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第十五話 白昼夢

公園のベンチで一休みする俺とハクアの元へ現れたのは、白髪と片眼鏡が良く似合う、穏やかな顔つきの老齢紳士だった。

柔らかな物腰から敵ではないように思うが、どちらにせよ素性が分からない相手にハクアを渡すわけにはいかない。


「うぅん……?」


俺の膝で眠っていたハクアが、目を擦りながら起き上がった。


「あれ? なんでじいやがここに?」


今『じいや』って呼んでなかったか?

もしかして、じいやって良く漫画とかアニメに出てくる執事のことか?


「ハクア様、旦那様がカンカンですぞ。すぐにお戻りください」


「えぇ……?」


じいやの忠告を受けるなり、ハクアも不満そうに頬を膨らませていた。

ハクアの様子を見る限り、どうやら顔見知りの仲である事は間違いなさそうだ。

この流れから汲むに、『旦那様』がハクアの親のような存在であることは分かる。


「ハクア様、そちらの少年はご友人であられますか?」


「うん。今日一日街を案内してもらってたんだ」


「さようですか。これからもハクア様をよろしくお願い致します」


ひどく形式的な物言いで、頭を下げる態度とは裏腹に、言葉に一切の感情が感じられなかった。

おまけに謝礼という意味合いなのか、俺に札束を握らせてきた。


「いや、受け取れませんてこんなの……」


返却しようとするが、執事も俺以上の力で押し返してくるため、二人で押し問答状態になった。


「ん? じいや何やってるの……って、あぁっ またお金渡してる。もう、そうやってすぐお金で解決しようとするんだからっ」


眉間に似合わないしわを作ったハクアが、執事の対応を咎めた。


「カズキ、ごめんね。じいやも悪気があってやってるわけじゃないんだ。もう……」


怒ったハクアの顔はまた一段と愛らしい。

執事に返してしまう結果になった札束だが、本当のことを言えば喉から手が出るほど欲しい。

あれだけあれば学費返済の足掛かりは掴めたはずだ。

おそらくあの執事は、俺の人間性を確かめるためにわざと金をちらつかせてきたのだろう。

金を受け取れば下人、受け取らなければ常識人といった風に。

いくら金がないとはいえ、他人の金に我を忘れるほど馬鹿ではない。

それにしても、ハクアの身なりを見ていてある程度予想はついていたが、これは俺が考える以上に裕福な身分の生まれということになる。


「ハクアの親は有名な人なのか?」


「まぁ、一応ね……」


言い辛そうに言葉を濁すハクアの代わりに、執事が俺の質問に回答してくれた。


「もちろん。旦那様はかの有名なサンフィールド家の当主なのです」


そう高らかに言ってのけた執事だったが、この国について知識の疎い俺にはいまいちピンと来なかった。

執事はそれを感じ取ったのか、咳払いして俺に懇切丁寧な説明をしてくれた。


「いいですか? サンフィールド家とはこの国の貴族であり、この国の運営に深く関わっているのです。旦那様は複数の鉱山を所有しており、鉱山業を始めとした宝石商、建材商、陶磁器商など多くの事業を手掛けられていらっしゃいます。そこから得られた莫大な資金を使い、政治や経済面など、街の全てに影響を与えていると言っても過言ではないのです」


「へぇ」


「では、あちらに馬車を待たせておりますゆえ……」


執事の指し示す方を見ると、いつの間にやら立派な馬車が公園の入り口付近で主の帰りを待っていた。

白く美しい毛並みを持つ二頭の馬が、やたら金の装飾が眩しい白い荷台を引いていた。


「うん、分かった…… それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。また会おうね……」


そう言うと、ハクアは俺の頰にキスをしてくれた。

まさか、遅ればせながらモテ期なんじゃないか?

執事が血相を変えて俺からハクアを無理やり引き剥がし――というか片手で俺を突き飛ばし、ハクアを馬車へ促した。


ハクアを馬車に乗せた後、執事が一人で俺のところへ戻って来た。

なにやら話があるらしく、ハクアに聞こえないよう小声で喋り始めた。


「ハクア様は少々世間知らずな面がおありでしてね、本来なら君みたいな身分の者とは話す機会さえ設けられないっていうのに。まぁ、これからはそう会う機会もないでしょう。君も先程の幸福な時間を胸に秘め、町娘とでも結婚して人生を謳歌して頂きたいものですね。あなたの人生に祝福があらんことを――」


執事は遠回しに『二度と関わるな』と言いたいのだろう。

どこぞの馬の骨とも分からん奴に大切な身を汚されては困るといったところか。


そう言い残して去って行った執事は馬車の手綱を操り、馬車を勢い良く走らせて行った。

俺は手を振っているハクアが見えなくなるまで、ただただぼうっとその場に立ち尽くしていた。

馬車は小さな黒点となり、あっという間に夕焼けに染まる公園から姿を消していった――


◇ ◇ ◇


ハクアと別れた俺は、ふらふらとした足取りで学園へ戻って来た。

自分でも分かるくらいに浮かれていたせいか、帰路の途中で何度も人とぶつかってしまった。

キスの余韻にどっぷり浸りながら自室のドアに手を掛けると、偶然角から出て来たモニカに呼び止められた。


「鼻歌なんか歌っちゃって、随分ご機嫌そうじゃない?」


相変わらずの無粋な態度は頭にきたが、さっきまでの至福な時間を思い返し、文句を言いそうになるのをなんとか堪えた。


「あんたがハクアと一緒に歩いてるのを見たっていう子が居たんだけど、いったい何してたのかしら?」


「べ、別にどうだって良いだろ?」


正直、この幸福感を誰にも邪魔されたくはない。

何故なら俺は、将来『彼女』と呼ぶべき事になるかもしれない女の子と、ようやく出会うことができたのだから。


「あんた、まさかハクアに手を出したんじゃないでしょうね? あの子はああ見えても――れっきとした『男』なのよ?」


「ん?」


一瞬、モニカが何を言っているのか分からなくなったし、同時に気も失いかけた。

『目の前が真っ暗になる』という言葉は、一種の比喩表現だと思ってたんだが。


「え?」


自分の脳内では、未だに事態の収拾がついていなかった。


「……まったく。外見に騙されない方が良いわよ。女泣かせで有名なんだから。あの子に彼氏を取られたって泣いてる女の子を、あたしは何人も見てきたわ」


『彼氏を取られた』という発言からも分かるが、ハクアの恋愛対象は同性(おとこ)と見て間違いないのだろう。


「マジか……」


思わず、純粋な感情が言葉になって表れた。

あの女神のような微笑みが、一刻の夢のように頭から零れ落ちていく。


今更ながら、人知れずカッコつけていた自分を殺したくなった。

顔から火が出るという形容表現は、今の俺に最もふさわしい言葉だろう。

それにしても、この疑り深く性根の腐った俺を騙しのけるとは、ハクアはなかなかのやり手と見て間違いない。


「あの子は不登校だし、滅多に姿を現さないから知らなくても無理はないわ。現に女だと思ってる野郎も多いしね。で、手は出したの? 出してないの?」


モニカが心底軽蔑したような視線で俺を見下してくる。


「だ、出してるわけないだろっ」


「本当に~?」


疑惑と侮蔑を含んだ目でモニカに睨まれた。


正直、落城されかけていた俺には少々説得力に欠ける節がある。

それに、自分から好かれようと肩に手を回したりもしたしな。

しかし自分が男である以上、俺は頑として『男に手を出したこと』を認めるわけにはいかないのだ。


「まぁ、別にどうでもいいけど…… あの子が女装をしているのは趣味で、好みの男を釣り上げるためでもあるの――趣味と実益を兼ねてるってわけね。それと、一度好きになった男は逃がさないらしいから気を付けておくことね」


「……」


もう真面な言葉を返す気力さえない。

急に俺を取り巻く世界が色を失い、味気ないモノクロへと変わっていった。


「あと…… これは今日怪我をさせちゃったお詫び。へ、変な意味はないから勘違いしないでよねっ それじゃっ」


終始交際疑惑が解けるわけでもなく、もじもじとするモニカから半ば無理やり小包を受け取らされた。


モニカと別れた後、自室のベットで横になった俺はある一つの結論に至った。

――もう、男でも女でもどうでも良くね?

ほら、そこには『愛さえあればいい』ってよく言うじゃん?

でも、俺と同じ『モノ』が付いてるんですよね……

その夜、俺は明確な答えの出ないまま、日が昇るまで夜空の星々を眺め続けた。


真夜中にベッドから起き上がった俺は、モニカから貰った包みを開けてみることにした。

袋の中には、形は粗末だが色鮮やかなクッキーがぎっしりと詰まっていた。

モニカの手作りなのだろうか、そう思うと今日の疲れも消えていくように感じられる。

試しに口に放り込んでみると、甘いはずのクッキーから不思議と苦い恋の味がした――

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