接触ーBehind Sideー
昼休み、残り時間20分を切る俺達はすぐに昼食を摂ることにした。
俺が学食のメニューで2番目に安いハンバーグを食ってると篠原が物欲しげな眼で見つめてくる。
…ちなみにコイツの『物欲しげな眼』は可愛い上目使いなんてことはなく、獲物を狙う肉食獣が如き鋭さを湛えている。
繰り返すが俺が食べているのは高級フレンチレストランのハンバーグではなく、学食で2番目に安いソースの味しかしないハンバーグだ。
『一口ちょうだ『ヤダ』』
見つめるだけでは駄目だと悟ったのか、ねだってきたので速攻で断った
『えーいいじゃん昇のケチ』
『じ、自分の分がまだあるじゃないか』
傍から見れば仲のいいカップルの会話だが篠原の目は
『くれなかったら…どうなるか分かってるよな』
と物語っている。
『しょうがねえ、じゃあ交換な』
『やった!サンキュー』
篠原が食べてるのはヒレカツだ。
『よし、ほらハンバーグ』
オレはハンバーグを篠原の皿に乗っける
『はいどーぞ』
オレの皿にはヒレカツ…のソースが付いたトマトの薄切りが乗ってた。
『ちょっと待ておかしいだろ!!』
『ハア!? ちゃんと交換したじゃん』
『モノがおかしいだろモノが!!』
フェアトレードを要求する!!
『唾飛ばさないでよ汚いな』
…コイツ、一体どれだけ俺のことを舐め切ってるんだ?
『飛ばしてねえよ!!人聞き悪すぎるだろ!!』
『…たっく、しょうがないな~』
『じゃあ一切れヒレカツあげる』
そう言いながら篠原は本当に嫌そうな顔で俺の要求を呑む。…なんか俺が悪いみたいになってんのは何故?
それにしても…やけに素直だな。 まぁ、いいか
『よし、じゃあく…』
俺が自分の皿を差し出そうとすると、機先を制するかのように篠原の声が割り込む。
『じゃあ、ハイ』
そして、俺の眼前には箸で挟まれたヒレカツ…
『いや、皿に乗っけろよ』
『ハイ、アーン』
『アーンじゃねえだろうが!!』
『何で?食べたいんじゃないの?』
コイツ…絶対わざとだ。
男子の純粋なハートを弄んでいやがる。
『…やっぱりいらない』
『アハハ、チキンじゃん』
『うるせえ』
…前言撤回、舐め切ってるとかそういうレベルじゃない、完全に俺のこと玩具としか見てないよ、こいつ。
なんて他愛もない会話をしてると俺達の座る机に横から人影が落ちる。
『やあ、篠原さん』
『ん?』
オレが顔を上げると同時に篠原が
『…ヤバッ』
なんて言ってる。
『隣、いいかな?』
その声の主は優しげな声音で実に紳士的な物腰だった。
『わ、私もう食べたんでどうぞごゆっくり!!』
が、篠原はそう言った瞬間、ボルトもびっくりの速さで食堂を出ていった。
『なんだあ?』
俺が呆気にとられて横に来た男子にもう一度顔を向けると、そこには超爽やかイケメン…もとい今朝話題になったばかりの生徒会長がいた。
『あ、初めてましてっす』
『ん?』
そこで初めて生徒会長は俺のことを見た。
『え~と君は確か…』
『いや初めてましてです先輩』
『もしかしてヤツギ君かい?』
『…なんで俺のこと知ってんすか?』
『いや、よく篠原さんが君のことを話ててね、もしかしたらと思っただけだよ』
『篠原が?』
『そうだよ』
『えーと一つ聞いてもいいですか?』
『その前に、席ご一緒してもいいかな?』
『どうぞどうぞ』
俺は慌てて、篠原の座っていた席を薦め、会長は俺の対面に座る。…にしても、座る動作までイケメンってどういうことだよ。
『聞きたいことって?』
俺が素直に感心していると、会長は俺の先ほどの問いについて尋ねてきた。
『あ、えーと、篠原とは知り合いなんですか?』
言っちゃ悪いが『完璧超人』と『デストロイヤー』の組み合わせはなかなか想像出来ない。
俺がそういうと会長は笑いながら
『彼女が気になるのかい?』
と探るような目つきで尋ねてきた。口元は笑っているが、その瞳の奥には思慮深さがうかがえる。
『からかわないでくださいよ』
俺が苦笑しながら言うと
『ゴメン、ゴメン。』
と会長は笑いながら謝ったあと
『僕は彼女の祖父がやってる道場の一角にある弓道場に通ってるんだ』
『あ、なるほど』
そういえば、この人『趣味』で弓道やってるんだっけ。
『安心した?』
俺の様子をどう勘違いしたのか、会長は悪戯っぽい笑みで答えを促してくる。
まあ、どんなことを言いたいかは薄々は分かるが、少なくとも俺は篠原に対してその手の感情は持ってない。
『なんのことやらさっぱりです』
俺がややオーバーリアクション気味にとぼけた振りをすると、数秒の沈黙のあと、俺と会長は同時に吹き出した。
『アハハハハ』『クククククッ』
『いや~話に聞いてた通り面白い人だね君』
『先輩ももっとお堅い感じかと思ってましたけど以外と話せますね』
『なかなか本音を言ってくるね』
『あ、すんません。』
『いいよいいよ』
冗談とか通じないタイプかと思ったけど、この人凄い話しやすいし、威圧感みたいなものを全く感じない。
すると、もう一人俺たちの机に近づいてくる人影があった。
『会長、理事長がお呼びです』
声のする方へ首を捻って振り返るとそこには銀縁メガネで姫カットのクール系女子がいた。
制服には『生徒会書記』と赤の生地に煌びやかな金の刺繍がなされている。
『分かったすぐ行くよ』
会長はその女子の報告に軽く手を振り応じて別の指示を飛ばす。
『水野さんは原稿よろしく』
『分かりました』
それだけ言って水野と呼ばれた女生徒は去っていった。
…なんか有能で冷徹な美人秘書みたいなイメージだったな。
すると会長は席を立ち、申し訳なさそうに
『悪いね用事が入っちゃって、席を外すよ』
と断りを入れてから食堂を出ようとする。
『いやいや、こちらこそありがとうございました』
俺も食器を戻し、ともに食堂を後にする。
理事長室と2年生のクラスがある棟が別なため、渡り廊下の手前で会長と手短に挨拶を済ませて別れる。
すると、会長が数歩進んですぐに何かを思い出したかのように振り返り、俺の所まで戻ってくる。
『君と話せて良かった。何にかあったら生徒会室に来るといい、力になるよ』
『いいんですか?』
…俺、篠原の知り合いってだけだぜ?
『君なら歓迎するよ、じゃあまた』
そう会長は言い残し去っていった。
その後ろ姿を見送っていると、思わずこんな言葉が口をついてくる。
『カッケエなあ会長』
基本的に俺はあまり人を羨むことはないが、全てを自分中心で世界を動かしていることが当然であると自他ともに認められる人間っていうのには
やっぱり圧倒的な尊敬と羨望を抱かざるを得ない。
『ま、俺には普通が似合ってるけどな…』
そんな負け惜しみみたいな自己暗示に嫌気がさすのは久しぶりだった。
俺は会長と出会えたことを俺に『普通』じゃない能力を開花させた神とやらに感謝しつつも、少しだけ、本当に少しだけ、でも確実に恨んだ。
出逢うことはなければ意識しなかった自分の『普通』『凡才』っぷり、俺は今までそこからただ目を逸らしていただけかもしれないと、
改めて思わされた。
…たかだか、昼休みなのに随分と考えされたもんだ。
俺は授業に遅れないよう、早足でその場を会長とは反対の方向へと歩き出した。