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第十七話 人生イロイロ?

前回のあらすじ


・悪い奴ら来る

・お祖父ちゃん、何者?

・ツトムの機転

・むちゅ


 ツトムは固まっていた。

 目の前には、幾つものホールケーキ。そこから切り分けた分で、既にテーブルは埋まっている。

 さらに、飲みものも紅茶に緑茶に抹茶に加えて、薄黄色いオクスス茶とか言うものなど、初めてみるものが沢山。ちなみに、オクスス茶とはトウモロコシを炒って作るらしい。

「さあ、たんとお食べなさいね、ツトムさん」

 朗らかな「おっかさん」という感じの女性が、テーブルにさらに皿を追加する。

「昨日から、娘と一緒に作ったんですよ」

オモニ(母さん)のケーキは最高よ。ツトム兄さん、どうぞ」

 隣でケーキをフォークで「あーん」とやってるのは、西珠姫(ソ ジュヒ)。何度も誘われ続けて、ついに断りきれなくなってしまい、放課後、彼女の自宅を訪れたのだった。しかも、タリアの調理部がある日で、メイリンもクリスも高雄亭のサービス日で体が空かないし、孫兄妹はまだ”のちるうす”から出て来れずにいる。結局、ツトム一人での訪問になってしまった。

「もがっ?」

 半ば無理やりケーキを突っ込まれ、むせるツトム。これじゃ、いつかのタリアVSメイリン戦だ。あれを一人でやってるようなもの。なんとか目の前のお茶(と思われる飲みもの)で流し込む。ちなみに、味は悪くない。お茶だと言われると違和感があるが。

 ちなみに、一切れのケーキがなぜか握りこぶしくらいあった気がする。英語の「ケーキ一切れア・ピース・オブ・ケーク」って、「お茶の子さいさい」って意味なのに。

「だ、大丈夫だよ、自分で食べられるから」

「もうやだ、ツトム兄さんってば恥ずかしがっちゃって」

 どういうわけか、ジュヒとはなかなか話が通じない。ちゃんと日本語は通じているのに。

「それに、こんなにたくさん、食べきれないよ」

「それなら、好きなだけ取って、好きなだけ食べてくださいな」

 ジュヒの母はそう言うが、既に『好きな量』をはるかに上回って取られ、食べさせられている。

 大歓迎されているのは確かだが、完璧な歓待とでも言うべきだろうか。完敗に乾杯。

(今の僕は、生クリームと砂糖と小麦粉と卵でできてるんだ、きっと)

 もう、成人するまでケーキはいらない。本気でそんな気分になったところで、ツトムはジュヒの部屋に通された。

(あ、わりと普通だな)

 メイリンの部屋と比べれば、だが。あっちは、ヘビのボアちゃんでもうお腹いっぱいだ。

 壁には男性アイドルのポスターが貼ってあった。ぬいぐるみや置き物なども。本棚があったが、例のハングルと言う文字でさっぱり分からない。それでも、幾つか日本語のタイトルがあった。小説や詩集だ。

 部屋の間取りも、ツトムやタリアの部屋と変わらない。一つだけ違うのは、この家が花弁都市の根元近くにあるため、日差しが入りにくいという点だ。代わりに、上層部の集光装置から光ファイバで引きこんだ日光が、天井の一部から降り注ぐようになっている点だ。その光は、僅かに茜色に染まり始めていた。

「どうですかツトム兄さん、私の部屋は」

「うん、なんか女の子の部屋、と言う感じだね」

 まるで教科書の例文みたいにあたりさわりのない答えだが、ジュヒは満足したようだ。にっこり笑って、座るように勧めた。ベッドに。

「え? あ、あの……」

 その隣に座るジュヒ。もじもじしながら、身を寄せてくる。避けるツトム。さらに寄せてくる。

 ついに壁際まで追い詰められた時、ドアがノックされた。

 ジュヒが声を上げる前にドアが開き、お盆に飲みものを乗せてジュヒの母が入ってきた。

「あらあら、仲が良いのね」

「もう、オモニったら」

 真っ赤になるジュヒ。

 彼女の事は嫌ってはいないし、そんな姿を見ると可愛いとすら思う。思うのだが。

 思春期前なのでそれ以上どうしようもありませんです。

「これ、ここに置いておくわね」

 小さな低いテーブルに飲みものを置くと、母親は部屋を出て行った。

 そのテーブルの脇にクッションがあるのを見て、ツトムはぱっと立ちあがった。

「僕、喉乾いちゃった」

 クッションに座り、コップを手に取る。

 いや、実はさっきのケーキとお茶でもう満杯なのだが。

 クッションは一つしかないので、座るなら直接フローリングに座るしかない。ちょっと意地悪っぽいが仕方ないだろう。

 甘かった。ジュヒはためらうことなく、固い床の上にペタンコ座りをした。

「ツトム兄さん」

 座ったまま、少しずつにじり寄って来る。

「な……なにかな?」

 こんな時に限って”くもすけ”は何も絡んでこない。

 そうだ、”くもすけ”だ。

「ちょっと暑いね」

 などと誤魔化してハンカチを取り出し、汗を拭くふりをしてメガネの蔓に触れる。

「なんやツトム? 遠慮しといたんやが、デートの実況中継か?」

 蔓から骨伝導で”くもすけ”の声が響く。ジュヒから見えないように蔓からマイクのアームを降ろすと、コップから一口飲んでハンカチで口元を拭くついでに素早く囁く。

「スマホに電話して。大至急!」

 マイクを戻してジュヒの方を振り向くと、すぐ近くに彼女の顔があった。

 びっくりした。なんだっけ? こんなホラー映画見た気がする……。

「ツトム兄さん、私……」

 そこでスマホが鳴った。

「あ、ごめんね、ジュヒ」

 通話をONにする。

「なんやツトム? 急に話すことでも出来たんか?」

「ああ、お祖父ちゃん。どうしたの」

「はぁ? ツトム、何かの冗談ちゃうの?」

「え、シェルスーツが? うん……それは困ったね」

「ツトムくん、君が何を言ってるのか分からないよ!」

「しょうがないね、うん、今からそっちへ行くよ」

 通話を切ると、ジュヒに向かって言う。

「ごめんね、ジュヒ。シェルスーツの調子が悪くて、お祖父ちゃんがちょっと困ってるらしいんだ。すぐに行かなくちゃ」

 ジュヒは哀れなくらいしおれてた。

「そうですか、お爺様が……」

 ちょっと心が痛んだが、このままここにいたら、それ以上のことになりそうな気がする。すごくする。

 ジュヒの母に挨拶とお礼をして、ツトムは彼女の家を後にした。

「なんや、ようするにあの娘の家から逃げ出したかったんやな」

 メガネの蔓から”くもすけ”が突っ込む。

「ツトムはまだまだヘタレなボンボンやのう」

「僕は十二歳だから、ボンボンでいいんだよ」

 我ながら、無茶苦茶な返しだ。

「あと一カ月やろ? それで十三や」

「一歳くらい誤差の範囲さ」

「……それ、まるで五十のおっさんやで」

 そんなやり取りをしていると、はたからはツトムが独り言をつぶやいているようにしか見えない。

 花弁都市の下層は、コアタワーとの連絡協も短い。すぐにエレベーターに到着した。


********


 あの場にいなかったクリスやジュヒや他のクラスメートには、孫兄妹は急な都合で親元でしばらく暮らすこといなった、と伝えてある。

 学校や警察には事実を伝えたが、二人の安全のため、口裏を合わせてもらった。そのあたり、ナガトが何やら手をまわしたようだが、そのあたりツトムは何も知らない。

 あの男たちと、孫兄妹の護衛だった三人。彼らが今どこにいるのかは分からない。密入国の方法も不明なので、出て行ったのかもはっきりしない。ただ、ツトムやナガトが提供した画像をフローティア中の監視カメラで照合しているので、これであと一週間見つからなければ、いなくなったものと考えてよいらしい。

 そんなことを思い起こしながら、自動運転車を降りてナガト研究所へしばらく歩く。

 研究所のドアは、結局丸ごと交換になった。銃弾が貫通した錠前部分だけの交換では済まなかったからだが、より頑丈なものになった。その予算がどこから出たかも謎だ。

 そのドアに向かって虹彩認証。ドアを開けると、ナガトは事務机のPCから顔を上げた。

「おう、ツトムか。今日は誰かの家に行くとか言ってなかったか?」

「うん、行ったよ。でも、ちょっと用事を思い出したんだ」

 ちょっとジュヒの事で胸がチクリとする。

「工房の方か? なら、これをシャオウェン達に渡してくれ」

 書類を受け取る。随分分厚い。

「紙の書類なんて珍しいね」

「まぁ、お役所だからな」

 内容は今回の顛末をまとめたものだ。いわゆる調書というやつだろう。あの後、警察に届けたので、刑事がやってきて孫兄妹やナガトに事情聴取をしていった。その時の録音をAIが文書化したものだ。

「そこの枠の中にサインしてくれればいい」

 最期のページに、「以上で間違いありません」との文言に続いて署名欄が二人分あった。

「わかった。じゃあね」

 肩掛けカバンに書類をしまうと、奥のドアへ向かう。

「うむ。ああ、ツトム。サリアに夕飯は家で食べると言っておくか?」

 そうだった。

「えーと、うん、家で食べるよ」

 そう答えると、ツトムはドックへ向かった。


********


 ”のちるうす”の司令塔からハッチをくぐり、階段を両手と両つま先で挟んでスーッと下る。最近、ようやくできるようになった。一人前の船乗りみたいでカッコイイ、と自分では思ってる。

「あ、ツトム」

 シャオミンが顔をほころばせ、キャビンからのハッチをくぐって来る。

 本道に、彼女はあの事件以来変わった。表情が柔らかくなったし、親しみも感じる。

 尤も、気がつくと距離が近いのは困る。すっとツトムのすぐそばまで来る。ジュヒと一緒で、困る。

「ええと。この書類、二人に目を通してもらって、最後のページにサインして欲しいんだって」

 鞄から出した書類を渡す。

「シャオウェン、起きてる?」

「ええ」

 シャオミンはうなずいた。

「じゃ、ちょっと見てくるね」

 キャビンへのハッチをくぐる。

「おう、ツトムか」

 シャオウェンは、キャビンの寝台から体を起こすと声をかけてきた。

 兄の方は、ぶっきらぼうな口調は変わらない。それでも尊大なそぶりはなくなったように思う。

「脚の具合はどう?」

「うん、時々痛むくらいだ」

 あの後、ナガトが知り合いの外科医に往診を頼んで、シャオウェンの治療をしてもらった。幸い、骨はひびが入っただけで、きちんと固定しておけば安静にしているだけで感知するそうだ。

 しかし、どれだけ顔が広いのやら。

「痛かったら、無理に我慢しないで痛み止め飲んだ方が良いよ」

 我慢強いというのか、痛みで寝られない時があるらしいと、シャオミンが言っていた。

「あの薬、胃くるんだよね……」

「ちゃんと食べなきゃ。胃が空っぽだからだよ」

 シャオウェンが、にやりと笑った。

「妹にも言われるんだ。食べないと痩せちゃうってね」

 二人で大笑いする。

 ほんとに、こんな風に二人で笑う日が来るなんて、あの事件以前では考えられなかった。


********


 工房に入り、ドアを閉じる。

 ある意味、ここが一番落ち着く。自分だけの空間だ。

 PCモニタの前に座り、スリープから復帰させる。画面に”くもすけ”のCGが現れた。

「ツトム、ジュヒのこと、あないでええんか?」

 しょっぱなから面倒なことを。

「どうしていいか分からないよ」

「シャオミンやて、ヘビの生殺しやぞ?」

 面倒なことの追い打ちだ。

「タリアとメイリンだけでも手いっぱいだよ」

「そっちも進展あらへんやんか」

 モニタの上にあるカメラを睨んだ。

「何をどう進めれば良いのさ? そんなの、十四歳でも十五歳でも一緒だろ?」

 画面のCGが肩をすくめた。

「自分の気持ちや。ツトムは誰が一番好きなんや?」

 モニタの前に突っ伏す。

「だから、それが一番分からないんだって」

 好き、というならみんな好きだ。クリスやシャオウェンだって好きだ。友達だ。

 可愛い、となると男子は除外だけど、そうなるとナリアも可愛いし。

 思春期前だからなんだろうか?

 と、モニタにウィンドウが開いた。研究所入口のカメラだ。

「タリアか」

 もう部活が終わる時間か。

 ため息をついて、ツトムは立ち上がった。


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