第四章 不運な少年とネコミミの宴(ふぁいにゃるばとる)
第四章 不運な少年とネコミミの宴
龍人のおばさんと再会してから、早くも九日が経過していた。つまり、今晩が満月。タリスにとっては任務の期限であり、清樹と逢華にとっては決戦の日だった。
しかし、実は今日は一般の生徒にとっても特別な日なのだ。
「おーい、こっちにもっとベニヤ板持ってきてくれ!」
「すいませーん! 買い出し行ってきますけど、他に必要な物がある人は言ってくださーい!」
緑風祭。
毎年五月の末に行われる桜ノ台中学校の恒例行事だ。新学年になって二ヶ月。新しいクラスにも慣れてきたこの時期に、更に交流を深めるために行われているミニ学園祭のようなものだ。
流石にクラスごとの出し物までやっている暇はないので、中には有志で参加する学生も少しはいるが、基本的には地域の商店街の人と相談して屋台を出してもらっている。この日は授業も全て休み。午前中は先生も学生も商店街の人と一緒に準備。お祭りの本番は午後からだ。学生以外に地域の人も訪れるし、夜には季節としてはやや早いが花火も打ち上げられる。
「……まさかこの日が満月だったとはな」
作戦を立て始めた時点ですぐにわかったことなのだが、満月と緑風祭が同じ日だというのは、清樹の立てた作戦的に彼らにとってかなりのラッキーだった。この幸運は、不運の塊の清樹としては、天使や龍人と出会ったことよりも衝撃的だった。
「ホント、ラッキーだったよね。あとは作戦通りやるだけ、だね!」
清樹の隣に立つ逢華は、満足そうに準備の様子を眺めている。
(もしかしたら、この天然っぷりが俺の不運を超えたのかもな)
「清樹ーっ! さっさとこっちを手伝わんかいっ!」
のんびりしていた清樹を、大量の木材を運んでいる斗貴が大声で呼んでいる。その手に持っている量は、明らかに重量オーバーだ。どうやら黒呼に良い所でも見せようとしたようで、組み立て中の屋台の側では彼女が呆れ顔で眺めている。
「やれやれ、だな。とりあえず準備が終わる頃にまた集まろう。それまでにはアイツらの準備も出来ているだろうしな」
そう、タリスから逃げ切るための準備は数日前から始まっていた。
緑風祭開催日から遡ること一週間。清樹と逢華はある物を持ってエカテリーナの元を訪れていた。
「これを緑風祭までに一大ブームにしてほしい」
差し出されたそれを見て、エカテリーナは露骨に不審そうな目を向けてきた。
「……そういう趣味?」
「いや、そうじゃなくてだな―というか、全部わかってやってないか?」
「さあ? どうでしょうか?」
疑うような顔から一転、面白そうに二人を見ながら笑うエカテリーナ。
「まあ事情はなんにせよ、これを皆に付けさせるのはかなり大変ですよ。皆に信じ込ませるのはもちろん、他にも必要なものが大量に……そ、それは!」
依頼を断ろうと渋っていたエカテリーナだったが、逢華が差し出した物を見て目の色を変えた。
「報酬はこれでどう?」
「そ、それはもしかして……」
それは龍人のおばさんから受け取った龍の牙だった。取説にあった〈各種魔術の儀式の材料〉というのを見て、これならエカテリーナの協力を取り付けられると考えた清樹は正しかったようだ。
「引き受けてもらえる? これは緑風祭までに人数分揃えておくから、男女問わず三百人ほど説得しておいてほしいんだけど」
「わっかりました! 絶対になんとかします!」
龍の牙を受け取ったエカテリーナは、今までにないハイテンションで答えた。むしろ目の輝きが怪しくて、頼んだ二人が不安になるくらいだった。
続いて二人は一郎の教室へと向かった。作戦に必要なある物を用意してもらおうと思ったのだが、一郎は何故か死んだように机に突っ伏していた。
「えっと、頼みがあって来たんだけど……何かあったのか?」
周囲のクラスメートが誰も近付かない中、清樹は意を決して話しかけてみる。すると、一郎はゆっくりと顔を上げた。
「げっ」
清樹の口からそんな声がもれたのも無理はない。その目からは涙が滝のように溢れ、寝ていないのか目の下には墨で書いたような真っ黒なクマができていた。
「り、りりかちゃんが、りりかちゃんが昨日で最終回だったんですよ! もう彼女に会えないんですよ!」
えー、皆さん覚えていらっしゃるでしょうか? 彼が言っている〈りりかちゃん〉とは〈マジカルキャットりりかちゃん〉というアニメのヒロインです。
今の発言には清樹はもちろん、逢華をもドン引きさせるのに十分な破壊力が込められていた。
「あ~、もう何もヤル気がしない……。う~、どうしてなんだよ~」
見た目以上に、精神的にヤバい状態に陥っているようだ。
「ねえ清樹、でもこれって逆に効果あるかもよ?」
「そうかもしれないけど……本当に効くんだろうな」
清樹は他の生徒がこちらを見ていないのを確認すると、そっと龍の爪を一郎の心臓に向けた。同時に爪は空気中に溶け込むように消える。
「ほら、清樹言ってみなよ」
「……絶対笑うなよ」
清樹は一郎の頭をそっと叩いてこちらを向かせた。一郎は面倒そうにゆっくりと顔を上げ、
「り、りり、りりかちゃん!?」
突然叫んだ大声に一瞬クラスの視線が集まるが、発信源が一郎だとわかると呆れたように視線を戻した。
龍の爪の効果。人間に一度だけ幻覚を見せることができる。この効果で一郎の目には清樹の姿が〈りりかちゃん〉に見え、声もそうなっているはずだ。
「し、静かにして。恥ずかしいから」
『静かにしてほしいニャ♪ 二人っきりで静かにお話ししたいニャ』
少しでも効果的に幻覚を見せるためにイタい女言葉で話す清樹と、一郎の幻覚の中で変換された〈りりかちゃん〉の声。嫌な感じの副音声でお送りしております。
「私、ネコミミの友達がもっとたくさんほしいの」
『私、ネコミミの可愛いお友達がも~っといっぱいほしいニャ』
「い、一郎君もネコミミ好きだよね」
『お兄ちゃんもネコミミ好きだよね♪』
一郎の中では、呼ばれ方は自動的にお兄ちゃんに変換されるらしい。対して清樹の身体は既に鳥肌が立ちまくっている。色々と実に痛々しい。
「も、もちろん大好きだよ! 特に、その……りりかちゃんは最高だよ」
律儀に小さい声で話す一郎。とろけきった表情で〈りりかちゃん〉を見つめてくるのだが、実際の所その位置にいる清樹はたまったものではない。
「だったら、ネコミミをたくさん用意してほしいな。三百個くらい」
『じゃあネコミミを一杯用意してほしいニャ♪ 三百個くらいほしいニャ』
「ま、任せてよ! 三百個でも四百個でも用意してくるよ!」
その答えに〈りりかちゃん〉はニッコリ笑うと(実際には清樹の浮かべたひきつった笑いだったが)、
「だったら緑風祭までに三百個揃えて、一郎君にこの前メイド喫茶で順番を譲ってくれた人に渡してあげて。そうしたらまた会えるかも」
『緑風祭までに三百個のネコミミをこの前メイド喫茶で順番を譲ってくれた人に渡してあげて。そしたら、いつかまたお兄ちゃんに会えるかもしれないニャ。お兄ちゃん大好きだニャ!』
そこまでで幻覚効果は途切れた。突然消え去ってしまった〈りりかちゃん〉を探して、一郎はあちこち視線を巡らせたが、やがて清樹で止まった。
(だ、大丈夫なのか?)
うまくいったのかかなり不安だったが、思い切って話しかける。
「あの、今度の緑風祭で仮装行列をしようと思うんだが……」
「任せてください」
最後まで言うまでもなく、一郎は胸を張って宣言する。
「ネコミミは僕が用意します!」
「アハハハハハハハッ! 清樹ってば最高!」
一郎の教室から離れた所で、逢華はさっきから笑いを堪えるのに必死だったため、今頃になって肩まで震わせて大笑いしている。
「……やっぱり逢華がやった方が良かったんじゃないか?」
こめかみをひくつかせながら清樹が言うと、
「アハハハ……あ、ゴメンゴメン。だって彼が感動して急に抱きついてきたりしたら危ないじゃない? それとも清樹はアタシが抱きつかれてもよかったの?」
清樹の今の気持ちを、私の過去の経験談とも合わせて言わせてもらおう。
女のコってズルイ。
「とにかく、これで準備の第一段階はOKだ。あとはあの二人を信じて細かいところを詰めていこう」
といった具合で、色々と不安の残る下準備だったのだが、結果としてそれらは上手く整いつつある。
(本当はタリスとのこともあるし、休んでおきたいんだけどなあ)
「ほら、今度はこっちやで。準備からしっかり楽しまなぁ」
場面は戻って緑風祭当日。休みたい清樹の思いとは裏腹に、斗貴や他のクラスメートに準備のために引っ張りまわされていた。逢華も黒呼と一緒に飲み物を配って歩いている。
さて、それでは対するタリスの方はどうなのかと言うと、例によって上司に呼び出されて給湯室の鏡の前にいた。
『それで、本当に今夜で任務は達成されるのだろうな?』
やや苛立った声で鏡に映ったセリオンが確認した。この厳しく有能な上司としては、前世の記憶を消去するだけに一ヶ月もかかっている部下にかなりの不安と不満を抱いていた。
「はい、お任せ下さい。既に準備は万端であります」
『それにしても、本当に前世の記憶を持っている人間がそんなにいるのか? この地域にその人間がいると判明したのが数ヶ月前。その後すぐに周辺地域と合わせて調査したが、一人しかいなかった』
逢華がこの町に引っ越してきたのは二ヶ月前。ということは、天使達が狙っていたのは清樹の方だったわけだ。
「しかし、あの二人には確かにネコミミがありました。つまり調査に穴があったことは事実です。それならば、他にもいないか注意するべきかと」
セリオンは無能な部下を疑いの眼差しで見ていたが、やがて大きな溜息をつくと仕切り直すように言う。
『まあ、いいだろう。とにかく前世の記憶は全て抹消だ。ただし、普通の人間はもちろんだが、対象者も我々についてのことを除いて現在の記憶は消したりしないようにな』
実際の所、前世の記憶を消すだけならともかく、現在の記憶から特定のものだけを消すのは高度な術だ。普通にタリスが唱えた日には間違いなく失敗する。
「大丈夫です。この二週間、魔法陣の設置に相当時間をかけましたから。一言唱えるだけであっと言う間に、陣の中にいる者の記憶から我々天使に関する記憶と前世の記憶のみが消去できるようになっています」
『ほう』
これにはセリオンも少し感心させられたようだ。いくらタリスでも魔法陣にあらかじめ呪文を刻んでおけば間違えることも無いし、発動に手間取ることも無い。作成にも万全の注意を払っているからミスも無い。
『それなら確かに安心かもしれん。発見から二週間も時間があったのだ。対象者が多かったり逃げ出したりしても対応できるように、相当数設置してあるのだろう?』
「え?」
『む?』
「…………」
『…………』
イヤな感じの沈黙が場を支配した。
「あの、三ヶ所ですけど……ここと、あとはグラウンドと屋上に」
タリスはセリオンが思っていたよりも数倍、魔法陣作りがヘタクソだった。
そして、理由はそれだけではない。
「その―先生としての仕事も色々とありまして」
見る見るうちに怒りで顔を染めていくセリオンを見て、さらに言葉を重ねようとするのだが、見事に逆効果だ。
『……いいか。絶対に任務を成功させろ。期限は今日が終わるまで。失敗したら、そうだな―気に入ったようだし、当分そこで教員やってろ』
鏡に一本深いひびを残して、通信は一方的に切られた。
「……またやってしまった」
ただならぬ恐怖を感じつつ、タリスは改めて任務に向けて集中―
「タリス先生~、こちらを手伝っていただけますかな~?」
「あっ、教頭先生、今行きます」
できないのであった。
正午を回る頃には準備も終わり、屋台も半数以上が営業を始めている中、清樹と逢華は屋上にいた。
「さて、と。これからどうするかなあ」
午前中の時点で、既にエカテリーナと一郎からは準備完了の連絡が入っていた。あとは作戦を実行に移すだけなのだが、肝心のタリスに何の動きもないため、タイミングが掴めないでいた。
「タリスの様子でも見にいくか?」
「アタシさっき見たよ。教頭先生に言われて、商店街の人達にお弁当配ってた」
(まさかここまで準備させておいて、タリスが任務のこと忘れてるなんてオチじゃないだろうな……)
それならそれで結果オーライだと思うのだが、どこか納得がいかない清樹だった。
「それもいいけどさ、清樹はもうお昼食べた?」
対する逢華は思った以上に呑気なものだ。今も屋上のフェンス越しにグラウンドに並んだ屋台を見て、おいしそうだなー、などと時々もらしている。
「折角のお祭りなんだし、アタシ達も行こうよ!」
「でもなぁ……」
基本的に慎重派な清樹としては、ここはゆっくり休んで用意周到に準備をしておきたかったが、その考えは逢華の一言で大きく揺り動かされる。
「だってさ、この作戦に失敗したら、前世の記憶と一緒に天使と関わったこの一ヶ月の記憶も消されちゃうんでしょ? そしたら清樹との思い出も消えちゃうし、またこういう関係に戻れるかもわかんないし……だから、行こうっ!」
頬を少し赤く染めて、満面の笑みで手を差し出してくる逢華。しかし、その手はわずかに震えていた。どれだけ強がっても、いつものように天然な態度をとっていても、彼女だって恐いのだ。
「……よしっ」
清樹は逢華の目を正面から見つめて大きく一歩踏み出し―足元にあった一斗缶に勢いよく足をぶつけた。中身がぎっしり詰まっていた一斗缶はその場にゴロンと転がり、清樹は痛みでつま先を抱えることになった。
単純に痛いのも不運だが、場の空気がなんとも言えないほど微妙な感じになったのも不運だ。
「え~っと、大丈夫?」
「いや、かなり痛い……けど、よし! 行くぞ、逢華!」
清樹は色んな照れを勢いで誤魔化すと、初めて自分から逢華の手を取って駆け出した。
向かうのはタリスの所、ではなく屋台の並んだグラウンド。
目的は作戦のための下調べ、ではなく純粋に二人で楽しむこと。
二人にとって誰のせいでもなく、誰のためでもない、お祭りだった。
グラウンドを歩く二人の手には、早くも屋台で買った焼きそばとたこ焼きがあった。逢華の頭にはお面までついている。服装こそいつもの学校の制服だが、気分は完全にお祭りモードだ。
「あ、あそこに人だかりできてるよ。何かな?」
「本当だ。行ってみるか」
人だかりのできていた店は、商店街主催の射的屋だった。ひな壇状の台には商店街の色々な店から集めてきたのだろう景品が並べられていた。置かれているものは電化製品やアクセサリーのような高価な物から、野菜や肉のような食料品、果てはゴミ袋やティッシュといった消耗品まで、何でもあった。
一応、上の台にいくほど良い景品が置かれているようだ。そして、それを前に張り合っている男が二人。
一人は見覚えのない顔だったが、二枚目と言って差し支えない男子生徒だった。そしてもう一人は、有坂斗貴だ。
「ねえ、有坂君随分必死になってるみたいだけど、どうしたのかな?」
逢華の言う通り、たかが射的に斗貴は相当熱くなっていた。
「あら、清樹君じゃないの」
呼ばれて振り向くと、清樹の隣に住んでいる佐上さん(四五)が立っていた。町内会長を長年務めていて、清樹だけでなく斗貴や黒呼とも馴染みが深い人だ。
「ちょうど良かった。佐上さん、斗貴の奴は何であんなに必死になってるんです?」
「ああ、あれね。何でも斗貴君の隣にいる子が、黒呼ちゃんに声をかけてきたらしいわ。それで、射的で勝負することに」
なんともありそうで、実際にはなかなか起こらないベタな理由だった。
「全く、バカなんだから」
いつのまにか清樹と逢華の後ろには、当の本人であるところの黒呼がいた。その表情は心底呆れていて、勝負がどうなろうと我関せず、と全身で主張しているようだった。
「あのバカの隣にいる二枚目バカ、色んな女の子に声かけまくってるらしいわよ。サッカー部のエースだかなんだからしいけど、知ったこっちゃないわ」
随分とオールドタイプな二枚目だった。しかも中身の伴わない感じの。
だがナンパに必要なテクニックだけは心得ているのか、早くも決着がついたようだ。二枚目バカが持っているのはネックレスと指輪のセット。対して斗貴が持っているのは豚のぬいぐるみ。どっちが勝ったか言うまでもない。
「これは君に。きっとよく似合うよ」
白い歯をわざとらしく光らせながら、黒呼にネックレスと指輪を差し出す名も無き二枚目。それにしてもこんな中学生、相手にしたらイタすぎる。
「スマン、黒呼……これしか取れへんかった」
黒呼は斗貴の方を見ると、一気に目を三角にした。そして間髪入れずに強烈な回し蹴りを叩き込む。
「あんたねえ……どうしてすぐにこういう勝負するわけ? 私がこんな顔だけのナンパ男や高価な品物にホイホイついて行くと思ったの!?まったく……私が好きなのは、その……あー、もう! とにかく行くわよ。それは一応もらっておいてあげるわ」
乱暴そうに、しかし実は丁寧にぬいぐるみを受け取ると、自分で蹴り飛ばした斗貴を助け起こす黒呼。
「え、あの、君……?」
プレゼントを差し出したままの体勢で硬直していた二枚目に、黒呼はあっさりととどめを刺す。
「どうぞ、ごゆっくりナンパをお楽しみくださいな」
その顔は必要以上にニッコリと笑っていた。
「流石だな……」
「黒呼、すごーい」
斗貴と一緒に悠々と去っていく黒呼を見ながら、清樹達は感心して呟いた。
ナンパ男は落ち込んでいるだろうな、と思い視線を向けると、
「そこの君、ボクと一緒に緑風祭を楽しまないか?」
復活していた。早すぎる復活だった。しかも一人称が〈俺〉でも〈僕〉でもなく、〈ボク〉だった。嫌すぎるキャラ付けだ。
しかもナンパしている相手は、他ならぬ名神逢華だった。
「え~と、清樹、どうしよ?」
「どうしようって……」
黒呼のようにぶった切るのにも抵抗がある二人が困っていると、
「君にはボクのような男がふさわしい。連れの女の子に声をかけられても平気な腑抜けなど放っておけばいい」
この言葉には、滅多に怒らない逢華もカチンときた。
「あのね―」
「待った」
清樹は逢華を制すると、そのまま二枚目のアホも通り過ぎ、射的用の銃を構えた。
「へえ。君も勝負するのかい? だが、あれを見たまえ」
上から二段目の真ん中の商品がなくなっている。そこにはさっきナンパ野郎が取ったアクセサリセットがあった。つまり、彼に清樹が勝つには一番上の景品を取るしかない。
しかし一番上の商品は―
「さあ、兄ちゃんしっかり狙ってくれよ! 一等の景品はなんと! 本物のスワロフスキーの指輪だ!」
これには周りのお客もにわかに騒がしくなった。だが最上段に乗っているのは将棋で使う〈歩〉の駒だ。
「あの駒に当てれば一等だ! チャンスは二回!」
今度は周りからブーイングが起こる。確かにあの的に当てるのは至難の技だ。さっき二枚目バカが取ったアクセサリセットは箱詰めにされていたため、あれよりはかなり大きな的だった。
(かといって、今さら後にも引けないだろうが)
覚悟を決めた清樹は、ゆっくりと狙いをつける。スコープも何もない屋台の銃だ。技術と言うより勘に近い。
(ええい、いけえっ!)
放たれた一発目の玉は惜しくも下にそれて、上から三段目の腕時計に当たった。これでもかなり良い景品なので、周りのお客さんや店の主人は景気良く騒ぐ。
(もう少し、上か)
集中力が今までになく研ぎ澄まされた。清樹の指が引き金にかかり―
パンッ
引ききる前に冗談のような軽い音がして、同時に歩の駒が倒されていた。清樹と二枚目を含めた全員の視線が一気に発射した人物に集まり、そこには逢華がびっくりした顔で銃を構えていた。
「あれ? アハハッ、当たっちゃった……」
一瞬、誰もが声を出せず、そして、
「あた~り~!!一等のスワロフスキー大当たり~!!」
射的屋のおじさんの声が響き渡った。逢華は喜んだ勢いで清樹に飛びつき、周囲のお客が二人を取り囲む。ちなみにこの時端っこの方で二枚目男が人ごみに押されて転んでいたが、この先もう出番は無いのでこのまま放置。
「やったよ、清樹! スワロフスキー、ゲットーっ!」
「すごいな、お前。っとに、俺の出番を見事に持っていってくれたよ」
「えへへ、でも嬉しかったよ。守ろうとしてくれて」
そのやり取りに周りの人のテンションは上がる一方だ。褒められ、からかわれ、はやし立てられ。いつの間にやら、斗貴と黒呼も戻ってきていた。
こうして、清樹と逢華は緑風祭を思う存分満喫したのだった。
射的屋での大騒ぎから数十分後。ようやく抜け出した二人の前には、一人の男が立っていた。
「射的、すごい騒ぎでしたね」
誰なのか言うまでもない。天使タリスがそこに立っていた。
「お祭りは十分に楽しみましたか?」
「……そのセリフ、そのまま返させてもらうよ」
「そうよね」
タリスは頭にひょっとこのお面をつけ、手にはヨーヨーにりんご飴を持っていた。さらにスーツのポケットにも色々祭りで買ったらしい物がたくさん入っていた。
「……ま、まあ、せっかくの祭りなので楽しませてもらいました。さて、そろそろ他の対象者を教えてもらいましょうか。前世の記憶は、一つ残らず消してしまいたいのでね」
(さて、ここがまず一つ目の賭けだ……)
清樹は頭の中で考えていたセリフを何度もくり返し、慎重に話し始める。
「その前に、一つ確認だ。今回消されるのは、前世の記憶とあなた達天使に関する記憶、それで間違いないな?」
「ああ。君達は天使について深く関わりすぎてしまったから、この一ヶ月の記憶はかなり削られることになってしまうが、その他の記憶は何も問題ない。この二週間、ゆっくりと準備ができたからね」
狙い通りの答えに、思わず表情が緩みそうになるのを必死に抑える清樹。逢華に至っては、清樹が質問を始めた段階で緊張しすぎて顔が妙な具合に強張っているので、これはこれで何かを察せられることはないだろう。
「わかった。俺達が知っている連中は、後夜祭に必ず出るように指示しておいた。今なら頭を見れば、天使にはすぐに見分けがつくだろう?」
満月当日とあって、ネコミミはかなり濃くなっていた。それでも普通の人間には見えないのだが、タリスには清樹と逢華の頭にもくっきりとネコミミが見えていた。
「それから、他の皆には天使についてのことは何も教えていないから。前世はともかく、今の記憶まで削られるのはかわいそうだもの……。抵抗もしないはずだから、気付かれないようにやってあげて」
逢華の声は時々裏返ったり変な発音になったりしたが、特にタリスが気付いた様子もない。
「いいでしょう。全て約束通りですね。それでは記憶を消去するのは、午後七時。あなた方はそれまでに、給湯室に来てください。いいですね」
そう言い残すと、タリスはその場から煙のように消えてしまった。いよいよ人間離れし始めた。
「……やっぱり、相手は天使なんだよね。どうにかなる、よね?」
「ここまで来たら、やることをやるだけだ。せめて、俺の不運が土壇場で炸裂しないことを祈るよ」
そして―運命の時間が、やって来る。
時刻は午後七時。
校内を歩くタリスは、格好こそいつものスーツ姿だが、流石に視線がいつもよりずっと鋭い。向かう先は―給湯室。
(あとは記憶を消して、任務完了。あの二人もここまでくれば特に抵抗も無いだろう)
給湯室前に着いたタリスは、中の二人に気付かれないようにそっと聞き耳を立てた。
「あーあ、この一ヶ月の大冒険もこれでおしまいかあ。猫さんともお話しできなくなっちゃうんだね」
「まあ仕方ないさ。前世の記憶なんてある方がおかしかったんだし」
給湯室の中からは二人が話す声がした。タリスは抵抗の意志は無いと判断し、記憶を消そうと真正面から給湯室に入ろうとしたのだが、
「ん? この声は―」
グラウンドの方から、生徒達が楽しそうに騒ぐ声が聞こえてきた。
(ふむ……向こうの方が人数も多いようだし、取り逃がしてもまずいからな。先に向こうから処理しておくか)
タリスはグラウンドに急いで向かおうとして、ふと足を止めた。
(まさかとは思うが、念のためだ)
万が一だが、二人が逃げ出す可能性を考慮したタリスはドアに指先を向けた。しばらく目を閉じて何やら唱えると、ドアは微かに輝いた。
今のは天使の使う術の一つで、特定の場所に結界を張って出入りができないようにするものだ。ちなみに、普通の天使なら一瞬で作れる。
(よし、これでいいだろう。さあ、まずはグラウンドから)
普段以上に注意深く行動しながら去っていくタリスは、後ろからその様子をこっそりとのぞいている人影があることに気付いていなかった。
「な……!?どういうことなんだ、これは!?」
タリスを待っていたのは、予想もしていなかった光景だった。
グラウンドには後夜祭を楽しむ学生が集まり、その中に見えるネコミミの付いた頭。そこまではいいのだが、問題はその数だ。ネコミミの数があまりにも多かった。生徒の人数が大体六百人くらい。その中にざっと見積もっても三百人近くネコミミがいる。
これこそ清樹達が仕掛けた最大の罠だった。エカテリーナの占いでネコミミを付けると幸運が訪れるとか、うまく説得する。そこへ後夜祭中の仮装行列と偽って、一郎に集めてもらったネコミミ付きのカチューシャを無料配布することにより、大量のネコミミ人間が完成、というわけだ。良く見れば本物のネコミミとは全く違う物だが、この人数で時間は夜、しかも最もネコミミが濃く見える満月の晩ならば、見分けるのは容易じゃない。
どれだけマヌケなタリスでも、これが全て本物だとは思わないだろうが、まさかこれらが全て偽者だとは思わないだろう。つまり清樹がとった作戦は、木を隠すなら森の中、ではなく、木を隠すなら隣に巨大な森を作れ、だったわけだ。
そして、この作戦に対するタリスの反応は―
「くっ……まさかここまで大量に前世の記憶を持った人間がいるなんて……。天界の調査がここまで穴だらけだったとは」
えー、救いようのないマヌケです、この人。おまけに他人のせいにしやがった。いや、それ以前に前世の記憶が残っている人間の前世が猫ばっかりって絶対おかしいだろう。
「しかもこれだけの大人数の中にいては、普通の人間に危害を加えないように、全ての対象から記憶を消去するのは不可能とでも考えたのでしょうが、所詮は子供の浅知恵。天使の使う魔法陣の効果はこの程度のことでは止められはしない!」
普通の人間には見えない光がグラウンドを包み込む。タリスがグラウンドに仕掛けておいた魔法陣を発動させたのだ。
「こうすれば、普通の人間を巻き込めないだろうと思ったのでしょうが、そうはいきません。この魔法は選ばれた記憶だけを消去する。普通の人間には無害! むしろ、肩こりや腰痛をはじめ、身体の疲れを癒すおまけ付き!」
無駄にサービス精神旺盛だ。
輝きが眩しいくらいに強くなった瞬間、タリスは叫ぶ。
「この世の法則を捻じ曲げる記憶よ、去れ!」
あまりの大声にグラウンドの生徒の視線が集まるが、それよりも早く光が弾けた。
「よし、これで―!?」
タリスの目に映るのは、生徒からすれば突然意味不明なことを叫んだ彼を不思議そうに見つめる生徒達。その頭には、しっかりとネコミミがあった。
「き、消えてない……」
前世の記憶が抹消できれば、当然、前世の象徴であるネコミミも消える。だが消えるわけもない。ただのアクセサリーなんだから。
しかし、タリスは全く気付けない。
(まさか―たった一言の呪文さえも唱えられないほど私はダメなのか……)
仕掛けた清樹達の想像を超えて、とうとう勝手に落ち込みだしたタリスだったが、
「くう、な、ならばもう一回だ。この世の法則を捻じ曲げる記憶よ、去れ!」
当然またもや何も起こらない。不思議そうに見ていた生徒達も、酔っ払ってでもいるんだろう、もしくは、関わったら痛い目みそう、と判断したようで、タリスの方を見るのをやめて再び後夜祭を楽しみ始める。
「これは―本当にどうなっているんだ? まさか、あの二人が魔法陣に何か……仕方ない、まずはあの二人を先に」
大慌てで給湯室まで戻ってきたタリスは、急いで自らが作った結界を解き、中に飛び込んだ。しかし、そこにいたのは清樹と逢華ではなかった。むしろ、人間ですらなかった。
「あれ、先生どうしたんですか? そんなに慌てて」
「その様子だと、見事に引っかかったみたいだな」
言葉を発しているのは、人の顔ほどの大きさをした光る石だった。
これこそが龍の涙。事前に吹き込んでおいた言葉を、その場に合わせて適当に発してくれる。
「あいつら……よくも天使を騙したな!」
顔を怒りに染めて、タリスは二人を探して校舎の奥へと駆けていった。
「……見事なくらい、罠にかかってるな。いや、いいことなんだけど」
「天使だけに純粋、って言ってあげたらいいんじゃない?」
一部始終を全て眺めていた清樹と逢華は、タリスが走り去って行ったのとは逆方向の物影からひょっこり顔を出した。
最初にタリスが給湯室にやって来た段階で、彼らはタリスを見張っていた。グラウンドでの混乱ぶりも見てきたが、ここまでの作戦は完璧以上によくできていた。
「次はどうする、清樹?」
「……本当はこのまま午前〇時まで隠れ切れたらいいんだけど」
そうもいかないだろうな、と一歩踏み出したその瞬間だった。
「そこにいましたか、二人とも」
いつの間にか背後にタリスが出現していた。
「うわああっっ!」
「きゃあっ!」
大声をあげて、二人は転げるようにタリスと距離を取った。そのまま駆け出そうとするが、素早く前に回りこまれる。
「あんなにネコミミがいることにも驚きましたが、まさか魔法陣に細工までしてくるとは思いもしなかったですよ」
いや、違うから。
清樹達にもこの状況でゆっくり説明するような暇は無い。今はどうにか逃げることだけを考えるが、昼間に見せられたような瞬間移動をされたらどうしようもない。
「あっ! アレ見て!」
逢華がタリスの向こう、廊下の奥を指差して叫んだ。清樹が、そしてタリスも振向いて凝視する。
「ええいっ!」
「ぐふぅっ!」
その一瞬の隙をついて、逢華はタリスの股間を蹴り上げていた。不意打ちが見事に決まり、タリスはその場に膝から崩れ落ちた。
「今のうちにっ!」
「あ、ああ、わかった!」
男である清樹がその様子を見て、股間に痛みが走った気がするほど鮮やかな金的蹴りだった。
そのまま動かないタリスから二人は一気に逃げ、何度も曲がり角を抜けて、階段を上下し、ようやく誰もいない教室で一息つくことができた。
「はあ、はあ、はあ……助かったよ、逢華」
「えへへ、アタシも無我夢中で。でも清樹も意外と単純だよね。タリス先生だけを引っかけるつもりだったのに」
結果的にまとめて逢華にしてやられてしまった清樹は、ちょっと恥かしそうに視線を逸らしたが、今はそんなことをやっている場合じゃないとドアの隙間から周りを見回した。今のところタリスが近くにいる気配はない。
「残るこっちの切り札はこの二つか……」
清樹が取り出したのは龍人のおばさんにもらった物、龍の髭と龍の鱗だ。使い方は取説を読んでわかっているが、どちらも直接的な攻撃に使えるようなものではない。だからこそ、おばさんもこれを清樹達に渡すことができたのだろうが、流石に工夫でどうにかするのも限界に近かった。その時、
「そこにいるのはわかっていますよ? ここは三階。教室の中に入ってしまっては逃げ場もありませんね」
次の行動を考える間もなく、タリスが二人を追って現れた。明らかにまだ廊下の端の方にいて、この教室の中が見えてもいないのに、タリスは二人の位置を言い当ててきた。
「龍の涙とは珍しい物を持っていましたが、どうやら他にも持っているようですね。私も一応は天使。そういった特殊なアイテムの波長をたどることくらい、ある程度の距離まで近付けば簡単にできるのですよ」
言っている間にも、タリスは変わらぬペースで教室に近付いてくる。
(くそ、思いきって飛び出すか? いや、普通に飛び出したんじゃあ次の手を考える暇もない)
「とにかく隠れるんだ。隙を突いて一発食らわせてから逃げるぞ」
「うん、わかった」
二人が大慌てで隠れた直後、タリスは一年三組の教室の前で足を止めた。そしてためらうことなくドアを開けると、一直線に二つ並んだロッカーに向かう。そのロッカーは掃除用具入れなのか、人が一人入るくらい簡単な大きさがあった。
「色々と頑張りましたが、最後は子供っぽい隠れ方でしたね」
タリスはロッカーに手をかけて、ゆっくりと扉を開けた。そこに現れたのは、清樹でも逢華でも、そして掃除道具でもなく、空中にプカプカと浮かぶ火の玉だった。
「こ、これは、ファイアボ―」
言い切る暇もなく、火の玉はタリスの顔面に向かって飛んできた。タリスも慌てて身を捻って避けるが、それでも前髪にかすってわずかにコゲた。
「何故こんな所にファイアボールのトラップが!?そもそも、普通の人間にこんな術が使えるわけがない!」
炎の魔術、ファイアボール。炎の魔術としては最も基本とも言えるものだが(メ●みたいなもの)、当然一般人には使えない。
などと言っている間に、野球ボールほどだった火の玉はどんどん大きくなり、直径一メートルほどの大きさになっていた。しかも、じりじりとタリスに向かって近付いている。
「この上自動追尾式だと!?そんなバカな!」
大声で刺激してしまったのか、ファイアボールは猛スピードでタリスに突撃してきた。普段なら、いくらタリスがダメ天使といっても苦戦するような術ではないが、とにかくメンタル的に未熟なこの天使はパニックを起こして対処が一瞬遅れてしまった。
「うおおぉっ!」
結果、彼の身体はファイアボールに押し出される形で、窓の外に飛び出してしまった。高さは三階。ここから落下するだけでも十分すぎるダメージだが、目の前のファイアボールには遠慮する、などというプログラムは組まれていなかった。
ドーン! という花火を思わせる景気のよい音でファイアボールは大爆発したのだった。
「……結局、何がどうなったんだろうね?」
「全然見当もつかないけど、とりあえずタリスはどこかに行ったみたいだな」
隠れていた一年二組の教室から顔を出した清樹と逢華は、そっと教室を抜け出した。隠れる時に手放しておいた龍の髭と鱗をポケットに入れると、
「これを目印に追ってくるっていうんなら、逆にこれを使っておびき寄せてやる」
タリスがまたしても口を滑らせたおかげでチャンスを掴んだ清樹は、再びやる気を燃え上がらせていた。毎日毎日不運に襲われ続けている清樹なだけあって、どうすればしょうもないことで相手の心を折ることができるか、よーくわかっていた。
しかも、相手に遠慮する必要がないからか、それともピンチの連続にテンションが上がってきたのか、次第にSっ気が出てきている。
「そうだね。どうせこれ以上は逃げ切れないだろうし、うまくしたら龍の髭の力でどうにかできるかも!」
もともと考えるより行動派の逢華としても、反対する理由はない。二人は罠を仕掛ける場所を探して廊下を走っていった。
そのついでに謎の爆発があった教室の中をちらっとのぞくと、掃除用具入れの隣のロッカーが半開きになっていた。
中には龍の牙が厳重に保管されていて、ロッカーの扉には、〈占い研究会専用ロッカー、 開ける者には炎の制裁を与える〉と書き込まれていた。
「前世の記憶があるだけの、ただの人間にここまで苦戦するなんて……。セリオン様に知られたらまたお叱りを受けるだろうな……」
普通の人間ならまず死んでいるほどの衝撃だったが、そこは一応天使。タリスは骨折一つすることなく三階まで戻って来ている。
ただし、ダメージが無いわけではない。金的蹴りの痛みはまだ残っているし、落下の衝撃と炎で身体は擦り傷だらけで服はボロボロ。とどめに、髪の毛が炎に巻かれたせいでチリチリのアフロヘアーになっていた。
「龍のアイテムの反応は―四階か。ちょうどいい、こうなったら多少荒っぽい手段を使ってでも、確実に無力化して屋上の魔法陣に引きずり出すとしよう」
階段を上っていくタリスだが、さっきまでとは警戒心が違う。両手は魔力を帯びて薄ぼんやりと輝いていて、たとえ魔術攻撃がきても今度は即座に対応できる。
そこへヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。何かの罠かと思い、慎重に周囲を警戒しながらそれを手に取ると、そこには一言、
〈バカが見る〉
「……やはり、一発キツイのを食らわせてあげないといけませんね」
しょうもないイタズラに腹を立てながら一歩踏み出すと、今度は足元からねちゃり、と粘着質な音がした。
「……ねちゃり?」
嫌な感触のした足裏を見ると、ガムがへばりついていた。そこへ再び紙が―
〈ガムを踏む〉
「……あ・の・クソガキどもが!」
流石に清樹は心得ていた。狙い通りタリスの中では警戒心より怒りの方が強くなってきている。慎重だった足取りも次第に速くなり、四階に着く頃には周りを警戒せずにずんずん進むようになっていた。
「二人とも、今すぐ諦めて出てくれば危害は加えない。だがこれ以上抵抗するようなら、少し痛い目にあってもらう」
本当は人間を傷つけることは原則的に御法度だし、タリスにも本当に攻撃を当てるつもりはない。もっとも、彼の場合は間違って当たる可能性は多々あるが……。まあわかりやすく言えば、これはオーソドックスな脅しだった。
しかし、しばらく待っても返答は無い。
(出てくる気は無いか……だったら無理矢理にでも屋上に引きずり出す)
いよいよ力ずくでいくことに決めたタリスは、龍のアイテムの居場所を探ってみる。
(近くの教室に一つ。それと……屋上への階段に一つか)
反応はタリスから三番目に近い教室から出ていた。さらにさっきは清樹達の方の反応を見落としてしまっていたが、今度は意識が戦闘モードに入っていたおかげで、多少距離のある廊下の突き当たりにある屋上への階段から出ている反応もしっかり捉えていた。
とりあえず近くの標的から狙うことに決めたタリスは、教室のドアを開けようとしてふと気付いた。ドアの手をかける部分に、またしてもガムが貼りつけられている。
「……天使をなめるなよ! 貴様ら!」
ドアと壁の隙間に手をかけて、思いっきり開くと―頭にぽふ、という軽い衝撃があった。
最近はめっきり見なくなったが、昔からあるいたずら、黒板消しトラップだ。アフロになった髪の毛が白に黄色に赤と様々な色の粉だらけになる。
タリスは口許を怒りでひくつかせながら、教室の中にいる人影を睨みつける。
「随分と、好き勝手をしてくれたなあ、蒼葉清樹!」
「少しは不運な人間の気持ちがわかったか?」
清樹は不適な笑みを浮かべて、悠然とタリスを待ち構えていた。その隣には山と積まれた様々な道具。ただその道具は龍のアイテムのような特殊なものではない。
「どうやら、観念する気はないようだな。だが、そんなもので天使に抵抗できると思うのか?」
「お前みたいなマヌケ相手なら、意外とわからないかもよ!」
同時に山の一番上にあった、先生用の大きな分度器を投げつけた。だが当然その程度の攻撃が効くわけもなく、タリスは淡く輝く手で小枝でも払うかのように簡単に弾いてみせた。
「まだまだ!」
それでも清樹は続けて三角定規、コンパスと先生用の大きな文房具を投げ続け、それがなくなると地球儀や辞書まで投げつける。
「無駄なことだ」
辞書には内心ちょっとビビリながらも、タリスはそれらを次々と弾いた。だが清樹にはちゃんと狙いがあった。物を投げつけながら、隙を見て後ろに隠していたバケツを持ち上げると、中に入っていた水をタリスにぶちまけた。
「なっ―!」
いくらなんでも水を弾くことはできず、頭から水をかぶるタリス。普通ならただ冷たいだけで終わりだが、今のタリスは違った。
「水なんかで私が怯むとでも―痛い! あ~あ~目がぁ~目がぁ!!」
頭のチョークの粉が水に溶けて目に入るわけだ。私も試したことはないが、もの凄く目が痛いらしい。あとそこ、ム●カ大佐とか言わない。
まあ何はともあれ、タリスの目を一時的にとはいえ塞いだ清樹は、素早く横をすり抜けて廊下へ飛び出した。すれ違いざまに落ちていた黒板消しを拾い、さらに顔面に投げつける。
「ぐああっ、目が―(以下略)」
清樹は苦しむタリスを振り向きもせず、一直線に屋上に続く階段へと駆けていく。
タリスもまだ視界はぼやけているが、怒りも露に後を追う。途中に置いておいた机やら椅子やらにもガンガンぶつかるものの、そんなことは気にならないくらい頭にきているようだ。
(よしっ、完全に頭に血が上ってる)
清樹は予定通り追ってくるタリスを確認すると、逢華が待っている階段を駆け上っていく。踊り場まで来ると、そこには龍の髭を持った彼女がいた。
「清樹、様子はどう?」
「ばっちりだ。視界も悪いし、警戒もせずに追いかけてきてる。龍の髭を!」
逢華は龍の髭の両端を左右の手で持つと、思いっきり引っ張った。すると、今まで五、六センチしかなかったものが一息で一メートル近くにまで伸び、さらに引くと四、五メートルほどのロープになった。
これが龍の髭の効果だ。どんな者にも、たとえ天使でも引きちぎることができないロープになる。
二人はロープの両端を持つと、踊り場の影になっている部分で構えた。冷静さを失った相手なら、この程度の罠でもつまずくはずだ。あとはそれを縛り上げて、午前〇時を超えれば二人の勝ちだ。
そしてロープを張った直後、階下からドタバタと駆け上がってくる音がする。
「くそっ、うおっ! ぬあぁぁっっ!」
どうやら視界が悪過ぎて上手く階段を上れないようだ。それでも辛抱強く息を殺していると、勢い良くタリスがやって来た。二人の存在には一切気が付いていない。
「今だ!」
叫ぶと同時に二人は強くロープを引いた。
「うおっ!」
清樹が予想した通り、タリスは見事と言っていいほど完璧に足をロープに引っ掛けた。そのまま顔面から地面に着地する。おまけに打ち所が悪かったのか、人間より数段身体が丈夫な天使のくせに気絶してくれている。
「やった! これであとはこいつを縛り上げてお終いだ!」
「これでアタシ達の記憶は消されずに済むんだ! やったね、清樹!」
いつもハイテンションな逢華だけでなく、この時ばかりは清樹も一緒になって跳びはねて喜んだ。手を取り合ってジャンプしたり、何度もハイタッチしたりしながら歓喜の声をあげる。そうやってしばらくはしゃいでから、
「よし、早いところ龍の髭でタリスを縛るぞ」
「うん! これであとは待つだけだね」
しかし、この油断がいけなかった。
清樹も自分で言っていたのに。
―俺の不運が土壇場で炸裂しないことを祈る、と。
二人が喜んでいる間に飛んできた一匹のハエがいた。そのハエは気絶したタリスの顔の周りを飛び回り、
「う~ん……」
タリスは無意識に〈魔力のこもった〉右手を振った。
その途端―踊り場を光が包み、猛烈な衝撃波が三人をまとめて吹き飛ばす。
「うわああっっ!」
「きゃああっっ!」
清樹と逢華は壁に思いっきり叩きつけられて気を失い、逆に術者のタリスは更に衝撃を受けたことで目を覚ましてしまった。
「む……何があったんだ?」
ぼやける視界で階段を上っていたはずなのに、目の前でターゲット二人が倒れている光景に、タリスはわけがわからなかった。
「どうしてこういう状況に―いや、どうでもいいか」
もっとも、深く考えない性格の彼としては、目的が達成できればそれでいい。倒れている二人をそれぞれ片手で軽々と持ち上げると、屋上へと上がっていった。
「う……ここは、いったい?」
清樹はコンクリートに寝かされた背中の冷たさで目を覚ました。隣では逢華が未だに眠っている。
「目が覚めたようだね」
不意にかけられた声の方を向くと、タリスはどこからか取り出した鏡を前に髪を整えていた。スーツもどうやったのか綺麗な状態になっている。
「最後くらいきちんとした格好で終わらないとな。ああ、もう逃げ道は塞がせてもらっている」
タリスの後ろに見える階下へ通じる扉は薄く光っていて、既に結界で閉じられているのは明らかだった。
「ん~? あれ? アタシ達どうなったの?」
二人が話している間に目覚めた逢華も、しばらくは起き抜けで呆然としてしまっていたが、そこにタリスが立っていることに気付くと、素早く立ち上がって警戒した。
それとほぼ同時に髪の手入れが終わったタリスは、煙のように鏡を消し去り、二人に圧力をかけるかのように一歩踏み出した。
「本当に、本当に色々と抵抗してくれましたね。どこからかあれだけ大量のネコミミを持つ人間を集め、龍のアイテムを使って、不意打ちで急所攻撃。果てはファイアボールの罠まで駆使する―」
えー、いくつか彼の勘違いや清樹達が関係していないトラップもあったが、まあタリスが酷い目にあったという点は間違いない。
「―かと思えば、子供騙しのイタズラまがいのことを……おかげで宮●駿監督に怒られかねないセリフまで連呼してしまったではないか! 色々と危ないだろ! コ●ミとディ●ニーとジ●リの著作権に対する異常な厳しさを知らないのか!」
この天使はスタジオジ●リの映画をご存知らしい。おまけに最近の著作権にうるさい業界についてもよく知っているようだ。
興奮してぜーぜーと肩で息をしていたタリスは、一度深呼吸して気分を落ち着かせると話を本題に戻す。
「とにかく、君達二人の持つ前世の記憶、そしてこの数週間で知ってしまった我々天使についての情報は、この世にあってはならないものだ。今こそ、完全に消させてもらう」
タリスが右手を挙げると、屋上にグラウンドにあったのと同じ魔法陣が出現した。それは屋上の中心から広がり、清樹と逢華をその中に取り込み、タリスの手前で止まった。
「まずいっ! 逃げるぞ!!」
「う、うんっ」
階下への逃げ道は無いとわかりながらも、とにかく記憶を消されまいと魔法陣から飛び出そうとする二人。だが、この魔法陣を発動させるのはたった一言の呪文。いくらタリスが無能でも、二人が魔法陣から出るのをみすみす許すわけがない。
「無駄な足掻きを。この世の法則を捻じ曲げる記憶よ、去れ!」
同時に魔法陣が眩い光を放った。タリスはその光景を満足そうに見つめ、清樹と逢華はまるで互いを忘れまいとするかのように、光の中で身を寄せ合う。
やがて光は全て消え去り、何もなかったかのように暗く静かな屋上に戻っていく。
「やれやれ、無事に終わったようだな」
魔法陣の中では清樹と逢華が倒れていた。今度こそ成功を確信したタリスは、今までの腹いせに額に落書きでもしてやろうと近付いていき―そこで気付いた。
ネコミミが、ある。
「なぜだぁぁぁっっっ!!」
タリスが絶叫したくなるのも当然だった。呪文は完全に正しかったし、魔法陣からも二人に向かって魔力が確かに照射されていた。今だって二人は倒れて―
「だというのに、何故、何故ネコミミが消えていない!?」
「……なんでかわからないけど、助かったみたいだな」
「本当だ! ばっちり記憶残ってる!」
タリスの叫び声に応えるように、二人は起き上がっていた。ただ二人にしてもどうして記憶が消されずに済んだのかわからず、きょとんとしていた。
「と、とにかくもう一度だ。この世の法則を―あーっ!!」
呪文詠唱を中断して、タリスは二人の奥に転がっている一斗缶を声と身体を震わせながら指差した。わずかに側面が凹んでいるそれは、清樹が蹴飛ばしたものだ。
「魔法陣の構成パーツをずらしていたのか!?偽装したパーツに気付いていたとは、おのれーっ!」
そんなものはもちろん偶然に過ぎなかったが、これが最後のチャンスだった。いち早く状況を理解した清樹は真正面からタリスに掴みかかる。
「させるかっ! このまま日付が変わるまで粘れば、俺達の勝ちだ!」
「そんなことを許すと思うのか!?まだ一〇時にもなっていないというのに!」
言い争っている間にも、タリスは力任せに清樹を引き剥がそうとしている。清樹も死ぬ気で掴んでいるが、元々の力が人間と天使では違い過ぎる。
「アタシも手伝う!」
「待て!」
逢華も清樹に続いてタリスに飛び掛ろうとしたのを、他でもない今にも振り切られてしまいそうな清樹が止めた。
「それよりもあの一斗缶を起こすんだ!」
「でも、あれを元に戻したら魔法陣が復活しちゃうんじゃないの?」
清樹の意図がわからず戸惑いながらも、とりあえず一斗缶へと駆け寄る。
「何をするつもりかわからないが、それに触れるな!」
話している間に、タリスはとうとう清樹を振り切って逢華と一斗缶に迫る。地面に転がされた清樹は、そうはさせまいとポケットから龍の鱗を取り出すと、一瞬で座布団サイズに大きくしてタリスの足へと投げつけた。しかし龍の鱗はタリスの足には当たらず、彼の進む先の地面にふわりと落ちた。
「そんなものを投げつけた程度で―ええぇぇっっ!?」
龍の鱗の効果。めちゃめちゃよくスベる。
これ以上無いほど使い道のないアイテムだったが、今回は見事にハマった。タリスの足は鱗の端を踏んだだけだったのに、身体が宙に浮き上がるほど見事に足をスベらせ、そのまま半回転して頭から地面に落ちた。
脳天直撃セ●サターンだ(最近の子にはわからないか……)。
「うぐごおおぉぉぉぉっっっ!」
今回は気を失いはしなかったが、半端じゃない痛みにタリスは地面を転げ回った。それも当然で、人間の頭頂部、頭のてっぺんは人体急所の一つだ。人型である以上、しかも肉体を持っている状態なのだから、天使も肉体的な急所は人間と変わらない。
しかもこの急所の名前が〈聖門〉ときたものだから、本当の聖なる門を守っている天使にとっては皮肉もいいところだ。
「今だっ!」
素早く起き上がった清樹は転げ回るタリスを遠慮なく蹴飛ばして、魔法陣の中心に戻した。さらに後ろから飛び掛って羽交い絞めにする。
「早くその一斗缶を起こして呪文を唱えるんだ! そうすれば、タリスの中から天使の記憶を消せるはず。それでこいつは普通の人間と変わらなくなって、記憶を狙われる心配はなくなる!」
「そんな方法が……! で、でも、そのままだと清樹も一緒に記憶を―!」
「そ、そんなことをさせてたまるか! そんなことになったら、私は天界に戻ることすらできなくなってしまうではないか!」
清樹に締め上げられているタリスは、既に先ほどのダメージから立ち直りつつあった。清樹を押し退けられないところを見るとまだダメージが抜けきってはいないようだが、清樹が押さえるのをやめた途端に逢華に飛びかかってくるだろう。
つまり、羽交い絞めを押し退けたタリスに魔法陣から抜け出されるか、清樹が押さえている間に彼もろともタリスの記憶を消してしまうか、二つに一つだ。
「逢華急げ! 二人とも記憶を消されるよりはまだいい!」
運動部でもない清樹は大して力が強いわけでもない。いつまでも体力は続かないし、タリスのダメージは時間が経つほどに抜けていく。
だがそれがわかっていても、逢華には清樹を犠牲にすることはできなかった。というかそれ以前に、
「だってアタシ、呪文覚えてないもん!」
そりゃあ確かにどうしようもない。
「この世の法則を捻じ曲げる記憶よ、去れ、だ! 早く!」
いよいよ体力の限界が近い清樹は逢華のボケにはツッコミもせず、叫びながら必死に力を込める。タリスも清樹の覚悟を感じたらしく、一歩ずつではあるが確実に逢華へと近付いていく。
「う~、だけど……」
戸惑いながらも一斗缶を起こす逢華。同時に魔法陣が短く光り、正しい状態に戻った。これであとは呪文を唱えるだけなのだが―
「やっぱり言えないよー!」
逢華は清樹の指示を無視して、魔法陣の中に飛び込もうとしている。清樹と一緒にタリスを押さえつけるつもりだ。それを咄嗟に悟った清樹は、
「仕方ない……この世の法則を―」
自らの手で自分とタリスの記憶を消すべく呪文を唱える。
ここまで必死に守り抜いてきた記憶を、最後に自分の手で失うことになる。これはこれで、確かに不運な清樹らしい幕引きだろう。
「―捻じ曲げる記憶よ」
だが―基本的に清樹の不運はせこくて地味な、まるで嫌がらせのようなものだということを忘れてはいけない。そして、やはり今回も清樹の持つ不運はこのオチが気に入らなかったようだ。
つまり、自分が犠牲になることで女の子を守ってオシマイ。そんなのはこいつには格好良すぎる、と。
「―去べっ!?」
タリスを押さえ込むのに必死になっていた清樹は、足元を全く意識していなかった。そこにあったのは、さっきタリスを盛大に転ばせた龍の鱗……。それを踏んでしまった清樹の末路は言うまでもない。
「ふ、ふふふっ。まだ神は私を見放しておられなかったようだ」
頭を打って気絶した清樹を払いのけて、タリスは逢華へと迫る。その距離はわずか数メートル。時間にして数秒だ。
「それ以上近付いたら、呪文、唱えてやるんだから!」
精一杯強がって叫ぶ逢華。けれどその瞳は震えていて、そんなことはできないと言っているようなものだった。
「無理をすることはない。苦しまないように、二人仲良く記憶を消してやる」
一歩ずつ距離を詰めてくるタリス。いよいよ手を伸ばすだけで届く距離まで近付かれた時、逢華は一斗缶に手をかけた。
「だったら、これを下に投げ捨ててやる! そしたら魔法陣も動かないんでしょ!?」
その手に渾身の力を込めて持ち上げようとするが、どうやら中身がぎっしりと詰まっているらしく、女の子の腕力ではなかなか動かない。
「う~ん……お、重い―」
どうにか数十センチ持ち上げたが、フェンスを越えて投げ捨てるのはまず無理だ。だからタリスは何も慌てる必要はないのだが、ここまで散々やられてきたタリスはつい焦ってしまった。
「そうはさせない!」
逢華に一気に駆け寄り、それ以上動かさせまいと彼女の腕を掴んだ。
「大人しくそれを置け!」
「いやーっ!」
必死に抵抗する逢華だったが、疲労に加えて手のひらに浮かんできた汗のせいで手から一斗缶が滑り落ちてしまう。
(落としちゃう……もう、どうしようもないの……?)
「よーし、これ―でぇぇぇぇっっっ!!」
歓喜の声になるはずだったタリスだったが、その声は絶叫だった。その理由は単純。
中身がぎっしり詰まった一斗缶が、彼の右足小指の上に落下していた。
「っ―! ……っ!」
叫べたのも一度だけで、あまりの痛みに言葉にならない声をあげながらうずくまるタリス。そりゃあそうだろう。足の小指は鍛えようもない。
「えっと……」
逢華は倒れているタリスを横目に見ながら、気絶している清樹を魔法陣の外に引きずり出した。そして、タリスの小指を強烈に痛めつけて倒れている一斗缶を再び起こす。
「この世の法則を捻じ曲げる記憶よ―」
「ちょ、ちょっと待て! まさかこれで―」
ありえないほどあっけない終わりの予感に、痛みを懸命にこらえてタリスが叫ぶ。
が、既に遅かった。
「去れ」
魔法陣が淡い輝きを放つ。光はタリスの身体に収束していき、彼の全身を包むのと同時に、魔法陣ごと弾けて消えた。
残されたのは魔法陣の影響で完全に気を失ったタリスと、頭を打って気絶中の清樹。そして、あっけなく止めをさすことになった逢華。
「あの、これで終わり、なのかな?」
はい。これで本当に―おしまいです。
あ、でも実はもうちょっとだけ続くんですよ?




