第十六話 鉄人? Mg人?(後編)
前回のあらすじ
・ツトム、ヒーローの気分味わう
長いです。そのうち、前編と調整します。
「スーツの点検と装備変更も終わったし、あとは明日、潜るだけだね」
かた焼きそばを食べながら、ツトムはナガトに言った。
作業が終わると、おなじみの高雄亭でちょっと遅い夕食となった。ソ・ジュヒは遅くならないうちに帰ったし、クリスとメイリンは店のバイトだ。なので、席についているのは福島家の三人。サリアはナリアが熱を出したので、家にいる。
ナガトはビールを一口あおると、ツトムに答えた。
「うむ。シェルスーツが二機あれば、今まで受けられなかった仕事もできるようになるからな。大助かりだ」
そこに、タリアが話に加わる。
「でも、車みたいに届け出とかは要らないの? 車検、て言うんだっけ」
ナガトは微笑んだ。
「まぁ、もっと普及して沢山の人が使うようになったら必要になるだろうね。自動車だって出来たばかりの頃は、免許すらなかったんだから」
「へぇ、そうなんだ」
タリアはピンとこないらしいが、仕方がない。自動車が普及しだしたのは百年以上も前の話だし、人が運転する個人所有の車自体、フローティアにはほとんどない。
「車の運転だって、公道を走る時だけだよ、免許がいるのは。道じゃない荒野とかなら、親が子供に運転させる事もあるし。サーキットで子供がバイクで走るレースもあるんだ」
自分ではやらないにせよ、メカ好きのツトムはこの手のムダ知識を結構貯め込んでいる。
その時、店のドアが勢い良く開いた。
「いらっしゃい!」
メイリンが明るく声をかけるが、そのまま固まった。
入口の方を向いて座っていたので、ツトムは店内を見回す男と目が合ってしまった。
ゾッとするような冷たい目だった。
「どうした、ツトム」
ナガトは入口に背を向けていたので、男の眼光に気づかなかったようだ。ツトムの視線をたどって振り返った時には、男はもう立ち去っていて、ドアが閉まるところだった。
ツトムの隣にいたタリアは、店内の間仕切りで入口が見えなかった。それでも、ツトムの様子が変なのに気付いて、テーブルの上の手に自分の手を重ねる。
ツトムの手は細かく震えていた。
「ツトム……」
気遣って声をかけようとした時、入口からメイリンが猛スピードで下がってきた。
「見た? 今の男。めっちゃ睨んでたわ!」
柄の悪い男なら海浜区にも沢山いるが、今のは全く異質だった。いかにもこう……人を平気で殺しそうな。
嫌な感じだ。こういうのは調べておかないと。
空いている方の手でメガネの蔓からマイクのアームを引き下ろす。
「”くもすけ”、今店を覗いて行った男の顔、出せる?」
メガネについているカメラは常時作動していて、過去三十秒間を動画で再生できる。
「おう、これやな」
メガネの端に切手大の画像が出た。
スマホを取り出して、そちらに画像を映す。拡大して焦点位置を調節すると、目つきの鋭い男の顔がアップになった。
「誰だか分かる?」
「ちょいまち」
”くもすけ”がネット上の画像を検索する。
「公開されとる情報には該当があらへんな。つまり――」
「不法滞在者?」
ツトムの言葉に、画面の隅で”くもすけ”のCGが首を振った。
「それでも学校や仕事に着いていれば、なんやかやあるもんや」
クリスたちとも違う、というわけだ。
「ようするに、つい最近この島に来た、ということやな。それも、こっそりと」
普通に船や飛行機で来れば監視カメラなどに映る。それが無いと言うことは、密航だ。
「随分と穏やかじゃないな」
ツトムと”くもすけ”のやり取りに、ナガトは何か良からぬ事が動いていると感じた。
「今夜はそろそろ帰宅した方が良さそうだ」
ツトムは食べかけのかた焼きそばを見た。食欲は失せている。
ナガトが伝票カードを取り上げ、二人を連れてレジに行こうと立ち上がった時だった。
再びドアが開いた。反射的にメイリンが声をかける。
「いらっしゃ……シャオミン?」
入ってきたのは孫暁明だった。兄の暁文に肩を貸している。いつもは冷たい印象の少女が、今は疲れと恐怖で顔をこわばらせていた。
「お願い、メイリン……助けて。兄さんが」
それだけ言うと、シャオミンはその場にくずおれた。
********
店では迷惑になるので、ナガトは孫兄妹を自動運転車に乗せ、研究所に運んだ。心配してついてきたメイリンとツトムたちは、もう一台の車だ。
ナガトは事務室のソファにシャオウェンを横たえた。上着を脱がせ、具合を見る。元海自だけあって、緊急処置の訓練は受けていた。
「右足をくじいているな。折れてるかもしれん。あとは打撲が数か所。頭は打っていないようだ。ツトム、そこの棚から救急セットを」
「うん」
ツトムが持ってきた救急セットから湿布薬を取り出し、ナガトは手当を始めた。
兄の怪我が大したことがないとわかり、シャオミンは気が抜けたのかその場にへたり込んだ。
タリアが声をかける。
「シャオミン、こっちへ。今、お茶を入れるから」
テーブルを挟んだもう一つのソファに座らせる。
「これ、とっさに店から持ってきたの。良かったら食べて」
お土産用に箱に詰められた麻球だった。餡をピンポン玉くらいに丸め、胡麻で包んだものだ。ショックを受けた時は、甘いものと暖かいお茶に限る。
「ありがとう、タリア、メイリン。私……」
今まで決して仲が良いとは言えなかったのに、こんなに気遣ってくれる。シャオミンの頬に涙が伝った。
「いいのよ、何か酷い目に合っているみたいだし。放っておけなかったわ」
タリアがお茶の湯呑をテーブルに置きながら言う。
小さく礼を言って、シャオミンは湯飲みに口を着けた。
その隣に腰掛け、メイリンは尋ねた。
「落ち着いてからでいいから、何があったか教えてくれる?」
シャオミンはうなずいた。
「夕方、家にいきなり銃を構えた男たちが踏み込んで来たの」
その時の恐怖がよみがえったのか、シャオミンは両手で顔を覆った。
「無理に話さなくてもいいわよ」
タリアが反対側に腰掛け、シャオミンの肩に手を置く。
「それって、この男?」
救急処置の手伝いが終わったツトムが、画像を表示したスマホを差し出した。それを見て、シャオミンが凍りつく。
「そう……男たちの先頭に立って、指示をしてたわ」
ツトムはふと疑問に思った。
「でも、護衛みたいな人たちがいたよね?」
浜辺で最初にあった時、単なる荷物運びの使用人にしてはごつい体つきなので、そう見えた。
シャオミンは首を振ってうつむいた。さらに涙が滴る。
「グルだったんだわ。あいつらが男たちを家に入れたの」
膝の上の手が震える。メイリンが自分の手を重ねた。
「警察や先生には?」
メイリンが声をかけると、シャオミンは首を振った。
「真っ先にスマホを取り上げられたの。護衛のはずのあいつらに。それで、兄さんと私をバスルームに閉じ込めて、しばらく家の中に物を壊したりひっくり返す音が響いたわ」
「良く逃げられたね」
ツトムもできるだけ優しい声で言った。この兄妹にされたことは水に流そう。太平洋一杯の水に。
「兄さんが、配管スペースから逃げられるはずだって。パネルをはずして、そこから。真っ暗な中を何メートルも梯子を昇ったの。怖かった」
「昇った?」
ツトムの問いに、シャオミンはうなずいた。
「下へ行っても、外には出られないからって」
確かに、簡単にそんなところに出入りできたら、セキュリティも何もあったものじゃない。
「シャオウェン、よくそんなことを」
メイリンが感心したように言う。
治療が終わって、今、彼は向かいのソファに寝かされている。足には添え木代わりの定規が当てられ、テーピングされていた。その傍らで、ナガトは腕組みして子供らの話を聞いていた。
「兄さん……こうなることを予期していたみたい」
二人の家族が中国にいられなくなった理由は、ナガトに聞いてツトムも知っている。
シャオミンによると、かなり早い時期に父親だけを残して、母親と兄妹はアメリカに移住していたらしい。ちなみに、家族と資産を海外に逃げさせて、父親が裸一貫で国内に残って仕事を続けるため、「裸官」と呼ばれる。
しかし、ある日突然、その父親とも連絡が取れなくなった。危険を感じた母親は、同時期に脱出していた姉夫婦を頼って身を隠すことにしたが、逃亡生活を子供にさせたくなかったのだろう。あれこれ手を尽くし、二人をフローティアに移住させたのだ。
シャオウェンがそうした事情を理解していたなら、万が一のことを考えていてもおかしくはない。高圧的な態度だったのも、不安の裏返しだったのかも。
(ただの威張りんぼじゃなかったんだな)
少し見直した。
「屋上に出る出口は、内部からは簡単に開いたけど、兄さんが閉めたら取っ手も何もなくて開けようがなかったわ」
そこから泥棒が入って来ることはなさそうだ。少し安心するツトムだ。
「で、屋上をかなり走って、灯りの消えてる家のバルコニーをつたって道路に降りたんだけど、その時、兄さんが足を痛めてしまって……」
ナガトが口を開いた。
「それでここまで来たのか。相当無理をしたな」
話の内容から、相手が非合法な連中なのは確かだ。本来なら警察に通報すべきだし、シャオウェンの脚は医者に見せた方が良いに決まってる。問題は、男たちが武装しているという点だ。
フローティアの警察は日本国内と同じだ。警官の拳銃は小口径で六発のリボルバー式しかない。予備の弾は持ってないから、撃ち尽くせば終わりだ。
「男たちは何人で、持っていた銃がどんな形かわかるかい?」
なるべく穏やかな声で尋ねるが、シャオミンは首を振るだけだった。
「男は六人。持っていた銃はノリンコのNR-08と92式手槍」
傍らのソファから声が上がった。いつの間にかシャオウェンは目を覚ましていたようだ。
この少年は武器にも明るいようだ。やはり男の子だな、とナガト。
「しかし、それじゃまさに特殊部隊だな」
ノリンコは中国の武器メーカーで、NR-08はドイツ製のH&K MP5という短機関銃のコピーだ。装弾数は最大三十二発。92式手槍はオリジナルの半自動拳銃で二十発、こんなのを相手にしたら警官の殉職者が大量に出てしまう。
もちろん、今は単なる民間人でしかないナガトなどは、さらにひとたまりもない。先ほど高雄亭に現れた男の様子では、この一帯をしらみつぶしに探しているのだろう。ここに来るのも時間の問題だ。下手をすると、通報して警官隊が駆け付けるより早いかもしれない。
そんなことを考えていると、事務所のドアが激しく叩かれた。ナガトは眉をひそめ、ツトムは飛びあがった。
「外に物騒な連中がおりまっせ」
スマホから”くもすけ”が伝えてきた。ナガトの事務机にあるPCのモニタに、ドアの外の男たちが映し出された。その中の一人は、確かにスマホに映し出された人相に間違いない。
「ツトム、みんなを連れて奥へ行ってくれ。ここは俺がなんとかする」
ナガトの指示に、ツトムはうなずいた。
「シャオウェン、立てる?」
体を起こすのに手を貸す。体格が良いだけあって重い。
(シャオミンはよく、こんな兄を支えて高雄亭まで来れたな)
ちょっと感心するツトムだった。
ツトムたちが奥のドアに消えるのを確認して、ナガトはインターホンに向かって話した。
「ああ、こんな時間に何の御用ですか? 営業時間はとっくに過ぎてまして――」
「人を探している。ここを開けろ」
単刀直入だな。しかし、そう易々と中に入れるわけにはいかない。
「済みませんが、名乗りもしない者を入れるほど不用心でもありませんので」
「怪しい者ではない。児童福祉課の職員だ。施設から逃げ出した子供を探している」
極限の怪しさだ。
「どんな子供ですか?」
なるべく間を持たせないと。
「十二、三歳くらいの男女の兄妹で、中国系だ。ここに連れ込まれたと言う証言を得ている」
「ふーむ。いや、心当たりはありませんな」
「なら強制執行に訴えるぞ」
ふぅ、とナガトはため息をついた。児童虐待の嫌疑があれば強制執行もあるだろうが、目撃証言だけでいきなりはあり得ない。
「無茶も良いところですな。お引き取りください」
突然、ドアに閃光が走り、乱暴に開けられて男たちがなだれ込んで来た。皆、銃を手にしており、先頭の男の銃口からは煙が出ている。サイレンサーを取り付けた短機関銃だ。
最後の一人はカメラを構えて室内を撮影している。
「いきなり発砲とは物騒ですな」
銃を突きつけられてもナガトは平然としている。
「おまえ、ただの民間人ではないな」
リーダー格の男の眉がつり上がる。
「昔、海自にいましたが、今は民間人です」
答えるナガト。その時、男たちの一人が声を上げた。
「隊長!」
もう正体を偽るつもりもないらしい。そうなると面倒だ。死人に口なしとなる。
「これを!」
男は応接セットのテーブルを指差していた。お茶の湯飲みと麻球の箱、そして救急キット。
隊長と呼ばれた男はナガトを問い詰めた。
「他にも誰かがいるのだろう。隠すな!」
「孫たちが遊びに来ていただけですよ」
隊長は食い下がる。
「この救急キットは?」
「孫が転んで膝を擦りむいたのでね」
湿布薬の包装紙などを片付けておいて良かった。
その時、ナガトのスマホに着信があった。ツトムからだ。戸口の監視カメラは工房のPCでも見れるから、こっちの状況は知っているはず。
「孫からです。出てもよろしいかな?」
しばし考えた後、男は答えた。
「スピーカーモードにしろ。余計なことは喋るなよ」
ナガトはスマホをタップした。
「ああ、ツトムか。どうしたね?」
スマホのスピーカーからツトムの声が響いた。
「あのね、お祖父ちゃん。明日の航海の準備、しちゃおうと思うんだけど、良いかな? 例の機材を積み込むから、クレーンを使うけど」
準備ならもう済んでいる。残るのは。
なるほど、とナガトは微笑んだ。やはり、賢い子だ。
「ああ、頼むよ」
「うん。十分ほどしたら来て。じゃあね」
通話は切れた。
十分だけ引きのばしてくれ、か。
隊長が詰め寄る。
「航海とはなんだ?」
「うちの業務で、フローティアの浮体構造の点検をしてます」
鋭い目つきが険しくなった。
「船があるのか?」
「なければ仕事になりませんから」
そらっとぼけるナガトに、隊長なおさら険しい視線を向ける。
「見せてもらおう」
ナガトの目が細くなった。
「うちの孫たちに、そんな野蛮なものを向けて欲しくありませんね」
隊長が凶悪な笑みを浮かべた。
「お前を殺してから行っても良いのだぞ?」
「それでは困った事になるでしょう。あなたのボスが」
どうやらナガトの強気は、海自で鍛えた肝っ玉と言うだけではなさそうだ。
「……どういうことだ?」
あまりこの手は使いたくないのだが、とナガトはため息をついた。
「私の名は福島ナガト。海自の潜水艦”はるしお”の元艦長だ。連絡がつくなら、すぐに問い合わせると良いだろう」
意外な成り行きに隊長は戸惑ったようだが、すぐにスマホを取り出してどこかにかけた。早口の中国語で言葉を交わすが、ナガトの名前と”はるしお”ははっきりと聞き取れた。
「……よろしい。武器はしまう。お前らに危害は加えないと約束しよう」
隊長が目くばせすると、男らは銃を背負った鞄に仕舞った。
ナガトは時計をチラリと見る。あれから十分は経っている。
「いいでしょう。では、こちらへ」
男たちを引き連れて、ナガトはドックへ続く扉を開いた。
********
「お祖父ちゃん、その人たち誰?」
ツトムが目を丸くして見せた。ナガトも話を合わせる。
「ああ、港湾局の人たちだ。明日の航海の前に、”のちるうす”や設備を確認したいそうだ」
ナガトがツトムにしか見えないようにウィンクした。ツトムがにっこり笑う。
「へぇ、そうなんだ。でも、今は工房の中は見せたくないなぁ」
男の一人がツトムに近寄り問いただした。
「工房というのは?」
「あっちのパネルで囲ってある部屋です。僕の工作の機材が置いてあるんですけど、今はちょっと……」
「どうしたのかな?」
ナガトが聞くと、さっきの真似で、祖父にだけ見えるようにウィンクをしてきた。
「例の駆除剤をクレーンで積み込もうとしたら、一つ落としちゃって。ごめんなさい」
なるほど、床の一部が濡れていた。
「それでもって、メイリンが」
「メイリン? 中華系か?」
別な男の一人が割り込んだ。
「ああ、ええそうですけど、でもって蓋が弾けて――」
「見せてもらおう」
男は強引にドアを開けた。
中にいたのは、下着一枚のメイリンだった。その横でタオルで髪の毛を拭いてあげていたタリアが、そのまま固まってる。ツトムは顔をそむけて見ないようにしていた。
「――彼女が液体をまともに浴びちゃって、着替えてるんだってば」
「キャー! エッチ! ヘンタイ! ロリコン!」
ちょっと理不尽な罵倒と共に、メイリンはそばにあったカップの中の液体を、男の顔に浴びせかけた。
「うわぁぁあ! 目が! 目が!」
激しくムスカる男。カップの中身はツトムが飲み残したレモネードだ。ラッキースケベで見開いた目に入れば、しみるのも当然。
「……こっちはいい。船の方を見せてもらおう」
うずくまる部下を放置して、隊長は”のちるうす”に向かった。
ドックに浮かぶ黄色く塗られた潜水艇は、船体中央部の機材搬入ハッチが開いていて、内部が見えるようになっていた。普段はシェルスーツが格納されるスペースだが、今はツトムが運び込んだ駆除剤のポリ容器が積まれている。
「中も見たいのだが」
隊長が告げる。
「はい、こっちです」
艇首の司令塔から下に降りる。そこからハッチをくぐって、操縦室、キャビン、作業室へ。
「この駆除剤というのは?」
「ダイオウイカが、この船を天敵のマッコウクジラと勘違いして襲ってくるんです。でも、これを撒けば逃げていくんで」
「ふむ……」
隊長は部屋の奥にも小さなハッチがあるのに気付いた。
「この向こうは何があるのかね?」
「電池室です。Mg空気電池と液体酸素タンクがあります」
「ここもあけてくれ」
「えー?」
ツトムは祖父の方を向いた。
「明日、すぐ潜るから、もう加圧しちゃってるよ?」
「そうだったな。あー、この向こうは点検整備の時しか入らないので、百気圧になってます。耐圧殻になっていないので、それで潰されないわけです。空けるには時間をかけて圧力を下げる必要があります」
隊長はまだ疑惑が捨てきれないようだ。
「もう一度加圧するのも時間かかっちゃうよ。タリアも疲れてるし」
スマホで時刻を確認する。そろそろ十時になる。
「済みませんが、子供らはもう寝る時間なので」
ナガトの言葉にしばらく考えると、隊長はうなずいた。
「良いだろう。これで引き上げる」
「お仕事、ご苦労様」
ツトムが微笑みかける。
隊長は何とも言えない微妙な表情だった。
********
男たちが引き上げると、ナガトは入口のドアを眺めてため息をついた。
「このドアの修理代は、誰に請求すればいいやら」
とりあえず閉めておき、ツトムたちの待つドックに引き返す。
「で、あの子らをどこに匿ったのかな?」
メイリンの着替えが終わって、工房のドアは開いている。タリアも出てきたので、中には誰もいない。
「こっちだよ」
ツトムは”のちるうす”の作業室へ向かう。
「”くもすけ”、まずこの駆除剤をどかしてくれる?」
「了解や」
船外のクレーンが作動し、ウィンチが巻き上げられた。パレットに載った駆除剤のポリタンクが引き上げられていく。そして、ドックの床へ降ろされる。
「あれ、臭いはなかったけど、酷い味がするわ」
メイリンがツトムを睨む。
「ゴメンよ。積んだのは”くもすけ”だけどさぁ」
祖父に向かっても。
「あれ、あとで片付けるからね」
祖父にそう言うと、続けて”くもすけ”に指示を出す。
「じゃあ、床を開いて」
作業室の床が左右に割れ、船外へのハッチが見えてきた。
「次はハッチを――」
「ちょいまち」
”くもすけ”が遮った。
「他のハッチを閉じて加圧せんと、水没してまうで」
「あ、そうだった」
自分の頭をコツンと叩き、てへへペロする。
全員でキャビンに移動し、ハッチを閉じる。
「資材搬入ハッチ、閉じてくれる?」
「閉じたで」
「じゃ、加圧しよう」
浮上中なので、船底の震度は三メートル程度だ。一・三気圧なら、すぐに加圧も終わる。
「”くもすけ”、頼むね」
「任せとき」
壁のモニターに画像が映し出される。作業室のクレーンが、船尾側に退避した位置から中央へ戻り、ウィンチがフックの着いたワイヤーを床のハッチの中に垂らした。しばらくすると、再びウィンチが巻き上げられ、元からあった方のシェルスーツが引き上げられてきた。それが壁際に下がると、もう一台のクレーンが作動し、次のシェルスーツ、ツトムが制作した方が引き上げられた。そして船底のハッチが閉じ、床が閉じる。シューっと音がしてエアが抜かれ、作業室は1気圧に戻った。
「ありがと、”くもすけ”。じゃあ、中に入ろうか」
皆、ハッチをくぐって作業室へ戻る。
「まず、シャオウェンの方から出してあげて」
”くもすけ”に命じると、ツトムのシェルスーツが”くもすけ”の遠隔操作で動きだした。もう一体のスーツに歩み寄ると、こちらは腰のところで分離し、上半身が引き上げられていった。
中から現れたのはシャオウェン。ぐったりとしてはいるが、意識はちゃんとあるようだ。
「ほな、シャオウェン出るで」
”くもすけ”シェルスーツがシャオウェンの体を抱き上げる。同時に、天井の資材搬入ハッチが再び開き、フックの着いたワイヤーが降りてきた。
「ナガトはん、ここだけ頼むわ」
流石に、両手にシャオウェンを抱えていては、フックを固定することはできない。
「いいとも。ご用命のままに」
長身のナガトなら、脚立などなくても十分に届いた。
「おおきに。ほな、先に陸に上がっとるやさかい」
資材搬入ハッチから外へと引き上げられていく。
「じゃ、僕らも行こう」
司令塔のハッチから外へ出ると、”くもすけ”シェルスーツはシャオウェンをドッグの床におろしたところだった。
「さあて、お嬢はんも出なはれや」
”くもすけ”の言葉と共にスーツが腰のところで分離し、シャオミンが現れた。疲れた様子ではあったが、穏やかな表情だ。
スーツから出るのに手間取っているので、ナガトが抱き上げて降ろしてやる。
「……ありがとうございます」
ナガトに例を言うと、今度はツトムに向かって深々と頭を下げた。
「ツトム、本当にありがとう。助かりました」
「まぁ……できることをしたまでさ」
ちょっと照れるツトム。
「ツトム……」
足元からも声がした。
「ありがとう。……俺は……今まで……」
ツトムはしゃがみこんで言った。
「色々、辛かったみたいだね」
シャオウェンの双眸から涙が溢れた。
「……一人で、妹を守っていかなきゃ、と思ってたんだ。なのに」
「シャオウェンは立派だよ。シャオミンを連れて脱出したじゃん」
ツトムの言葉に、シャオウェンの嗚咽が重なった。
そのツトムの肩に手を置き、ナガトは言った。
「ツトムも良くやったな。俺の自慢の孫だ」
満面の笑みのツトム。
そこへ、”くもすけ”が。
「お取り込み中悪いんやけど。そろそろ電池が切れそうやで」
「あれ? 今はケーブルで給電してるよね?」
分割したままのシェルスーツを見上げる。
「わてやないで。後ろのお二人さんや」
ベンチで、メイリンとタリアが肩を寄せ合ってうつらうつらとしていた。無理もない。もう十一時近いし、今日は色々ありすぎた。
「お祖父ちゃん、これからなんだけど」
「うむ、そうだな。まず、メイリンを家まで送って、お前たちも帰ると良い。俺は今夜、こっちに泊まろう」
ナガトの言葉にうなずいて、ツトムは言った。
「でさ、いっその事、明日の航海に連れ行こうかと思って」
「ほう」
確かに、潜水艇の中は一番の隠れ家だ。寝台を引きだせば、歩けないシャオウェンも問題ない。
「良いだろう。なんなら、連中がここから引き上げるまで隠れていればいい」
「……本当に、よろしいのですか?」
シャオミンが瞳を潤ませて言った。
ナガトもツトムもうなずく。
「ほな、にーちゃんの方はわいが運んだろ」
シェルスーツの上下が合わさり、体をかがめるとシャオウェンを抱き上げた。そのままクレーンで”のちるうす”へ向かう。
「じゃあ、僕らは帰るね」
タリアとメイリンを抱き寄せて、ツトムは言った。それこそ両手に華だが、二人とも眠くてぐにゃぐにゃな上に、ツトムは思春期前だ。
「ツトム、ありがとう」
シャオミンがパッと駆け寄ったかと思うと、顔を寄せてきた。
むちゅ。
唇に、暖かくて柔らかい感触。
え、え、これって?
シャオミンはそのまま、”のちるうす”の中に消えていった。
「……じゃあな、ツトム。お休み」
お祖父ちゃん。何なの、その生温かい笑みは。
両手に抱えた二人は、既に半分以上、夢の世界だ。
もし起きてたらと思うと、戦慄するツトムだった。




