻ると面倒だから、休み時間が終わる直前までここで待とうかと思ったが、戻ったマコがなにをするかの方が心配だ。
自分も階段を下りて教室に向かおうとした時。
背後でギシッと何かがきしむ音がした。
振り返ると、階段の下の用具入れのロッカーが少し揺れた。なんだろう、と覗き込むと。
巨躯を小さくかがめ、うずくまるクリスがいた。
パッと顔をあげ、ツトムと目を合わせると、やおら立ち上がって猛スピードで走りだした。
「……クリス! 待って!!」
慌てて追いかけるツトム。しかし、運動音痴のツトムがラグビー部のクリスに追いつけるはずもない。たちまち引き離され、クリスは中央エレベーターに飛び乗った。ツトムも隣のエレベーターに飛び乗る。どの道、一階に直通のはずだ。
メガネの蔓からマイクを引き下ろし、”くもすけ”を呼び出す。
「監視カメラでクリスを追いかけて!」
「ほいな」
エレベーターのドアが開き、ツトムはホールを走る。
「クリスはん、東の海岸へ走っとったで。えらい勢いや」
”くもすけ”の報告が骨伝導で響く。脚が必要なので、AIビークルの乗り場に急いだ。一人乗りしかなかったのでそれに飛び乗り、クリスを追いかける。
「今、クリスはどのへん?」
ツトムがマイクに問いかける。
「ちょいまち。道路の上はカメラの間隔がひろいさかい」
しばらくして。
「ツトムの前方二百メートル、次のカーブ曲がると見えるで」
前方に全力疾走する後姿が見えた。窓を開けて、身を乗り出してツトムは叫ぶ。
「クリス! 待ってよクリス!」
止まるどころか、ますますスピードを上げるクリス。
仕方がないので、AIに増速を指示し、クリスを一旦追い越した。そこで車を降り、両手を広げて通せんぼしようとするが。
ラグビー部員だけあって、クリスにひらりとかわされてしまった。
「あ、あれ?」
慌てて車に戻り、再び追跡。追い越して車を降りて。
クリスはまたひらりとかわそうとしたが、ツトムは腰に飛びついて必死にベルトをひっつかんだ。
「クリス! 止まって!」
しかし、構わず走り続ける。ツトムは半ば引きずられながら後ろを走っていく。
結局、そのままビーチに到着し、波打ち際まで来てようやくクリスは立ち止った。
ツトムはその後ろで、ベルトにぶら下がる形で息も絶え絶えだ。
「俺のことなんか……ほっとけばいいのに」
さすがのクリスも、全力疾走で息が切れて汗だくだった。
「だ……だって、……友達……だもの」
ツトムはそれだけ言うのがやっとで、その場にへたり込んでしまった。
クリスは海の方を向いたまま、その場にどっかりと胡坐をかいた。
「信濃川……さんとは、ほんとに、……なにもないから」
なんとか体を起こしてクリスに近づくが、脚がもつれてクリスの背中に倒れ込んでしまった。汗臭い背中に顔をうずめる格好だが、腕がしびれて体を起こせない。
「信じてよ……お願い」
「……うん。わかった」
立ち上がると、クリスはツトムをひょいと抱えあげた。
「車を呼んでも時間かかるから、走って帰ろう」
「ええ?」
ツトムを小脇に抱えたまま、クリスは来た道を走りだした。
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ツトムとクリスが授業をすっぽかした、次の休み時間。やおらマコが前に立ち、話し始めた。
「今朝の私の発言で誤解を招いてしまったようなので、お話したいと思います」
みんな、固唾をのんで次の言葉を待つ。
「まず、私がツトムさんの部屋で寝てしまったのは、手違いです。本来は、ツトムさんのお母さんのマコさんが寝るように敷いてあったお布団なんです」
少し間をおいて、タリアの方に手を差し伸べる。
「私の分は、タリアさんの部屋に敷いてありました」
みんなの視線がタリアに集まる。話を合わせるため、タリアはおずおずとうなずいた。
「ツトムさんのお母さんと私は、下の名前が一緒です。これは私の父が名前をもらって付けたのだとか。それもあって、昨夜はお母さんと意気投合して、遅くまでお喋りしてました。その間に、ツトムさんもタリアさんも寝てしまいました。お母さんはサリアさん……タリアさんのお母さんと話があるので、私は一人で二階に上がったんですが、どちらの部屋も間取りは一緒なので、間違えてしまったのです」
シャオミンとジュヒは納得したようだ。
だが、まだ納得いかないのが一人。
「で、あなたはどうなの? ツトムのこと、どう思ってるの?」
腕組みしてるメイリン。
「ツトムさんは良い子です。その意味では、大好きです。でもそれは、タリアさんや家族の方と同じ」
マコはにっこり笑ってさらに続けた。
「それに私、お付き合いする男性は、包容力を求めてしまうんです」
自分の体を抱きしめるそぶり。
「だからやっぱり、私より身長が高くないと」
はぅ、とあちこちの男子からため息が漏れた。
「……それでクリスか」
ぼそっとメイリン。
その時、後ろの出入り口が騒がしくなった。
クリスとツトムが帰ってきたのだろう、と振り向いたメイリン。
「ちょっと、おろしてよクリス」
「何言ってんだ。まだ足腰立たないくせに」
クリスはツトムをお姫様抱っこしていた。
「あんたたち……今まで、どこで何やってたの?」
メイリンはなぜか、顔を真っ赤にして問い詰める。
「いや、ツトムがズボンのベルト掴んで離さないから」
「……ズボンのベルト」
「ビーチまで走って……その」
さすがにクリスも照れる。
「海まで走る。青春!」
なぜか目が輝いてる。
「あれだよ、その……確認したんだ。好きなのかどうか」
「あ、愛を確かめ合う!?」
くらっ、とよろめいて、メイリンは椅子の上にへたりこんだ。
「なんだ? どうしたんだみんな?」
クラスの雰囲気に、わけがわからないよ状態のクリス。
「と……とにかく、降ろしてくれないかな?」
おずおずと頼むツトムだった。
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メイリンの誤解はかなり深刻だったようで、昼休みにみんなでお弁当を食べながら説明して、やっと納得してもらえたようだ。
「なーんだ。あたしはてっきり、二人がビーチでピーをピーしてピーしまくってたのかと」
学校で放送禁止用語はやめようよ、メイリン。
クリスは固まってる。その口から、かじりかけのメロンパンがポロリと落ちた。
「そういや、クリスって甘党? 購買で買うの、いつも菓子パンよね」
そこで、マコに向かって問いかける。
「どうですか、マコさん。好みの男性のイメージとしては」
マコは少し考えて答えた。
「そうですねぇ……私はどっちかと言うと、辛党なんです。激辛のお煎餅とか。あ、キムチも大好き」
弱いくせに酒好きだからな、母さんは。と、ツトムは声に出さずつぶやいた。
その横で、ジュヒが小さくガッツポーズ。そう言えばこの子、お菓子以外は何にでも唐辛子をかけて食べてるような。
メイリンも、うんうんとうなずく。
「よーし、ではこのメイリンさんが鍛えてあげよう。この」
瞬間加熱機能付きランチボックスを取り出す。
「高雄亭謹製の激辛麻婆豆腐で!」
すっとシャオミンとジュヒが左右からクリスを押さえこむ。
「え、一体何を?」
うろたえるクリスに、メイリンは湯気を立てる真っ赤なひと匙を突きだす。
「さあ、お食べ!」
「むがぁ!?」
ああ、いつかの僕のようだ。
ツトムは親友の試練に心を痛めるのであった。
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連休の中日、三日目。最終日。
最後の授業の後、信濃川マコはクラスのみんなに挨拶をした。
「たった三日間の短い間でしたが、仲よくして頂いて、本当にありがとうございました」
すっかり仲の良くなったメイリン、ジュヒ、シャオミンが次々に声をかける。
そしてクリス。
「マコさん……俺……」
「クリスさんには、きちんと話しておかないといけませんね」
押し留めるように、マコは言った。
「私には、親が決めた許婚がいます」
今ではほとんど聞かない日本語なので、みんなピンとこないらしい。
「ゆ……許されぬ恋!?」
なぜかメイリン一人が盛り上がってる。
「ようするに、幼いころからこの人と将来結婚しろ、と親同士が決めているんです」
ようやくクリスも理解で来たらしく、表情がこわばってる。
「日本に戻ったら二度とここへは戻れません。だから」
クリスの首に両手をかけ、引き寄せる。
え、これってまさか。
戦慄するツトムの目の前で、二人の唇が重なった。
「さようなら、クリス」
涙が頬をつたい、マコは踵を返して教室を走り出た。そのまま中央エレベータに姿を消す。
その日、クリスはいつに無く練習で暴れまくった。しまいには、顧問から「これじゃ全員、病院送りだ」とストップがかかったほど。
そして、高雄亭でのバイトが終わった後、賄いで出された激辛料理を次々と平らげていく。「これじゃ採算割れだ」と嘆く父を、メイリンがたしなめるのだった。
「男は辛い物から逃げちゃならんのよ」




