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序章 「不運な少年(しゅじんこう)とネコミミ騒動(ぱにっく)の始まり」

   ネコミミぱにっく!?

                                銀野 翼

序章 「不運な少年(しゅじんこう)とネコミミ騒動(ぱにっく)の始まり」


『ネコミミはどこだぁ~っ!』

 えー、いきなりとんでもない文章から始まったけれども、これは私の心の叫びではない。ええ、本当に。

 深夜の住宅街。さっきの叫び声はそこで響いたものだ。夜間営業でお子様お断りの店も、大きな道路も無い典型的なベッドタウンの出来谷町(できたにちょう)の夜は今日も静かで、その奇声は遠くまでよく聞こえた。

「……いったい何の声だ?」

 夜遅くまで真面目に勉強していた少年、(あお)()清樹(せいじゅ)(一四)は部屋で一人呟いた。ちなみに今やっているのはマークシート式の模擬テストだが、悲しいかな、答えが全て一つずつずれていることに彼はまだ気付いていない。

『いったいどこに隠れている! ネコミミ~!』

 そうこうしている間にもう一声。

「聞き間違い、じゃないよな……あ」

 カーテンを開けて外を見るより早く、外からけたたましいサイレンの音と赤い光が飛び込んできた。どうやら誰かが、パンダ模様の車に乗った公権力のおじさん達を呼び出したようだ。

「だとすると、さっきの声はやっぱりヘンタイかなんかか。まあ、春だものな……いいや、今日はもう寝よう」

 内容のあまりの馬鹿らしさに集中力を切らせてしまい、シャーペンを放り出してさっさとベッドに向かった。

 そして、きっと夜中に呼び出されたコワいおじさん達に、腹立ち混じりにお説教されるだろうヘンタイを、ちょっとかわいそうだな、と思いつつ眠りについた。


『ネコミミはどこだぁっ~! ネコミミは、うぉっ!?ち、違う、私はヘンタイなどではない! 私を誰だと―いや、銃はいかんぞ、オイ!』

 平和な夜勤を乱されたおじさん達と、ヘンタイ(?)の追いかけっこはこの後もしばらく続いたが、さっさと深い眠りについてしまった清樹には一切関係の無い話だった。



「清樹~! そろそろ起きなさいよー!」

 清樹は一階から大声で呼ぶ母親の声で目を覚ました。彼は怠け者ではないけれど、朝はどうしても苦手だった。こればかりは体質というものだろう。

 あ、〈私〉が遅刻することが多いのもそのせい―ってことで許しといて。

「……なんかムカつくのと同じ扱いにされた気がする」

 目はまだ半開きの状態だったが、これ以上寝ていて時間に余裕が無くなるのも嫌なので、のろのろと部屋を出た。途中、トイレを済ませて洗面所で顔を洗ってからダイニングに入ると、両親は既に着替えと朝食を終えてのんびりしていた。

「ねえ、昨日の夜に不審者が出たらしいんだけど、清樹何か聞こえた?」

 朝食を用意しながら母親が尋ねた。ちなみに、この日の朝食は赤飯としめ鯖。料理教室を開いている母親が昨日の授業で作った余りものなのだが、どうにも微妙すぎる献立だ。

 それでも今日の献立はまだマシな方だと言える。過去にはこれから学校だというのにくさやとブルーチーズを出されたこともあった。その時も真面目な清樹は残さず食べたのはいいが口臭が酷く、結局歯磨きに時間がかかり過ぎて遅刻してしまった。

「あー、ちょっと聞こえたけどすぐに寝たよ。やっぱりヘンタイ?」

 テーブルに置かれた麦茶を注ぎながら清樹は答えた。中学生の息子の前で、朝っぱらから《フ●イデ―》を読んでいる父が黙ってコップを差し出してきたので、それにも注ぐ。

「さっきゴミ出しに行った時に近所の人に聞いたんだけど、結局捕まらなかったそうよ。なんでもネコミミマニアのヘンタイだったとか」

 随分と限定的なヘンタイもいたものだ。というか、夜の住宅街に猫はいてもネコミミ付けた奴はいないと思うのだが、どうだろう?

「ふーん。捕まらなかったんだ。また税金の無駄遣いとか叩かれないといいけどね」

 清樹は心配する点がどうにもずれている。これは明らかに写真週刊誌の記者をやっている父親の影響だろう。

 この父親は、清樹に言葉を覚えさせるために絵本を読む代わりに、写真週刊誌を読んで聞かせた(王子様とお姫様の恋物語ではなく芸能人の不倫問題を、勇者の冒険物語ではなく堂々と演説しながら裏で賄賂を受け取った政治家の話を聞かされた)というのだから、物事を斜めから見てしまうのも致しかたない。

 ちなみに彼の最近のスクープは、とある業種の専門学校で入学審査に不正が行われたとして問題になった社長の記事だ。テレビにも取り上げられワイドショーでも時折ネタになっている。

「なんにしても一応気をつけるのよ。そういう人は何を考えているかわからないから」

「はーい」

 清樹は生返事をすると、取り合わせは最悪だが味は抜群の朝食を食べ始めた。


 朝食を済ませた清樹は、着替えに自分の部屋へ戻った。

 すると、

「ニャー」

 窓を外側から叩いている真っ白な猫がいた。この部屋にも何度も来ているので、清樹が窓を開けてやると何の躊躇もせずに部屋に入ってきた。

「シロ、どうした? 月曜日の朝は馬場さんのうちへご飯ねだりに行ってるはずだろ?」

『馬場さんの家は今日から旅行で留守だ』

 ……突然だが猫が喋っている。

『それと、ちょっと気になることを聞いたもんだからさ。教えてやろうと思って』

 今のはべつに清樹の頭がどうかしてしまったわけではない。かといって猫が普通に喋れる世界というわけでもない。

『昨日の夜、変な人間がいたのを知ってるか?』

「ああ。ネコミミマニアのヘンタイだろ」

 猫の方には見向きもせずに答えた。髪に寝グセがついていないか鏡でチェックし、さっさと制服に着替える。

『本当はピンときてるだろ? ネコミミだぞ、ネコミミ』

「ネコミミって……関係無いだろう。いくらなんでも」

『そうか? 俺はどうにも怪しいと思うがな』

「……本当に、これに関係あると思うか?」

 言うが早いか、清樹の頭にほとんど透明に近い半透明のネコミミが出現した。ただこれは突然発生したわけではない。頭に寝かせていたため全く見えなかっただけだ。

 当然だが、清樹が趣味で付けているわけではない。かといって、ネコミミが普通に生えている世界というわけでもない。

「もしかしたら、いつか何か起こるんじゃないか、くらいは思ってたけどな。頭にはこんなのが生えてるし、何より猫の言葉がわかる―前世の猫だった時の記憶が残っているんだからさ。でも、今回のがそれなのか?」

 そう。一見どこにでもいそうなこの少年、蒼葉清樹は猫であった前世の記憶のほとんどを未だに持ち続けていた。もっとも、記憶の混乱などで人間としての生活に支障をきたすことは無かったし、頭の上のものについても自分と猫以外には見えない。表向きには本当にただの人間だ。

『まあ、何にしても気をつけろよ。動物(ネコ)的勘だがどうも普通の人間じゃなかったみたいだからな』

 それだけ言うと、白猫は窓から飛び出していった。

「……っと、急がないと遅刻するな。急がないと」

 家から中学校までは歩いて一〇分。そして朝のHRまではまだ四〇分もある。しかし、彼はとある事情からこのくらいの時間の余裕を見て出発するようにしていた。

「それじゃ、いってきまーす!」

 慌てて身支度を整えた清樹は、駆け足で家を飛び出していった。


 猫が話す言葉がわかる。

 猫好きの人には凄く羨ましい話かもしれない。実際、この境遇を背負ったのが蒼葉清樹でなかったら、その能力を活かして自分にとってプラスにできたかもしれない。

 この少年、一見ただの真面目な少年のようだが、普通の人には無いある特徴があった。

 それは、とにかく不運、ということだ。しかも、交通事故に遭うとか、病気になるとかそういった深刻なものではない。笑い話にしかならないようなしょぼい不運ばかりなのだ。

 例えば、昨日はあの通りヘンタイの奇怪な声に集中力を乱され、その前日は突然停電になってそのまま眠るしかなく、おまけに夜中に復旧したものだから、その眩しさで夜中に起こされる始末。登校する時にもさまざまな不運に遭遇するものだから、このように早く家を出ないとならない。

 真面目だし、要領が悪いわけでもないのに、何故か幸せになりきれない。それが蒼葉清樹の特徴なのだ。

 さて、今回のお話はいつもの地味な不運に比べてスケールも大きく、波乱万丈な物語なのだが……念には念を入れて、しつこいようだが明言しておく。

 こんな事態に巻き込まれる時点で、結局今回も彼は十分過ぎるほどに不運なのである。


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