移り気女
あるところに、美しい一人の女がいた。
女心と秋の空とはよく言ったものだ。彼女は、交際相手を次々と変えていくような性分だった。
その鞍替えも早いのなんの。誰かと付き合ったかと思えば、気づいた時には別の男性との付き合いを始めている。
また彼女は好みのタイプが変わるのか、そもそもこだわりがないのか、その相手も多種多様だった。
ある時はお金持ちの中年男性と、またある時は定職に就かない若い男と。
親しい友人ですら、彼女の交際関係を正確に把握しきれない程だ。
しかし女が事あるごとに口にする言葉といえば、
「本当に好きになった人とは、ずっと一緒にいたい」
これには周囲も呆れ果ててしまった。
それでも容姿が美しく、それでいて妙に男心をくすぐる彼女の周りには、常に男で溢れ、交際相手が途絶えることはなかった。
ある日のこと、付き合い始めてから一カ月程経った男性を、女は家へと招き入れた。
歳は女に比べると若くはないが、非常に整った容姿と物腰の良さに、女は心底惚れていた。
テーブルに向い合い、甘いひと時を過ごす二人。
夜も更け、適度に酒も入り始めた頃、男が突然口火を切る。
「君は今までにどれくらいの男性と付き合ってきたんだい?」
女は突然の質問に面食らった。
「どうしてそんなことを訊くの?」
「いや、ちょっとした好奇心だよ。君のような美しい女性がどんな付き合いをしてきたのか、男なら誰でも興味あるさ」
男はいたずらっぽく笑って見せた。
「そうね、他の人よりは多いかもしれないわ」
女は戸惑いながらも答える。
「じゃあ昔付き合っていた男のことは覚えているかい?」
男は続けざまに訊ねた。
「そうね、今でも忘れられない人はいるわ」
微かに口ごもりながら女が答える。
「では大企業の幹部候補だった男のことを覚えているかい?」
「え?」
不意の男の質問に、女は言葉を失った。
「覚えていないのかい? ある一人の女性と一時の交際をしたがために、妻と別れ、会社をやめざるを得なかった一人の男を」
「一体何を――」
言うか言わないかの刹那、女は全てを理解した。
男の雰囲気が、先ほどとは打って変わって薄ら寒くなる。
「そしてその男が顔を変えて君の目の前にいるとしたら、どうだい?」
目を丸くしたまま動かない女をよそに、男はおもむろに立ち上がった。
テーブルを迂回し、女の傍へと歩みよる。
そして懐から何かを取りだそうとしたその時、
「とっても嬉しいわ」
女は満面の笑みを男へと向けた。
男は虚をつかれた次の瞬間、体中の力が抜けその場へと尻もちをついてしまった。
体が痺れて思うように動かすことができない。
女はそんな男の様子を満足そうに見つめると、立ち上がりどこかへと消えていく。
「な……こ……、は……」
痺れのせいか、男はうまく声を出すこともできない。
「安心して、ちょっとお酒に薬を混ぜただけよ」
言いながら現れた女の手には、巨大な肉包丁が握られていた。
「あの時は少し物足りないと思っていたのに、こんな素敵になって戻ってきてくれるなんて感激だわ」
女は恍惚の表情を浮かべて呟く。
「あなたと前に別れてしまったことは謝るわ、ごめんなさい。でも大丈夫、これからはずっと一緒にいられるから」
女は男の唇に軽く口付けをする。
そして愛おしそうな表情のまま、男の首目掛けて包丁を振り下ろした。