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第二十三話 謎の転校生?

前回のあらすじ


・寝起きに食用ミミズ

・ツトム先生

・投資家ミセス・フクシマ


 その日、朝からマコは意気軒昂だった。

「さぁって、本日のマコさんは! ジュヒちゃんお宅拝見、メイリンちゃん裸エプロン、クリスちゃん出前一丁の三本でぇ~っす!」

 ツトムが突っ込む。

「なんだよ裸エプロンって。それに今日は学校ある日だよ」

「ンガググ!!」

 その日、朝からマコは意気消沈だった。

「なんでゴールデンウィークのど真ん中に授業やるのよ。空気読みなさいよ学校。カムバックゆとり教育!」

 ツトムが突っ込む。

「なんだよゆとり教育って。そろそろ時間だから行くよ」

「ぐぬぬ……」

 ちなみに、いわゆる”ゆとり教育”が終わったのは、ツトムが産まれる四年前だ。

 制服を着て玄関に向かうツトムとタリアを見て、マコは決意した。

「よっしゃ! 決めた! 待ってなさい!」

 マコは階段を駆け上がる。すぐにツトムの部屋から鞄をひっくり返す音が聞こえてきた。

「……今のうちに家を出よう」

 絶対にろくなことにならないので、ツトムはさっさとタリアの手を引いて登校するのだった。


********


「おはよう」

 ツトムが挨拶すると、クラスメートが次々と挨拶を返して来る。メイリンはタリアに手を振った。仲間たちが寄ってきて連休中の話をあれこれ話しているうちに、山口”巨乳”先生が教壇に立った。巨漢のエスターナ先生は、いつも通り入り口わきの定位置だ。

「えーと、急な話で先生も戸惑ってるのですが……今朝、新しいお友達をこのクラスに迎えることになりました。エーと、じゃあ信濃川さん、入ってきて」

 エスターナ先生の巨体の陰から一人の少女が現れ、電子黒板の前に立った。

「信濃川マコです。日本からやってきました。短い間ですけど、仲良くしてくださいね♡」

 最後はパチンとウィンク。男子生徒にどよめきが走った。セミロングの黒髪を左右で三つ編みにした、ちょっと古風な髪形と、どことなく大人びた顔立ち。そして何より、山口先生にも劣らない胸のふくらみ。なんと、セーラー服が前に押し出され、おへそが見えそうなくらいだ。背丈も女子でクラス一番のジュヒよりやや高い。

 ガン、と音が響く。ツトムが勢いよく机に突っ伏し、額を打ち付けたのだ。そのまま、メガネの蔓のマイクを引き下ろし、小声で叫ぶと言う至難の技を成し遂げる。

「”くもすけ”、緊急事態! 母さんが転校してきた! どうなってんの!」

 前に立ってるお色気美少女(?)は、間違いなく母親のマコだった。もともと小柄で、思いっきり若造りの化粧をしているが、さすがに息子だからわかる。隣でもタリアが固まってる気配がした。

「ああそれ、さっきわてがやっといたで」

 脳天気な”くもすけ”の声が骨伝導で響く。

 何をやったのか聞くまでもないだろう。学校のシステムに侵入して、いるはずのない転校生をでっちあげたのだ。山口先生が戸惑ってたのも当然。

「えーと、急なので空いている席がないわね。エスターナ先生、予備の机をお願いできます?」

 巨漢の担任は、うなずくと教室を出て行った。

 マコの方は、スタスタとツトムの横に歩いてくると、親しげに声をかけてきた。

「あなたが福島ツトムくんね。同じ日本出身なので、よろしく」

 手など差し出して、握手するつもりなのか。

 ツトムとしては「何やってんだよ母さん!」と叫びたいところだが、今それをやっても大混乱になるだけだ。平穏で平凡な学校生活が全て。

 つまり、ここは話を合わせるしかない。

 マコの手をとる。考えたら、母親と握手なんてめったにしない。最後に手をつないで歩いていたのは幼稚園ぐらいか?

「あ……ああ、よろしく信濃川さん」

 ものすごい棒読みになってしまった。

 そこへエスターナ先生が予備の机と椅子を持って戻ってきた。巨漢だけあって、軽々と抱えている。

「さて、どこが良いかな?」

 教室の広さは余裕があって、後ろの方の四分の一くらいは空いている。

「あの、出来たら福島君の隣が良いんですけど」

 マコの言葉に、エスターナ先生はうなずいた。

「では、タリナさん、後ろにずれてもらえるかな?」

「……はい」

 タリアも混乱しているようだが、ツトムが目くばせしてスマホに書いたメッセージをこっそり見せたので、担任の指示に従ってくれた。

 ちなみに、スマホには「後で説明する。話を合わせて」と書いてあった。

 やがてHRが終わり、一時限目の授業が始まった。英語の教科担任、クリス・カーターは痩せぎすの初老の英国紳士で、二組の正担任だった。名前が似た感じなのに、クリス・ターナーと外見が違いすぎるので、ツトムもすぐに名前を覚えた教師だ。

「ハイでは信濃川さん、次を読んで」

 マコに教科書の朗読を当てる。とはいえ、中一だから初歩の初歩だ。それでもマコは滑らかな発音で読み上げると着席した。

「すばらしい! エクセレント!」

 絶賛する。確かに、マコは海外出張も多く、英語に堪能だった。ツトムのように読み書きオンリーではなく、発音も完璧だ。ちなみに日本語と一緒で、ツトムは書けない単語や聞きとれない&発音できない単語ばかりだ。

 次の休み時間、ツトムはマコの手を取って教室を飛び出した。教室では早くも「実は二人は知り合い?(親子です)」「二人はただならぬ関係?(まぁそう)」などと噂が立っていた。

 そんな中に取り残されたタリアは、メイリン達に質問攻めにされていた。しかし、ここはツトムを信じて沈黙を守るのみ。

 一方、ツトムは例の人通りのない階段の踊り場で、マコを問い詰めていた。

「母さん、一体何考えてんだよ!」

 マコはさらりとかわす。

「あら、母親として息子の教育現場を見ておくのは義務よ」

「なら、見学とかすりゃいいじゃん。なんで年齢を何十年も誤魔化すの?」

「何十年じゃないわ。たったの二十三年よ」

 ツトムは頭を掻きむしった。

「誤魔化して、人を騙しているのが問題なの!」

「だ~い丈夫。誰にも迷惑かけてないから」

「僕は? 僕の迷惑はどうでもいいの?」

 マコはくすくす笑った。

「そんなの、迷惑と思うから迷惑なのよ」

 こんなの絶対おかしいよ!

 と叫びたいツトムだったが、そうしたところで何も変わらないことに気づく。

 そこで思い出したのが、以前、”くもすけ”が「おなごの扱い方」と言ってたやつだ。

「わかった。じゃあ、僕が迷惑と感じたら、その後ずっと一生、母さんのことは徹底的に無視するから。そこにいないように扱うから。眼なんて合わせないから。話しかけられても返事しないから」

 絶対零度の声音で言い放つ。流石にこれは応えたようで、態度が豹変した。

「や、やだなぁ、ツトムったら。ちょっとしたジョークよ、ジョーク」

 必死に誤魔化そうとするマコだが、ツトムは放置して教室に戻ってしまった。そのあとしばらくして、マコはしおらしく席に戻った。

 次の休み時間では、さらに教室の話題は沸騰していた。

「転校生はツトムの昔の彼女?」

「耐え忍ぶタリア、動揺する他の彼女たち」

「ツトム、日本から追いかけてきた恋人に別れ話?」

「それでも必死にすがる元彼女?←今ココ」

 ……勘弁してくれ、というツトムの魂の叫びは、誰にも届かない。

 次の休み時間に、今度はタリアの手を掴んで教室を飛び出す。行き先はいつもの踊り場。

「ゴメン。母さんがヘンでゴメン」

 平謝りのツトムだが、タリアは意外にも落ち着いていた。

「大丈夫。マコさんにはきっと、深い考えがあるんだと思います」

 いや……それはないと思う。思うのだが、ツトムは口にできなかった。


********


 昼休み。

 生徒たちは思い思いの場所に集まって、持ってきたお弁当や購買のパンなどを食べるのだが、学校の購買が込み合うのは世のことわりと言うものだろう。

 朝、いきなり学校に来ると決めたマコは、当然弁当を用意する暇などなかったから購買に向かった。しかし、人の壁は厚かった。流石のマコも圧倒的な物理量には逆らえず、人垣の外をうろうろするだけだ。

「あ、信濃川さん」

 背後から声がした。マコは振り返る。

「ええと、ターナー君ね」

 白い歯で笑顔のクリスだ。最近は高雄亭のバイトで少し余裕が出たので、たまに購買を利用している。

「なに買うの? 一緒に買ってあげるよ」

 親指で差す先には、商品の一覧が店の上に書かれていた。なんと、紙に手書きだ。

「えっと、それじゃ、焼きそばパン」

 どうも、おととい食べ損ねた焼きそばに未練があるらしい。

 クリスのラグビーで鍛えた巨体が人垣に割り込み、掻きわけ、道を作る。たちまち目的の品を持って凱旋した。

「ありがとう。これ代金ね」

 ポケットからカードを取り出し、金額を打ち込む。それをクリスのカードに重ねると金額が移った。現金から電子マネー化して、お釣りなどいらなくなったのは、昔の購買の風景と大きく変わった点だ。

「良かったら、一緒に食べない?」

 マコはクリスの手を引いて中庭に向かった。

「う、うん」

 手を握られて、クリスはちょっとぎこちない。

 そんな二人を目ざとく見つけたのはメイリンだ。

「ちょっと、あれ! クリスと転校生じゃない?」

 思い切り牛乳を噴くツトム。

 中庭と言っても、光ファイバーで太陽光を取りこんだ天井の高い部屋だ。樹木や芝生が植えられ、天井には雲の流れる青空が映し出されている。メイリン達がいるのは、その周囲に回廊状に設けられたテラスだ。その手すりにしがみつき、隙間から下に目を凝らすメイリン、その横にタリア。ツトムは手すりを背に座り、固まってる。

 眼下では、黒いおさげ髪の少女と彼女に手を引かれたクリスが、木陰の芝生に二人並んで腰かけたところだった。

「屋内のはずなのに、解放感あるわね」

 マコは天井を見上げて感心する。この部分の設計はどの部署だったろう? マコが担当したのは中央タワー全体の構造で、細かい各部は何百もの部署が分担していた。

「さあ、いただきましょ。クリスのもおいしそうね」

「あ、ああ。一口食べる?」

 社交辞令のつもりだったが、マコはクリスが手にしたメロンパンをパクリとかじった。

「ん、おいしい。クリスも食べて」

 自分の焼きそばパンを差し出す。

 クリスはなぜか緊張してしまって、調子の悪いロボットのような動きで一口食べた。ツトムなら「分解掃除しなきゃ」と言うだろう。

 メイリンは驚くやらあきれるやらで、その光景を眺めていた。

「二人で『あーん』とかやってるわ。クリスも隅に置けないわねぇ。ツトムはどう思う、この展開?」

 いきなり振られて、ツトムはドギマギした。まどマギではなく、ドギマギだ。

「どどどうって」

 怒涛のようにどもるツトム。

「あの転校生、ツトムの日本の彼女じゃないの?」

「なななないないない」

 わなわなとわななくツトム。

 親友と実の母親が恋仲だなんて勘弁してくれ。

 シャオミンとジュヒがジト目で見るし。シャオウェンはなぜか面白そうな顔だし。タリアが真剣なまなざしで下の二人を見つめているのは謎だし。

 せっかくタリアが作ってくれたサンドイッチがろくに食べられなかったのは、牛乳が切れたからではない。


********


 夕方、中央タワーのふもとにあるグラウンドで、ラグビー部の練習が終わった。

「あした!」

 部員たちは顧問に一礼して、グラウンドの片付けに入った。ちなみに、「ありがとうございました」が思いっきり縮まって「あした」となってる。日本の伝統らしい。

 そのグラウンドのフェンスの外に、おさげ髪の少女がたたずんでいた。部員の一人の大柄な少年がこっちを向いたので、手を振ると駆け寄ってきた。笑うと白い歯が光る。

「待っててくれたの、マコ」

 クリスもかなり打ち解けたようで、名前で呼んでる。

「ええ、ずっと見てたわ。すごいのね、ラグビーって」

 紳士が行う最も野蛮なスポーツと言うだけあって、集団が生身でぶつかり合うさまは中学生レベルでも迫力があった。特に、ポリネシア系の巨躯を武器にしたクリスは、一年生でありながら異彩を放っていた。

「片付けもすぐ終わるから、ちょっと待ってて」

 走り去るクリス。その姿を目で追うマコに、声がかけられた。

「母さん、どういうつもりなの?」

 振り返ると、何やら一日で憔悴しきったツトムと、真顔のタリアだった。メイリンは放課後すぐに店に直行なので、ここにはいない。孫兄妹とジュヒはそれぞれの部活だ。

「どうって、息子の友達と親睦を深めてるんだけど?」

 あっけらかんと答える。いつものマコだ。クリスの前では、どれだけ猫を被ってるのやら。

「タリアちゃんのお手本にもなるでしょ?」

 真顔でコクコクうなずくタリア。

「早速、明日から実践します」

 タリア。何を実践するって?

 おたおたとおののくツトム。

「マコ。あ、ツトムとタリアも」

 フェンス沿いの道の向こうから、クリスの巨体が走ってきた。

「悪いけど、俺もう店に行かなきゃ。エレベーターまで見送りたかったけど。また明日な!」

 そして、風のように去っていく。なんて清々しいんだクリス。

「さて、あたしたちも帰りましょうか」

 そう言って、歩きだすマコ。ツトムとタリアはその後をついていく。

 夕焼け空に、マコの鼻歌が流れた。メイリンがその場にいたら、昔のアニソンだと見破ったことだろう。


 三人はそのまま帰宅した。

 そして、その姿を物陰から見つめる瞳が六つ。

 孫兄妹とジュヒだった。


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