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第二章 不運な少年(イマイチのれないオレ)と情熱の(イタい)ツンデレ

   第二章 不運な少年(イマイチのれないオレ)と情熱の(イタい)ツンデレ


「うーん、今日も気持ちのいい朝だねえ」

 引っ越してきたばかりで、まだ見慣れない天井を見上げながら、名神逢華は目を覚ました。そこにすぐさま飛び乗ってくる三毛猫がいた。飼い猫のミケだ。

『おはよう、逢華ちゃん。昨日あんなことがあったのに元気ねぇ』

 昨日帰宅してから、逢華は学校であったことの全てをミケに話していた。親にはもっと幼い頃には何度も話したことがあったが、信じてもらえるわけもなく、二年前から一緒に暮らしているミケには色々と相談に乗ってもらっていた。

 最初の頃こそ赤ん坊だったミケを、意思疎通できる逢華が何かと世話していたのだが、猫の精神的な成長は人よりずっと早く、今ではすっかり大人びたミケの方が逢華にとってのお姉さん的立場だ。

「うーん、タリス先生にばれないようにしなきゃいけないけど、普通にしてれば大丈夫だと思うし」

『あなたの普通はちょっと危なっかしいのよ……』

 ミケは基本的に家の外も中も自由に出入りできるので、逢華が他の人と比べてちょっと、いや、かなり天然なことに気付いていた。そういう意味では、この物語で清樹の次に苦労人(苦労猫?)なのはミケかもしれない。

「大丈夫! アタシだけだとドジすると思うけど、蒼葉君も一緒だし」

『まさか、あなたみたいな人間が他にもいるなんてねぇ。一度、その人にも会ってみたいわね』

 そう言いながらミケが心の中によぎったのは、清樹に対する同情だった。

『それにしても楽しそうね』

 いつも陽気な少女だが、鼻歌まで歌いながら着替えているのは珍しい。いつもなら、ベッドの上でゴロゴロしながら、ミケにじゃれついて遊んでいるだけにミケも不思議に思ったようだ。

「だって、今まで人間でアタシの秘密知ってる人って誰もいなかったんだもん。こういう秘密の共有って何か楽しくない?」

 はしゃいだ調子で答えると、逢華は朝食を食べに部屋を出て行った。

『楽しいのはいいんだけど、ねえ……』

 残された左右バラバラの靴下を見て、ミケは一人溜息をついた。朝日の当たるバルコニーで二度寝したいところだが、まずはこれを届けなければならないようだ。

 ミケは靴下を片方加えると、半開きになったドアに体を滑り込ませた。



 いつもと変わらないはずの朝、桜ノ台中学校の校門周辺はにわかに学生の注目を集め、騒がしくなっていた。それもそのはず、校門の前で二人の人間がとんでもない話題で熱く語り合っていたからだ。

「やっぱりネコミミは最高ですよお~! あの感情に合わせてピコピコ動く感じがなんとも言えずに萌え~!」

「ほう。ネコミミはそんなにいいかね。例えばどんなのがあるんだい?」

 そのうちの一人。ネコミミについて興味あり気に尋ねているのはタリスだ。

 そして、もう一人―

「そうでございますな~、この《マジカルキャットりりかちゃん》など僕的には実に萌え萌えでおすすめですねえ~」

 原色がやたらいっぱい使われた雑誌をめくりつつ、アニメのキャラクターの一人を示す小太りの少年。手にはノーフィンガーグローブ、額にはバンダナ、洒落っ気の全くないメガネ。世間一般でいうオタクのイメージそのままの風貌だった。

 いや、容姿だけで人を判断するのはよくない。ただ、セリフを見てもらえば分かると思うが、彼は心の底からオタクだ。

 周囲の生徒にしても、この少年が一人で騒いでいるだけなら、ちらっと見るくらいでさっさとその場を立ち去る。ただ、そのオタクトークに見た目モデル並みのイケメン金髪外国人が興味深そうに話を聞いている。これは足を止めて見たくもなる。

「ふむふむ。このりりかちゃんという子は随分目が大きいんだね」

「そこがりりかタンの萌え萌えポイントでござるよ~。この大きな目で、しかも上目遣いで見つめられてネコミミ動かされたら、動かされたら……萌え~!」

 興奮して人目があることを忘れているのか、それとも元々そんなことなど気にしていないのかはわからないが、流石にその異様なテンションの高さに遠巻きに見ていた生徒達は目に見えて引いていた。

「つまり、君はネコミミが大好き、ということで間違いないのかな?」

 対するタリスは冷静そのものだ。ただ会話の内容が内容であるため、少年よりも見方によってはよほど危なく見える。

「ええ! メイドさんも好きですけど、やっぱりネコミミが最高に萌えですよ!」

「よくわかった。ありがとう、参考になったよ。ところで君の名前は?」

「一年四組の(たく)一郎(いちろう)です。あ、これよかったらお近づきの印にどうぞ」

 そう言って、さっきの雑誌に載っていたキャラクターがプリントされているバッジを渡すと、宅一郎(一二)は校舎へ歩いていった。


「朝からまた妙なことに……」

 今の一連の流れを他の生徒と一緒に見ていた清樹は、本当に頭が痛そうだった。

 今日は学校に登校してくる間に何も厄介事に巻き込まれなかったので、何か良いことあるかも―と思っていた矢先にこれだ。

(相変わらずタリス先生は的外れなことやってるみたいだけど……なんだろう、あのアホな行動見てると、なんか腹が立つというか、さらっと流せないというか)

 人はそれをツッコミ体質と呼ぶ。

「おっはよ! 蒼葉君」

 元気のいい声に振り向くと、目の前(距離にして約二センチ)の所ににっこり笑う逢華の顔があった。

「うわっ!」

 飛び退いた清樹の顔は、驚きと思春期特有の照れで真っ赤だ。タリスとは違った意味で、逢華にも清樹は振り回されてばかりだ。

「お、おはよう名神さん」

 どうにか表情を整え、答える。

「さっきのってタリス先生だよね? 今度は何があったの?」

「いや、それがさ……」

 教室に向かいながら、清樹はさっきあったことを話した。逢華は終始笑って聞き、

「でも、その子が疑われてるんならアタシ達が気付かれない可能性は増えてきたよね」

「だといいんだがな。あの人無茶苦茶過ぎて、なんかとんでもない所からばれそうな気がするよ」

 心配性でツッコミ体質で不運。どこまでも胃を傷めそうな人間だけども、それに親近感を覚えるのは私の実体験からだったり……。

 まあ、そんなことはともかく、今後の対応策を小声で相談していた二人の前に、黒い影が飛び出してきた。

「ん?」

「うわぁ♪」

 目の前に飛び出してきたのは真っ黒な仔猫だった。生後二、三ヶ月といったところだ。

「どうしたんだろ、迷い猫かな?」

『…………』

 何も喋ってくれないので、猫と会話できる二人にも事情がわからない。

 抱えあげようとして逢華が手を伸ばすと、仔猫はスルリとその手を避けて、廊下を駆けていく。そして、一人の少女の前で立ち止まった。

「あなた達―ちょっといいですか……?」

 声をかけてきた少女を見て、清樹が思ったことはただ一つ。

(もういい加減にしてくれ……)

 その少女は規定の制服を着てはいるのだが、その上から真っ黒なマントを羽織っていた。そして、これでもかと言うくらい無表情だった。まるで能面のようだ。

「黒猫にマント……なんだか魔法使いさんみたいだね」

 逢華は逢華で、素直に興味津々のようだ。

 相手の少女も魔法使いという言葉が気に入ったのか、器用に口角だけを少し吊り上げて笑うと、

「私の名前は、天道院(てんどういん)エカテリーナ一七世……。あなた達、何か困ったことに巻き込まれていますね?」

 いや、どんな名前だよっ!

(いや、どんな名前だよっ!)

 どうやら清樹も私と同じ感想のようだ。こちらの事情を言い当てられたことよりも、頭の中は名前に対するツッコミで一杯だった。

「どうしようか、蒼葉君? この子には何かわかるのかな?」

 横から小声で逢華が尋ねてくる。彼女はこの強烈な名前についてはさらりと流せてしまったようで、思っていたより冷静に清樹の判断を待った。

 ツッコミで対処しきれないボケも、毒をもって毒を制す要領で、強烈な天然ボケなら処理できることもある、ということか。

「えっと、その前に君は……」

「失礼しました。私は占い研究会に所属する一年生です。名前は先ほど名乗りましたね」

 名前についてはツッコミ禁止ということだろうか。あまり深く関わるのも色んな意味で危険な気がした清樹は、スルーすることにした。

「俺は普段から色々不運な目にあってるから、どれのことだかわからないなあ。名神さんは?」

「アタシも特に無いかな。どうしてそう思ったの?」

 基本的に嘘をつけない逢華は、表情が若干ぎこちなかった。それにエカテリーナが気付いたのかどうかはわからないが、彼女はポケットからタロットカードを取り出して、シャッフルし始めた。

「……私の趣味は、朝登校してくる生徒をランダムに占うことでして―今朝はあなた方が偶然目に止まったので占ってみたのです。そうしたら―」

 シャッフルしたタロットカードの山を、上から順に三枚めくる。そこから出てきたのは「月」「塔」「死神」の三枚のカード。

「何度やっても、お二人を占うとこの結果が出るのです……」

 エカテリーナの説明によると、タロットカードはカードの向きや、その配列で色々な意味を持つのだが、今回の場合はそれぞれのカードが示す意味は、「思わぬ危険が待ち受ける」「人間関係の破壊」「悪い結果」だという。

「いくらなんでも、そんなに悪い意味ばかり重なるはずが……」

「そう思われるのでしたら、どうぞ」

 再びよくシャッフルしたカードを扇状に広げたエカテリーナは、それを清樹達の前に突き出した。引いてみろ、と言わんばかりに。

(そんなことがあるわけが……)

 一番上のカードは避け、真ん中辺りから一枚抜く清樹。そのカードは―

「月……」

 今度は同じように逢華へカードを向ける。逢華は素直に一番上から引くと、

「塔、だね」

 そして最後に残ったカードを、足元の猫に向ける。黒猫は無造作にその内の一枚を前足で払った。宙を舞ったカードが廊下に落ちる。

「死神、でしたね」

 手品なのか、それとも本当にタロット占いの結果なのかはわからないが、エカテリーナの言った通りの結果にしばし呆然とする二人。

「占いの結果の通りになるわけではありません……。人の運命は常に変わりますから」

「あ、山田さんおはよー。早く教室行かないと遅刻しちゃうよー」

 通りすがりの女子が声をかけて過ぎ去っていった。山田さんと呼ばれたのは、視線の方向とか状況を考えると、間違いなくエカテリーナ。

「…………」

「……山田さん?」

「それでは、失礼します―」

 気まずい空気を察した彼女は、まるで床の上を滑るかのようにその場から去った。

 天道院エカテリーナ一七世。その本名は山田よし子(一二)。彼女もまた、筋金入りの変人だった。


「この、バカーっ!」

 朝からバカ天使、ネコミミ好きのオタク、オカルト娘と三連発で奇妙な人間と遭遇する羽目になった清樹は、教室のドアを開けようとして手をかけた所で聞こえてきた大声にびくっ、と身を固めた。

(こ、今度は何だ!)

 その場から逃げる暇もなく、内側からドアがバン! という音をたてて開かれた。

「へ、ヘンな勘違いしないでよね! お母さんに頼まれただけなんだから!」

 黒呼はそう言い捨てると、教室から飛び出してきた。

「お、おはよう、猫谷さん」

「おはよう、蒼葉君。まったく、何でアイツってばあんなにバカなのかしら!」

 そう言って自分の教室に帰っていく黒呼の表情は、パッと見には怒っているようでも、どこかこのやり取り自体を楽しんでいる雰囲気があった。

「で、今度は何をやったんだ、お前は?」

 今朝の三人に比べればよほど微笑ましいやり取りに、苦笑を浮かべつつ清樹が教室に入ると、斗貴は手に持った写真を見てニヤニヤと笑っている。

「いやー、この前ウチと黒呼の家族で動物園行って来たんやけどな、これがその時の写真や!」

 差し出された写真には、サル山をバックに斗貴と黒呼が並んで写っていた。それだけなら普通なのだが、いつもと違う点が一つあった。黒呼の表情だ。

「へー、猫谷さんがお前といてこういう風に笑う時があるんだ」

 写真の中の黒呼は照れても怒ってもおらず、にこやかに笑っていた。

「せやねん。学校では恥ずかしがってなかなか笑ってくれへんし、この写真も他の家族に見つからないように、黒呼の母ちゃんが撮ってくれたんや」

 ようするに、母親以外は家族の前ですら斗貴と一緒にいるのが恥ずかしいようだ。素直になりさえすれば最強のバカップルにも成り得るが、この状態を何年も続けてきたと思うと、斗貴の苦労が知れるというものだ。

「せやから、この写真のことは絶対に他の奴には内緒やで。長年の付き合いのお前やから話したんやからな」

 そう言ってやたら嬉しそうだった斗貴の表情が、放課後には一変することになる。



 担当場所の校門前の掃除を終えて、教室へ帰る清樹はご機嫌だった。

 朝に色々あったものの、今日は英語の授業もなかったし、他の時間でタリスと遭遇することもなく、清樹としては実に平和な一日だった。昼休みの時点で逢華にも会って確認したが、あちらも特に問題は無いようだ。

「よっし、じゃあ後はタリス先生に何か感づかれたりしないうちに、さっさと帰るだけだな」

 周りに聞こえないように小声で呟くと、軽い足取りのまま教室に入った。その瞬間―

「清樹~!」

 泣き出さんばかりの勢いで斗貴が駆け寄ってきた。

「な、なんだよいったい!?」

「く、黒呼が、黒呼が他の男と~!」

「猫谷さんが?」

 清樹としてはちょっと想像できないことだった。今朝すれ違ったときや写真の中の黒呼の表情を見る限り、彼女も斗貴のことを好いていると思っていたからだ。

「とにかく落ち着け! 話ならちゃんと聞いてやるから」


 HRが終わった教室には清樹と斗貴が残っていた。外からは部活動の声が聞こえてくる。

 しかし、毎日のようにそこで走り回っているはずの斗貴は、清樹の前でがっくりと肩を落としてへこんでいた。

「それで、何があったんだよ? 朝はいつも通りだったじゃないか?」

「実は……昼休みの後に黒呼が見たことない男と話しとってな―」

 見た事ない男。一瞬、清樹の頭の中でタリスとの関連が疑われるが、確証もないのでとりあえず頭から追いやる。

「その時に何を話しとったかまではわからんのやけど、その時の黒呼の顔が……めっちゃ嬉しそうな顔だったんや」

「うーん、だからって別に猫谷さんがその男のことを好きってわけじゃないだろ? 何か猫谷さんにとって嬉しい知らせがあったとか」

「……俺も最初はそう思ったんや。なのに、ずっと避けられとる。今までこんなことはなかったのに……」

 とうとう斗貴は机に突っ伏してしまった。清樹としても、これまで女の子と付き合ったことはないし、それにどちらかと言うと、写真週刊誌で記者をやっている父親の影響で、悪い想像ばかり思いついてしまう。

「とにかく、俺の方でも調べてみるから。今日のところは帰って休んだ方がいい。部活も顧問の先生に俺から休むって言っておいてやるから」

 斗貴はしばらく無反応だったが、やがてのっそりと立ち上がると、無言で小さく頷いて帰っていった。

(さて、どうしたものかな……)

 斗貴にはああ言ったものの、正直困り果てていた。本人に直接聞くわけにもいかないし、尾行するような技術も無い。父親に聞けば教えてもらえるかもしれないが、清樹は同級生の秘密を黙ってかぎ回る気はなかった。

 その時、最近登録したばかりの番号から電話がかかってきた。

「もしもし?」

「蒼葉君? 今すぐ話したいことがあるの! 屋上で待ってるから!」

 それだけ言うと、清樹の返事も待たずに向こうから電話を切ってしまった。

「っとに、何だっていうんだよ―」

 悪態つきつつも、清樹は慌てて屋上へ向かった。


「お、おまた、せ……」

 急いでいる時ほど厄介事が襲ってくる。それが清樹クオリティ。

 屋上近くの階段でバケツを蹴飛ばしてしまい、中身こそ入っていなかったものの、そのまま一階まで転がり落ちてしまい、そのバケツが一階に放置されていた水入りのバケツを倒していて、結局廊下を掃除してからようやく屋上まで上がってこられたのだ。

「あ~、なんかまた不運に襲われてたみたいだね。疲れてる所悪いんだけど、大変なのよ!」

(こっちも色々あったんだが)

 だが今は声を出すのも辛いので、今は首を縦に振って先を促す。

「黒呼の様子が変なの! ため息なんかついて窓の外見てるの!」

「……ある意味、ちょうどよかった」

 とにもかくにも、互いの情報を聞かなきゃ始まらないということで、清樹は斗貴から相談された事情を、そのまま逢華に伝えた。それを聞いた逢華は、

「黒呼の様子がちょっとおかしかったのは、そのせいだったんだね……。黒呼が好きなのは絶対に有坂君だとアタシも思うし……う~ん、どうなってるんだろ? でも、この問題は確かに重要だよね! 黒呼と有坂君にとっては、今が一番大切なタイミングなのかもしれないし、友達として放っておけないよ!」

 結局、逢華にも何もわからず、具体的な解決策は一切浮かばない。清樹としてはこちらも気になるが、タリスの件をどうするかについての方が重要だと思っていた。

 ただ、どうも見た限り逢華はタリスがどうこうということよりも、斗貴と黒呼の関係についての問題の方を重視しているようだ。

「……とにかく、俺達も動いてみるしかないだろ。出たとこ勝負になるけど、本人達にそれとなく聞いたり、周囲の人間から情報収集してみるしかない」

(仕方ないよなぁ……)

 目の前の少女を説得するよりも、斗貴達の問題とタリスの問題、二つの事案に一度に当たる方がよほど簡単に見えた。既に目がやる気満々だ。

 友達の手助けをしたいという純粋な好意にプラスして、思春期特有の恋愛ごとに対する強烈な好奇心。そして、自分のことではないからこそ現れる大胆さ。これだけ揃っていれば、逢華が行動を起こさないわけがない。

 ただし、今の状況を落ち着いてみれば、好奇心は猫をも殺す、状態だったりもするのだが。

「わかった! じゃあアタシは陸上部の黒呼の所に行ってみるね。清樹君はどうする?」

「そうだな、俺は―って、何で名前?」

 突然名前で呼ばれて戸惑う清樹。

「だって、タリス先生のこととか、黒呼と有坂君のこととか、秘密を共有して一緒に頑張る仲間でしょ? だから、蒼葉君ってなんかよそよそしいかな、って。あ、アタシのことも名前で呼んでもらえると嬉しいな」

「……今日は斗貴も帰ったし、俺はタリス先生が不審な動きをしてないか調べてみるよ。えっと―逢華さんも気をつけて」

「オッケー! 早速行きましょう!」

 手順を確認した逢華はグラウンドへ駆け出そうとしたが、急にピタリと止まった。そしておもむろに振り向くと、

「やっぱり、清樹君に相談してよかった! 頑張ろうね!」

 元気よく叫んで、今度こそグラウンドへと駆けていった。



 桜ノ台中学校は、どこにでもありそうな普通の公立中学校だが、一つ大きな特徴があった。斗貴や黒呼が所属する陸上部だ。最新設備や広大な練習場は無いものの、歴代の先輩が頻繁に指導に来てくれるため、地方大会レベルでは常に上位。稀に全国レベルの選手も誕生するほどだ。

 そんな中で長距離のホープである斗貴は、去年の地区新人戦で第三位の実力で、あと数秒タイムを縮めれば関東大会にも届くところだった。もっとも今、当人はメチャメチャに落ち込んで部活を休んでいるわけだが。

「えっと、黒呼はどこかな~?」

 陸上部員がジャージ姿でウォーミングアップする中を、逢華は黒呼を探して歩き回っていた。

「おっかしいな~。あの、黒呼どこにいるか知りませんか?」

 逢華は近くにいたコーチらしき女性に尋ねた。

「猫谷さん? 彼女ならさっき足を挫いて保健室に行ったわ。あなた、彼女の友達?」

「あ、はい。そうですけど」

 コーチは周囲の生徒を見回して誰も聞いていないのを確認してから、小声で逢華に話しかける。

「もし会いに行くんだったら、ちょっと様子見てきてくれない? あの子、準備運動もせずにいきなり本気で走ってケガしたのよ。いつもなら、絶対そんなことしない子なのに……」

 よろしくね、と言い残してコーチは他の生徒の指導に当たり始めた。

(黒呼が……。ホントに、珍しいなぁ)

 黒呼が陸上に真剣に取り組んでいて、用心深いのは逢華もよく知っていた。体育の時間に二人組みで準備運動をしていた逢華に、そんなやり方じゃケガするよ、と言って正しい準備運動のやり方をレクチャーし始めるほどだ。

「……やっぱり、何かあったみたいね」

 黒呼にとってそれだけ動揺する何かがあったことを確信した逢華は、ダッシュで保健室へと向かった。


 保健室の扉には、今月の保健室からの注意事項、と書かれた紙が貼ってあった。

〈病は気から。浮気はほんの出来心から〉

 この学校の保健室は何を注意してるんだ……。

「失礼しまーす」

 逢華は注意書きは一切気にならなかったようで、一声かけてから中に入っていく。

「あ、いたいた」

「逢華?」

 目当ての相手はすぐに見つかった。ベッドに腰かけて、伸ばした左足を近くの椅子の上に乗せている。足首にはシップが貼られ、軽くテーピングがされている。

「うわー、痛そうだね。大丈夫?」

 ケガした足をのぞきこみながら、逢華が尋ねた。

「うん、軽い捻挫だから。部活は四、五日休むけど、普通に出歩く分には大丈夫だって。それより、逢華はどうしてここに?」

 問われた逢華は一瞬どう答えたものかと考えたが、あっさりと、

「えーっと、有坂君と何かあったのかな、って」

 真正面から突撃した。

「なっ!?べ、べつに何もないわよ! というか、アイツと何かあったって私には関係ないわ!」

 こっちはこっちで、メチャメチャわかりやすい反応だ。

「ねえ、何があったの? べつにアタシは有坂君に話したりしないよ? 人に話すと楽になるって言うし、ダメ元で話してみない?」

 ニコニコと笑いながら顔を近づけてくる逢華に黒呼はしばらく迷っていたが、ゆっくりと口を開いた。

「……実はね―私、転校するかもしれないの」

「転校?」

 予想外の単語に思わず聞き返す。

「うん。昼休みに()()(すぎ)学院の人が話しに来てね……。夏休みになる前にウチに転校してこないか、って」

「津夜杉学院って、あの……?」

 津夜杉学院。名前はこれでもかと言わんばかりにふざけているが、あらゆる運動系の大会で全国大会出場を誇る化け物私立中学校だ。中でも陸上部は昨年、全種目制覇という前人未到の大記録を樹立している。

 それほどの名門校から誘われる黒呼の実力なのだが、実は昨年の全国大会ハードル走で第二位という、ここ数十年の桜ノ台中学校陸上部でも最高の成績を誇っている。

 ……これなら、斗貴を軽々蹴り飛ばせる脚力にも納得がいく。

「なんでも、この前の大会で監督さんが目をつけたんだって。陸上選手としては、それだけ評価してくれるのは嬉しいけど……」

 津夜杉学院はここから電車で四時間はかかる。転校することになれば、当然引っ越すことになる。

「黒呼はどうしたいの? やっぱり、もっと強い学校で頑張りたい?」

「わからない……。陸上やってる以上、もっと強くなりたいとは思うよ。でも……」

 言いよどんだ黒呼はベッドに寝ころがってしまった。彼女は天井を見ているようで、どこも見ていないようでもあった。

「つまり、有坂君と離れたくないってことね?」

「ぶっ!?な、なんでそうなるのよ!」

「違うの?」

「いや、その……違うわよ!」

 じゃあ、その〈……(ま)〉はなんだというんだ、その〈……〉は?

 二人は中学生の女子らしく、そこが保健室ということも忘れて、

「ほらほら、白状しちゃいなよ! 誰にも言わないからさー」

「だから違うって! あっ、こら! わき腹は弱い……キャハハハ!」

 などとキャーキャー騒いでいたが、やがて神妙な顔をして黒呼が黙った。続いて逢華も口を閉ざす。

「―ふう。これだけ騒いだら少し気が楽になった気がするわね」

「でしょ♪」

「とにかく、アイツ―斗貴のことは関係ないわよ。いいわね?」

 しっかり顔を赤くして、自分の本音が言葉とは違うことを思いっきり肯定してから、黒呼は続ける。

「私は陸上で強くなるためだけに、設備の揃った一流校に行くのはどうかと思ってる。ウチに陸上部が無いとか、とんでもなくヤル気が無いとかなら話は別だけどね」

 と言うと、保健室の窓からグラウンドを見つめる。そこからではほんの少ししか様子を見ることはできなかったが、盛んに部活動が行われていることはよくわかった。

「なるほどね。それで迷ってたわけか。じゃあ、どうして有坂君を避けたりしたの? 彼ってば、黒呼が他の男と仲良く話してた~、って落ち込んでるらしいよ」

「……その光景が目に浮かぶようだわ。変な噂が立たなきゃいいんだけど。……あなたに教えたの―蒼葉君?」

 ちょっと真剣に呆れたように溜息をつきながら、黒呼が訊いた。

「うん、そうだよ。黒呼に話を聞くんだったら、アタシの方がいいだろう、って」

「やれやれ。アンタも蒼葉君も、どれだけお人好しなのよ。アンタ達こそ、意外とお似合いなんじゃないの?」

 それだけ言うと、黒呼はベッドから起き上がった。多少ケガした左足をかばうようなバランスの悪い立ち方だったが、彼女の言う通りそんなに酷いケガではないようだ。

「今日はありがと。帰ってゆっくり考えてみるわ。どうするかは―まだ、わからないけど」

「送っていこうか?」

 逢華も立ち上がって言うと、黒呼はゆっくりと首を横に振った。

「大丈夫。足はそんなに痛くないし、これは私の問題だから。それより、このことは斗貴には黙ってて」

「どうして? きっと喜んで相談に乗ってくれるよ? アタシよりもずっと付き合い長いんだし―」

「付き合いが長いから、駄目なのよ」

 逢華の言葉を遮って黒呼は続ける。

「逢華、このことを―もっと実力をつけるために、転校するか迷ってるってアイツに話したら、どう言うと思う?」

「どうって―」

 指をあごに当てて、しばらく考えてから逢華は答える。

「行かないでくれー、とか、俺も一緒に行く、とか?」

「多分、違うと思う。あのバカはいつもみたいにヘラヘラ笑いながら、スゴイやん! さすが俺の黒呼やな~、とか言うに決まってるのよ!」

 あのバカ、と繰り返し小さく呟きながら、黒呼は保健室から出て行った。

 一人残された逢華は、誰もいなくなったベッドに腰掛けて考えていたが、いつの間にかそのまま眠ってしまった。

 ……

 …………

 ……………………

 ―って、寝るんかい!?



「……で、何でこうなってるんだ?」

「ふあぁぁ~、あれ? 清樹君?」

 保健室の中は既にあかね色に染まった空と同様、オレンジ色に染まっている。逢華が黒呼と別れてから、一時間程経過していた。

「あー、そっか。アタシあのまま寝ちゃったのか」

「保健の先生が不思議がってたぞ。休んでいたはずの猫谷さんがいなくなって、別の生徒がベッドで眠ってたんだからな」

 清樹は逢華と分かれた後、しばらく情報収集して逢華からの連絡を待っていたのだが、いつまで待っても連絡が無いので、携帯に電話をした。それにも出ないので陸上部まで行って、さっきのコーチに話を聞いて保健室まで探しに来たというわけだ。

「保健の先生には、体調が悪いから休ませてる、ってことにしといたから。ちゃんと帰りに使用者名簿に名前書いておくように、だってさ」

 清樹は持っていたプリントを差し出した。

「ありがと。で、清樹君はどうだった?」

「今日のところは特に不審な行動は無し。特にいい情報も手に入らなかったけど。逢華さんは?」

「うん。実はね―」

 二人はお互いが得た情報と成果を伝え合った。結果として言えることは、タリスについてはもちろん、斗貴に関することも、どちらについても根本的な解決策は見つかっていないということだった。

「そういう事情だったんだな……。こうなると、俺達がどうこう言う問題じゃないんじゃないか?」

 リアルなツンデレは厄介極まりない。私も昔、リアルツンデレカップルに振り回されたことがあったが……それはまあ、ここでは触れずにおこう。

 ともあれ、清樹はどうやらこの件に関わることについては消極的なようだ。

 しかし、逢華は真逆だった。

「ううん! こういう時こそ、友達として何かしてあげるべきだよ! 具体的なアイディアは特に無いんだけど!」

 素直にぶっちゃけた。

「いや、逢華さんの言わんとすることはわからないでもないけど、猫谷さんは斗貴には伝えてほしくないって言ったんだろ? だったら、黙って見守るくらいしかできないんじゃないかな」

 清樹が至極真っ当な、現実的な意見を言った。

 ある意味、実に主人公らしからぬ意見だが、これこそが平和的な日常を送る最大のコツなのだと不運な少年は実体験から熟知していた。

「む~、でもぉ……」

 逢華はまだ不満気だったが、具体的な意見が何も無い以上、特に反論はできなかった。

「それよりも、タリス先生をどうするか、だ。今日は何もなったけど、いつ何をしてくるのか全く見当がつかない」

 行動パターンが一切読めない相手なので、事前策の立てにくいことこの上ない。

「そうだね……。タリス先生が前世の記憶を消そうと探してるのはアタシ達なわけだし、どうにかしないと」

 逢華も斗貴との恋愛問題はとりあえず置いておく気になったらしく、清樹の話に乗ってきた。

 清樹はある意味、逢華に期待していた。天然の敵をまともに相手しても、大抵は思いもよらない方向に外される。となれば、こちらも天然の要素を加えていくしかない。天然に天然で対抗するのは博打だが、こちらは最悪の事態にならないように清樹が予防線を張れる分だけ相手より有利だ。

 しかしまあ、アイディアは簡単に出るものではない。しばらく二人で顔を突き合わせていたが、

「地道に見張るしかないかなぁ~」

 結局いい案も出ないまま、そろそろ解散かという雰囲気のタイミングだった。

「あれ、まだいたんだ? 気分はどう?」

 学校の先生としてはどうよ、って感じのミニスカート姿の女性が入ってきた。

「氷室先生」

 そう、このアイドル然とした女性がこの部屋の主、保険医の氷室遥(二五)だ。養護教諭としては新任だが、高校中退してNGOに参加し、世界各地を巡り、実地で看護技術を学んでいたというバリバリの叩き上げだ。医師免許も取得済みらしく、並の医者よりもよほど腕がいい。

「どれどれ? うん、平熱ね。それに、眠気もすっかり無くなったみたいね」

 逢華の額に手を当てて、クスクスと笑った。

(バレてるみたい……)

 苦笑いを浮かべながら、ベッドから降りる逢華。

「それじゃ、俺達そろそろ帰ります。ありがとうございました」

 保健室を後にしようとする清樹を、逢華も慌てて追う。

「ちょっと待って。あなた達、こういうのって興味ある?」

 そう言って彼女が差し出してきたのは、最近郊外にできた遊園地のフリーパスチケットだった。

「この前、ナンパしてきた奴がしつこくってね~。受け取ってくれたら帰るっていうから一応もらってやったんだけど、私は遊園地って人多すぎてあんまり好きじゃないのよね」

「もらっちゃっていいんですか!」

 清樹はそんなに興味がなかったが、逢華は迷わず飛びついた。興味ストライクなようだ。

「ええ、どうぞ。四枚もあるから、友達と行ったらいいわ。二人きりで使ってくれてもいいけどね」

 ニヤニヤしながら氷室は言う。

(そういう風に見えてるのか……?)

 氷室がからかうのはそういう風に見えるからではなく、誰にでも冗談としてこういう類のセリフを言っているのだが、清樹にはそれがわからなかったようで……まあ、せっかくの思春期なんだし、色々考えたまえ、少年。

「あ、そうだ。そのチケット有効期限が今週の金曜日までだから。創立記念日で学校も休みだし、ちょうどいいんじゃない?」

「金曜日って、明後日じゃないですか」

 行く気満々の逢華と違ってあまり乗り気ではない清樹としては、行くにしてもタリスの問題が片付いてから、と思っていたので行く気はさらに下がってしまう。

「…………っ、そうだ!」

 チケットを見つめて何やら考えていた逢華は、急に顔を上げて叫んだ。

「そうだ! これよ、これしかないよ!」

 チケットをぐいぐいと清樹に押し付けながら、何度も叫ぶ。さらに清樹の手を握って上下左右にぶんぶん振り回す。

「氷室先生! チケットありがとうございました! 失礼しまーす!」

「って、待てって! おい!」

 逢華は清樹を引きずって、ハイテンションのまま保健室を出ていった。


 保健室を飛び出した二人(正確には飛び出した一人と引っ張り出された一人)は、校門までやって来てようやく立ち止まった。

「一体どうしたんだ? 急に走り出して、何か思いついたのか?」

「清樹君、これを使うのよ! 絶対うまくいくわ!」

 チケットを顔に押し付けんばかりに、ぐいぐいと清樹に見せてくる。

「黒呼と有坂君も連れて行くのよ! いつもと違う環境になれば、きっと何か刺激になるはず!」

 そっちかよ……。

〈メルヘンデンジャラスランド〉

 子供向けなのか危ないのか、趣旨がさっぱりわからない名前の遊園地だ。チケットによると、目玉はマッドメリーゴーランドとメルヘンコースター、それにハプニング観覧車だそうだ。

「はあ……まあ、タリス先生からは確実に遠ざかることができるだろうし、やるだけやってみるか?」

「うん! やってみようよ! それに、この遊園地一回行って見たかったんだよね♪」

 実は逢華が一番楽しんでるよな、絶対。

「それじゃ、アタシは黒呼をうまく連れ出すから、清樹君は有坂君を連れてきて! あ、黒呼が来るのは内緒でね!」



 あっと言う間に二日後。

 メルヘンデンジャラスランドの前には、困り顔の主人公となんだかやつれた友人が立ち尽くしていた。

(き、気まずい……)

 気分転換に、ということで強引に連れ出したまではよかったが、何を話しても地雷を踏みそうで、清樹は沈黙に耐えかねていた。

 加えて、目の前にある遊園地。入る前から強烈に目を引くのが、看板の特殊過ぎるデザインだ。文字自体はデフォルメされたいかにもファンタジックな書体で書かれているにもかかわらず、その配色が黄色と黒のストライプ。おまけに、文字の周りがドス黒い紫ときている。

(確かに、ある意味メルヘンとデンジャラスな感じが融合しているが―)

 正直、無理矢理な感じがひしひしと伝わってくる。

「なあ、清樹……」

「ど、どうした?」

 ずっと黙っていた斗貴に突然呼ばれて、少し声を上擦らせながら清樹は答えた。

「やっぱり、帰らへんか? 気持ちは嬉しいんやけど、今は遊ぶ気分じゃないんや」

 立っているのも辛くなったのか、近くのベンチに腰を下ろしてそのまま動かなくなってしまう。放っておいたらベンチごと地面の下に沈んでいきそうな勢いだ。

「まあ、そういうなって。他にも友達来る予定だし―」

(ヤバイって。逢華さんはまだか?)

 時間を稼ぐのも限界に近付いた時、二人の女性がようやく現れた。

「ヤッホー! お待たせしました!」

 二日前別れた時からそのままなんじゃないかと思えるくらいハイテンションな逢華と、彼女に無理矢理引っ張られている黒呼だった。逢華は清楚な感じのワンピース。黒呼は性格を表すように動きやすそうなパンツルックだ。

「ちょっ、ちょっと、どうしてアイツがいるのよ!?お、逢華! あなたいったい何を考えて―」

「く、黒呼!?」

 驚く二人はそれぞれの友人に、事情を話せ、と目で訴えかける。しかし、清樹も逢華の提案に従って連れてきただけなので、答えに困ってしまい、結局全員の視線が逢華に集まることになった。

「氷室先生にチケットもらっちゃってね、清樹と二人で行こうかと思ったんだけど、いきなり二人きりって恥ずかしいし、黒呼達も呼んじゃった♪ ね、清樹」

「ぶっ―! なっ!?」

 いきなりのムチャ振りに思わず噴き出す清樹。

「いいから合わせて。それと、アタシを呼ぶ時は逢華って呼び捨てでね」

耳元で囁かれた突然の指示に、慌てた清樹は答える暇も無い。しかし、そんなことに構わず逢華は黒呼と斗貴に向けて続ける。

「だからべつに二人を引っ付けよう、とか、ダブルデートしよう、とか言ってるわけじゃないから。アタシ達のデートに付き合ってほしいだけ。黒呼も有坂君もいいよね?」

 ニッコリ笑って逢華は二人に同意を求めた。

 ハッキリ言って強引なことこの上ない言い回しだが、これで帰るとか言い出すと、暗にダブルデートみたいでイヤだ、と相手を少なからず意識していると自分で認めることになる。

「さあ、それじゃあ思いっきり楽しみましょう!」

 逢華は清樹の手を取ると、先頭を切って遊園地へと入っていった。


 逢華が清樹の手を取ってどんどん進んでいくため、結果的にどうしても斗貴と黒呼は一緒に歩くことになった。二人とも時々何か言おうとするのだが結局言い出せず、見ていて実にまどろっこしい。

「な、なあ。これからどうするんだよ」

 握られた手にどぎまぎしつつ、後ろの二人に聞こえないように、小声で清樹が尋ねた。

「え? 普通に遊園地を楽しめばいいんじゃないの? 実はアタシもここに来るの楽しみだったんだ!」

 実はもなにも、見たまんまだったが……。

「はあ―こんな調子で大丈夫なのかねえ」

 後ろの二人は清樹の心配していた以上に、気まずい状況だった。

 ツンデレ娘はただでさえ素直でないってのに、転校の一件が相手にバレないように必死だし、関西弁もどきも今まで見たことのない相手の態度に戸惑いっぱなしで、何を話していいものか全くわからないでいた。

「あの…………」

「その…………」

「えっと……………………」

「うん……………………」

「∑%$&#♭♪*$♨☆?」

「@¥+〄〒Ω★〆§Ψ※?」

 二人とも何を言っていいかわからない沈黙状態はとっくに超えて、今や脳がパンク状態だ。

 そんな二人に思わぬ助け舟を出す人物(?)がいた。

『やあ! ボクはファンキーキャット! 趣味は競馬とスロットだニャ!』

 可愛らしい合成ボイスで話す猫の着ぐるみが現れた。その猫は二足歩行で歩き、洋服を着ていた。平たく言うと、ミ●キーマ●スの猫版だ。

 こらそこ、某国の問題になった遊園地と同レベルとか言わない。

「な、何や、コイツ?」

「今、さらりと子供向けじゃない趣味を暴露してたわよね……」

 驚いて立ち止まった二人の所へ、清樹達も戻ってきた。

「ファンキーキャットっていって、この遊園地のマスコットらしいよ。えーと、なになに……全部で一〇九匹のファンキーキャットが常に園内を歩いていて、一匹を除いて全員子供にはおすすめできない趣味を持ってるんだって」

 パンフレット片手に逢華が説明した。その間にもファンキーキャットはどこからか競馬新聞を取り出し、赤鉛筆で印をつけ始めている。

 なんて嫌な遊園地だ。

「それで、その一匹だけ子供向けの趣味を持ってるファンキーキャットと話すと、幸せになれるんだって」

 そういうところだけメルヘンちっくなのか。

「なんや、随分変わった遊園地やなあ」

「ホントね。でも、意外とおもしろいかも」

 斗貴と黒呼は声を出してから、ハッとして顔を見合わせた。そしてお互いぎこちないながらも笑顔を見せると、さっきまでよりほんの少しだがリラックスした感じで歩き始めた。

「よし! 第一段階クリアね!」

「本当かよ……」

 ガッツポーズをとる逢華と、首をかしげる清樹も二人に続いてその場を後にした。


 四人が最初にやって来たのはマッドメリーゴーランドだった。見た目は普通のメリーゴーランドなのだが、頭に(狂った(マッド))と付くぐらいだから、普通ではないのだろう。

『ようこそ! マッドメリーゴーランドへ! ボクの趣味はリバースするまでお酒を飲むことだニャ!』

 缶ビール片手に、このアトラクションの担当らしきファンキーキャットが出迎えてくれる。

「この着ぐるみに入ってる人って、どんな気分なのかな……」

 虚しくならないのかなぁ、と心の中で付け足しながら、清樹はそいつを見つめていた。

「ほら、ボーっとしてないで、早く乗ろうよ!」

 清樹と、まだイマイチ乗り切れていない黒呼と斗貴をぐいぐい引っ張って、逢華はマッドメリーゴーランドに乗り込んだ。係員がやって来て、ベルトなどの安全装置で四人をしっかりと馬に固定する。

 このマッドメリーゴーランド、見た目は普通のメリーゴーランドと一緒だし、動きも基本的には従来のものと同じく、円を描くようにぐるぐる回るものだ。違いがあるとすれば、馬車が無く全て馬に乗るタイプだということくらいだ。

『それではスタートだニャ!』

 ファンキーキャットが缶ビールを持った手を高々と振り上げると、それを合図に機械が動き始めた。最初はメルヘンチックな音楽と共に、ゆっくりと馬が走り始めた。上下に多少ゆれながらの円運動は、周囲の景色を見るのにも余裕があるものだった。

 しかし―平和は長くは続かなかった。

『レッツゴー! だニャー』

 声と同時に馬の目が赤く光ったかと思うと、機械の速度が急激に上がった。遠心力で乗っている人間が大きく横に振られる。

「わ、わあぁぁぁっっ!」

「きゃっほぉぉっっー!」

「きゃあああっっ!」

「お、おぉぉぉぉ!?」

 四者四様の大声を上げる清樹達。もっとも、パンフレットで事前にどういう乗り物かわかっていた逢華だけはやたら楽しそうだ。

『まだまだだニャー』

 今度は馬を支える支柱の下側が外れ、馬が中心の回転に振り回される形に変わった。既にメリーゴーランドの原形は消えている。しかも、身体はしっかりと固定されて安全面に問題が無いとはいえ、馬にまたがっている体勢は普通にコースターに座っているよりもかなり怖い。

 その後もあまりにも斬新なメリーゴーランドは、四人に絶叫(一人は楽しんでいるが)をあげさせ続けた。


 回転地獄から抜け出した逢華を除く三人は、ベンチでぐったりとなっていた。べつに三人とも絶叫マシンが苦手なわけではないのだが、さっきのような不意打ちは想定外だったため、今はしばし休憩中だ。

「な、なんつー、遊園地や。この遊園地、作った奴は、ええ根性、しとるわ」

「ああ、全くだ……」

「せめて、名前だけでも、絶叫マシンって、わかるように、してほしいわね」

 三人ともまだ疲労が抜けないようで、喋り方が途切れ途切れになってしまっている。

「お待たせー、飲み物買ってきたよ」

 一人元気な逢華が飲み物を抱えて戻ってきた。他の三人からすれば、腹が立つほど楽しんでいるようだ。

「いやー、さっきのは驚いたね~。思った以上に本格的な絶叫マシンだったよ。さ、そろそろ次のアトラクションに行きましょう!」

「えっと、逢華さん……じゃなくて、逢華。次はいったい何に乗るんだ?」

「これ!」

 開かれたパンフレットに載っていたのは、この遊園地のメインの一つ、メルヘンコースターだった。写真を見る限り、普通のジェットコースターに見える。コースターの全長とかループの数のような詳細は乗ってのお楽しみとなっているが、さっきのメリーゴーランドのような不意打ちはなさそうだ。

「二人はどう? 次、行けそうか?」

「あー、俺ならもう大丈夫やで。最初っからジェットコースターってわかってれば、どうってことないしな」

「私ももう平気よ。それに、どっちにしても逢華はもう我慢できないみたいだし」

 黒呼の言った通り、パンフレットを持った逢華は今にも駆け出さんばかりの勢いだった。

 こいつ、黒呼と斗貴の間を取り持つ、という今回のデートの目的をちゃんと覚えているのか……?


 逢華に連れられてやって来たメルヘンコースターを前に、三人はさっきとは違った意味でびっくりしていた。

「短いな……」

「せやな……」

「やっぱりそうよね……」

 メルヘンコースターはびっくりするほど短かった。まずは最大の高さまで上がって、しばらく真っ直ぐ進んでから急降下の後、急上昇。そしてぐるっと一周緩い下り坂を走っておしまいだ。

 ハッキリ言って中学生にしては子供だまし過ぎる。というよりも、見せ場が急降下と急上昇が一回ずつだけのジェットコースターなんて、普通存在しない。

「さあ、早く乗りましょ!」

 絶叫マシンとしては明らかにハズレなのに、逢華はやたらと楽しそうだった。べつに彼女が絶叫マシン以外に興味があってももちろんおかしくないが、この遊園地の目玉の一つであり、なおかつまだ二つ目のアトラクションだ。おとなしいものをわざわざ選ぶとは思えない。

「……なあ、黒呼はどう思う?」

「私は何かあると思うわ。あの子、天然だしのんびりした乗り物も好きだとは思うけど、この流れは絶対に絶叫系のはずよ」

 さっきのドッキリでそれどころではなくなったのか、いつの間にか斗貴と黒呼はいつも通りの調子に戻っていた。もしかしたら共通のものに警戒しているおかげか、いつもよりも仲が良く見えるくらいだ。

(普段から今くらい素直に話してれば、今回みたいなことにはならないだろうに……)

 後ろの二人を生暖かい視線で見る清樹。それに気付いた黒呼は慌てて斗貴と距離を取りながら訊いてくる。

「その、蒼葉君はどう思う? このコースター」

「そうだなぁ―」

 さっき見た時と同じように、見た目は小学生までしか楽しめないようなショボいジェットコースターに見える。前に乗っている人でもいれば、どんな動きをするか見ることができるのだが、平日の昼間から遊園地で遊ぶ客はそんなにいない(某ネズミがたくさんいる夢の王国や、富士山の近くにある人を叫ばせることにおいてギネス記録を樹立しまくっている遊園地などは別だが)。メルヘンコースターも待ち時間なしでいつでも遊べる状態だった。

(見る限りおかしな所は何もない……ん? この辺りはやたらファンキーキャットがたくさん歩いてるな……)

 メルヘンコースターの周辺には、確かに他の場所より多くのファンキーキャットが集まっていた。しかし、それがメルヘンコースターの仕組みに関係があるとは、この時点で気付けるわけもない。

「普通のジェットコースターじゃないだろうな。途中でレールが伸びてコースが変わるくらいは覚悟しておいた方がいい」

「さっきから三人で何をコソコソ話してるの? さ、早く乗ろう」

 待ちくたびれた逢華の先導で、四人はメルヘンコースターに向かった。


 メルヘンコースターはジェットコースターによくある形で、一つの乗り物に二人が並んで座る形になっていた。必然的に逢華と清樹、黒呼と斗貴が並ぶ形になり、先頭に黒呼ペアが、その後ろに逢華ペアが座った。

『ようこそ、メルヘンコースターへ! ボクの趣味はピンポンダッシュだニャ!』

 普通に迷惑な趣味だ。

『それじゃあ、早速だけどスタートするニャ!』

 声と同時にブザーが鳴ると、ゆっくりとメルヘンコースターが動き出した。

「このジェットコースター、どの辺りがメルヘンなのかしら?」

「わからへんなぁ……メルヘンと絶叫って普通一緒には扱わへんと思うんやけど……」

 最前列に座っている黒呼と斗貴は、どんなとんでもない展開になるかと緊張で身体を強ばらせていた。すると―

『さあ、まもニャく頂上ですニャ! 皆さん用意はいいですかニャ?』

 逢華も含めた四人が身構えると、下のほうから大量の合成音声が返事をした。

『OKだニャ!』

「な、なんだ、あの大量のファンキーキャットは!?」

「わ~! カワイイ!」

 どうやらさっきの〈皆さん〉は四人のことではなく、下にいる大量のファンキーキャット達だったようだ。何に使うのかわからないが、全員が手にマイクを持っている。

 そして、気を取られている間にメルヘンコースターは急傾斜を上りきり、急降下に向かってゆっくりと動いていた。しかし、一番後ろの車両が傾斜を越えて全ての車両が一直線になったところで、その動きが止まった。

「……故障か?」

 むしろそうであってくれればいい、くらいの気持ちで清樹は呟いたが、そうはなってくれなかった。

 突然車両からマイクが飛び出し、全員の前に突きつけられた。その先には番号がかかれた札が掛かっている。

『それではメルヘンコースターのルールを説明するニャ! ただし、詳しいことは教えると面白くニャいから、ちょっとだけだニャ!』

 果たしてそれをルール説明といっていいものか……。

「なあ、逢華はこのコースターがどんなアトラクションか知ってるのか?」

「パンフレットにも詳しいことは内緒って書かれてて、よくわからないんだよね。でも、大半の人は急降下始める前にコースターから降りちゃうらしいよ。どんななのかわくわくしちゃう!」

 降りると言っても、既にコースターは頂上まで上っている。どうやって降りろというのか。

『前に座ってる人から、順番にマイクについてる札の番号を読むニャ。そしたら、番号に対応したファンキーキャットからメルヘンな問題が出題されるニャ。それに答えられたらOKだニャ!』

 説明はそこまでで、それに答えたらどうなるのか、間違ったらどうなるのかについては一切説明されなかった。

 ざっくりした説明が終わると同時に、斗貴の前の番号札が点滅する。

「俺からか。七番や!」

『ファンキーキャット七番、問題をどうぞだニャ!』

 一匹のファンキーキャットが進み出て問題を読み上げる。

『問題だニャ! ピノキオを作ったお爺さんの名前は?』

「ピノキオはわかるけど……それを作った爺さんやて? うーん、聞いたことは確かにあるんやけどなぁ」

 普通に童話に関する問題だが、斗貴は微妙に思い出せない。

『あと一〇秒以内に答えないと、自動的に間違いになっちゃうニャー』

 焦らせようとカウントまで始めるファンキーキャットに、制限時間ギリギリで出した斗貴の答えは―

「セ、セバスチャン!」

 確認するまでもなく、適当に思いついた外国人の名前だ。

『ブブーッ! 間違いだニャ! 正解はゼベットだニャ』

 一瞬の出来事だった。ファンキーキャットが叫んだ瞬間、斗貴の姿がその場から消え失せた。

「ウワアアァァァ―!」

 残るのは、遠ざかっていく悲鳴と、いつの間にやら車体からしっかりと伸びた太いロープ。

「と、斗貴!?」

「これは、マジか……」

「わー、有坂君楽しそう~!」

 斗貴が今まで座っていた座席と床が、スッポリと抜けていた。さっきまで安全バーで身体を固定されていた斗貴は、不意打ちでバンジージャンプさせられていた。おそらく、ビヨンビヨンと空中を跳ねるように動いている本人には、何が起こったのかまだ理解できていないだろう。

『さぁて、次の人いってみようだニャ!』

 落ち着く間もなく、今度は黒呼の番号が点滅する。

「は、八九番よ!」

『八九番、どうぞだニャ!』

『問題だニャ! 白雪姫に出てくる七人の小人のうち、誰でもいいから一人名前を答えるニャ!』

 七人の小人の名前。知っている人などいないと思うが、実はグリム童話ではちゃんと名付けられている。その名も、ドッグ、グランピー、ハッピー、スリーピー、バシュフル、スニージー、ドッピーという。

「し、七人の小人の名前? そんなの決まってるの?」

 黒呼もやはり知らなかったようだ。こうなると、結局焦った挙句に適当に答えるしかない。

「れ、レオナルド!」

 しかしまあ、そんなことで当るわけもなく……

『ブブーッ! 間違いだニャ!』

「キャアアアァァァッッッ!」

 黒呼も斗貴に続いてバンジーする羽目になった。

 これで残ったのはあと二人。緊張しながらも清樹が番号を読み上げる。

「一二番」

『問題だニャ! まさにミラクル! メルヘン! ファンタスティック! というにふさわしかった、劇的逆転勝利とニャった昨年の有馬記念の覇者を答えるニャ!』

 有馬記念。

 日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場の芝内回り二五〇〇メートルで施行する中央競馬の重賞(G1)競走である。

「メルヘン関係ないじゃないかぁぁっっ!」

 しかし、時間は待ってくれない。おまけに競馬について何も知らない清樹は、当てずっぽうの名前さえも思いつかない。

『ブブーッ! 時間切れだニャ!』

「ちくしょーっっ!」

 理不尽な思いで一杯の中、清樹は確かに見た。今まさに問題を出していたファンキーキャットの片手に、競馬新聞が握られているのを。

「一二番ってのは、お前か~っ!」

 こんな時まで、いや、こんな時だからこそ不運な清樹だった。

 そして残るは逢華一人。

(待てよ……)

 宙吊り状態で清樹はふと思った。

(今日の逢華はワンピース姿―って! そんな状態でバンジーしたら!?)

 健康な思春期の男子としては、期待せずにはいられない光景が頭に浮かぶ。

(いやいや! マズイって!)

 一人葛藤する清樹が見上げる中、最後の問題が出題される。

『問題だニャ! 最近当ランドで売り出された、シンデレラのパロディキャラクターは何か答えるニャ!』

「ツンデレラ!」

 即答した逢華の声が響いた。果たして正解なのか……正解だったら嫌だなあ。

(ていうか、ダジャレじゃないか……)

 清樹達が落下をほとんど確信した時、

『正解だニャ! コースターレッツゴーだニャ!』

「きゃっほーっ!」

 合図と共にメルヘンコースターは急降下を開始した。数十メートルの高さを一気に下り、その勢いのままに急上昇。あとは緩い下り坂をのんびりと進んでいく。

『クイズと急降下でドキドキした後は、ゆっくりと景色をお楽しみくださいニャ~』

 どうやらちょっとした観覧車も兼ねているようだ。考えられているような、考えられていないような。

『ちなみに、落下しちゃった皆さんにもお土産だニャ』

 メルヘンコースター担当のファンキーキャットは、取り出した写真を三人に渡していく。

「……どうも」

 それはスピード現像された、落ちていく瞬間の自分の顔だった。写真を見てげんなりとしつつ、逢華にもバンジーしてほしかったなぁ、と心の隅の方でちょっとだけ考えてしまう清樹だった。



 それからも逢華のペースで、四人はひたすら遊びまくった。夕方になる頃にはほとんどのアトラクションで遊び、残すはハプニング観覧車一つとなっていた。

「変なアトラクションばっかやったけど、これもよくわからんな~」

「そうね。って、なにさりげなく肩に手回してきてるのよ! 離れなさいよ!」

 気付いてみれば、斗貴と黒呼は元通りになっていた。散々騒いで、いい気分転換になったようだ。

(これが全部計算だっていうなら凄いけど、違うんだよな~)

 しかし、逢華の天然がもたらした想像以上の成果に、清樹は心底驚いていた。

「で、この観覧車は普通とどう違うんだ?」

 行く先々で度肝を抜かれるので、途中から一行はパンフレットでしっかりと中身を確認するようになっていた。

「う~んとね、ここは必ず二人一組で乗らないといけないらしいよ。それと、この観覧車は景色を楽しむだけじゃなくて、途中で起こる色んなハプニングをお楽しみください、だって」

 べつに観覧車にする必要性はないような気もするが……。

「いまいちピンとこないけど、ジェットコースターと観覧車を足してニで割ったようなものね。乗ってみればわかるでしょ。斗貴、行くわよ」

「よっしゃ、何があっても黒呼は俺が守ったるで」

「う、うるさいわね! 私は逢華達の邪魔しないためにアンタと一緒に乗るんだからね」

 すっかりツンデレも全開モードだ。

 いつものようにじゃれ合いながら、観覧車に乗り込むのを見届けてから、清樹と逢華はこっそりと列を離れた。

「ふう。何とか元通りになったかな」

「そうだね。ここからは二人の問題だし、アタシ達はそこで待ってようか」

 二人は斗貴と黒呼がうまくいくよう祈りつつ、近くの喫茶店に入っていった。


「……いきなり、コレなわけ?」

「やっぱこの遊園地どっかおかしいみたいやな」

 二人が乗ったゴンドラがある程度高くなったところで、鍵がかかっているはずのドアが思いっきり開いた。さらに、普通は開くように作られていない窓まで全開だ。

 観覧車というのは実は相当に恐い乗り物だ。閉鎖空間のゴンドラにいるとわかりにくいが、高さはヘタなジェットコースターよりよっぽど高いし、風でよく揺れる。窓とドアが開いた今の観覧車は、どんな絶叫マシンよりも静かに恐怖心を煽っている。

『ようこそハプニング観覧車へ! ボクの趣味はパンストをかぶって変顔を撮影することだニャ!』

 ……この変態め。

『第一のハプニング、いきなり窓とドアがドーン! はどうだったかニャ? これからもどんどんハプニングが起こるから楽しみにしてるニャ!』

 それだけ言うと、放送は途切れてしまった。あとに残るのは、ビュウビュウと吹き込む風の音ばかり。黒呼のポニーテールが風で勢いよくたなびく。

「とりあえず座ろうや。命綱とかつけてへんってことは、そこまで危ないことは起こらんやろうし」

「ふう……それもそうね」

 向かい合わせに座った二人は、どちらからともなしに開いたドアの外に見える隣のゴンドラに目を向けた。さらに、その向こう。もう一つ向こうのゴンドラまで見たところで、二人は外を見るのを止めた。

「やっぱり、逢華達は乗ってないみたいね」

「せやろな。急に付き合いだしたー、とかもうちょっとまともな言い訳はなかったんかいな」

 互いの顔を見て微笑みあう。二人ともやや顔を赤くしているものの、斗貴は茶化す気はないようだし、黒呼もツンデレモードになる気はないようだ。

「心配……かけちゃったみたいね」

「…………」

「実はね―」

「津夜杉学院、か?」

「!?」

 予想外の言葉に黒呼は一瞬言葉を失った。対する斗貴も彼女の言葉を待っているようで何も語らない。

「……逢華から、聞いたの?」

「いや、スカウトの人からな。あの人、地方大会もチェックしとるみたいで、俺にも挨拶に来てくれたんや。スカウトは、されへんかったけどな」

「そう……」

 二人の間に再び沈黙が流れかけたが―

『おおーっと! ここでハプニング発生! ゴンドラが強風で揺れますニャ!』

 見えざる神の手ならぬ、見えざる猫の声。風なんか吹いてないのに猛烈な勢いでゴンドラが揺れ始めた。一応安全の問題上、さっき開いたドアや窓も、自動で瞬時に閉まっている。

「きゃあっ!」

「危ないっ!」

 転びかけた黒呼を慌てて斗貴が抱きとめた。ベタな展開だが、急接近というヤツだ。

「あっ……、大丈夫か?」

 抱きとめた時と同じくらい慌てて、黒呼から離れる斗貴。しかし、彼女は怒っていなかったようで、

「……ありがと」

 と一言呟くと、斗貴の手を取って強引に自分の隣に座らせた。

「私ね、転校する気、ないから」

 唐突な告白に、斗貴は黒呼の顔を正面から見据えた。彼女もそれに応えて、正面から彼を見つめる。

「強豪校でのトレーニングは確かに魅力的よ。もっといい記録を出せるかもしれないし、自分の限界にも挑戦してみたい。誘いを受けた時は凄く嬉しかったわ」

「だったら、どうしてなんや? 言うとくけど、俺はいつでもお前が好きなようにしてほしいと思ってるんやで。俺のことなら何も気にせんでも―」

 言い終える前に、黒呼に頭を叩かれた。いつものような照れ隠しの割には痛い一撃ではなく、手を乗せるだけのような叩き方だった。

「―が、いたいの」

「え?」

「私が、ここに、アンタの横にいたいって言ってるのよ!」

 黒呼の顔は今までに見たことないくらい真っ赤になっていた。斗貴は斗貴で、まさかそんなことを言ってもらえるとは思ってもいなかったようで、答えることもできない。このまま微妙な空気が下に着くまで続くのかと思いきや、

『油断した所でもう一揺れだニャー!』

 ゴンドラが突然揺れた。決死の告白で力が抜け切っていた黒呼の身体は、斗貴の方へゆっくり流れ、唇と唇が当たる―と思われたが、

 ゴッ!

「痛ってー!」

「痛ーい!」

 勢いあまって頭と頭が激突していた。今までのちょっと甘くて青春してる雰囲気が全てぶち壊しだ。

「ちょっと! しっかり支えなさいよね!」

「そう毎回うまくいくかいな!」

『まだまだいくニャー!』

 一瞬、胃が浮くような不思議な感覚が二人を襲う。そして次の瞬間には、ゴンドラがフリーフォールのように落下した。

『最後のハプニングは―あっ、ゴンドラを支える支柱が折れちゃった的な急降下ですニャ!』

「うわぁぁぁぁっっ!」

「きゃぁぁぁっっっ!」

 二人にはそれを聞いている余裕なんて全然なかった。


「あ、二人が出てきたよ! お~い、こっちこっち!」

「なんか随分疲れてるみたいだけど……。やはりただの観覧車じゃなかったな」

 告白やらフリーフォールやらですっかり参った二人の足取りは、既にフラフラだった。真っ直ぐ歩くだけで精一杯のようで、清樹達の所まで来るのにしばらくかかった。

「逢華~、何で二人は乗ってないわけ~?」

 若干殺気のこもった目で逢華に詰め寄る黒呼。恨みの大半はさっきの不意打ちフリーフォールのせいだろう。

 そんな二人を横目に清樹はそっと斗貴に近付くと、

「で、うまくいったのか?」

「へへ、まあな」

 フリーフォールで終わりはぐだぐだになってしまったが、今までよりも距離が近付いたのは確かだ。転校もなくなったし、斗貴にとってはこれ以上ないと言ってもいい成果だった。

 同様に逢華と黒呼も、

「まったく余計なお世話を……でも、助かったわ。これからはもうちょっとうまくやっていけると思う」

「うむうむ。感謝したまえよ~」

「それより逢華、実際の所、蒼葉君とはどうなのよ? 私のこと抜きにしても結構気が合ってるんじゃないの? だって、ほら。もう彼氏のフリする必要ないのに清樹って呼んでるじゃないの」

「うーん……そうだね。アタシって今まで恋愛したことないからよくわかんないけど、もしかしたら、そうなのかもしれない」

 あまりにもあっさりと認められて、黒呼はその場でこけそうになった。

「あんたねー、そこまであっさりと……まあ、いいわ」

 自分の問題の決着がついたこともあるだろうが、親友が好きな相手を見つけてくれたことと、それをいじれることが随分嬉しそうだ。

「おーい、逢華、猫谷さん、そろそろ帰ろうか」

 斗貴と二人で清樹が女性陣の方へやって来る。

「ほら、蒼葉君もまだ逢華って呼んでるし、向こうもまんざらじゃないかもよ?」

「えっと……そうかな?」

 天然娘にはその辺りの感情は未だモヤモヤしたよくわからないもののようだ。でも、そこは思春期真っ盛りの女の子らしく、頬は少し熱くなっていた。そこへ―

『やあ! ボクはファンキーキャット! 趣味はピクニックに行くことだニャ!』

 突然横合いから現れたファンキーキャットが会話を中断させた。驚くべきことに趣味がまともだ。

「もしかして、コレが園内に一匹だけいる幸せを呼ぶファンキーキャット!?」

 はしゃぎながら握手を求める逢華。黒呼も物珍しそうに眺めていて、斗貴に至っては後頭部をペチペチ叩いている。

 清樹も正直疲れきっていたがタリスのこともあったし、この際ご利益があればと思って握手などしてみる。ぶんぶんと繋いだ手を振るファンキーキャットは可愛らしくはあったが、特にありがたい感じはしない。そこへ散々触りまくっていた逢華もやって来て、他の二人には聞こえないくらいの声で言う。

「これでタリス先生にバレないといいね」

「そうだな。まあ元々ネコミミなんて物が付いてなければ、もっと良かったのかもしれないけど」

「……そうかな?」

 逢華は思い切って、清樹の耳元に触れるすれすれまで口を寄せた。

「これがあったから、アタシ達は知り合えたんじゃないかな?」

 慌てて振り向いた清樹が見たのは、夕日の中で微笑む逢華だった。

(黙ってれば、普通に可愛いのにな)

 普段は天然でちょっと抜けてるところばかりが目に付く少女だが、この時の清樹の目には少女の可憐さがハッキリと映っていた。

「コラコラ、そこのお二人さん、そろそろ帰るで~」

「逢華、蒼葉君、あんまり見せつけないでよね」

 からかうように言いながら、斗貴と黒呼は既に少し先を出口に向かって歩いていた。ファンキーキャットも握手していない方の手を大きく振って見送っていた。そして、視線がゆっくりと目の前の清樹に向く。

「―俺達も行くか」

「うん、アタシお腹空いちゃったよ!」

 いつもの調子に戻った逢華に引っ張られて二人に追いつくと、四人は屈託なく笑いながらメルヘンデンジャラスランドを後にした。



『……見つけたぞ』

 ファンキーキャットが可愛らしく変換された声で、重々しく呟いた。着ぐるみの頭を外して現れたのは―タリスだった。

「ついに、ついに見つけたぞ! 蒼葉清樹に名神逢華! まさか二人もいるとは思っていなかったが、これで任務を達成できる!」

 着ぐるみを脱ぎ捨て、すぐにでも後を追おうとしたのだが、

『こら! 当たりのファンキーキャットがいなくなってどうするニャ!』

 近くを通りかかった別のファンキーキャットに呼び止められた。

『急いで金が欲しいって言うから雇ってやったんだニャ。今日と土日の連休はしっかり働いてもらうニャ!』

 普通なら、天使の特殊な力とかで金銭問題くらいならどうにかできそうなものだが、タリスにはそんな器用なマネは不可能だった。上司のセリオンもそのことはわかっていたので多少支給してやったのだが、この前の警察との追いかけっこで全て使い切ってしまったのだ。

『わかりましたニャ……』

 着ぐるみをかぶり直しながら歩き出す姿は、そこいらの捨て猫よりもよほど涙を誘う姿だった。

 う~ん、自業自得な感が強いけど、こいつも大概不運だよなぁ。


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