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第十話 哀傷の酒

気が付くと、俺は見知らぬ部屋のベッドで横になっていた。

信じられないほど耳障りな声で鳴く鉢植えや、怪しい液体の入ったガラス瓶が並べられた棚など、俺の不安を搔き立てるようなものしかないこの部屋は、本当に心と身体を休めるべき場所なのだろうか?


「ここは……?」


「学園の医務室よ。あんたをここまで運んだのは私なんだから、何か他に言うべきことがあるんじゃないかしら?」


上半身だけを起こして声のする方に目をやると、椅子に座ったモニカが俺の様子を伺っているのが見えた。


「そうだったのか…… 助かったよ」


「大変だったのよ? 目を覚ましたらあんたが暴走してるわ、大男が倒れてるわで。まぁ、依頼の方はバッチリこなしておいたから、心配は要らないわよ」


そう言って、報酬らしき布袋を俺にちらつかせて見せてきた。

おそらく、袋の中には本来俺の生活資金になるはずだった硬貨が入っているのだろう。

しかしながら、依頼を達成したのはモニカなので、当然俺の懐に入ってくる金は一銭もない。

なぁに、結果的には『タダ働きに終わった』というだけの話だ。

どうせ今日の依頼で得られた報酬金なんて、俺の学費という巨額な借金からみれば大した額じゃない。

金なら後で嫌になるほど稼ぐ羽目になるわけだし、この報奨金が無くなったところで、今更痛くも痒くもないというのが本音なのだ。

今はそれよりも、まずは能力を使ったことをモニカに直接謝るべきだろう。

どういう形であれ、約束を破ったことは決して褒められることじゃないしな。


「約束を破ってごめん。でも、どうしてもあいつらが許せなかったんだ」


「あたしだってそうよ。格下だと思って完全に慢心しきってたわ。それに、あたしもなんだかんだいって、あんたに助けられちゃったしね」


「そんな、俺の方こそ……」


「いいえ、元々巻き込んだのはあたしだし、これだけは引けないわ」


「いや、元々は俺の依頼に付き合って貰ったから始まったことだ。これは俺のせいだ」


二人で仏頂面をして睨み合っているのがおかしくて、俺もモニカもついつい笑いが込み上げてきてしまった。


「ふふっ……」


「はははっ……」


俺もモニカも、目に涙を浮かべながら、ひとしきり笑い続けた。

落ち着いてきた頃合いを見て、モニカが口を開いた。


「あたしも息抜きしたい気分だし、あんたの依頼成功祝いも兼ねて食事に招待するわ。どう? どうせ今夜はすることもないでしょ? 幸いここには飲み代になりそうなお金もあることだしね」


モニカが指で摘んだ布袋を揺らし、ジャラジャラと鳴らしてみせた。


願ってもない提案だった。

これから生活していくうえで、美味い店の一つは知っておくべきだろう。

それに、タダ飯というなら――そもそも断る理由がなかった。


「お言葉に甘えさせて貰うよ」


「そうこなくっちゃ」


◇ ◇ ◇


「あいたたたた……」


俺は地面を這うように設置された配管にぶつけた足を擦り、雲ひとつない夜空を見上げ、数時間前の記憶を蘇らせていった。


昨日は結局、モニカの行きつけの店で朝まで飲んでいた。

名前は〈無色の大衆酒場〉らしく、無色という言葉には種族差別反対の意味があるのだとか。

見た目や肌の色の異なる亜人を突き放すのではなく、手を取り合っていこうというシンボルマークになっているらしい。

『身分や種族の違う者同士が争うことなく飲める場を提供したい』という、店主の願いが込められているそうだ。


なんでも開店二周年記念らしく、店では通常よりも安い値段で料理を提供していた。

顔が強面で背の高い店主――ダフさんも亜人なのかと店主本人に尋ねたら、周りの人達にひどく笑われた。

『確かに俺は人間離れした外見(なり)をしているが、れっきとした人間だ』だそうだ。

苦笑いを浮かべたダフは、その後はひとしきり鏡とにらめっこしていた。

少し悪いことをしたかもしれない。

今度会うときはきちんと謝っておこう。


店内は異様な活気に満ち、喧嘩と踊りのどんちゃん騒ぎだった。

耳と尻尾の生えた獣人や長い耳を持つエルフ、ずんぐりむっくりとしたドワーフなど、多種多様な種族を見ることができた。

直接話す機会こそなかったものの、現実世界には存在しなかった彼らを見ることで、『自分が異世界に来てしまったのだ』ということを再認識できた。

昼間に街を歩いていても見かけることはなかったのだが、普段は何処に居て何をしているのか、少し疑問に感じることもあった。


ちなみに、浴びるほど飲んでいたのはモニカだけで、俺は果実のジュースや謎の干し肉にちびちび口をつけるだけだった。

この世界では飲酒についての規則はなく、健康に害を及ぼす及ぼさないに関わらず、何歳でも酒類を飲んでいいのだという。

酒類に手をつけたことのなかった俺は酒の誘いを断り続けたが、モニカは俺に良いところを見せようとしたのかハイペースで飲み続け、案の定早くに酔い潰れてしまった。

最終的には店主でさえも酒樽から足だけを見せる格好になり、地べたで熟睡する者、頭から出血している者も居るような惨状だった。


今は日付が変わった深夜一時。

俺は千鳥足のモニカを肩で支えながら店を出て、寂れた路地をふらふら歩きつつ、学園への帰路についていた。


「あたしをお持ち帰りするつもりなんれしょ?」


もはや呂律(ろれつ)もうまく回っていなかった。

返事をしたところで暴れまわるだけなので、無視するのが一番という判断は――先ほど既にひどい目にあったからこそ分かることだ。


「あれぇ? ここはぁ?」


「〈無色の酒場〉の近くだよ。学園まではもう少しかかりそうかな」


「つーまり、あんたはあたしにイケナイことしようとしてるってわけねぇ? え~と…… 光明の先導者よぉ、闇をかききし、我にひょうりとえいほうをもたらせ――うっぷ。ディ・アーク……」


モニカが寝ぼけて放った火球は俺の右頬を掠り、近くの石壁に焦げ跡を作った。

当たりどころが悪ければ、間違いなく命を落としていたことだろう。

この瞬間、泥酔したモニカを刺激してはならないと、俺は固く心に誓ったのだ。


その後も路地の暗がりで吐かせては歩き、吐かせては歩くを繰り返し、どうにかモニカの部屋の前まで着くことができた。


「とうちゃーーっく」


モニカは家の前で大の字になると、ブラウスの中に手を突っ込み、脱いだ下着を投げ捨てた。

薄青のブラジャーが宙をかろやかに舞い、音も立てずに地面に着地した。


「なっ……?」


とにかくこのままではいろいろとまずい。

仕方なく、モニカの上着ポケットから部屋鍵を取り出し、鍵を開けてモニカの部屋へ入った。

モニカをベッドまで運び、頭に枕を敷いて仰向けに寝かせてやる。


「えへへへへっ あたしを襲っちゃうんだぁ。あたしは初めてなんだから、優しくするんだぞぉ?」


モニカはベッドで足をばたつかせ、枕に顔を突っ伏している。


モニカの尊厳を守る為にも、早急にこの部屋を出なくては。

外に出ようとドアノブを掴むと、


「なぁに帰ろうしてんだよぉ? あぁん? お前はそれでも男かぁ?」


シャツ一枚に下着姿のモニカが、俺の腰に手を回して引き止めてきた。

背中に柔らかい胸の感触が伝わり、思わず気が引き締まる。


「あたしに恥かかせるつもりかよぉ? どーんと来いっての。うむにゃむにゃ……」


モニカは俺に後ろから抱き着いたまま、気持ちよさそうに熟睡してしまった。


「ふぅ…… それじゃ、寝床まで案内しますよ、お姫様」


モニカをベッドまで運び、俺は静かに部屋を後にした。


◇ ◇ ◇


昼時になってようやく目覚めたモニカが、真向かいにある俺の部屋を訪ねてきた。


「その…… 昨晩あたし大丈夫だった? なんか、どうも記憶が曖昧なのよねぇ」


モニカは眠そうに目を擦り、気だるげな表情を作った。


「そうかな? 別に変わったとこはなかったように思うけど……」


俺は可能な限り、自然に振る舞ってみせた。

もし昨晩の痴態を悟られたら、『ぶちぎれたモニカに消される俺』という光景が、現実のものになってしまう。


「そう、なら良かった。たまに……ごくたまになんだけど、少し飲み過ぎちゃうことがあってね。自分で言うのもなんだけど、あたし酒癖がすごく悪いらしくて」


「そ、そんなことより――今日は魔法について教えてくれるんだろ? 案外時間もないみたいだし、なるべく早く行かないか?」


なんとか話題を逸らし、二人とも何もなかったということで済まそう。

この話題を二人で笑えるようになるには――まだ少し時間がかかりそうだ。


「まぁ、あんたが言うなら…… それもそうかもね」


二日酔いのモニカを手招きしながら、俺は学園に併設された練習場を目指した。

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