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第十二話 少女と怪物

俺はモニカになびかれる形で、学園の裏手にある円形闘技場を訪れていた。

右も左も分からない状態で怪物と闘わされた――忌まわしき闘技場。

闘技場は特権を持ったスキル・ワンの生徒しか入れない決まりらしく、力を暴走させるかもしれない俺が練習するのうってつけの場所だったというわけだ。

だだっ広い円形の地面に、俺とモニカだけが顔を突き合わせている。


今は眼鏡をかけたモニカに、魔法の教師役を買って出てもらっている真っ最中だ。

闘技場へと向かう途中、『ちょっと待って』と言って自室へ戻るから何かと思ったが、どうやらわざわざ眼鏡を取りに戻ったらしい。

案外可愛いらしいところもあるんだなと思った。


「いい? そもそも魔法とは自分の中にある生命力(マナ)を使って具現化させた超常現象のことを指しているの。つまり、魔法を乱発して使ってると生命力(マナ)を使い切って死に一直線ってわけね。ここまでは分かる?」


モニカの問いかけに俺は黙って頷いた。


「これを防ぐために開発されたのが、大気中のマナを織り交ぜる方法よ。ほとんどの魔法使いがごく一般的に使っている方法なの。でも、あんたの魔法は百パーセント自分の生命力を元手にしているみたいだし、まずは基礎的な体力作りから始めるべきかもね」


「でもそれが本当なら、修業なんかせずに大気中のマナを全部かき集めた方が早くないか?」


「いいえ、それは違うわ。自分の中に取り込めるマナの量は限られているの。水を張った(かめ)を思い浮かべると分かり易いかしら。限界まで水を入れた(かめ)に水を注ごうと思ったら――溢れてしまうでしょ?」


なるほど。

一度に取り込めるマナの容量には限界があり、個人の力量はマナの容量に比例しているわけか。

強くなる為には自身の生命力を底上げするしかないという理由にも説明がつく。


「それに、基本的には自分の生命力で闘うことになるはずよ。大気中のマナはよっぽど特異な体質でもない限り、一度に多くをかき集めるのは難しいの。膨大な時間もかかるし、何より外にある物を自分の身体に取り込むわけだから、その分副作用も大きいのよ」


そう言って、クイっと眼鏡のフレームを手で吊り上げてみせた。

どうだと言わんばかりのドヤ顔も、メガネのおかげでなかなか様になっている。


「まずは実技練習から始めるべきよね……」


モニカは顎に手を置き、考えるような素振りをみせた。


「実技って?」


首を傾げる俺に構うことなく、モニカは闘技場の舞台裏へと足を進めていく。


「身体のできてないあんたには、うってつけの練習方法よ。ついて来てっ」


なんだか嫌な予感が頭から離れない。

モニカの何かを企んだ笑顔に、俺はとてつもない不安に襲われた。


◇ ◇ ◇


「紹介するわ。この娘はジェシカ・ラディール。闘技場内の飼育施設で、闘技場やショーに使う動物の世話を任されているのよ」


モニカから紹介されたのは、フードで頭まですっぽりと覆った少女だった。

邪魔っ気なフードのせいで髪型は分からないが、たれ気味でくりっとした目と色素の薄い唇を視認することができた。

俺の胸当たりしかない背丈も踏まえると、まだあどけない女の子といった感じだ。


「紹介に預かり光栄ですっ 貴方のことはよ~く知っていますよ。私の大切な『どーくん』を倒した張本人――カズキ様ですよね?」


この時点で、この娘と仲良くなるには相当な年月がかかるだろうなと、俺は瞬時に悟った。

下手すると、一生をかけても溝を埋められない可能性もあるだろう。

何故なら俺は、ジェシカの大切な飼い(ドラゴン)を殺してしまっているのだから。


しかし、ジェシカの返答は俺の予想を遥かに上回るものだった。


「せっかく爪も鋭く研いであげて、餌に筋力増強剤も足しておいたのに…… 次はあれぐらいでは済ませませんからね? 是非楽しみにしててくださいっ」


ジェシカは屈託の無い笑顔を浮かべ、元気に言い放った。

話を掘り下げていけば、ジェシカは自慢の怪物達がどれくらいの戦果を上げられるかを、毎回楽しみにしているのだそうだ。

動物への愛情もあるのだろうが、何より自分が育てた動物の活躍を願ってやまないのだという。

現実世界で言う馬主と近い感覚を持っているのかもしれない。

まぁ、馬よりは百倍くらい危険な生物だとは思うが。


なるほど、前言撤回。

見かけによらず、結構危ない性格の持ち主じゃないか。


しかし、モニカがこんな風に誰かと仲良く喋っているのは初めて見た気がする。

二人の様子を見る限り、ジェシカはモニカを姉のように慕っているようだった。


「なんか仲良いんだな。モニカが誰かと笑って喋ってるのを初めて見たよ――痛っ」


モニカに思いっきり足を踏まれた。

漫画のように靴ごと赤く膨らむわけではないが、きっと靴の中では赤い風船のようになっているに違いない。


「ふふふふっ カズキさんは思ったことをすぐ口に出してしまうのですね。駄目ですよ、モニカ姉さんはただでさえ怒りっぽいんですから」


自分よりも年下の少女に言われては、流石の俺も反論はできず、困ったように頭をかくので精一杯だった。


「こら、ジェシカ」


怒っているモニカの表情も咎める風ではなく、母親が子供を叱りつけるときのように、優しさが入り混じっているように感じられた。


「はーいっ」


『ごめんなさい』と言うように肩をすくませ、ジェシカは舌を出した。


二人とも、互いに心を許し合っているのだろう。


そんな時、”ガシャン”という音が周囲に響き渡った。


「す、すみません。最近入った子がちょっとだけ暴れ易くて――少し様子を見に行って来ますっ」


そう言い残すと、ジェシカは俺とモニカから離れ、奥の方にある飼育室へ入って行った。


ジェシカが遠くに行ってまもなく、モニカが口を開いた。


「……あの娘は獣人なのよ」


ジェシカを暖かな目で見守っていたモニカが、溜め息交じりに呟いた。


「獣人ってあの耳とか尻尾が生えてるやつか?」


この世界がファンタジーなのは十分承知していたが、まさかここまでだとは。


「えぇ。辺境の街で奴隷として働いていたのを、私が買い取って来ちゃったのよ。なんだか見てられなくてね」


モニカはそう言って、肩をすくめてみせた。


「そうなのか……」


それで深々とフードを被っていたのか。

それでも、耳と尻尾を隠せば人間と大差ないように思える。

しかし、こんなに自分たちと近い種族の隣人を差別するなんて、この世界の人間達はいったい何をやってんだか。


あれこれ考えているうちに、いつの間にかジェシカが戻って来た。


「お、お待たせしました……っ」


急いで来たのか、額に汗を滲ませ肩で息をしている。


「ドラゴンのことはごめんな。俺もまだ上手く力を使いこなせてなくて…… あと、俺のことはカズキって呼んでくれ。『様』なんて付けられるほど、俺は出来た人間じゃないしな」


「は、はぁ……」


モニカもジェシカも、不思議そうな顔をして俺の方を見ている。

気付かぬうちに、なにかまずいことをしてしまったのかもしれない。


「あんた、相当変わってるわね。普通は獣人のことを差別したりするもんなんだけど、それを知った後でもあんたの態度は変わらないのね」


「当たり前だろ。この国の人間は、なんでいちいちくだらない決まりばっかり気にするんだ? 俺にとっては、今日の飯の献立の方がよっぽど気になるっつーの」


「ふふっ なんだかあんたらしいわね。ジェシカ、こいつはこういう奴だから、練習もしっかり見てやってね」


「はい。カズキさん、これから宜しくですっ」


ジェシカは腰を折って、俺に向かって深々と頭を下げた。


「あぁ、こっちこそよろしくなっ」


俺が手を差し出すと、ジェシカもきちんと手を握り返してくれた。

ジェシカはなんだか嬉しそうに、頬を染めて笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、《ダガー・ラビット》を一匹出してきてくれる?」


「はいっ」


モニカの指示に従い、少女は元気良く飼育小屋の方へと駆けて行った。

ウサギという名前から想定するに、ジェシカはさぞかし可愛らしい動物を連れて来てくれるはずだ。

しかし、数分して帰って来たジェシカの傍に居たのは――見たこともないような怪物だった。


「結局、またこのパターンかよ……」

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