始まりはいつも突然に…
やあみんな! 5年以上も付き合ってきた飼い犬が突然喋り出したらどうする?
俺なら、俺なら…どうしようもないよな?
玄関先で呆然と立ち尽くすこと約5分、オレはようやく正気を取り戻した。
その間中もずっと「鬼太郎」は喋る、喋りながら耳を掻くなどしてたが、全て何一つとして理解が追い付かない。
とりあえず喋った理由は無視…ここで騒いでご近所さんに見つかったらえらいことになる…どうなるんだろう?
俺や妹が小さいころからともに生活し、家族の一員と言っても過言ではないコイツが実験体のために政府公認の極秘研究施設に連行されるのは別に構わないが…
少なくともマスコミとかに取り上げられて騒ぎ立てられるのは面倒だよな…
俺はマスコミに騒ぎ立てられ調子に乗る両親と、ドヤ顔で「鬼太郎」を紹介する妹を妄想し、止めた。
…良くない、実に精神衛生的に良くない。
それにしても、まさか「ある日突然…」が目の前に現れるとは思ってなかったし、意外に俺が冷静じゃなくて、本気で焦ってるのに驚いた。
文字だけだとお分かり頂けないだろうが、俺、全然冷静じゃないからね? もう意味もなくその場で回り出しちゃうくらい…
『おい、そんな所でいつまでもグルグル回っとらんでさっさと散歩の準備をせんか小僧!』
うるせえよ、誰のせいでグルグルしてると思ってるんだ? …まあ、回るのは俺の意志だけどさ
俺は一度大きく息を吐いて気持ちをリセット、リードをキツメに手に取りなおす。
『はぁ~しょうがねえ…、とっとと散歩行くか』
全く気乗りはしない、こんなに気乗りしない散歩は妹にこの「早朝散歩」を押し付けられた初日くらいだ。
だが、そんな俺を挑発したいのか、喋れることに調子に乗ってるのか「鬼太郎」の態度がデカくなる。
『そうじゃ! 早く連れて行け!』
…イラっ
『黙れ、散歩中は絶対に喋るなよ。喋る犬なんて見つかったら速攻で研究所送りだからな』
…一応、忠告はしてやる、あとは知らん。
『若造の指図は受けん!』
思わず蹴りを入れたくなった。
『お前なあ、心配してやってんだぞ』
…よーし、良くやった俺、人間様の懐の広さを見せつけてやったぜ、どうだ! 人間様は飼い犬に舐めた態度取られても全然気にも…
『余計な世話じゃ!下等生物め!』
ブチッ!←俺の血管が切れた音
『ああ!? 下等生物だと!? 人間様舐めんなよ! よーし分かった!! お前は朝飯抜きだ!』
『何じゃと!?』
『悔しいか? ざまあみろ!! フッハハハ!』
犬相手に本気で嫌がらせをする俺…人間様のメンツも丸潰れだ。
なんか虚しくなってきた…
ん? 待てよ…こうしてるとまた不審者扱いされるんじゃないか?
「スクープ!! 早朝に喋る犬と本気の喧嘩を繰り広げる少年!!」
うむ、このスクープ記事を書いた人間はまず正気を疑われそうだ、ちょっと安心。
念のためあたりを見回すが人影はない。まあ、こんな時間だし、俺の家にゴッシプ記者が張り付いているわけもない。
『さ~て、散歩行くぞ馬鹿犬』
本日何度目か分からないセリフを口に出す、てっきり反抗してくるかと思ったら、意外にも尻尾と耳を下に向けて大人しい
『バウッ』
おお!ちゃんと返事したし、言うこと聞いてるよ珍しいな。 後で飯もやるか…
…俺はこの時まで、この馬鹿犬の性格の悪さを完全に失念していた。
1時間後…帰宅。
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『ハァハァ、あの馬鹿犬が! わざと全力疾走しやがって!』
朝っぱらから全力疾走を強制された囚人のごとくドっとソファーに倒れ込む…精神的にも超疲れた。
角を曲がるたび、車とすれ違うたびに
『左右を確に…『黙ってろ!!』』『見たか!ポルシ『なんで知ってんだよ!!』』
なんてやり取りをしていたら疲れるに決まってる。つうか、コイツ喋り出す前とくらべて饒舌になっていやがる。
それにしてもなんで当然馬鹿犬が喋りだしたんだ? う~む…言葉を覚えたとか? 有り得ない、『お手』も『おかわり』も『おすわり』も分からない馬鹿だんだぞ?
そんな風に俺が真剣に、ソファーに寝そべりながら、未知との遭遇に頭を悩ませていると頭上から罵声が浴びせられた。
…朝、挨拶、「おはようございます」、これ常識。
『何ソファーで二度寝してんの? 邪魔だからあっち行って。』
反抗期の妹だ… コイツ程オレの中で消えて欲しいのは…現在喋る犬以外いないだろう。
『へ~へ~分かりましたよ。こちとら誰かさんが押し付けた仕事のせいで朝から疲労が溜まってんだけどなぁ~』
嫌味たっぷりに返事してやる。
『はぁ?何それ嫌味? ウザイから黙って』
よかった嫌味だと分かってくれたみたい。流石の馬鹿妹でも分かってくれたか、ウンウン。
オレは何も言わずに食卓に移動。
すると、親父と母親が起きてくる
『昇、また香苗に向かって悪口言ってるの? そうやっていっつも香苗と喧嘩して、よく飽きないわね?』
どうやらこの母親は頭がヤバいらしい。
今までの流れの中でオレに非はない…よな?
食卓を囲みながらニュースを見る。 幸いなことに喋る動物の速報はやってない。
すると、馬鹿犬がオレ達に寄って来た。…まさか喋り出さないだろうな。
そんな俺の希望虚しく…
『わしの飯はどこじゃ?』
などとのたまった。
『てめえ、喋んなって言ったろうが!』
思わず叫んでしまったが、こうなっては仕方ない、全力で阻止する!
『今は散歩中でないはずじゃが』
グハッ痛恨のミス…
馬鹿をあなどっていた…
『あ~もう勝手にしろ!』
このまま隠し通すわけにもいかず、本意ではないが、家族には説明しなきゃな…
『みんな聞いてくれ。コイツが今朝急に喋り出し…』
言葉を止めたのは、みんながオレを変人のように見てたからだ。
『…なんだよ、その目は?』
まさか…まさか、そんなはずは…なんとなく違和感の正体に気づいたけれど手遅れだった。
『何言ってるの、昇? 犬が喋るはずないでしょ…』
母親は戸惑ってるけど、妹はもう露骨に引いてた。 ドン引きだ。
ヤバい、このままでは間違いなく病院送りに…どうやらゴシップ記者の前に俺は病院送りになりそうだった。
『ええと…これはだな、その、あれだよ、あれ』
クソッ上手い言い訳が出来ない…
八次 彰、人生最大のピンチ
『ハハハ、昇は面白いな~。昨日見た芸人のネタをもう実践してるよ。 もしかしたら芸人の素質があるんじゃないか?』
!? よし!ナイスフォローだ親父!!
普段はトボけたことばかりやってる親父だが、こういう時には本当に役に立つ。凍った空気が一瞬だけ緩和されたのを俺は見逃さずに、畳み掛けるように言葉を繋ぐ。
『そうなんだよな~。ついやってみたくなっちゃって、ナハハ』
『ふ~、驚かせないでよ昇』
俺の苦し紛れの言い訳にも素直に納得してくれた母の頭のネジの緩み具合に感謝。
『悪い悪い、面白くなかったな』
凍っていた食卓の空気が動き出す
自然に対面に座る妹と目が合うと妹は小声で
『…キモッ』
限りなく心を傷つけられた…
まぁ、身近に犬と喋るヤツがいたら普通は引くよな…
オレは早々と食事を切り上げて自室に戻った。
自室に戻って馬鹿犬に対していくつか『実験』をした。
おかげでさっきの違和感の正体もはっきりした。
どうやらオレは動物と会話出来るようになったらしい
………マジすか…。