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第四話 慮外の入学試験

モニカについていくと、三階にある部屋に辿り着いた。

他の部屋とは趣が異なり、山羊らしき動物の頭骨がドアを飾り、怪しげな灯篭がドアの左右で揺らめいていた。


「ここは?」


「執務室よ。ここに居るヴィスミル先生は、少し気難しい性格をしているから、余計なことは言わないようにね?」


「わ、分かった……」


気難しい性格をしているモニカが気難しいというぐらいなのだから、よっぽど性格に難があるのだろう。

俺は両の(てのひら)で両頬を叩き、自分に気合を入れ直した。

「ヴィスミル先生、入学希望者を連れて来ました」


モニカがノックして執務室のドアを開けると、なんとも気の強そうな女教師が現れた。

安楽椅子に足を組んで座り、片手に持った書類に目を通しながら、美味そうに葉巻を吹かしている。

黒髪のロングに、モニカを遥かに上回であろう釣り目。

開いた胸元が官能的な白のブラウス、身体のラインが浮き彫りになった黒のジャケットなど、自分の身体に絶対的な自信を持っている女性の格好だった。

いわゆる年増と呼ばれる年齢ではあるが、膝上丈の黒のタイトスカートは見苦しいことはなく、非常に良く似合っていた。


「入学希望者だと? 何も聞かされていないんだが……」


ヴィスミルは両腕で肘掛けに体重をかけ、『よっこらせ』と言って居住まいを正した。

男勝りな性格で女子の人気を集め、スタイルの良い身体で男子からの支持も得ているという、完璧超人タイプの人間に違いない。

同時に――俺がもっとも苦手とするタイプだ。

こういう輩には、冗談の一切は通用しない。

話を手短に済ませ、さっさと入学手続きを済ませてしまうのが得策だろう。


「これが王からの書状です」


靴底の模様がはっきりと刻まれた王の書状を、モニカがヴィスミルへと手渡した。

ちなみに靴底の模様は、気を失った俺を介抱しようとした際に、モニカが踏んづけてしまってできたものらしい。


「ふむ…… このいかにも嘘くさい書状は王の直筆とみて間違いないだろう。お前、名前は――?」


書状に目を通すと、ヴィスミルは俺を値踏みするような目で睨み付けた。


「カズキ・セガワです」


俺はさきの失敗を繰り返さないように、苗字と名前とを反対にして名乗った。


「言い忘れていましたが――俺は変質者でもあります」


手を額に添えて敬礼し、モニカは俺を真似てふざけてみせた。


「おまっ……」


慌てて抗議しようとする俺に、ヴィスミルは一瞬怪訝な表情を浮かべた。


「変質者……?」


しかし、すぐにモニカの冗談だと思い直したのか、


「口を挟むなモニカ。話が進まんだろうが」


モニカにぴしゃりと雷が落ちた。


「はーい」


モニカは悪びれる様子もなく、口に手を当てながらクスクス笑っている。

もはや怒る気にもなれなかった――というか俺には何も言う権利はなかった。

焦りと怒りとに震える拳を震わせながら、俺は下唇を嚙みながら口を結んだ。


「すまんが、入学試験をクリアしなければ、学園に入学させられないという決まりがあってな。試験を受けさせてやるという許可は与えてやる。どうする、やってみる気はあるか?」


「え?」


これは予想外の返答だった。

王からの命令ならば、入学条件に関係なく入学できるだろうと、俺は完全に高を(くく)っていた

第一、この世界の常識も分からないっていうのに、入学試験など受かるはずがない。

歴史でも数学でも、試験を受けた瞬間に不合格は確実なものになってしまう。


「まぁ、単なる腕試しみたいなものだ。私の後について来いっ」


結局、俺の返答には興味がない体で、女教師は椅子から立ち上ると、執務室のドアを開けた。

こっちはまだ、試験を受けるか受けないかも決めてないってのに?

気が早過ぎるし、それになにより、人の話を聞かな過ぎるだろ?


半信半疑のまま、俺に向けて舌を出すモニカと一緒に、ヴィスミルの後を追っていった。


◇ ◇ ◇


「やっぱり夢でも見てるのか? 何の冗談だよ、こりゃあ……」


これだから、体育会系教師の言い分は信用ならないんだ。

全然辛くないって言って、足が棒になるくらい走らされたり、できないのは自分自身の気合が足りないからとかさ。

根性論とか気合でどうにかなるくらいなら、もう既にどうにかしてるっつーの。

もし本当にできるなら、俺の代わりに是非実演して見せて頂きたいものだ。


俺を視界に入れた途端、化け物は歓喜の雄たけびを上げた。

獰猛な瞳は揺れ動くこともなく、眼前の獲物から目を離そうとしない――本気で俺を殺そうとしているのだ。

俺と見つめ合っているのは、羽の生えた二足歩行のトカゲか?

それとも俗に言うドラゴンってやつか?

恐らく、前者は俺の願望による思い込みで、後者が正しい現実の姿なのだろう。


爬虫類特有の鱗を伴った皮膚に、俺の倍はあろうかという全長。

鋭い歯がびっしりと詰まった口を半開きにし、新しい玩具を与えられた犬のように、これまた俺の肩幅より太い尻尾を振って喜んでいる。

不思議なことに、ちっとも可愛く見えてこない。


俺をとドラゴンを中心に弧を描いた円形闘技場には、狂ったような歓声が響き渡る。

観客たちは皆、俺かドラゴンのどちらかが血を流して倒れる姿を欲しているのだ。


異常な興奮に包まれた会場の最前列では、ヴィスミルとモニカが観客に混じって座って居た。

おまけに、片手のポップコーンをつまみながら、二人で楽しそうに笑い合っている始末だ。

何が入学試験だ、『ドラゴンによる殺戮ショー』の間違いじゃないのか。

もしもここから奇跡的に生きて帰れたら、その時は目にもの見せてやるからな。


「長らくお待たせ致しましたっ 本日皆さんにご覧に入れますのは、最強種と名高いドラゴンと、王から選ばれし勇者との正真正銘一騎打ちにございます!!」


派手な格好をした司会者らしき少女が、会場をさらにヒートアップさせていく。

そしていつの間やら、俺に根も葉もない謳い文句がつけられている。

どうみても俺は勇者って顔じゃないだろ。

町中に転がっている奴らの方が、俺より背も鼻も高いし、よっぽど勇者っぽいだろうが。


「いつまでも皆さんをお待たせしているだけではありません。前置きはこれくらいにしておいて、それでは――戦闘開始ぃっ!!」


司会者のかけ声に合わせ、会場からは一際大きな歓声が上がった。

俺の意思とは関係なく、自殺行為ともとれる闘いの幕が開いた――

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