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第十三話 白衣の天使

「顔が青いけど大丈夫? あんたにはまずこの〈ダガー・ラビット〉を倒してもらうわ。武器は剣一本だけよ。能力を使用しても構わないけど――面倒事は御免だからね?」


無論、俺は能力を使わないつもりでいたのだが、この怪物が相手では使わないとは断言できない。

そもそも、無事に生きて練習を終えれるのかどうかも心配になってきた。


この子は『がーちゃん』です。凄く可愛いでしょ?」


どうやらジェシカは怪物の名前を一文字の擬音で呼ぶのが好きらしい。

お世辞にも――いやどんなに脚色したとしても可愛いとは言えない猛獣は、俺に目をやりながら丹念に爪を研いでいる。

どう見ても『がーちゃん』ていう風貌じゃないよな?


鋭く生え揃った牙は俺の肉を食らおうとしているし、獰猛な瞳には俺が餌のように映っているに違いない。

おそらく〈ダガー・ラビット〉という名前は、短剣ほどの長さを持つ歯からきているのだろう。

口に収まり切らない上下の歯が交互に噛み合わさり、凶悪な歯列が口から剥き出しになってしまっている。

ウサギというにはいささか丈夫過ぎる筋肉質の身体を持ち、背丈は俺とそう変わらないように見える。


こいつが愛らしく見えるだなんて、ジェシカは相当な親馬鹿?気質と言える。

怪物の鎖が解き放たれた途端、散らばった肉片へと姿を変える自分が容易に想像できた。


それにしても、あの筋骨隆々の怪物をよく押さえつけておけるものだ。

もしかしたら、獣人である少女は俺が思うよりもずっと、身体能力が高いのかもしれない。


「ジェシカは動物と話すことができるの。獣人の中でも少数の部族しか持ってない希少な能力なのよ。その能力を買われて、闘技場で動物の世話を一任されてるってわけ」


全身から冷や汗を流している俺とは反対に、モニカはいつも通りの涼しい顔で説明してくれた。


「グルゥゥゥ…… ガァァァっ」


眼前の怪物の雄たけびに、恐怖を感じた俺は一歩後ずさってしまう。


「ん? なになに…… 『早くカズキさんと遊びたい』ってうずうずしてますよ。この子はまだ幼体なので、存分に遊びに付き合ってあげてくださいね?」


ジェシカの純真無垢な笑顔が、逆に怖い。


こいつが幼体だと?

随分気の利いたユーモアだなと俺は思った。

というか、そう思わなければ俺の中での異世界生活がままならなくなってしまう。


「じゃあ、とっとと鎖を解いちゃって」


「はい、モニカ姉さん。行け、がーちゃんっ」


モニカのゴーサインに合わせ、ジェシカが鎖を解き放つ。


「グルゥ…… グゥガァァァっ!」


いや、こいつ完全に俺のこと殺しに来てるよね?

鎖による拘束が解けるなり、大木のような後脚で地面に二足立ちし、異常に発達した前脚でシャドーボクシングを始める始末だ。


「あんたの武器はこれよっ」


そう言ってモニカが投げ、俺の足元に突き刺さったのは――シンプルな鋼の剣だった。

ビームも銃弾も出ない、どこにでもありふれたいわゆる真剣。

こいつと闘うのを事前に知っていたら、俺はきっと両腕に抱えられるだけの爆弾を用意していたことだろう。

しかし、今更嘆いたところで状況が好転するわけでもない。


「くそっ」


剣を手に取り、軽く振ってみる。

見た目ほどの重さは感じなかったが、貧弱な俺には少々重いといっとところだ。

しかし、十分に考える時間は俺には与えられていない。


「グガァァっ」


怪物が俺に向かって一直線に地を蹴り、驚異的な速度で距離を詰めて来た。

無情にも、怪物に『待った』は効かないのだ。

とうとう俺と怪物との一騎打ちが幕を開けた――


◇ ◇ ◇


先に結論を言ってしまおう。

勿論、俺は負けた。

それも全身に重傷を負って。

崩れるさなか俺が最後に目にしたのは、駆け込んでくるモニカと、遠くの方で勝利の雄たけびを上げる『がーちゃん』だったとうわけだ。

俺は今、学園にある医務室で魔法治療の真っ最中だ。

偶然、腕利きの魔法使いが学校を訪れていたらしく、俺は奇跡的にもその魔法使いに御厄介になることとなった。

世にも珍しい『治療魔法の使い手』であり、普通なら全治一か月かかるような重傷も、一時間ほども経たないうちに完治するそうだ。


「もう、その…… 痛みは感じないかな?」


医務室のソファに腰掛ける俺に、例の凄腕魔法使いが話しかけてきた。

天使のような笑顔を見せる、白のワンピースに身を包んだ美少女。

肌も陶器のように白く、ガラス玉のような青目と滑らかな銀髪が、少女を一層人間離れさせて見えた。

俺の向かい側のソファに座り、両手で掴んだ麦わら帽子を膝上に置いている。


「あぁ。本当にありがとう」


「そんな、ありがとうだなんて…… たまたま通りかかっただけだから……」


おまけにこの謙虚な佇まい。

どっかの誰かさん(俺を大怪我させるように仕向けた赤髪の悪魔)とは大違いだ。


「もし良かったら、名前を教えてくれないか?」


帰宅しようとしているところを引き留め、わざわざ学校に残ってもらい、つきっきりで俺の治療に当たってもらったんだ。

場当たり的な言葉だけでなく、何か別の形で感謝を伝えたい。

それに、これからギルドで依頼をこなすにあたり、貴重な回復役との繋がりも作っておきたいという狙いもないわけではなかった。


「僕はハクア・サンフィールド。その……君は?」


「俺はカズキ。カズキ・セガワだ」


「それじゃあ、僕はこれで……」


麦わら帽子を被りつつ、ハクアが席を立とうとする。

膝上丈のワンピースから露わになった脚が色っぽく、ついつい目が行ってしまう俺だが、これではいかんと首を左右に振って煩悩を断ち切った。

今は俺からハクアに言うべきことがあるのだ。


「待ってくれ。もう傷も治ったことだし、何かお礼をさせてくれないか?」


「わわわ…… どうしよう?」


ハクアは取り乱したように、胸の前で手を震わせ始めた。

――そんなに変なこと言ったか、俺?


「時間が空いてるなら飯でもと思ったんだけど…… 嫌なら遠慮なく断ってくれ」


俺には今、少しばかり自由に使える金がある。

本来ならば学費返済に充てるべき資金だったが、命の恩人に使うのならば――惜しむものではないだろう。


「い、嫌っていうわけじゃないけど……」


ハクアは目を逸らし、頬を染めながら俯いてしまう。


「けど?」


「うん…… じゃあお願いするよ」


そう言って、ハクアはようやく首を縦に振ってくれた。


「よし、ついて来てくれっ」


全快した俺は、ハクアと一緒に医務室を後にした。

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