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第二十二話 帰還

目を覚ました俺の目に飛び込んで来たのは、医務室の天井だった。

ベッドで寝かされている俺の隣には、椅子に腰掛けたモニカが、心配そうな表情で俺の容態を伺っていた。


「あら、ようやくお目覚めってとこかしら?」


「痛ててて…… モニカこそ傷の方はもう大丈夫なのか?」


「えぇ。どっちかっていうとあんたの方が重傷なのよ? あたしは軽傷しか負ってないみたいだし……」


モニカの言う通り、怪我の程度がひどいのはどう見ても俺の方だった。

骨折していたらしい右腕は包帯でぐるぐる巻きにされ、その包帯の上にはいくつもの治療用魔法陣が描かれていた。

対するモニカは、吸血鬼による治療の効果もあってか、古城へ向かう前よりも元気そうに見えた。


「良かった……」


平常運転のモニカを見て、俺の交わした取引も無駄ではなかったのだと改めて思えた。


「なんか気持ち悪いわね…… そう言えば、あの上級魔族はどうしたの? まさかあんたが倒したっていうわけでしょうし」


「あぁ。あいつは、その――」


まずい。

俺の実力を知っているモニカなら、俺があの吸血鬼を倒せていないことは分かっているはずだ。

なにか、最もらしい理由をつけておかないと。


「――あの吸血鬼は寝ぼけてあの城に迷い込んだらしくてさ。モニカを襲った後、なんか『他に用事がある』とか言い出してさ。勝手にどっかに飛び去って行ったんだよ」


「怪しい。あんた、何か隠してないでしょうね?」


まずい、変に強調し過ぎたか。

ちなみに俺は昔から嘘をつくのが下手糞で、嘘をつくと必ず顔に出てしまうのが往年の悩みの一つでもある。


「べ、別にやましいことなんて何もないぞ?」


プライドの高いモニカに、『吸血鬼に助けて貰いました』なんて言ったものなら、再び古城に足を運び吸血鬼と闘おうとするに違いない。

それだけは何としても阻止したかった。


「ふぅん、まぁいっか。とにかくありがと。あんたに助けられたのはこれで二回目になるわね。まさか教える側のあたしが生徒のあんたに助けられるとはね。どうやら修行が足りないのはあたしも(おんな)じみたいね」


そう言って、ため息がちな笑顔を見せた。


「それじゃあ、あたしは先に自分の部屋に戻るわ。何かあったら、いつでもわたしの部屋を訪ねて。それと、ドアをノックした後に自分の名前を言うのを忘れないようにしてね」


前回の教訓から学んだと言うべきか、俺もこれで裸を見て殴られる心配も減るので嬉しい限りだ。

最も裸を見られなくなったこと自体は、正直少し残念に思う部分もあるんだけど。


「じゃあね」


モニカと別れた俺は、再び枕に後頭部を押し当て、深い深い眠りに身を任せた――


◇ ◇ ◇


ある日の夜更け。


「ところで、何故一週間過ぎても城へ足を運ばなかったのだ?」


「それには、ある理由がございまして……」


「ほぅ、面白い。わしがお主の言い分に納得するとでも? それともわしを黙らせるほどの戦果でもあげてきたというのか?」


俺は寝間着姿のまま、眼前の金髪美女に向かって正座をさせられていた。

それもそのはず、痺れを切らしたロゼッタの手によって、霧の古城に強制召喚させられたのだから。

どうやら俺が託された十字架のブレスレットには、俺が霧の古城へ転移できる効果だけでなく、ロゼッタが俺を召喚できるという厄介な機能もついていたらしい。

つまり、俺は常にロゼッタに手綱を握られていることになるが――この世界に人権はないのか?


「――まぁ、もうよい。話は変わるが、魔族の領地については粗方目を通して来たのか?」


「いや、まぁ、その――はい」


俺の言動で察してくれたのか、ロゼッタは腕組みしつつ大きな溜息をついた。


「ふぅ。もう咎める気も失せたわ。」


そう言って、ロゼッタがテーブルの上に四つ折りの古びた羊皮紙を広げた。

銀の燭台に刺さった蝋燭(ろうそく)の灯りで照らすと、羊皮紙に地図のような図形がぼんやりと浮かび上がってきた。


「いいか? 現状、世界の半分は魔族、残り半分は人間の領地になっておる。では、魔王の支配を弱めるためには何処から叩くべきなのか? ――答えは此処じゃ」


ロゼッタが指差したのは魔王の領土ではなく、人間界と魔界の狭間にある孤島だった。

三日月のような形の島には、『クレート島』と書き記されていた。


「どうしてこの島にしたんだ?」


「魔王軍の治める本土は警備も手厚く、断崖絶壁に囲まれている立地も含め、部外者が侵入しにくいような構造になっておるのだ。上級魔族と顔を合わせる以前に、障害が多過ぎる。そこで、人間界に籍を置く数少ない上級魔族に目をつけ、襲われる危険の少ないこの島を選んだといわけじゃ」


「へぇ」


「とは言っても、島自体は並みの人間では足を踏み入れることもできはせん。魔族と人間との中継地だからな。人間でいえば存在すらも知らなくても何ら不思議ではない。たまに人間らしき奴も見かけはするが、二度は姿を見ることはないな」


それだけで十分だった。

これ以上聞くと、本気で城からの脱走を考えかねないからだ。

まぁそれでも、事前に知っておくべき情報はしっかり耳に入れておかないとまずいな。


「ちなみに、クレート島に居るのはどんな魔族なんだ?」


「非常に気難しい奴でな。随分前から魔王の方針に疑惑を抱いておった奴じゃ。わしも居ることじゃし、まぁ、なんとかなるじゃろ」


結構軽めの返答をみせてはくれているものの、俺にとっては絶対に危険な奴に違いない。

おそらくは説得させるだけの材料が足らず、その場でなんとかしようと開き直ったというところか。

つまりは力技で強引に計画を推し進めることになるということだ。


「なんだか心配だな…… 交渉って言ってたけど、勝算はあるのか?」


「いや、お主が人間である以上、奴らは首を縦に振ることはないじゃろう。そこでじゃ――ほれっ」


ロゼッタの人差し指から流れ出た血液が、俺の身体を包み込み、黒い甲殻を成した。


俺が力を完全開放させた姿と瓜二つだが、これはいったいどういう風邪の吹き回しだろうか。


「その鎧はお前が人間であることを隠してくれる。わしの血で拵えた鎧じゃから、人間の匂いをかき消し周囲に瘴気をまき散らす効果がある。部下達を混乱させないためにも、今後は城に居るときは常にその鎧を着て魔王の職務についてくれ」


確かにこれなら能力を解放する前と後でも、違和感なく振る舞える。

でも、もしも俺の正体が配下の魔族にばれたらその時は――

念の為にも聞いておくか。


「分かった。万が一、俺が人間であることがばれたらどうなると思う?」


「まぁ、間違いなくお前は確実に殺されるだろうな。魔族は意味もなく人を襲ったりはしないが、それでも騙されていたのなら話は別だ。人間同士でも裏切りはときに死を意味するものだろう?」


「なるほど。それは例えが分かり易くて助かるよ」


しかしこの鎧、見た目ほど重量もないようだし、視界を遮ったりもしないので非常に便利だ。

鎧の内側に居る俺から見た景色は実に良好で、何もつけてないときと視認性はそう変わらない。


「準備は良いか? 魔法陣の上に乗れ、孤島まで一気に行くぞっ」


度々お世話になっている転移魔法陣の上に乗ると、ロゼッタが背後から俺に覆いかぶさってきた。


「おわっ」


ロゼッタのふくよかな胸が後頭部に密着したことで、俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。


「どうした? その様子だと、あまり女子(おなご)慣れはしていないようじゃが?」


「そ、そんなことないっ 急でびっくりしただけだ……」


俺の精一杯の強がりを可笑しく思ったのか、ロゼッタは肩を上下させてクスクス笑っていた。

まぁ確かに、一人分のスペースしかない魔法陣に二人乗りするなら、この態勢が一番最適だったというわけか。


魔法陣が光を放ち、仏頂面の俺としてやったり顔のロゼッタを包んでいく。

まだ見ぬ配下に会うため、俺とロゼッタはクレート島へと向かった。

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