雨音ノイズ
前書きの容量多すぎて小さく失笑。
「ねえ、気付いてる?」
物の少ない、殺風景な部屋の中で、姉さんは柔らかな、ガラス細工の様に透き通った声で言った。
もちろん、僕は首を横に振る。
本のページをめくり、文字を追う。紙の上では何人もの人間がくるくると踊っている。時に楽しく、時に悲しく、どんな時でも退屈そうに。
「きーてる? おーい」
間延びした、やはり退屈そうな口調でそう言って、姉さんはずいっと体を乗り出してきた。
パタンと本を閉じて、立ち上がる。観客のいなくなった踊り手たちは今頃休み始めているだろう。
「どっか行くの?」
「コンビニ、かな。アイスでも買ってくるよ」
「そ。じゃあ、お姉様は抹茶のやつ、何かテキトーにお願い」
「はいはい」
気のない返事をして、僕は玄関から外へ出た。
傘を叩く雨の音はとても不規則で、別の世界から聞こえるノイズのように思えた。こんな天気だからか、誰ともすれ違わない。
「おうい」
後ろから元気な声をかけられて振り返る。
「奇遇だね、こんな所で」
薄暗い空の下、ヒマワリの様に明るい笑顔が赤い傘を携えて咲いていた。
「そうだね。どうしたの、こんな雨の日に」
「別にどうもしないよ。暇だったからさ、散歩でもしようかと」
傘をくるりと回す。
「それはそうと、君は気付いてる?」
二度目。僕は首を横に振る。
「そっか。まあ、それならその方がいいのかな。うん、引き止めてごめんね」
バイバイ、と手を振って、彼女は歩き去って行った。その足取りは軽く、スキップでもしだしそうだった。
「ところでお前よ、雨ってどう思う?」
コンビニのレジには友人がいた。少し眠た気で、疲れているらしかった。
「……僕は好きだよ」
そう答えると、彼は眉を寄せて怪訝な顔をした。
「そうなのか? いや、そんなもんなのか。気付いてるからって、何かが変わるわけでもないか……」
彼はうつむいて、少し、ほんの一瞬考える素振りを見せたが、すぐに顔を上げて、
「んで、このアイスは美人のねーちゃんのお使いか何かか? うらやましーぜ、おい」
そこにいたのは、いたずらっぽく笑う、人をからかうのが好きな、いつもの彼だった。
ーー不規則な雨の音はノイズだと思う。いつか音楽に割り込んで、規則正しく繰り返される踊りを壊してくれる。
傘を後ろに傾けて、視野を広げる。そこに見える景色には相変わらず誰もいない。
「あっ……」
見ると、空が割れ始めていた。もうすぐページが開かれるのだろう。しばらくは僕の出番はないが、すぐに踊ることになりそうだ。
僕は視線を戻して、家路を歩いた。雨はもう少しすると止むかもしれない。きっとその頃には、僕も退屈している。
人の増え出した本の世界の中、僕は雨の音に期待した。
二万字も書く(打つ?)暇があるなら次の小説を書きましょう。