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幼馴染

何とか家族を誤魔化し、妹の心無い本音に傷つけられた後、俺は半泣きで自室に戻った。

…心無い本音って文面にしてみると凄い違和感だが、今の俺にそれを気にかける余裕はない。

馬鹿犬に『実験』して分かったこと、それは俺が動物と『会話』出来ることの他に2つ。

まず1つ目、『同時に何匹もは無理』

犬だけじゃなく、2階の窓から見える電線上の雀にも試しけど3匹同時が限界だった。

ちなみに雀の発してる言語は理解不能だ、犬の方が脳みその容量大きいし、人間基準で見て鳥頭って言う表現はしっくりくるくらい言語の体を成してない。

そして2つ目、『ON/OFFが出来る』

これが超重要。

前に金曜ロードショーで見た『ドクター・ドリトル』は能力のON/OFFが出来なかった。

ちなみに、これを見た父親がテンション上がりまくってハムスターを飼ったんだが、それを馬鹿犬が逃しやがったという余談は…うんやっぱり余談だ。

ということはだ。無理に『会話』しなくていいってことだ。

「ヤッホー、神様最高!! ありがとおおお!!」

なんてことは言えず、俺が『異常』なことは間違いないわけで、俺は意気消沈、青息吐息のまま学校に向かうため家を出た。


この時の俺は、もうこの家に戻ってくることがないなんて、思ってもみなかった…


なんてことになりそうで正直行きたくなかった。


『ああ~最悪だ…』溜め息がこぼれる。カバンを持ち直すとやけに軽く感じた。

それは「俺の心が空っぽに燃え尽きたぜ」とかいう比喩的な表現ではなく、実際に質量的に軽いのだ。

『そっか今日始業式か…』

始業式、休み明け、つまり持ち物など在ってなきがごとし、ただでさえ、休み明けで辛いってのに、今の俺の状況ははっきり言って学校に行けるメンタルではない。

正直、家で布団被って、一日中震えていたい。

『…正直、俺怖いんだよなあ、この状きょ『バシンッ!!』


突如背後から聞こえた嫌な音の直後に俺の視界が揺らぐ。…俺には落ち込むことさえ許されないのか?

『なーに新学期の初日からブルーなテンションになってんのさ?』

歩道に膝をついたまま振り返る、逆光の中で脳天気で明るい声が響く。

その声の主に心当たりのある俺はいつも通りのテンションで応じようとするが、そいつは息をつく暇もなく喋り続ける。

『そもそもアンタ、背中曲げて歩いてただでさえチビなのに…これだから彰は』

うむ、非常に小うるさい、俺がテンション低いのはいつも通りだし、今日は特に低い。

膝のほこりを払いつつ、ゆっくりと立ち上がり、俺はいつも通りのやり取りを返す。

『うるせえな、身長のことはほっとけ馬鹿力女』

今、俺の背骨を拳で砕こうとした雌ゴリラ…

『ああ!? なんか言った!?』

…ゴホン、失礼。今いたいけな男子高校生を恫喝した「可憐」(笑)な女子は篠原七瀬

幼稚園からの幼なじみで現在のクラスメイト。

ショートヘアにトレードマークのカチューシャ、容姿端麗、成績普通。俺の通ってる学園の『女子』『カチューシ』『可愛い(見た目だけ)』で聞けば、間違いなくコイツの名前が挙がるだろう。


何故『可愛い(見た目だけ)』なのか、それはこの女の本性に由来する。

スポーツはそこそこで、運動神経は悪くはないが、良くはない。しかし、この女、喧嘩だけはめっぽう強い。…しかも性質が悪いことに、非常に好戦的、喧嘩っ早いのだ。

中学時についたあだ名は

『男子専用殺戮マシン』『デストロイ篠原』『可憐なターミネーター』など数知れず、コイツは俺のご近所で最も警戒され得るに足る人物であろうことは間違いない。

今思ったがどれも女子中学生につけるあだ名じゃねえよな…『デストロイ』って…レスラーかよ

付け加えるとすれば、祖父が空手でなんちゃら流の師範だとかで噂だと『奥義』を体得してるらしい… アリエネー

ちなみに俺はコイツの喧嘩を見たことがある。

中学3年の夏休み、受験シーズン真っ盛りの塾帰り、夕陽に真っ赤に染まる川原を通りがかった俺は不良の集団を見つけた。

普段なら無視するけど、その時は集団の中心に篠原がいたから、思わず足を止めた。

警察を呼ぼうと土手の上で慌てふためく俺に気付かず篠原は…

『かかってこい、雑魚共!』

なんて本気で叫んでた…コイツバカナノ?

言われた不良も漫画やアニメの世界なら『なんだとオラァ!』とか言うんだろうけど。ちょっと引いてた。

当たり前だよね、鉄パイプ装備の男子不良10人に囲まれて笑ってんだもん…

結局オレはこの時警察に通報しなかった。

…何故かって?理由は篠原が過剰防衛で逮捕されそうだったから。

だって股間蹴り上げて、地面に這いつくばる不良の頭に、躊躇なく鉄パイプ振り下ろすんだぜ…

まぁ、コイツ自体悪いヤツじゃないし、性格もサバけてて男女問わず人気がある。

『ねえ…ちょっと?聞いてる?』

回想終わり。俺は篠原の不満げな声で意識を過去から現在へとアジャスト。

『あ? 悪い聞いてなかった』

俺がそう答えると、一瞬眉間に青筋が浮いたが、大きく息を吐いた後、ボソリと呟いた。

『また、同じクラスだといいねって言っただけっ』

…う~ん、状況的やセリフ的には喜んでいいところなんだろう、何せ『可愛い』女子にこんなこと新学期初日の登校時に言われるんだから。そうとなれば、俺の答えも一択しかない。

『スマン、願い下げだ、勘弁してください、嫌です。』

うん、これが正しい判断だよねっ!

『は!? 何でよ!?』

ふむふむ、驚いているな…俺は大きく息を吸い込み思いのたけをぶちまける。

『お前は前年のオレの活躍を知ってるだろうが!!』

『活躍? 何それ?』

くっ、この馬鹿がっ!!

『お前が問題起こす度にオレが問題解決係兼監視役で出動してたんだよ!』

そう、コイツとは幼稚園からの付き合いだが、幾度となく、コイツのお目付け役に俺はなってきた。

近所の不良との喧嘩や暴力沙汰のたびに俺が出張ってコイツを引き取りに行った。

警察に行ったのも数えきれない。おかげで婦警さんやお巡りさんと無駄に仲良くなってしまった。

『だから、今年こそはお前と離れ普通らしく過ごすんだ!!』

『普通らしく?、何それつまんなそう』

こいつは、俺が関係各所に頭下げるのがおもしろいとでも思ってたのか?だとしたら許さん「買ったばかりの炭酸系飲み物シェイク」の刑に処するのが適当ではないだろうか?

ちなみにそれ以外の刑はこいつが怖いから出来ません。

と、言うか俺が言った言葉にも虚偽がある。

『ほっとけよ、すでにオレ自体が普通じゃなくなっちまった』

そう、今朝から俺は普通ではなくなってしまった。…余計なこと思い出させやがって、なんか落ち込んできた。

『ふ~ん、それでさっきからテンション低いんだ』

落ち込む俺とは対照的に篠原の声は明るく、興味津々といった感じだ。

『ああ、理由は信じてもらえそうもないから言わん。』

そう言ってこの話題からなるべく早く逸らしたかったが、どうやら俺のその態度がこいつにとっては面白かったらしい

『え~気になるな~教えてよ~、普通じゃないクン?』

猫なで声で、人様を変人呼ばわりする奴に教えることは何もない、すなわち

『ヤダ』

俺が即答するや否や俺の頭は篠原の腕にガッチリとホールドされ、耳元でドスの効いた声が響く。

『お前に拒否権なんかあるわけねえだろ吐けや』

…おまわりさ~ん、仲良くなった男子高校生が不良女に絞められてますよ~

『睨むなってマジで怖いから!』

『じゃあ、喋って』

目がマジだ。

『…しょうがねえなあ。分かった教えるよ…』

俺がそう渋々答えると、あっさり篠原は首のホールドを解除…あーあ、新学期早々制服に皺出来たよ…

そんな俺の落胆もよそに篠原の瞳は好奇心に輝いていて、まるで猫のようだ。…つーか、こいつ確かに猫っぽいんだよな、我が儘だし。

『ウンウン、早く言ってよ』

待ちきれないとばかりに急かす篠原を横目に俺は今日何度目か分からない溜息をついてから、周囲を気にしつつ小声で教えてやる。

『…動物と会話出来るようになったって言ったら。お前、信じる?』

『信じない』

…即答かよ。

『はぁ~そりゃそうだよな。悪いな今のは忘れてくれ』

正直、信じてもらえるなんてこれっぽちも思ってなかったが、でも、ここまで即答だとかなり堪えるものがある。

俺は、再び家を出たときのテンションにまで落ち込み、訝しむ篠原を尻目に歩き出す。

…しばらく、歩いていると篠原が追い付いてくる

『ねえ…ねえってば、彰!』

『なんだよ…忘れろっていったろ、それともなんだ? 心配でもしてくれてんのか?』

思わず突き放すような言い方になってしまったのは反省だが、今は放っておいて欲しかった。

すると、篠原は俺の進路に先回りし俺の両肩をいきなりガシリとホールドする。

『な、なんだよ…』

いきなりなんだコイツ?しかも…怒ってる?

『心配はしてる。でもそれ以上に、怒ってる』

…やっぱり怒ってる。なんでだ? 俺なんかしたのか? 言い方が悪かったか??

『彰、私は誰?』

はあ? コイツとうとう頭おかしくなったのか? 俺はうんざりしつつも、教えてやる。

『篠原 七瀬 暴力女で馬鹿で素直で無鉄砲でカチューシャがトレードマークの俺の幼馴染』

この程度の認識だが、それで十分だろう。すると、篠原は俺の肩掴んだまま頷く。

『そう、その通り』

…マジでコイツ何が言いたいんだ? 

『彰の言うことは理解できない…けどそれで彰困ってるんならワタシに出来ることはなんでもしてあげる、伊達に幼なじみ12年やってないからね』

困惑する俺の眼を真っ直ぐに見つめ宣言する篠原。

そうだ…コイツはこういうヤツだった。

友達が困ってたら理由は無視で助けに行く…こんな風に普通を望む俺でも、そんな性格に憧れてた時期も…あった。

そんな俺の眼差しに気づいてか気づかずか、篠原は身軽な動きで俺から距離を取り、通学路を進む。

『ホラ、ボッーとしてないで行くぞ~!』

まだ肌寒い朝、その日の光を一身に浴びて快活に笑う篠原は、俺とは人種が違うのだと改めて実感する。

だけど、今日くらいは、その眩しさに身を委ねてみてもいいと思った。

『ったく…分かったから、走るな!』

オレは少し軽くなった足取りで学校へ向かった。

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