終章 それでも不運は終わらない(こんなのでました)
終章 それでも不運は終わらない(こんなのでました)
「神様。この度の一件、どうなさいますか? タリスが地上に残されることになったのは良い機会なので、しばらく反省のために放置でいいのですが、あの人間達は天界のことを知りすぎました」
セリオンは下界の様子を空中に映像で浮かび上がらせながら、神妙な面持ちで神様に報告していた。
ちなみに神様の容姿は地上のどんなスーパーモデルをも凌駕するほど美しく、なおかつ世界記録を持つスポーツ選手よりも逞しく―
「……神様。自分に都合のよいように話すのはやめてください。確かにこの物語にとってのあなたは全能ですが、それと同時に観測者なのです。脚色はいけません」
ちっ、相変わらず細かい奴だ。言っておくが、これまでに語ってきた俺の過去のエピソードは全て本当だからな。
「わかっておりますよ。飲み会の度に酔ってしまわれたあなたの愚痴を聞いているのは誰だと思っているんです?」
わかったわかった。口うるさい奴め。それで、あの人間達をどうするか、だったか?
「はい。前世の記憶についてはタリスが失敗してしまったのですから、これ以上は言いません。しかし、天界の情報は流石に放置するわけにはいきません」
しかしだなぁ、あまり細かい記憶操作は失敗する可能性もあるし、そうしたら思い出も奪ってしまうかもしれんしなあ……。
「ですが!」
あー、そう恐い声をだすな。……ではこうしよう。あの二人には今後地上で起こった厄介事の解決に協力してもらうというのはどうだ。天使の数も限られているし、人間にしかできないこともあろう。あの二人はなかなか機転もきくようだし。
「……神様、もしかして最初から自分の仕事を減らすために仕組んだわけじゃないでしょうね? 今考えてみると、やたらと彼らに都合の良い出来事が多かったような―」
そ、そんなことはないぞ! それにほら、清樹とかいうのは普段から不運ばかりなんだし、少しくらいはサービスしてやっても……。
「……いいでしょう。それではこの処置に必要な特殊手続きの書類、全て神様に回しておきますから」
……この鬼中間管理職め。
「ところで神様、何故ネコミミにずっと伏字を使っていたんです? 他の部分はまあ著作権的にアレですが、そこは特に問題無いでしょう?」
ん? 特に大きな理由は無いぞ。
強いて言えば、伏字にしとけば何か伏線があるのかって気になるだろう?
「……は?」
いや、だから何も深い意味ないんだって。ほれ、ネコミミ、ネコミミ、ネコミミ。なっ、普通に言えるだろ。
「ここまできてそれかよっ!」
とまあ、そんなやり取りなど全く知らない清樹と逢華は、というと―
あれから一週間、桜ノ台中学校は今日も平和だ。
緑風祭の次の日、校内の色んな物が壊れていたり、廊下に物が散乱していたりしていたのが発見された時は大騒ぎになったものだが、特に貴重なものが壊れたり盗まれたりしていなかったこともあり、犯人探しは行われないことになった。
「もう一週間かあ。こんなに呑気にしてられるのが嘘みたいだね」
「……そうだな」
「おばさんにも無事に報告できたし、あれから別の天使が来ることもないし、これからはまた普通の学生生活だね」
「……ああ」
「ああもう! いつまで気にしてるのよ!」
記憶も一切消えていないし、ケガも大したことはなかった。それなのに、どうしてこんなに清樹が落ち込んでいるのかというと……
「最後の最後で気絶してるとか……どこまで不運なんだよ俺ってやつは!」
屋上から天に届けとばかりに絶叫する清樹。
「昼間っから何を騒いどるんや?」
「また何か不運な目にあったの?」
叫び声に合わせるようにして、斗貴と黒呼が屋上に姿を現した。
「二人もこれ見に来たんやろ?」
斗貴は屋上の床を示して言う。
そこには、ミステリーサークルも真っ青な奇怪な模様が描かれていた。それと同様の物が校内のそこかしこに描かれている。
ただし、これはあの夜に描かれていた魔法陣ではない。あの日描かれていた給湯室、グラウンド、そして屋上の魔法陣は、タリスの天使に関する記憶を消去した時に一緒に消滅した。
では本物のミステリーサークルなのかというとそれも違う。何故ならこの奇怪な模様を描いたのが誰なのか、校内の人間全員が知っているからだ。
「おっ、噂をすればまたや」
屋上から下を見ると、グラウンドに黒山の人だかりができていた。中心にいるのは他でもないタリスだ。彼はグラウンドに設置された五メートル四方はあろうかという巨大なキャンバスに一メートルはある巨大な筆で似たような模様を描いている。
「意外よねー。英語教師のタリス先生に芸術の才能があったなんて」
「そ、そうねー、あはは」
数日前、芸術界に衝撃が走った。現代を代表する画家であり、桜ノ台中学校の卒業生でもある河東千文氏(七一)が数十年ぶりに母校を訪れた際、一人の英語教師が地面に描いたミステリーサークルのような絵を目撃。あまりの素晴らしさにその場でスケッチブックにその絵を描かせ、彼が主催する絵画コンクールに応募させたところ、見事大賞を受賞したのだ。
学校側もそれを大いに喜び、英語教師を続ける一方で美術の特別講師を務め、空いている時間は学校にある物全てをキャンバスとして使うことが許可された。給料も今までの臨時採用のものから正式なものとなり、さらに画家としても著名になった。
というのが、世間一般の人の認識。だがこれには隠された真相があった。
タリスの記憶は完全にはなくなっていなかった。逢華が戻した一斗缶の位置がずれていたのか、それとも天使相手では効果が弱まってしまったのか。理由は不明だが、タリスには自分が天使なのだという自覚が残っていた。しかし―
「何故だっ!?何故天界への扉が開かれないのだー!!」
彼は天使としての能力の使い方を全て、きれいさっぱり忘れていた。だから天界と連絡を取ることも、自ら戻ることもできず、記憶の消去などできるはずがない。
「天界って……完全に芸術に目覚めてしもうたんやなー」
「英語の授業はちゃんとしてほしいものだけどね」
「……ま、大丈夫だろ」
「あはは……」
ただまあ、それで天界に帰るのを諦められるはずもなく、毎日のように天界へ帰還するための魔法陣を描き続けているのだが、当てずっぽうで正しいものができるわけもない。
「ま、細かい騒動はあるかもしれないけど、この前みたいな危険なことはもう無いだろ」
他の二人には聞こえないように、清樹が小さな声で話しかける。
「そうね。でも、アタシはああいうのも嫌いじゃないけど?」
「勘弁してくれ……」
冗談めかして言う逢華に苦笑しながら清樹は答えた。
だがまあその期待は見事に裏切られ、今まさにこの瞬間にも、神様の手で次の大騒動が用意されているのだが―
それはまた、別のお話。




